No,10

@miraa1812

緒戦

「彼女は敵だった。だから“それ”を撃った。“それ”だけでは終わらなかった」



突き抜けるような青空、日が出ているにも関わらず、どこか薄暗く感じるのは鼻腔に突き刺さる焦げた臭いが、色々なものが燃えて混じった噴煙が原因であると教えてくれる。


見渡す限り静寂な街、墓石の様に立ち並ぶビル群は、1980年代の“デタント”緊張緩和の合間に東西日本で友好の証として築いた街が、今は過去の象徴である事を示している。


雑音交じりの無線機の音。


『FCDこちらFO、火力要請。目標敵陣地、座標イースト137733049ノース34704603、ビル建築。弾種榴弾、試し撃ち方、送れ』

『こちらFCD、了。FCDより01。目標はデータ指示の目標。弾種榴弾、信管瞬発、中隊統制、3斉射。試し撃ち方、命令終わり』

『FCDこちら01、了。データ指示の目標、方位角1226、射角224、弾種榴弾、信管着発、緑装薬3。射弾3発。初弾発射10秒前』


流れるような言葉の奔流。事前にある程度の射撃指示はあったのか、正規の手順を踏まず砲撃は放たれたようだ。


すぐに頭上を、シャッー!という紙を引き裂くような音が通り過ぎる。

そして噴煙に包まれたビルにひと際大きな粉塵が舞い上がると、地面の小石がカタカタと震える。

遅れて耳に届いたくぐもった爆音は、目標との距離がまだまだ遠い事を示していた。


「カクカク、こちらアルファリーダー。これより目標へ前進する。前へ」


無線の帯域を小隊の指揮系統へと切り替えると配下の隊員へと命令を伝達する。

返答は入らないが、周囲に臥せっていた暗い迷彩柄の人型、人間にしては大きい3mは背丈のあろう影が起き上がり、疾走を始める。


自らも各部のアクチュエーターの高音、関節部のヒンジやベアリングを軋ませ立ち上がる。


目標周辺では、味方砲兵による効力射が始まり、155mm榴弾が暴力的な破片の嵐を周囲に振りまいている。

まだまだ距離があるにも関わらず、降り注いだ弾片が装甲服の表面を叩く。

通常の人間には出せない時速30kmを超える駆け足。

スピード感覚がマヒするかのような状況で左右を見やると、突撃する小隊を挟むように90式戦車が敵陣へと履帯が高速で大地を打ち据える音を響かせながら突進していく。

目標への距離が迫るにつれて過去の交戦で崩れた建物の残骸が増えていき、小隊の装甲歩兵は足を取られながらも前進を続ける。

味方の重迫撃砲がゴホゴホという音を遠くに響かせて、敵陣のある当たりに迫撃砲弾の雨を降らせている。

敵の迫撃砲の射撃音もするが、こちらの火力と比較して劣勢なのを悟ったのか、すぐに止んでしまう。

拠点を落としたら、すぐに斥候に捜索させねば、今後の憂いとなりそうだ。


そんな事を思っている合間に瓦礫を踏み砕く戦車の履帯の音に交じり、シュパッ!という音が響いたと思ったら、右翼を走行する90式の側面が吹き飛び、左履帯が外れて擱座した。

一拍遅れて戦車の発煙弾発射器が作動し、擱座した車体を煙幕で隠して、脱出を少しでも安全になるようにしている。

レーダー照射で自動散布する設定の発煙装置の反応が被弾より遅れたのは、敵射手が射撃後に誘導用レーザーを照射する様な手練れである事を示している。


『敵対戦車陣地!10時の方向!距離1800!』


どうやら小隊の隊員が目ざとく敵ATMが発射される瞬間を目撃していたらしい。

無線の指示を受けて残りの90式が砲塔を向ける。


『小隊集中!10時方向廃墟内敵陣地!撃て!』

3両の90式の120mm戦車砲が咆哮し、すでに装填されていた対戦車多目的榴弾が爆炎の中から飛び出していく。

緩やかな弧を描くように飛翔した榴弾は敵陣地に突き刺さると、遠目には小さな閃光ともに土煙をあげる。


それが合図となったようで、正面の砲撃で叩きのめされていると思っていた敵陣地から射撃の煌めきが沸き上がってきた。


『アルファ、アルファ。こちらFO。次弾突撃支援射撃を発煙に切り替え。終わり』


一方的な連絡を受けるも、疾走する装甲服の小隊は、巨人の群れとなって敵陣へと迫り続ける。

装甲服の表面で12.7mm弾や7.62mm弾が弾けるが、まだ貫通する距離ではない。


小隊の後ろから追従する歩兵部隊を満載した89式戦闘車が35mm機関砲を盛んに火を噴く敵火点に指向し、ドンッ、ドンッ、ドンッとゆっくりとした発射速度で射撃する。

機関銃の射撃と比較して、単発射撃の様な機関砲の射撃は、有効射程の違いもあるのか、またはFCSの能力のおかげか、吸い込まれるように火点に当たると、途端に射撃は収まった。


そして、その成果を評定する間もなく目標地域が白煙に包まれる。

味方の砲兵による発煙弾が敵陣前に展張されたのだ。

この隙に味方部隊はさらに目標へと詰め寄る。

残り距離500m、戦車と戦闘車は停車し盛んに機銃を放ち、敵陣の制圧を続ける。

戦闘車の後部が開くと、防弾チョッキと小銃、あるいは無反動砲などを抱えた歩兵たちがバラバラと降り立ち、互いの間隔が近寄りすぎない様にしつつ駆け足で前進、自分たちの装甲服小隊はその前面を駆け続ける。


煙幕を抜けると5階建てほどの建物が目の前に立ちふさがった。


「03、アルファリーダー。正面玄関を確保せよ。04はそれを援護。01および02は壁面を登攀。最上階より制圧する、送れ」


矢継ぎ早の命令下達にも、隷下の分隊長たちから順番に了解の返答。

すでに突撃中であった勢いそのままに3分隊は敵の待ち構えているであろう1階玄関部分へ40mm自動てき弾手が連続射撃を加えながら突っ込む。

装甲服が手りゅう弾程度の弾片ではやられないからこその力業だ。


4分隊もこれを支援する為に、周囲の地僻を確保している。

自分と直接指揮下の1分隊と2分隊は壁面に取りつくと上を眺めると両肩に内蔵されたワイヤーアンカーを発射した。

圧搾空気の吹き出す軽快な音と共に発射されたアンカーは5階の窓枠より上に突き刺さり、すぐさまアンカー根本に仕込まれたモーターが唸りを上げて身体を宙に引き上げる。


本来なら一番無防備になる登攀時こそ味方の支援が必要だが、今はスピードを優先したのと、味方歩兵が後に続いている事から突入を優先させてしまった。


(あとで”先生方”に叱られるだろうな。4分隊長は優秀だからこちらも先ほどの指示で援護してるだろうけど)

と先ほどの命令で4分隊への命令不足があったのを思い出しつつ、目の前にきた窓へ12.7mm機銃を撃ち込み、窓枠を蹴って振り子運動に入ると、次の瞬間にはビル内部へ飛び込んだ。


味方が近づいた事で発煙弾を最後に味方砲兵の射撃も止んでいる。

1階からは銃声と爆発音が続いているが、まだ5階は静かなままだ。だが、敵は間違いなく潜んでいる。


「アルファリーダー突入成功、状況知らせ」


部下たちからは続々と突入成功の知らせが入る。

5階はもともと商業施設のゲームコーナーでも入っていたようで、壊れた筐体が並ぶ視界の狭い環境だ。

この装甲服にはそれほど大層な電子機器は装備されていないが、暗視装置は装備されている。

低く間の延びる様な駆動音と共に視界が緑色になるが、最新鋭の装甲服故に第三世代暗視装置が装備され、古い世代のものよりは立体感が掴める。


それでも慎重に行動しないと、手前の物と奥の物の距離感覚がずれてしまいそうだ。

ゆっくりと一歩を踏み出す。


重量があるが故にこういった建物の中では床を踏み抜いてしまわない様に行動をする必要がある。


ガタンッ!


緑の世界に響く物音に、咄嗟に右腕に装備された12.7mm機銃を振り向ける。


そこに居たのは東側の二人の学徒兵だった。

年は自分と同じ15から17才くらいだろうか。

長期間の作戦行動で艶を失いボロボロになったポニーテールの少女、その後ろに隠れるように震えながら拳銃を構えるショートの少女。

流石に不憫に思い降伏を呼びかけようと思うが、即座に撃ち込まれた拳銃弾は、訓練された己の身体に引き金を引かせる。


爆発的な咆哮と共に銃口から放たれた12.7mm普通弾は、至近距離ともいえる数メートル先の少女たちをミンチにするには充分以上の威力があった。

ソ連系の迷彩服が引き裂かれ、5発しか放っていないにも関わらず、二人は共に胴体が千切れ、臓腑を周囲にぶちまける。


「カクカク、敵散兵接敵。奇襲に注意しろ」

先ほど脳裏を一瞬だけ過った情も無かったかの様に、ただ事実を配下の兵員に伝える。

圧倒的な火力差、撃たれたのは拳銃だけ故に、一人しか武器を持っていなかったのかもしれない。

だが、抵抗の意思を示された以上、危害射撃を行った以上は、自分の纏う装甲服の脅威ではなくても、反撃する他に手段はなかった。


うおぉぉぉぉぉ!よくも貴様ぁぁぁ!


今度は背中側から大声で呼びかけられ、飛び退きつつ銃口を向ける。

またも学徒兵だが、今度は男子だった。

片方の腕を折っているのか、三角巾で吊るしているが、腕を吊るだけにしては異様に膨らみ、そこから細い針金が、その先端の円形の掴みを無事な方の手で引き抜きつつ、突っ込んでくる。


脳が自爆攻撃と認識するより先に、咄嗟の行動が日々の訓練の成果として実行される。


指向、照準、撃発。


先の射撃で温まっていた銃身が更に熱を帯びて、陽炎が覆う。

再び5発放たれた銃弾は少年の胴体を真っ二つにし、突っ伏すようにその亡骸は床へと転がり・・・


閃光、至近距離の爆発はその大音量で聴覚を一時的に奪う。

背中から叩きつけられる衝撃が、幸いにも堅い柱に当たった事を知覚させる。

5階という高さから、いくら装甲服とはいえ無事で済むかは分からない。


閃光で失っていた視界が戻ってくると、不思議と視界が暗い。

少なくとも、四肢に大きな痛みはないし、視界の端は緑の世界が見えているので何かが付着しているようだ。

ゆっくりと左手で拭いとると、先ほどの少年の顎から上だった部分が、装甲服の強化バイザーにぶつかり潰れて張り付いていた。

もう、この程度でこみ上げる吐き気はないが、同年代の死を、自らの手で引き起こして、その残滓が装甲服にこびりつく感覚は、恨み祟られているのだろうかと思ってしまう。


『リーダー、こちら02アルファ。4Fからお空が見えるが無事か?』


先に下へ降りていた2分隊長が呼びかけてくるのが聞こえ、任務に引き戻される。


「02アルファ、アルファリーダーは無事だ。01各員、報告」


心配の問いかけに応えつつ、自分の指揮する分隊に状況報告を求める。


『012敵射座制圧、警戒中』

『013接敵なし、大丈夫?』

『014制圧完了、ずいぶん騒いだな?』


それぞれの分隊長から速やかな報告を受けると、どうやらヘマをしたのは自分だけの様だ。


「各分隊は速やかに下の階の制圧へ合流。自爆攻撃だ。注意しろ。」

天井が吹き飛んで明るくなった状況に暗視装置が自動的に電源を落として色彩が戻ってくる。


一気に吹き抜けた天井から見える青空、下層を見れば3階までそこが抜け落ち、瓦礫で埋もれている。

脇を見やれば差し込む日差しに照らされて、先ほどの少女だったものが、二人で抱き合う様に、上半身だけ転がっている。


『リーダー、こちら02。先ほどの爆発で敵の残存部隊の大半は潰されてしまった様だ。残りは武装解除しつつ外の歩兵部隊へ引き渡す。』


「アルファリーダー了解。捕虜の引き渡しが終わり次第、小隊は正面ロビー前に集合。休止点確保の上で、小休止と補給を行う」


次の行動を指示すると、他の隊員達と共に、階段をゆっくりと降りていく。

遠方ではまだ交戦している歩兵部隊の銃声、再び迫撃砲を制圧したビル周辺に撃ち始めた敵への対迫射撃による榴弾の炸裂音がまだ響いている。

ここでの戦いはひと段落したものの、まだ敵の主力と思える部隊と衝突していないのが不安要素として残る。


集結後、近くの廃ビルの陰に休憩の為の軽い壕を機械力に任せて掘っていると早速、仲間から声を掛けられる。

「よぉ、拓馬。自爆喰らうなんて散々だったな」

と2分隊長の山崎だ。


「お前も、瓦礫に埋もれないとは運がよかったな」


と、先に降りていった事を指摘しつつ、遅れてビルに近づいてきた四足歩行の無人支援機、2029式無人多脚支援車の荷台からストロー付きのボトルを取り出すと、装甲服の差し込み口に突き刺して、口元にストローを引き出す。

冷えたスポーツドリンクで喉の渇きが潤されるのを感じて、はじめてカラカラに喉が渇いているほど緊張していたのを実感する。


その合間にも四脚の奇妙に平べったい背中に、大量の弾薬や物資を乗せた無人機は、小さなアームで器用にケーブルを装甲服に接続する。


視界の隅に外部電源接続中である事を示すランプが灯るのを確認すると、ようやく一息つける状態になったと感じた。

無人機は更に大型バッテリーを装甲服の背中から抜き出し、新しいバッテリーへと交換を始めている。

無線機では、他の部隊が周辺警戒に入る旨が流れてくる。


『神崎。またお前は単独突入したのか。』

無線越しに叱責が飛ぶ。


「”またまた”で申し訳ございません教官。次はうまくやります」


『絶対にお前反省していないだろう、帰ったら反省会だな。次の結節は1600。武器装具を点検し、爾後の指示を待て』


「HQ、アルファリーダー。1600まで点検の上、小隊を集合させ待機します」


すでに小隊の面々は装甲服の前面を解放してサンドイッチといった簡単な食事をとり始めたり、仲間に”服”を任せて用便を済ませに向かっている。


休止する彼らの横を、付随していた歩兵部隊が敵の降伏者を一列に並ばせて後送するトラックへと乗せていく。

ズタボロの戦闘服、襟の縁などから制服のブラウスやシャツが見え隠れする事から、捕虜になった敵兵も神崎たちと同じ高校生くらいの年齢で戦場に投入されたのだろう。

この戦争が始まってからずいぶんと長い年月が経っているが、東西に分かれた日本はそれぞれ徴兵年齢を引き下げるという手段で兵力問題に対応していた。

これは、捕虜となった子供のポルノやスナッフビデオ、死体損壊映像などの忌避したくなる様な動画が録画技術の向上とインターネットの発展により知られる様になると、各国から大きな批判が巻き起こった。

これに対して東西日本は、”そんなに少年兵に同情するなら、各国から義勇兵でもいいから派兵してくれ”と要望を出すと、すぐにどの国も黙り込んでしまった。

何処も自国の兵隊を、極東の島国の覇権争いの為に失いたくはないのだ。

戦場では未成年の妊娠・出産といった問題も起きているが、両国ともに人口問題の少しでも足しになると、その問題を放置する処か、戦争孤児として施設で預かり、育ったら戦場に送り込む戦力として重宝している。


神崎自身も戦争孤児として施設に引き取られ、軍が運営する学校に入学して、2028式機動装甲服を着用する様になってから1年が経つだろうか。


第二次世界大戦で、日本は負けた。徹底的に。

西日本は2発の核爆弾で広島と長崎を焼かれ、9月にはアメリカ軍が九州に上陸、各地で部隊の降伏が相次ぐ中で、東日本からは皇室が京都へ”戻られた”。

ソ連が北海道を烈火の如き勢いで占領したのだ。

そのまま南進するソ連軍を見て日本陸海軍は交戦を続ける意思を失いアメリカ軍へ降伏した。

しかし、戦闘は終わらない。

アメリカ軍はソ連の脅威を受けて直ちに東進を開始。

米ソ両軍は直接的な交戦を避ける為に出来るだけ早く進む様にした結果、中部地方を中心に日本を東西で両断。

にらみ合いとなっていたが、同様に分割占領となっていた朝鮮半島でソ連が保護国として独立させた朝鮮人民共和国軍による侵攻が開始されると日本人民共和国と名乗るソ連占領下の日本が西日本の統一を目指し攻撃を開始。

米軍は西日本を日本国として独立させると共に、即座に再軍備させると、これを支援した。


アメリカとソ連の支援を受けた東西日本の軍隊は拮抗し、中部地方は実質的なDMZ(非武装地帯)となるが、ここは幾度となく東西が主権を主張する係争地帯となし、小競り合いが絶えない状況が続いた。


決定的に東西の戦争を悪化させ、世界から日本を孤立させたのは1980年代の事だ。

当時、デタントと呼ばれた東西の関係緩和に伴い、日本も融和ムードが始まり、名古屋を中心として友好を象徴する東西が協力して有効都市がつくられた。

そこでの生活は安定し、豊かで、西側の富が溢れていた。

そのような光景を見て東日本は自国民に東側としては裕福で安定した社会ではあるものの、西側の持つ自由に国民が影響されるのを恐れた。

そこで彼らは西側で活動している、共産主義活動家”日本赤軍”に目を付けた。

交番で、銀行で、そして最悪な事に学校で赤色テロが発生した。

特に最悪だったのは、大学生を西側の”資本に塗れて堕落した存在”として男女問わず、50人を大学の講堂に並べて背中から撃ち抜いて射殺。


犯人は西側が投入した警察特殊部隊により射殺されたが、これに対して東側が西側の独断による犯人射殺として抗議、テロリストも学生だった事を受けて東西の世論が荒れに荒れた。

世論の混乱を受けて東日本は西日本に対して圧力を強め、1991年のソ連崩壊を発端として戦端を開いた。



東西の日本の戦力は拮抗している。

特に海軍は東日本は日本帝国海軍から引き継いだ戦艦長門を筆頭に、崩壊寸前のソ連から大量に引き受けたミサイル駆逐艦や巡洋艦を擁しており、同じく日本海軍の残存艦艇である戦艦榛名を中心とし、米軍からの技術支援を受けた海軍を再建していた西日本にとっても侮りがたい戦力である。

空軍も、互いに多数の戦闘機を運用すると共に、東側は爆撃機まで保有している。


互いに高価で補充をし辛い海空軍の投入は積極的ではなく、緒戦こそ大規模空戦と海戦が発生したが、互いに数十機の戦闘機と2隻程度の駆逐艦を失うと、小競り合い以上の戦いはやめてしまった。

戦いの主役は陸軍となる。


海空軍の支援を積極的に受けられない陸戦は一進一退の様相を見せた。

ヘリボーン作戦も行われるが、余り突出した運用を行うと直ちに戦車を含めた重装備の機動戦力に蹂躙されてしまう事から、大規模ヘリボーン作戦は初期の大規模作戦の後は行われていない。

互いに砲撃力が大きな決定打を担い、戦車の衝撃力が敵を打ち据え、歩兵が掃討を担った。


結果的に互いの国境線は要塞化が進み、今では西日本には日本軍が用いていた戦艦から流用した砲台が敷設される要塞線まで築かれている。

東西それぞれの要塞線は、伊吹山地から伊勢湾までを中心とする西側防衛ラインと日本アルプスを中心とし富士山方向へと延びる東側国防ラインによってDMZが区切られている。

この間の区間では東西戦力が常に一進一退の攻防を繰り返しており、今回の神崎らの作戦では無人地帯と化した名古屋より更に東側へと戦線を押し上げ、浜松まで進出している。


長期間の陸戦は両方の国家に人的資源の大量消費を促し、第二次世界大戦の傷も癒えぬまま、戦い続けた日本は、人口問題を互いに抱えつつ、平均寿命をすり減らす事で生き長らえてきたのだ。

今では無人地帯に残された資源と共同研究が行われていた間の技術的成果物の回収が主な争いの原因になっている。

大規模な交戦は減っているとはいえ、曲がりなりにも民主国家である西日本は無人兵器と装甲服の開発を推し進めた。

その結果誕生したのが、2028式機動装甲服と2029式無人多脚支援車だ。

機動装甲服は通常では得られえない防護力とパワー、機動性を得られる一方で技術的制約からバッテリーに依存する為、稼働時間は最大でも36時間と限られてしまうのが問題だった。

開発中から分かっていた問題から支援用の装備が並行開発されていた。

本来なら、前線で交戦する兵器こそ無人化できれば理想的ではあるのだが、戦術行動の難しさ、無線管制ではビル群の中では安易に電波が途切れてしまう問題から、単純な動きで済む支援装備の無人化が優先されたのだ。

山岳および市街地戦運用が重視されているのも特徴だ。

どうしても中部地方は山地が多いのと、名古屋などの融和時期に作られた都市が点在しており、戦車などの重装備だけではどうしても人命の損耗を抑え込むのが難しいというのが課題だった。

これを解決する為に開発された機動装甲服には登攀用の装備も充実している。

機体を一気に引き上げつつ、補給が少ない環境でも多用出来る圧搾空気式ワイヤーアンカー(圧搾空気は複数のタンクにチャージされる)、咄嗟に岩壁などへ打ち込んで機体を固定する登攀用パイルバンカーも両手両足に仕込まれている。

装甲も正面なら長距離からの12.7mm普通弾に耐えられるほどの重装甲で、パワーは12.7mmHMGを片手で扱えるほどのパワーがある。

流石にハイスペックすぎる為、コストも極端に高くすべての兵員には配備できない。


一方でワイヤーアンカーを用いた機動は高G環境の繰り返しにもなる為、どうしても肉体的に耐久性の高い若い人間である必要があった。

その為、西日本政府と軍部は少年兵に配備しているが、これは彼らの生存性を高め、兵力維持の平均年齢の長期化と、経験値増加による熟練兵の確保を意図している処もある。

もっとも、少年兵らの平均寿命が延びたからと、機動装甲服をいつまで着れるかというデータも集まっていない。

その為、後方支援部隊として野外整備隊が小隊に付き添っている状態だ。


それを支援する部隊も小規模ながら戦闘団と呼んで良い規模を保有している。

何せ、少年兵に任せているといっても最新鋭の装備だ。

その戦闘能力を最大限活かせる編制でなければ意味がない。

歩兵2個中隊は89式小銃や110mm携行対戦車弾を持った普通の歩兵だが、89式戦闘車に乗車し、90式戦車の小隊も保有する。

支援する火砲も120mm自走重迫撃砲4門に旧式ながら75式自走りゅう弾砲4門とかなりの重装備だ。

これに中距離多目的誘導弾を持つ対戦車小隊、93式近距離対空ミサイルを保有する防空小隊と歩兵が少ない事を除けば重武装で装甲化も進んでいる。

その理由は神崎らの作戦にもあった。


まだ、日没まで時間はあるけれど、まだ冬の気配を残す春先の空を見上げていると、教官と呼ばれた人物から再び無線が入る。


『アルファリーダー、こちらHQ。次の目標を指示する。地図情報を確認しろ』


「HQ確認した。更に東へ68km。だいぶ東側に接近しますね」


『上の方で欲が出たらしくてな。たまたま、直近の衝突で互いの主力部隊が大きく後退し、DMZ

が互いの学生ばかりだった処に、貴様らの試験投入で快進撃をしたものだからな。』


神崎らが命令されているのは、実質東側の防衛ライン目前の旧藤枝市周辺までの進出だ。


「いったい、自分たちに何を求めているのですか?所詮、連隊程度の戦力しかないのですが」


『どうも、ここの近辺で西側の支援で作った病院を利用して”No,10”と呼ばれるものを開発していたらしい。それに関連する資料の収集、および可能であれば確保ないしは破壊が目的になる』


「砲撃で破壊してはダメですか?」


『そんな不確定な方法を認める訳がないだろう。関係しそうなものがあったら、取り合えずコータムのカメラ端末で撮影しておけ。逃げられなくてもデータは送信できるだろう』


「教官、今からでも現地指揮を執られませんか?」


『生憎とヘリで飛んでも近くまで行けなくてね。敵の防衛ラインが近すぎて、航空攻撃まで受けたら、いよいよ撤退も出来ないだろう。あと、戦闘団長には先に辞令を通達済みだったが、これでも最速で伝えているのだよ』


教官というより、教師と生徒という感覚で会話が進んでいく。

戦闘団の各級指揮官へは戦闘団長より命令下達が行われているが、彼らの任務は機動装甲服小隊が目標地域の捜索をし易い様に、周辺地域を一定時間確保せよという内容だった。

神崎は教官との会話を小隊の分隊長クラスにオープンにして、情報の共有を行っている。

教官もその事を知っているから、データ送信される地図情報には分隊長クラスまでが知りたい地理情報、および配置されているであろう敵戦力の想定データも書き込まれていた。

コータムの画面上では、敵を示す赤い兵科記号と味方を示す青い兵科記号が示されているが、その情報が示す味方との距離は余りに遠く、敵との距離は余りに近い。


『敵主力は現在の時点では確認できていないが、ここまで懐に急速に潜り込まれたら反応しない訳にはいかないだろう。あとは小隊長に行進順序等の段取りは委任する。質問?』


無線から今まで沈黙を保っていた各分隊長から『なし!』と生徒らしい返答が2分隊長から順々に返ってくる。

これまでも、少年兵として装甲服を着る以前から戦場に投入はされてきた。

現在地に至るまでも幾つかの戦闘を行ってここまで来た。


だけど、これから神崎らが遭遇する戦いは異質で、すでに底に脚を着けていたと思っていた戦場の底板を更に踏み抜く、東西日本にとっても、少年兵らにとっても”最悪”になる戦いだった・・・

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