15.僕が救えなかった姉と僕を救った妹

 佳代子がしきりに小倉君のことを聞いて来る。

 いや、本当は小倉君じゃないわね大蔵君のことね。

 佳代子は小倉君ではなく大蔵君だと信じていた。


「聡子の意地悪、大倉君はどこの学校なの教えてよ」


「そんなに会いたいの?」


「会いたいわよ当然でしょ、なんで隠すのよ?」


「だって、大倉君は小倉君のお友達だから、あなたのことも知っているかもしれないわよ。小倉君を『キモ男』と呼んでいるとか知っているかも」


「えっ?キモ男が告げ口しちゃったの?」


「そんなこと小倉君はしないわよ・・・」


「まさか聡子が告げ口したの?」


「いいえ、そんなことはしないわよ」


「そうよね、聡子だって小倉君のこと『キモ男』って呼んでたものね」


「そう酷いことをしたと今は反省しているのよ。あなたには分からないと思う、あんな思いをした人の気持ちなんて」


「あんな思い?・・・聡子目が潤んでいるわ」


「ああ、ごめんなさい。そう言うつもりじゃいのよ。この話はやめましょう」


「ええっ、なんか気になるわね」


「ともかく小倉君も大倉君のお友達なのよ。だから小倉君との付き合い方も考えた方が良いわよ」


「別に大蔵君のお友達だからって、私が友達になる必要はないわ。でも、そうね友達を悪く言うのは止めるように努力してみるわ」


「うん、頑張ってね佳代子」


「まあ、ぼちぼちやりますわ・・・」


 本当は小倉君に対する態度がそのまま彼女の好きな大倉君に繋がっているとは思わないだろう。

 だからそんな気楽に言えるんだろう。

 佳代子、後悔しないように頑張りなさい。


 佳代子に話している内に私も思い出してしまった。


「人を死に追いやったかもしれない」

 そんな大きなものが彼に伸し掛かっていた。

 そんな重圧に彼は押しつぶされそうだったんだろう。


 そんなことも知らず、彼を茶化したり蔑んだりしていた。


 彼にとって誰かに茶化されても蔑んだりされても、彼にはもっと大きな重圧がかかっていた。

 だから何も感じなかったかもしれない


 そう言う行為をして自己満足している自分が本当に小さく思える。


 小倉君は世を儚んでいた。


 もしあの時誰も彼に気づかなければ今頃は大きな悲しみに覆われただろう。

 本当に私は大きな後悔をするところだった。


 彼を思い留まられせた人に感謝だった。


 彼女の情報は松田君が調べている。


 一か月かけて小倉君を指導してきた松田君は成果と今後の方針を聞くため、芦屋先生と連絡を取るということだった。

 本当に松田君は連絡を取りたくてしょうがなかったようだったが、良く一か月も我慢したものだ。


 明日の朝には彼女の名前が判明するだろう。


 ◆   ◆


 私と中島君は小倉君の願いを叶えるためあの時の事故に遭った少女の情報を集めていた。


 本当に不思議だった、玲子さんも探してくれていた。

 実は玲子さん曰く「加害者と裁判をするときも相手方の名前も分からなかった」そうだ。


 少女の死は家族にとって本当に重かったのだろう。

 マスコミに弄られたくないという意思の表れだったそうだ。


 だが私の母が色々と調べてくれた。

 母は私がこの一年でまた希望を取り戻したことで中島君に感謝していた。

 小倉君のことも恩人だと話し協力をお願いしていた。


 婦人会や隣町の自治会旧友と本当に色々と手をまわして情報を集めてくれた。

 そう言えば私に勉強を強制していた時も一生懸命だった。


 ある意味恐ろしい人かもしれない。


 結果その夜になって有力な情報が集まって来た。


「事故に遭うまでは隣町に住んでいた白鳥ちひろさんね、両親と妹さんが居るみたい。

 事故後はお母さんが寝込んだままになっているみたい。

 今はちょっと遠いけど朝日町に住んでいるみたいよ」


「凄いわ母さん。そうかお母さんが寝込んでいるのね。

 そうよね五年か。

 事故はお母さんにとってショックだったんだろうな。

 明日、中島君と相談してみるわ」


「お役に立ててうれしゅうございます」

 母は微笑んでいた。


 夢を失ったと思った時母なんか大嫌いだったし恨んですらいた。


 そんな親子関係すら修復してくれたのが中島君と小倉君だった。


 そうか母の人生すら影響を与えて良い方向にしてくれたんだ。

 本当に感謝だ。


 ◆   ◆


 朝は何時も早い、なぜなら中島君の家まで迎えに行くからだ。

 そうだ『自称彼女』とはそういうものだ。


「中島君、良いお知らせよ。分かったのよ現在の被害者の連絡先」


「本当か、いよいよ小倉の願いが叶うのかな?

 小倉は大学に行かないで働こうとしている。

 なにか被害者家族にしてあげたいと考えているようだ」


「でも謝りに行って、受け入れてもらえるのかな?向こうのお母さんは事故のショックから寝込んでいるのよ?」


「何もしないで良い訳ないさ、だから小倉は謝りに行こうとしているんだ」


「良い方向に行くと良いわね」


「大丈夫さ、だって修ちゃ・・・小倉だよ」


「そうね、小倉君は色々な人の人生を変えることが出来るんだもんね。自分の人生だって変えられるわよ」


「しかし小倉は足が速いな・・・この頃いつもの所では追いつかなくなって来たな?」


 小倉君は歩く速度も速くなっていた。

 そのため今まで追いついていた場所では追いつかなかくなっていた。


「お~~い中島・・・」

 その声は松田君だった。

 もちろん横には斎藤君も居る。


「おはよう、斎藤君、松田君」


「昨日ね芦屋先生と話したんだぜ!!本当に興奮した。やっぱりすごい先生だ」


「憧れの芦屋先生とお話しできて良かったわね」


「ああ、それと大学行ってから4年生になったら先生の会社でインターンで働かせてもらえることになったんだ。

 もう俺夢を見ているようだ」


「本当に小倉君に感謝ね・・・」


「それと白鳥さんにもだな」


「えっ?誰?」


「白鳥めぐみさん、ほら、小倉君の命の恩人だよ。芦屋先生に聞いたんだ。オリンピック日本代表強化選手だそうだ」


「白鳥さん?・・・なんか偶然ね」


「何が?」


「被害者の名前も白鳥さんなのよ」


「えっ・・・もともとこの町の傍に住んでいたらしい。

 でもお姉さんを事故で失ってから陸上始めたとか言っていた。

 事故を忘れたくて家族は朝日町に住んでいるようだ」


 中島君が少し困ったような顔をする。

「どうやら、本当に被害者の妹さんのようだな?

 被害者の妹さんも小倉のことに気が付かないで助けたということだな」


「もしお姉さんを死に追いやった小倉君を憎んでいたらどうしよ」


 斎藤君はおじけづいたように意見を言う。

「小倉のアスリート計画は没にしょうか?」


 松田君が反対する、

「芦屋先生も言っていた小倉君は素晴らしいアスリートになるってね。

 だから今やめるわけにはいかない。

 小倉がアスリートになったなら芦屋先生と俺の共同トレーニング実績になるんだ」


「でも二人が会ってしまったら?どうなるの?お母さんが寝たきりになっているのよ、彼女にとって事故の後遺症は現在も続いているのよ」


「それでも小倉は会うと思うよ。そうしないと小倉は前に進めないからね。今もきっと『今日。今から』と言いながら進んでいるんだ」


「何て残酷なんでしょ・・・」


 中島君は少し考えて皆に言った。

「少しの間考える時間をくれないか。この件は俺から小倉に話すよ」


「あっ、小倉君発見!!」


 小倉君に追いついた、いつものように、昨日より早く、明日は今日よりも早くとブツブツ呟きながら。


「小倉!!おはよう。芦屋先生と話が出来たぞ。本当にお前のお陰だありがとう」


「松田君おはよう、良かったね芦屋先生と話が出来たんだ」


「それで、今後の計画も立てたんだ、後で手伝ってくれる、みんなに聞いてもらうよ」


「分かった!!」


 本当にうれしそうな松田君は何度も小倉君に頭を下げていた。


 ◆   ◆


 その日のお昼休みいつもの裏庭で集まる5人。


「では発表します、今後のトレーニング計画です」


「「「三か月計画?」」」


「大体三か月で仕上げます、現状小倉君は陸上部の中堅選手と同等の走りが出来ると想像します」


「えっ、そんなに早いの?」


「もちろん一年くらい調整すればそこそこになるのですが流石に三年生デビューというのは如何なものかと思いますので三か月のトレーニングの後に陸上部デビューと言うことになります」


「三か月って?夏休み?」


「そうですね実際には二学期から学校デビューです」


「「「学校デビュー?」」」


「そう、小倉君は今のガバガバになった制服とマスク、帽子を脱ぎ捨ててNEW小倉として颯爽と学校に現れるのです」


「なんか格好いいわね」


「たぶん陸上部の上位に食い込めると思いますので陸上部にも入れると思います」


「二学期に小倉君は羽化(メタモルフォーゼ)するのね、なんか素敵」


「では次に私から重要発表です」


「重要発表?ついに『自称』が取れたとか?」


「それならうれしいのにね・・・」


「なんと小倉君が宮前町のマクロデナント店員さんになることに決まりました!!」


「えっ!!、バイト禁止だろ?」


「それが先生の許可が出たんだ、ただし店では偽名の大蔵なんだけどね・・・」


「バイト禁止など、蛇の道は蛇だね、ハリセン玲子さんに掛かれば先生も何も言えないのです」


「ははは、玲子さん凄い」


「と言うことで来月から水曜日と木曜日は小倉君はバイトです。

 一度小倉君の働き具合を見にみんなで食べに行こう」


「小倉、忙しいな、ちゃんと筋トレは欠かすことなくやるんだぞ」


 その言葉に反応したのは松田君

「大丈夫です、芦屋先生から言われているからね」


 私は色々なことが一度に動き出す予感がしていた。

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「ブザマン」  茶猫 @teacat

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