第3話 そのさ、結構、変人だなって思った

 結局その後僕らは駅中のスタバに入り直してまた時間を潰していた。


「どこで遊ぼうかな」


 彼女は抹茶フラペチーノを飲みながら、スマホで『大宮 遊ぶとこ』と検索して出てきたサイトをしらみつぶしに見ていた。


「……カラオケは?」


「カラオケ? ええー、私歌だけは唯一苦手なんだよね」


「まるで歌以外は全部できるみたいな言い方だ」


「実際できるから仕方ない」


 確かに彼女は勉強、スポーツ、友人関係と何でもそつなくこなしているイメージがある。

 常に余裕あり気な天才少女──というのが僕から見た姿だ。


「合唱コンクールってあったじゃん。あれ私ずっと口パクなんだよね」


「男子ちゃんと歌ってよ! とか言ってたの茜さんじゃなかったっけ……」


「お願いされたから仕方なくだよ。まさか敵が女子の中にいるとは思わなかったんだろうね」


 僕は不服さを軽く顔に表した。

 そこまでして歌うことを回避するなんて、一体どれほど音痴なんだろう。


 完璧な彼女の苦手分野を覗いてみたいという気持ちが沸々と湧いてくる。


「茜さんの歌聞いてみたいかも」


 ぼそっと言う。

 彼女は一瞬キョトンとして、次に「ええー」と嫌そうな顔をした。


「たぶん君より下手だからダメ」


「僕も上手くないから大丈夫だって」


 彼女は腕組みをして天井を見つめた。

 上を見たまま彼女は言う。


「笑わないならいいけど」


「笑わないよ」


「笑ったらその瞬間に今日は解散だからね。あとカラオケ代は全部君の奢りで」


 それぞれ飲み物を飲み干して店を出て、その足で最寄りのカラオケ店に直行する。



 受付を済ませて部屋に入ったところで彼女は言った。


「カラオケって何気に来るの初めてなんだよね」


「え?」


 かなり意外だった。

 陰キャラな僕でさえ何回かは来る機会があったというのに。


「ちょっと、信じられない! みたいな目で見るんじゃないよ君」


 ジト目で彼女に睨まれる。


「茜さん、歌が下手っていうけど単純に歌う機会が少ないだけじゃない?」


「仕方ないんだよ。私は君と違って結構忙しいからさ、あんまり休日とかに友達とも遊べないんだよねえ」


 そう話す彼女が、一瞬寂しそうな顔をした気がした。


「そうなんだ……ん?」


「どうしたの?」


「いや、今日は大丈夫なのかなって」


 彼女の大切な時間を取らせているんじゃないかと突然不安になった。


「んー、そもそも君を誘ったのは私だから。あんまり気にしないでくれたまえ」


 彼女が僕にマイクを差し出した。先に歌って、ということらしい。

 マイクを受け取り、デンモクを操作して曲を探す。

 最近見たアニメのOP曲でも歌おう、そうしよう。



 僕が歌い終わってすぐ彼女は口を開いた。


「君の歌聞いたら自信出てきた。私もなんとかなりそう」


「えそれどういうこと」


「私も鬼じゃないから。皆まで言わせないでよ」


 遠まわしに下手って言ってる? もしかして。

 

 テレビの画面が切り替わり、彼女が入れた曲の前奏が流れ始める。

 最近人気のドラマの曲だ。流行りもの好きの彼女らしい。


「ホントに笑っちゃだめだよ君」


 彼女は両手でマイクを握りしめ、僕のことを睨んだ。

 笑うわけがない。彼女の歌声を真剣に聞きたいんだ。

 聞いてるほうまでドキドキする。

 彼女が静かに口を開く。



 そんな彼女の歌は、確かに下手だった。




「……私が歌が下手だってのは認めよう。でもね君、君の歌もなかなかのものだったからね」


 2時間程度で切り上げて外に出た。

 片頬をむうと膨らませながら彼女が愚痴をこぼす。


「まさか2人とも75点も出ないなんてね」


 盛り上がってきたところで採点機能を入れてみたけど、低い点数ばかり出るものだから微妙な空気になってしまったのが否めない。


「でも歌うのも楽しいもんだね。なんか悩みとか吹き飛んじゃった」


 いつも楽しそうにしてる彼女だけど、歌ってる時は一段と楽しそうに見えた。

 上機嫌な彼女が僕の1歩前に出る。後ろ姿もなんだかご機嫌だ。


「茜さんにも悩みとかあるんだ」


「そりゃあ14歳の乙女ですよ私も。色んな悩みがあるわけですよ、成績のこととか部活のこととか恋のこととかさあ」


 何があったのか、彼女がピタっと止まる。僕もつられて足を止めた。

 5秒くらいして、彼女はくるりと回って僕に聞いてきた。


「……それで、次はどこ行こっか?」


「どこでもいいよ」


「どこでもいい、じゃダメでしょ。大宮提案したのは君なんだからさー」


「……あんまり大宮を知らないというか、なんというか」


 本当はアニメイトとかメロンブックスとか行きたいけど、あんまりそういう界隈に興味が無さそうな彼女が楽しめるとも思わないし。


「まあオシャレなカフェとか古着屋さん沢山ありそうだし、適当にぶらつくかあ」



 それから僕らは特に目的を決めることもなく大宮を散策した。

 彼女はオシャレなもの、美味しそうなものに目が無いらしく、それらを見つけるたびにすぐさま飛びついた。

 その姿はとても無邪気で、彼女らしくて可愛かった。


 あっという間に夕方になり、そろそろ帰ろうという雰囲気になった。

 大宮駅の埼京線のホームで横並びになり、次の電車を待つ。

 その時彼女が聞いてきた。


「今日さ、どうだった?」


「楽しかったよ。たくさん話せたし、茜さんの歌も聴けたし。オシャレなカフェとかは中学生が入るにしては敷居が高くてやっぱり緊張したけど……」


「もっと自信を持ちたまえよ君」


 笑いながら僕の背中を叩く。


「……そのさ、茜さん」


 今度は僕が聞き返した。


「今日、僕と一緒に遊んでくれたのって、どうして?」


「君から見てさ、今日の私ってどう映った?」


「え?」


 僕は咄嗟に彼女の顔を見た。

 いたって真面目な顔でそんなことを聞いてくる彼女が不思議だった。


「えっと、その」


「照れなくていいから」


「……茜さんってやっぱり可愛いなって思ったよ」


「私なんだから可愛いのは当たり前だよ」


「……今までさ、僕と茜さんって全然話したことなかったじゃん。だから正直、どんな人なのか全然掴めてなかったんだけど……そのさ、結構、変人だなって思った」


「……ふふ」


「茜さん?」


「あっはっはっはっは」


「だ、大丈夫?」


 彼女が腹を抱えながら笑っている。


「変人は初めて言われたなあ」


「変だよ、すっごく」


 駅のホームで人目をはばからずに爆笑するし。


「ふふ。じゃあさ、来週遊ぶ時にさ、君が見た『変人だけどやっぱり可愛い茜さん』を書いてきてよ」


「……そういうことか、茜さんが言いたかったことって」


「気が付いた?」


 得意げな茜さんの顔を見つめて、僕は頷いた。


「キャラクターのモデルをもっと観察しろって、それが言いたかったんでしょ」


 そうだよ、と彼女は言った。


「私の可愛さを君はぜんっぜん表現し切れてないからね」


「そういうこと普通に言い切るところがやっぱり変人だよ」


 2人で笑い合う。

 そんな時間を過ごしていたら、いつの間にか電車が来てしまっていた。


「それじゃあ帰ろっか」


「うん」




 電車の中では特にこれといった会話はしなかった。

 吊革に掴まりながら風景を眺める。

 自然とさっきまでの会話を反芻する。


──じゃあさ、来週遊ぶ時にさ、君が見た『変人だけどやっぱり可愛い茜さん』を書いてきてよ。


 来週遊ぶ時にさ。



 あれ、来週も茜さんと一緒に出かけられるの?

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