10.「ブザマン」走り出す時②
昼休み五人で階段に座ってご飯を食べる。
中島が自慢そうに僕の話をしていた。
「修ちゃん。。。いや、小倉君は足が速かったんだ、それも信じられないくらいね、どういう足をしているんだって調べたけど、俺も子供だから分からなかった」
その言葉を聞いて松田君は僕の足の筋肉に興味があるようだった。
「本当だな、凄いな・・・陸上やったら良さそうな筋肉だな」
斎藤君もそれを見ていた。
「ほう・・なる程な・・・・」
「斎藤君、本当に分かっているの?」
高野さんが茶化していた。
斎藤君はその言葉に正直に答えていた。
「本当は俺には分からないよ、だって筋肉というよりまだ脂肪のほうが多いだろ」
「その通りだ、でもこの筋肉のつき方はたぶん特殊だな・・・さっきも言ったけど陸上選手に多いんだ。そうだちゃんと足を地面に着けて立ってみてくれる?」
「無理だよ、足がちゃんと地面に着かないからね」
「そんなことは無いよ、足を見せて見ろよ」
松田君が語句の足を地面に着けようとした。
「うわっ!!」
僕は大声を出して足を傾けてしまってそのまま地面に着けようとした。
松田君は咄嗟に僕の足を掴み上げた。
「足を捻挫するよ」
「僕も何とかちゃんと歩こうとして、でもその度に足を捻じって捻挫したんだ」
「どうして捻じろうとするの?」
「なんか地面に着く瞬間に足の辺りのところがぬるっと生暖かい感覚に覆われて、地面が近づくと地面から手が出てきて僕の足を掴む感じがするんだ・・・・」
高野さんが少し声を震わせていた。
「なんかオカルトね・・・」
松田君は何かに気が付いたのか、少し考えたのち口を開いた・
「大丈夫だ、少し時間をくれないかな良いテーピングの方法を考えてみるよ。うまく行けばちゃんと歩けるようになると思う」
「本当か?」
その場にいた全員の言葉が重なった。
「ああ、でも時間をくれないか。俺の尊敬する大先生の著書を漁って来るよ」
斎藤君が何かを思いついたように口を開いた。
「そうだとすると、これは運命だな・・・」
「「運命?」」
「そうだよ、さっきの話に出て来た彼女は陸上のアスリート風だったんだろう。
だとすると小倉も陸上を始めれば彼女に会えるはず。
そうだよ小倉はその彼女と陸上競技のアスリートを目指す運命なんだよ」
「いや、全然走れない僕がどうやって陸上なんか出来るんだ?」
「俺と松田が居れば大丈夫だ。俺たちがお前を陸上の選手にしてやるよ‼」
「でも、高校生活はあと2年しかない」
だが松田君は慎重な口ぶりだった。
「確かに今の状況では二年程度では不可能だろうな、でも可能性はゼロではないと思う」
「夢を持つことは重要だわ。
夢に向かっていればきっと叶うはずよ。
私だって無理だと思ったけど、小倉君のおかげで夢が叶いそうなのよ」
「ありがとうみんな・・・」
もちろん今は不可能だと思うけど、みんなが後押ししてくれるなら可能性はゼロではないだろう。
僕も諦めずに頑張ろうと思った。
松田は斎藤とクラスに戻った。
「やっぱり難しいな・・・・」
「どうしたんだ松田らしくもないな」
「小倉君の根本的な原因は精神面から来ている。
つまり心理療法が必要なんだ。
でも俺にはまだそんな知識も経験もないからね」
「お前なら大丈夫だろ。ほら何とかいう先生の本でも引っ張り出してまた解決できるんじゃないのか」
「確かにそうしようと思ってはいるが、今回ばかりは一筋縄ではいかないと思うんだ・・・」
「大丈夫だよ、運命なんだ。そう考えれば簡単にそんなことは解決するに違いないさ」
「斎藤は気楽で良いな」
「お前が心配性なだけだろう。全ては天の導きの賜物さ」
「変な宗教でも始めたのか、気持ち悪いよ」
「我が斎藤教を信じれば、お前は救われるぞよ‼」
「いや、そういうのは間に合ってるから・・」
悩んでいた顔をした松田もにこやかに笑っていた。
◆ ◆
週末がやって来た。約束の日。
川原に向かう僕に中島と高野さんが付いて来ていた。
ただ中島と高野さんは河原の土手の上から僕を見守ると言って土手の端にシートを引いて座っていた。
僕は本当に彼女がやって来るのか心配だった。
あんな約束をしていたが本当は来ていないかもしれない、そんな不安もあった。
だがそんな心配は不要だった。
約束通り彼女達?は河原での練習をしていた。
練習の邪魔にならないようにこの間のベンチに座って待った。
しばらくするとあの少女がやって来た。
「そう言えば名前は聞いていなかった」
あの時の少女に間違いはなかった。
少女は男の人を連れて来ていた。
「ありがとう、来てくれたのね。
なんか帽子とかマスクしているから違う人かなとか思ったけど足の具合が悪そうだったので間違いないと思ったわ」
「こちらこそ、ありがとう。あれから僕の生活は変わって行きました。本当にこんな僕でも人に影響を与えていることが分かりました」
「この子が見てほしいとか言っていた子ね?、可愛いわね」
「こちらは芦屋先生、私やメンバーのスポーツ診療を受け持ってくれています。とっても偉い先生ですよ」
「いや、偉くは無いから・・・言い過ぎはダメよ」
なんか女の人みたいな口調でその男の人は話すようだった?
「じゃあ、少し見せてもらいましょうかねぇ?それとあなたはさっきのメニューをこなしておいて頂戴」
そう言われると戻って行って。
「あっ・・」
「どうしたのかしら?何か忘れ物?」
「まだ、は、、話が・・・」
芦屋先生が遮った。
「後でいくらでも出来るわよ、彼女はやらなければならいことがあるのよ」
名前を聞くのを忘れたが、その時そうだなと思った。
「さてと、足を見せて頂戴」
芦屋先生は僕の足を見始めた。
軽く押さえたり、捻じったりして、僕に色々と足を動かしてみてと指示し様子を見たりもした。
「大きな問題はなさそうね。ちゃんと足は動かせるじゃない。地面に足を着けて立ってみてくれるかしら」
言われるままに立ってみた。
いつものように足は足の裏を地面に着けられる少し斜めになっていた。
「ちゃんと地面に足を着けてね、ベイビィちゃん」
「すいません地面には着けられません・・・」
「どうしてなの?」
「地面がヌルヌルする感覚があって・・・それと・・・」
「それと・・」
「足を掴まれるような感覚が・・・」
芦屋先生は何かを考えていた。
(PTSDみたいなものかしら・・・)
芦屋先生はしばらく考えて、布のテープを取り出した。
「よし、分かったわ今からこれでテーピングするから、よく見ておいてね。明日からは自分でやるのよ」
「はい」
芦屋先生はテーピングを始めた。
「最初は強く巻いてみたのよ。きつくない?」
「いえ、大丈夫です」
全体的に強めだが、足首は固定された感じで安心感があった。
「この靴を履いてみて」
芦屋先生は靴を出してそれを僕に履かせて隙間を見ていた。
「微妙ね・・少し切るかな」
芦屋先生はインソールなるものを取り出してハサミで切って行く
「これでどうかな?」
「なんか足にぴったりになりました」
「良かった、では足を地面に着けてくれるかしら?」
そう言われても僕には地面に着けることが出来なかった。
「大丈夫だから、靴もぴったりだしテーピングでシッカリとガードしたからね。安心しなさい」
「だめなんです・・・」
「大丈夫よ、この靴は女神から拝命した靴よ、悪夢はもう終わりよ」
「女神?」
「そう、あそこで走っている女神が少ないお小遣いから『あなたのために』買った靴、決して粗末にしてはいけないのよ」
「えっ、彼女が僕のために買ってくれた靴?」
「そうよ、この靴いくらするか知っているかしら?」
そう言えば靴ってスニーカなんかだと高いんじゃないかと思い思い切った値段を言ってみた。
「もしかすると一万円くらいするんですか?」
芦屋先生は軽く首を振る。
「とんでもないわよ。靴だけで七万円近くするしインソールもそれなりのものだからね」
「そんな高価なものを僕のために?」
「それと私が一度診療するとそれこそ目が飛び出るわよ?今回は最初は頼まれたからやっていたんだけど。今は君が気に入ったから俄然やる気が出て来たわ」
「気に入った?」
「そう、なんか話に聞いていたのと違うわ。死神に取りつかれた人には興味が無いからね。でも今のあなたはなんか生きる気力のようなものを感じるのよ」
「でもなんで僕なんかのために・・・・」
「彼女は命の大事さを知っているのよ。どんな命も失われて良いはずはない、だから生きてほしいんだと言っていた。本当におバカさんよね。だって来てくれないかもしれないのに高価な靴が無駄になることもあるじゃない」
僕は無言だった。
「さあ、分かったかしらこれは女神があなたのための準備した靴、そして私があなたの足に合わせてテーピングしたわ。これで立てないわけはないわ。ちゃんと地面に足の裏を着けて立ち上がってみなさい」
『どんな命も失われて良いはずない』その言葉が突き刺さっていた。
僕が助けられたなかった少女の命もそうだ。
僕が殺したんだ。
そう思うとますます足が出なくなった。
「頑固サンなのね。では私が手伝ってあげるわ」
芦屋先生はいきなり僕の足を掴んで押し下げようとした。
「いや、えっ・・・」
必死に抵抗を続けた。
「この馬鹿野郎!!」
いきなり男口調になる芦屋先生。
「お前はアイツの気持ちを無駄にする気か、アイツは女神なんだぞ」
「でも僕は・・・・」
「過去に何があったかは知らん、今を生きることを考えるんだよ。今だよ、今!!」
そうだ今だ、今なんだ、でも僕は失われてはいけない命を・・・
「あ~~っ、あ~~~~っ!!、僕にはそんな資格は無いんだ」
大きな声を出すと大粒の涙が頬を流れていった。
芦屋先生も手を離した。
涙に霞んでいたが微かに練習用に作られたトラックが見える。
大きな声だったのだろう、練習中の少女がこちらを見ていた。
彼女は心配そうな顔をしていた。
こんな僕のために高価な靴や先生にお願いまでしてくれた。
本当に女神のような人だ。
ただ不思議だった、彼女の顔を見ていると既視感が湧いてくる。
何処であったのだろう?
覚えていない・・・・
そうか、僕は思い出そうとしても事故より前の記憶は蘇られない。
そう思った時既視感の原因が分かった。
彼女は死んだ彼女と同じ目をしている。
あの時の目は暖かいもので包まれていたような気がする、決して恨んでいるような目ではなかった。
そして何か言っていた彼女の言葉を一部だが思い出した。
「お願い」
確かにそう言った。
そう思った時生暖かい血の海から僕の足を掴んでいるのは彼女ではないと理解できた。
芦屋先生のいう死神に取りつかれた人と言うのは本当らしい、
「足を地面に着くことは恐ろしいことでも何でもないことだ」そう自分に言い聞かせた。
そして足をゆっくりと地面に下ろしていく。
やはり足が斜めになりそうになると、芦屋先生が靴底で手が汚れることも気にせず押さえてくれた。
「今日、今から・・・今日、今から・・・・・」
何度もそう心で呟いた。
「よ~~~し、よくやった!!」
芦屋先生のその言葉で初めて僕は地面に足が着いたことに気が付いた。
「少しずつ練習してみようか・・・」
その言葉と共に僕は何度も何度も地面に足を着く練習をした。
芦屋先生はその間ず~~っと着いていてくれた。
「次は歩く練習だ」
そう言われて僕は歩きだした。
テーピングのお陰か全く痛みは無い。
少し歩くと芦屋先生はテーピングを少し変えた。
「きつ過ぎるのも良くないからね」
芦屋先生はマジックで今少しずらせたテーピング位置を僕の足に直接マーキングした。
「明日からは自分でこの位置にテーピングするのよ」
芦屋先生は口調がまたオネエ口調になった。
少し歩く、そしてまた歩く、何度も何度も歩く・・・・
「芦屋先生!!、上がる時間ですよ」
彼女の声が聞こえた。
「ごめんなさい、今は手が離せないわ、先に上がって頂戴」
先生の治療?指導は続いていた。
後で気が付いたのだが彼女の名前を直接彼女から聞けてなかった。
そのくらい歩けることに感動していた。
「よく聞きなさい・・・・、あら嫌だわ、あなたの名前聞いて無かったわね、教えて大丈夫なら教えて、でも教えたくないのならニックネームで教えて」
「小倉修一です」
「修ちゃんね。よく聞いて。あなたも忙しいだろうけどね、今日は少し走るところまでやるからね。それでテーピング位置を固定化するまでやらないといけないのよ」
「はい、分かりました」
時間を見ると夜の七時だった。そう言えばあの二人はどうしただろう?
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