09.「ブザマン」走り出す時①

 私は高野聡子、中島君の自称彼女。

 本当の中島君の『彼女』を目指し努力中。


 中島君にいくらアプローチしても彼の関心は小倉君にばかり集中していた。

 でも小倉君は男だよ・・・本当にもっ!!


 だから私は小倉君に嫉妬していたんだと思う。

 私も佳代子たちと一緒になって小倉君を「キモ男」と呼んで蔑んでいた。

 

 でも気が付いた。

 小倉君が居なければ中島君はこの学校を選ばなかった。

 そして私はこの学校で中島君とも会えなかっただろう。


 中島君と会ったことの意味

 --私は中島君に会えなかったら子供の時に見た夢を諦めたままだった。

 つまり私は小倉君のおかげで夢を諦めずに済んだことになる。


 そう気づいたとき

 彼を「キモ男」と呼んでいたことを本当に酷い言い方だと反省し。

 そして自分でも恥ずかしいことだと思えた。


 そして私も中島君と同じように小倉君の友達になることを決心した。

 だって、中島君が友達に選んだ人です。

 私の友達にすることに問題はない。


 でも酷い呼び方をした私なんか友達にしないかもしれない。

 だから最初は『自称友達』でも良いと思った。

 そうです、『自称』には慣れているから・・・


 でも小倉君はそんな私を受け入れて友達にしてくれた。


 それは私にとって些細なことだった。

 ただ「友達になった」それだけのことだった。


 でも驚いたことに、それ以降私の周りの全てが変わって行く。


 最初は・・中島君が念願だった小倉君と理解しあうことが出来た。


 その後中島君は気持ちに余裕が出来たようで、前よりも周りに優しくなったような気がする。


 そして私は中島君と直接な時を共有するだけでなく。

 小倉君を通して中島君との時間を持つことが出来るようになった。


 つまり小倉君に会いに行けば中島君も居る、だから中島君と会える時間が増えた。


 そう言えば、あの時小倉君が俯いて言っていた。


 「自分は人に影響を与えることなんて出来ない、ツマラナイ人間だと思っていた」


 そんなことは無い、だってこんなに影響を与えているじゃない。


 そして私は今日、つまり火曜日は小倉君と二人で勉強会をしていた。


 彼は本当に真剣に勉強をしていた。

 今ではもっと早く友達になれば良かったと後悔している。


 そうなんだ、今考えると中島君の友達だからと最初は思っていたが違うのだろう。

 小倉君はあの事件から抜け出せないからあんな風になったんだ。

 もしあの事件が無ければ私たちはとっくの昔に友達だっただろう。


 そう友達の友達だから友達なのではではない。

 今では私は小倉君だから友達になっているのだ。

 

 そんな簡単なことに今頃気が付いた。


 まただ簡単なことには気が付かないものだ。


 中島君と一緒に彼を今の状況から抜け出させること、それが私の目標になっていた。



 ◆   ◆


 水曜日の一時間目の休み時間。


 マッチョな体の斎藤は友達の松田と話し込んでいた。

 ちなみに松田はスポーツ関連の理学療法士を目指している。

 松田にとって体を鍛えている斎藤は恰好の練習台であり。

 斎藤にとっては体を鍛えるための助言をくれる松田は大事なトレーナーのようなものだった。


「なあ松田、中島の奴どうしたんだろうな月曜日も火曜日も?

 昼食一緒に食べようと思うのに居ないよな?

 学校休んで塾かな?」


「いや、なんか昔の友達と仲直りしたようだ」


「ああ、あいつか・・・『ブザマン』とかいってた?本当の名前は小倉だっけ?」


「そうだよ、あれだよ」

 松田は窓の外を指さした。


「あっ本当だ、中島だ?小倉と高野までいるじゃないか?何してんだ?」


「ジョギングだろ?」


「いやあれじゃ、ほぼ散歩だろう?」


「でも中島と高野は少しジョギング風に歩いているだろ、小倉に合わせているのさ」


「小倉の体力作りをやっているのか?」


「そんなところじゃないかな?毎日だからね。まさかあいつらの仲が修復できるなんて思わなかったけどね」


「小倉が無視していると聞いてたけど、なんかあったのか?」


「いや、詳細は分からないよ」


「でもこの間まで中島だけが友達認定していたんだろう?あれ?というか小倉の『ブザマン』ってなんだよ?」


「知らないのか?」


「知らないよ?」


「そうか斎藤は学校区が違っていたもんな?」


「簡単に言えば、無様なヒーロー『ブザマン』という話さ」


「なんだそりゃ?そんなアニメ有ったかな?」


「ないよ、アイツは人を助けそこなって死なせてしまったんだよ。アイツのせいで死んだという話もあるんだ」


「へぇ凄いな、その話を詳しく聞かせろよ」


「俺も小倉と同じクラスじゃなかったからな、そうだ本田に聞きに行こう」


 斎藤と松田は二人そろって本田のクラスへ向かった。


 本田から話を聞く斎藤。


「ふ~ん、凄い話だな」


「まぁ、俺の知っているのはそこまでだな。あと加害者がアイツを名指して『殺人犯はこの子だ』とか言った話も聞いているが事実かどうかは分からない」


 その後自分のクラスに戻って斎藤は少し考え込んでいた。


 暫くして小さな声で呟いた。

「俺も混ぜてもらおうかな・・」


 それを聞いてマツダが驚いたような声を出す。

「斎藤何言ってんだ?『ブザマン』だよ」


「『ブザマン』がどうした?

 ピンチの人を助けようとする気持ちは誰にでもある。

 でも本当に飛び出すことが出来る人はいないだろ。

 よく考えて見ろお前だって飛び出せないだろう?」


「確かにそうだが、少なくとも助けられるかどうか判断するだろう?

 助けられなかったらしょうがないじゃないか?」


「さっき聞いた昔の話では、昔足の速かった小倉は疾風の如くいじめられている友達を助けに行って助けたんだろ、小倉は少なくとも無謀なことをしている奴じゃないと思うよ」


「どちらにせよ今の小倉君は付き合う相手ではないと思いますがね・・」


「松田はそう思うか?でも俺はそうは思わない」


「ピンチの人を見て助けられるのに動けない人の方が多いはずだ。

 その状況でも一歩前に出ることが出来る人はヒーロー資質だ。

 何度も助けられた中島は誰よりそこが分かっているから、無視されても友達を続けているんじゃないか?」


「この学校に入ってからの小倉君の状況を考えると、中島君の友達としては失格でしょう」


「それは間違いだな。中島が選ぶから小倉は凄い奴なのさ」


「いや、意味が分からないですよ」


「お前には、俺のこのワクワクが伝わらないかな?

 あの中島が嬉しそうにその小倉や『自称彼女』と恥ずかしげもなく校庭を走っているんだぜ。

 あれを見て何かが変わり始めたことが分からないかな?」


「ワクワクとか意味が分かりませんよ」


「よし!!、俺も小倉と友達になる。

 決めたぞ。

 お前どうする?」


「えっ?それってなに?僕も小倉と友達になれと?」


「絶対に面白いに違いないさ。

 だってあの中島が何年も待っている男だぜ。

 その男が動き出したんだ。

 面白いことが無い訳が無い!!」


「いや、面白いって、何がだよ・・・」


「今は何かは分からない!!

 少なくとも退屈はしない予感はするな」


「キッパリだな、でも第一、俺達なんか友達に混ぜてくれるのか?」


「友達の友達は友達なんだ、よってもう友達なんだよ」


「意味が分からないよ・・・でも実際には小倉がそう思うかどうかだろ」


 松田は嬉しそうな斎藤を見て頭を傾げていた。


 ◆    ◆

 その日の昼休み。

 最近の恒例となった中島と高野さんと一緒の弁当タイムだった。

「母さんが皆の分だって、余分の唐揚げを作ってくれたんだ、食べて」


 高野さんが大きな口を開けて唐揚げをほおばる。

「うわ~凄いわね。やっぱり小倉君のお母さんは唐揚げが上手いわ」


 中島も同じように食べていた。

「家は弁当を作ってくれないから嬉しいよ」


「週末には例の魔女さんに会えるのよね」


「約束はしたけど、本当に来てくれるかどうかは分からない」


「それでも準備万端なんでしょ?」


「まさかの十キロ痩せかな?」


 中島は驚いていた。

「本当かよそれは体に悪いやつと違うか?リバウンドが恐ろしいことにならないか・・・」


「カロリー計算と運動も適度にやっている、適切だと思うし運動も続けるからリバウンドは無いと思う」


「それじゃ、会うのが楽しみよね」


「いや、恥ずかしいよ。あんな姿を見せてしまって・・・」


 高野さんは何か切なそうな顔になった。

「ごめんなさい、そんな気持ちにまでなっているなんて、私には分からなかったわ」


 中島も同じようにしんみりしてしまった。


「二人とももう大丈夫だから、本当に大丈夫だよ」


「その人が気が付いてくれないくれなかったら、もしかしたらと思うとね情けなくて、本当にその人には感謝よ」


 そんな話をしていると男が二人こちらにやって来た。


「中島、こんなところ居たのか、なる程今の時間だと日当たりもあり良い場所だ。外で昼食するには最適だな。なんで呼んでくれないんだよ冷たいな」


 少し焦る中島は言葉を選んでいた。

「いや、斎藤、それは・・・」


 不思議なことに斎藤は余裕のある雰囲気だった。

「良いよ分かってるから」


 そう言うと斎藤君は僕の顔をマジマジト見ていた。

「小倉君、『初めまして』、中島の友達の斎藤です」


「斎藤、そんな話方はおかしいよ・・」

 横の松田君が斎藤君を制止していた。


 この時、中島と高野さんが心配そうにしているのが分かった。


 斎藤君は体を鍛えているのでボディビルダーのように立派な体をしており

 それだけで存在感は有った。

 こんな時にどう反応してよいやら、僕には分からなかった。

 とりあえず軽く返しておいた。


「やっと中島と仲直りした小倉です」


 すると斎藤君は笑い顔になって。

「よし!!、中島と友達に戻ったなら、友達の友達だから俺とも友達だな!!」


「「「えっ?」」」

 中島と高野さん、それと僕まで声が揃った。


「えっ!!てなんだよ、友達だろ、寂しいことを言うなよ、と・も・だ・ち・だよ」


 中島が声を荒げて

「いや、ちょっとまて、いきなりそれは何だ?」


「何を言っているんだ友達の友達は友達なんだよ」


「いや、訳が分からん、そんな理由があるか、こっちだって、いろいろ事情もあるんだ・・・」


 何だろう?

 こういう状況は前にもあったな。

 高野さんもそんな感じだった。


「中島君・・そんな心配は要らないよ。

 僕は友達になってくれるのであればありがたく受けるよ。ありがとう斎藤君」


「おう、そうだよな、それと斎藤君ではなく斎藤な」


 中島が少しあきれていた。


「それとこちらが松田だ、よろしく」


 そう紹介されて松田君も挨拶をする。

「俺も友達なっても良いのか?」


「もちろんだよ」


「じゃあこれから仲良くしてくれ」


 斎藤君が松田君と小声でしゃべり始める?

「松田なんか乗り気じゃなかったんじゃないのか?」


「斎藤の言った通りここに来て見ているとワクワクするものがある・・・」


 斎藤が驚いた。

「どうしたんだ急に何か見つけたのか?」


「そうなんだ、今まで気が付かなかったけど小倉の伸長が中島を超えている、体や頭が真っすぐになって、体幹も良くなっているよ」


 斎藤は

「へぇ?松田はそんなこと分かるのか?」


「将来のために校庭でみんなの歩く癖や体のねじれなんかは研究用に観察しているんだ。ここでまじまじ見て小倉の変化には驚いたよ。本当にワクワクするような何かが起こるんじゃないかと思ってしまう」


 その日、僕の友達がまた増えた。

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