第2話 今日一日私とデートすればヒントが見えてくるよ
──まあ、詳しい説明は明日ね。
「私がモデルの小説を書き続けて」と、予想もしていないことを言われた翌日。
詳しい説明をしてくれるはずだったけど、彼女が僕に話しかけてくれることはなかった。
自分からその件について話にいくのも気が引ける。
というか、僕と彼女がきちんと話したのは昨日が初めてだし。
そんなこんなで、家に帰って自分の部屋でのんびりしている時だった。
スマホにラインの通知が飛び込んできた。
『クラスグルから追加した!』
紛れもなく、あの三沢茜だった。
慌てて返信をする。
『よろしく。それで、昨日の話について聞きたいんだけど』
『つまりは話したままだよ。君は引き続きアレみたいな小説を書き続ければいいのです』
『……本当に?』
『うん。ただし、』
彼女のラインはただし、の部分で途切れてしまった。
何事だろうと待ち構えていると10分後くらいに続きが送信されてきた。
『てか、土曜日ひま??』
「脈絡がないな……」
ただし、の続きは何だったんだろう。
『暇だけど、どうしたの』
『君に傑作の書き方とゆーものを教えてあげようかと思って』
閉口した。
それは僕が喉から手が出るほど欲しい情報だけど、彼女が知っているものではないはずだ。
『ってわけでその日は朝6時に和光市駅集合でよろしく。1万円くらい持ってきてね』
朝めちゃくちゃ早いし。
僕は机に飾ってあった卓上カレンダーを見た。
今日が月曜日だから、約束の土曜日はあと5日後だ。
どこに行って何をするのかは分からないが、あの彼女と一緒に居られるのは単純に楽しみだ。
そのことを毎晩のように考えていたせいで、この一週間は常に寝不足だった。
件の土曜日、僕は部屋中の目覚まし時計を総動員して朝4時40分に目を覚ました。アラーム設定の時間は4時50分だったから意味はなかったけど。
すぐさま身支度を済ませて家を出る。
自然と歩く速度も速くなる。
駅に着いたのは集合時刻の20分も前だった。
駅の柱に寄りかかって彼女が来るのを待つ。
「おはよう。ちょっと遅れちゃったね」
彼女が現れたのは6時5分頃だった。
遅刻されたことへの怒りなどは出てこなかった。
タチの悪いドッキリじゃなくてよかったという安堵感でほっとする。
「それにしても、ザ・中二病ファッションって感じだね」
彼女の視線は僕の顔じゃなくて、僕の服に向かっていた。
「え、そんなに変」
「うん。全身真っ黒だし、なんか気取ってる感じの英字、あと謎のドクロマーク、それと意味の分からないチェーン──」
「……もうやめて」
一番カッコいいと思った服を前日から選んでたのに……。
「モテる男になりたくばまずは普通の服を着たまえ」
「そうするよ。……その、いいね」
「ん? 何が?」
「茜さんの服装。似合ってるなって」
彼女はオーバーサイズのパーカーとワイドパンツを身に纏っていた。
ゆるさが可愛いし、オシャレだ。
「ふふふ。私がかわいいから似合うのは当然だよ」
彼女の自信も中々凄い。
だけど確かに自身に見合う容姿が彼女にはある。
それを考えるとクソダサ中二病ファッションの自分が凄く恥ずかしくなってきた。
今度池袋あたりの服屋さんにでも行こう。
「それで今日はどこに行くの?」
「んー、正直あんまり決めてないんだよね。クラスのみんなに遭遇しない所だったらどこでもいいんだけど」
「どういうこと?」
「噂になったりしたら嫌じゃん!」
彼女は僕が傷付くようなことも平気で言う。
崩れ落ちそうなメンタルをなんとか立て直す。
「うーん……。池袋とか渋谷はバッタリ出くわす可能性あるし、大宮?」
「名案だね、君。最短13分で大都会池袋に出られるというのに1時間近くかけて大宮にまで足を伸ばすとは」
「茜さんが知り合いと会いたくないんだったら、いい場所だと思う。東武東上線沿いの人はみんな池袋に流れるからね」
「なかなか偏見に満ちてるけど真理だね。じゃあ行くかあ」
それから僕らは東武東上線に乗り、計2つの乗り換えを経て大宮駅に辿り着いた。
スマホを取り出して時刻を見る。
7時9分。娯楽施設はおろか、飲食店すらほとんど営業時間外。
「てか、今日朝早かったからご飯食べてきてないんだよね私」
「店なんてどこもやってないよ……」
朝6時集合にしたのは君じゃないか、というツッコミはやめた。
「いや、東口のマックなら24時間営業だよ。朝マックのパンケーキ食べよ」
彼女に連れられて東口店のマクドナルドに入店してパンケーキとコーヒーを注文する。
2階の窓側の席に座るなり彼女は言った。
「大宮ってさ、駅周辺にマック密集し過ぎだよね」
「向かい側にもう1店舗見えるしね」
パンケーキを食べながら僕らは他愛もない会話をした。
「3年1組のお化け屋敷さ、全然怖くなかったんだよね」
「茜さんって何も怖いものなさそうだけど」
「翔んで埼玉って見た?」
「我らが和光市は一文字も出てこなかったね」
「てか君コーヒーなんて飲めるの」
「の、飲めるよ」
「その割には全然減ってる気がしないんだけど。まさかカッコ付け……」
「茜さんって音楽聞いたりするの?」
「うーん、私はみんなが聴いてる曲を聴くかなあ。君はアニソンとよく分かんない洋楽ばっかり聞いてそうだね」
「えなんで分かるの怖」
・
・
・
パンケーキを2人とも食べ終えて、そろそろ店を出ようという雰囲気になった。
そのタイミングで僕はずっと気になっていたことを聞いた。
「茜さん、聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「ラインで『傑作の書き方』を教えるって言ってたよね。それってどういう意味?」
ああー、と彼女は声を上げて、数秒固まった。
「とりあえず今日一日私とデートすればヒントが見えてくるよ」
「で、デートって」
「そんな言葉だけで顔赤くしないでよ、君」
と彼女はあのいたずらな笑顔で僕のことをからかった。
女子、それも憧れの茜さんと二人きりというだけで鼓動が早くなっているというのにそういうのは止めてほしい。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
「うん」
ともかく、彼女とのこれからの1日を楽しみに、僕らは店を出た。
「それで8時台の大宮はどこのお店で遊べるのかな?」
「どこもやってないよ」
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