第40話:新しい冒険……いや、大冒険に出発だ!


「おお……」


 ナグルファル領を出立し、二日掛けて山頂を越えた先。

 眼下に広がる《魔境》の光景に、俺は感嘆の吐息を零した。


 人族とは明らかに規格の合わない、巨人が住んでいたかのような巨大遺跡が鎮座する樹海。吹雪の銀幕に閉ざされた氷の大地。灼熱の巨大剣が突き刺さる灼熱の大地。山よりも巨大な大蛇の骨が大陸を跨ぎ、その周辺一帯が瘴気で汚染された毒の大地。空に浮遊する島、回遊する竜巻、足を生やして動き回る城砦等々、指折り数えてはキリがない。


 摩訶不思議な気候と地理。それぞれの領域がまるで一つの国であるかのごとく、境界線では争い合うような自然災害が絶えない。人族の領域とは比べ物にならない濃密な神秘が、この混沌とした世界を創り上げていた。


 もう一度、この眺めを目にできるとは思わなかった。あまりの混沌に目が痛いが。

 軽く頭を振っていると、リュカが惚けた顔でこちらを凝視していたのに気づく。


「どうした? 俺の顔なんかジッと見て」

「べ、別に見惚れてなんかねーゾ!?」

「いや、そんなつもりで訊いたんじゃ……え、本当に?」

「~~~~っ。悪いかヨ!? なんつーかその、いつの間にか大人びた感じの顔するようになったナって! 最初に七人で《魔境》に入ったときは、もっと能天気にはしゃいでいたのに! なんか知らない間に一人で大人になったみてえで、ムカつく!」

「いやいや。ついこの前、二人で一緒にある意味大人になったばかりというか――」

「っ、バカー! こんな朝っぱらからナニ言い出してんだヨ!?」


 羞恥で顔を真っ赤にしながら、リュカがポカポカと胸を叩いてくる。


 なんやかんや俺たちはこ、恋仲になったわけでして。嬉しくて、夢みたいで、本当に夢じゃないかと不安で。言葉だけじゃ安心できなくて、もっと体で実感を味わいたくて。手で触れ、唇で触れ、後はもう積もり積もって溢れた情と欲のままに。


 つまりなんというか、うん。ここしばらく、毎晩爛れた夜を過ごしております。


「このケダモノ! ケダモノ!」

「それはお互いさまというか、むしろリュカの方が性欲強くない? なにも悪くないけど。むしろ良いだけど。いや、本当にそのエッチな体で積極的とか最高では……っ?」

「生々しい実感の込め方をやめろォォォォ!」


 ぐおおおお!? すねっ、魔王の力があっても脛は痛い!

 リュカは叫びすぎでしばらく息を荒げていたが、ふと表情を改めた。


「――ナトリが死んだとき、最後になにを話してたんだヨ?」

「へ? 話題変えるにしても、なんでその話?」

「いや。さっきの景色眺めてた顔が、あのときと似てたからサ」


 ああ、そういうことか。確かに魔境の光景を眺めながら、俺はナトリとの最後のやり取りを思い出していた。


 死肉の体は消し飛び、崩れゆく脳髄にへばりついた眼球で、最後までナトリは恨めしそうに俺を睨んできた。どこから声を発しているのか、恨み言も吐いて。


『ちくしょう。ちくしょう。なんでだよ。なんで僕ばっかり。なんでお前ばっかり。僕とお前の、なにがそんなに違うっていうんだよぉぉ』

『…………』

『僕だって、僕だって同じ境遇で、同じチャンスを与えられていればぁぁ』

『……そういう「もしも」に意味はないよ。良いことも悪いことも、今まで自分の中に積み重なった経験の全てが、自分を作るんだ。どれほどの力や機会を与えられたって、自分自身から目を背けている限り、俺たちは何者にもなれやしない』

『ぁぁぁぁ。ぅぅぅぅ』

『皆と旅した日々が、俺を【冒険者】にしてくれた。お前がこの街に生きて経験したのは、本当に不満や苦しみだけだったのか?』

『ぁぁぁぁ――』


 俺の問いかけに答えを返すことなく、ナトリは土に還った。


 一夜にして息子を二人失ったナグルファル辺境伯は、それでも領主として気丈に振る舞い、後始末に尽力した。そして俺が見せた異様な力についてはなにも言及せず、先を急ぐ俺たちを黙って送り出してくれた。


 別れ際の悲しい笑顔は、これが今生の別れかもしれないと悟っていたからだろう。


「俺とナトリに、やっぱり大きな違いはなかったと思う。あいつにも自分と向き合って、自分を肯定できる輝きが一つでも見つけられていれば。その機会が一度でもあれば、きっともっと違う結末があった。俺だってリュカが立ち直る機会を与えてくれなかったら、それこそあいつと同じ末路になっていた」


 ……そしてこれから先、同じ末路を迎えないとも言い切れないのだ。


「皆と最後まで冒険できなかった挫折も糧にして、俺は新しい力を開花した。でも、その逆も然りなんだ。皆との冒険が幸せだったからこそ、脱落したことに深く絶望した。この先もなにがきっかけで、希望がまた絶望に反転するかわからない。そう考えたら……冒険に踏み出すことが、今は少し怖い」


 俺が実質第二の魔王であり、魔族が未だ生き残っている元凶であることにも変わりはない。いずれ国から追手が来るし、オーレンたちと敵対することにもなるだろう。


 言葉で相手を納得させるだけの猶予は、おそらくない。ローズの言う《星の黄昏》の正体は不明だが、「使命を果たせ」と魔王のスキルツリーが俺に訴えかけている。それを果たさなければならないと、俺自身も感じている。


 最初に魔境へ踏み出した頃の俺なら、ここまで不安や迷いに苛まれたりはしなかっただろう。多くの挫折を経験して、俺は弱くなっただろうか?


 ――そんな俺の弱い心をも包み込むように、リュカが手を握ってくれる。


「大丈夫。あたしがついてる。進んだ先に安全の保証なんてねえのは、どんな冒険も人生も一緒だロ。あたしもそれが怖かったし、今も怖い。でもザックが、あたしを心躍る冒険に連れ出してくれた。だから今度は、あたしがザックを連れていく。今度はもう離れない。離さない。また、冒険を始めようゼ? 今度は二人きりで、ナ」

「……ああ。それは素敵だ」


 そんな魅力的な誘い、断れるはずがない。


 ドキドキとワクワクで胸が高鳴る。不安よりも迷いよりも、ずっとずっと強く。

 リュカと、皆と繰り広げた冒険の日々。喜びも悲しみもひっくるめて、全ての思い出が俺の中に育んだ強さが、大樹のように俺を支えてくれるから。


 この先になにが待ち構えていようと、その全ても強さに変えて見せよう。


「行こう、リュカ! 新しい冒険……いや、大冒険に出発だ!」

「ああ!」


 リュカと笑みを交わし、元気よく駆け出す。

 その旅路を祝福するように、空には虹の枝葉が眩く輝いていた。

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遅咲き冒険者の七星光芒(セプタ・グラム)~俺が脱落した後、勇者パーティーは何事もなく魔王を討伐しました。今更もう遅い覚醒から始まる、最強最悪最高の大冒険~ 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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