第4話 君は今後私が死ぬまで通路側にしか座っちゃダメだからね
大宮に行ったその夜、僕は自室でノートパソコンを立ち上げて小説を書いていた。
あの彼女と一緒に遊べたという嬉しさのおかげか、いつもよりスラスラと文字が打てる。
何より、遠巻きに見ていたこれまでと違って、より鮮明に彼女のことを書けている気がして、それが何よりも楽しく感じる。
彼女からの注文は『変人だけどやっぱり可愛い茜さん』だ。
一見すると意図が掴めない注文だが、今日見たこと、感じたことをそのまま書けという彼女なりのメッセージなんだろう。
それにしても。ふと僕は文字を打つ手を止めた。
どうして彼女は僕に小説を書かせ続けるんだろうか。
同級生が自分のことをモデルに小説を書いているだなんて知ったら、普通は軽蔑するか怒り出すだろう。
しかし彼女は軽蔑するどころかむしろそれを嬉しそうにして、更なる執筆を促した。親切なことに、一緒に遊んだりもして。
僕にはその理由が全く分からなかった。
彼女は何を狙っているのか、その目的を知りたい。
僕の思考は小説執筆からそのことに完全に切り替わってしまった。
先ほどまでキーボードを打っていた腕を組んで、その日はしばらくそうしていた。
月曜日。
登校して教室の扉を開けると、ちょうど友達と話していた彼女と目が合った。
彼女はこちらを一瞥すると、すぐに視線を元に戻した。
結局一日中、彼女と話すことはなく、一人寂しく帰路に着く。
まるでこれまでのことと、土曜日のことなんか存在しなかったみたいに、僕らは他人同士だった。
学校でも少しは話せると期待していたけれど、現実はそんなに甘くない。
──噂になったりしたら嫌じゃん!
駅で言った彼女の傷付くセリフを思い出す。
思い出すだけでナイフで切られたみたいに、心に鋭い痛みが走った。
そんな日が木曜日まで続いた。
小説を書かせる意味が本当に分からなくなっていた僕のもとに、彼女からラインが届いた。
『今週も土曜日朝6時駅集合! 全財産持ってきて!!』
相変わらずな朝の早さと、意味がよく分からない命令。
こんなメールが来るだけで僕の病んでいた心は一瞬で回復した。
『小説も忘れないでね。移動中暇になるから君の横で読んであげよう』
『目の前で読まれるのは結構、いやかなり恥ずかしい』
『君に拒否権なんてないんだよ』
彼女の自分勝手さは凄まじい。おそらく日本一だ。
それでも連絡が来てくれるだけで全てを許せる気がするのは、彼女だからなのか、あるいは僕が男として単純すぎるからなのかもしれない。
僕は一人で変な声で笑った。
約束の時刻に駅に着く。
今回は彼女も遅刻せず、むしろ僕よりも先に来ていた。
「今日はまともな服着てるんだね」
「ああ言われたら流石に気にするよ」
昨日慌ててこの駅直通のユニクロで見繕ってきただけの服だけど、彼女に「まとも」と言われて安堵のため息をもらす。
「それで君、お金持ってきた?」
「全財産ってわけじゃないけど、とりあえず10万円くらい」
「確認するから財布だして」
彼女が右手を僕の前に差し出した。
不審に思いながらも、彼女の手のひらの上に財布を置く。
置くやいなや、彼女はその財布を自分の鞄の中に放り込んだ。
「ちょっと茜さん!? 何するの!?」
まあまあ、と彼女は笑いながら言うけれど、10万円なんて中学生からしたら大金どころの金額じゃない。
僕はなんとでも取り返そうと鞄めがけて右腕を伸ばした。
すると伸ばした腕の手首をすぐさま掴み取られ、彼女は僕のことを引っ張るように改札に向かって歩き出した。
「盗むわけないよ。とりあえず君は黙って着いてきてくれたまえ」
黙って着いてきて。
そう話す彼女は、先週と同じく大宮方面に向かう電車に乗り込んだ。
「今日も大宮に行くの?」
「大宮で乗り換えるから、まあ大宮に行くといっても過言ではないね」
「乗り換えだけなら過言な気もするけど」
「黙りなよ。君には黙って着いてきてっていったでしょ」
「でも大宮で乗り換えか。県北は特に何もないし……群馬とか?」
「秘密だよ」
彼女はいたずらっぽい顔でニヤっと笑った。
大宮に着く。
目的地を当てるべく案内表示に視線を移すが、彼女はそんな僕を強引に引っ張り、新幹線ホームへと入場した。
「え、茜さん……し、新幹線?」
「新幹線は初めてじゃないよね?」
案内板を見る限り、今立っているホームは東北新幹線のものだった。
地理に疎いせいで「本州の1番上が青森」くらいのイメージしか東北にはない。
「ちゃんと2人並んだ席でチケット取ってるから安心したまえ」
自信満々な彼女。
到着地が分からない以上、僕の不安が拭うことはなかった。
「あ、さっそく来たよ、はやぶさ!」
緑色の車両が高速でホームに進入する。
彼女は新幹線からの風圧を感じながら、無邪気に笑っていた。
車両に乗り込んで、彼女と並んで座る。
「私が窓側ね。君は今後私が死ぬまで通路側にしか座っちゃダメだからね」
「無茶苦茶だ。僕も景色楽しみたい時はあるのに」
「まあまあ。それより、書いてきたんだよね、小説。見せて見せて」
僕は鞄からノートパソコンを取り出して、彼女に手渡した。
パソコンを起動させた途端に彼女がからかってきた。
「これ、えっちなの入ってたりする?」
「入ってないよ!」
「そう? 別にいいけどね私は。入ってたら笑うだけだしー」
彼女が片っ端からフォルダを開けようとするのを全力で阻止して、小説のテキストファイルを起動させる。
小説を見せると先程まで永遠に喋っていた彼女が、小説に集中しているせいかまるで別人のように静かになった。
小説を読み進める彼女の凛々しい横顔を眺めていたら、新幹線が動き始めた。
加速していき駅から離れたあたりで、僕は突然不安になって改めて聞いた。
「それでさ、どこまで行くの?」
視線をパソコンから動かさず、適当な感じで彼女は言う。
「ん? 青森」
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