08.「ブザマン」母と姉が驚く時

「お昼休みは短いんだから、ご飯食べよ」

 高野さんの言葉で、やっと箸を掴む手に力が戻った。

 ご飯の味がしょっぱくなっていた。


 中島が堰を切ったように声を掛けた。

「最近なんか有ったのか?」


「そうだな、気が付いたんだ僕がやるべきことに。

 でもそんな偉そうなことじゃないけどね。

 簡単なこと・・そう逃げていたこととか・・・やらなければならないことに今頃気が付いたんだ。

 だからシッカリしなければならないことに気が付いたんだ」


「やらなければならないこと・・・」


「いっぱい有りすぎて説明できないな。

 例えば中島に謝ること、お礼を言うこと。

 そんなことも出来ていなかった。

 本当にごめん!!僕のために中島の行きたい高校に行けなくなったこと」


「はあ?俺の行きたい高校はここだ。

 馬鹿にしたらダメだ、ここはそんなにレベルの低い高校ではない。

 俺の行きたい大学の合格者も毎年いるんだ。

 それにどこで勉強しようが俺は目的にしている大学に必ず入るさ。

 そして行きたかった高校と言うのは小倉君と一緒の高校。

 つまり此処さ」


 中島は僕の顔を見ると次の質問をして来た。

「それよりシッカリするってどういうこと?」


「そうだな普通に生活することだな。

 今の状態では何からも逃げるしかできないからね。

 こんなんじゃどこにも就職できないだろうな」


「よし、とりあえず勉強なら俺が面倒みるよ」


「えっ?でも悪いよ」


「いや、悪くないさ。友達だろ」


「忘れないで私も友達だからお手伝いするから」


「ありがとう二人とも」

 姉の言う今は僕が助けてもらう番と言うことを思い出した。

 必ず彼らが助けを必要とするときには力になるぞと決心していた。


 今は「ありがとう」しか言えないが必ず・・・


 その後今までの経緯を話していた。

 その話の中でなぜか高野さんは姉に興味を持ったみたいだった。

 「ふぅ~ん、ハリセン玲子ね・・・・」


 チャイムが鳴って教室に帰って行った。

 何故だろう、気持ちがスッキリしたためか勉強に身が入る。


 今日、本当は学校最後の日だったはずだ。

 あんなに行きたくなかった学校がそれほど嫌でもなくなっていた。


 5時間目が終わり、いつものように校庭散歩、後ろから中島と高野さんが付いて来る。

「ねえ、小倉君、もう大丈夫でしょ。

 横について歩いても良いでしょ」

 そんな言葉を掛けて来たが中島が否定した。


「だめだよ、まだ小倉君の気持ちが・・・」


「大丈夫だよ、君たちが嫌でなければ横に並んでも大丈夫」

 そうさ、僕が考える相手の気持ちと本当の相手の気持ちは違う。

 僕が嫌だろうと勝手に想像しているだけで、本当は相手は嫌ではないかもしれない。


 しばらくすると高野さんも中島も横で一緒に歩き始めた。


 中島が口を開いた。

「ありがとう、嬉しいよ」


 高野さんは何か機嫌悪そうになって。

「先に言い出したのは私だから」


 小さな声だったが中島が高野さんに照れながら「ありがとう」と言っていた。


「小倉・・・、君、色々なことの計画を考える必要があるかなと思うんだけど。今日家に言っても良い?」


「えっ?」


「ほら勉強のこととか、いろいろ話がしたいなとか思って・・」


「わ~っ、私も良く、良いわよね!!小倉君」


 しかし高野さんの行動力と言うか決断力にはいつもながら驚かされてしまう。


「ああ良いよ」

 ただ母には何も言っていなかったから驚くだろうな。


「わ~~~っ、お姉さんが見れるんだ、どんなお姉さんだろう!!」


「いや、そういう目的で行くとか無いだろう。さっきの話はハリセンは本当でも半分くらい脚色されているんだ。小倉のお姉さんは優しいし、きれいななんだぞ」


「え~~っ、中島君もしかして年上の人が好きなの?」


「いや、違うよ・・・昔の記憶だよ、俺だって六年近く家に行ってないからお姉さんにも会ってないよ」


「きっと今は昔より大人びてきっと美人になっているわよ。これは私も行かないと危険ね」


「何がだよ・・・」


 なんか中島と高野さんは二人で漫才を始めていた。

 そんな二人を見て心が温かくなっていた。


 チャイムと共に教室に帰った。

 後ろの席の三人娘が高野さんを捕まえて話をしていた。


「キモ男君と散歩、大変ね彼氏の友達だもんね」


 その言葉を聞いて「少し後悔をしていた」

 そうだよね、そう言われるよね。


 でも高野さんはキッパリと彼女たちと話をしていた。


「違うわよ、小倉君とは私も友達になったのよ。一緒に散歩していても問題は無いわ」


「「どうしたの聡子、キモ男君と友達なんて・・・」」


「あら、中島君が友達と認める人と友達になって何かおかしいのかしら。友達なるには十分な理由だと思うわ」


 そう聞いて数名の少女たちは何かに納得したような顔をした。

「ほらあれよ『自称彼女』から脱却のためよ、本当に大変ね」


「佳代子、違うわよ。私ね気が付いたの小倉君が中島君と私の中を取り持ってくれたことをね、つまり彼は私の恩人なのよ」 


 三人娘はなぜか唖然とした顔になって最後に

「頑張ってね?」

 という変な応援の言葉を最後に席についていた。


 学校が終わると一緒に帰ることになった。


 本当のことは言えない。

 本当なら僕は今日学校を辞めるはずだった。

 だから中島に「ありがとう」を言いに行ったはずだ。


 そして計画通り中島に「ありがとう」を言えた僕は、なぜか友達が二人も出来ていた。

 もちろん学校を辞める気持ちなんてなくなっていた。


 家に帰り着くと扉を開ける。

「ただいま」

 そう言うと扉を閉めた。


「「お帰り」」

 そう言って出迎えてくれたのは母と姉だった。

「姉さん?」


 姉は神妙な顔をして。

「あんなことを言ったもののやっぱり心配で今日は学校休んだのよ。それより言えたの?」


「ああ、言えたよ」


 姉の顔はぱぁ~っと明るくなった。

「良かった、本当に・・よかったわね」

 そういうと姉は少し涙ぐんでいた。


「後、学校へは・・・」と姉が話し出した時だった。


「ごめん、その話は無くなったんだ。なかったことにしておいてくれる。今日は友達が来ているから」


「「えっ?」」

 母も姉も何のことか分からなかったらしい?

「今、友達って聞こえたけど・・・」


 そして扉を開けて、二人に入るように言った。


「お邪魔します、お久しぶりです」

 という中島が入って来た。


 母と姉は目をきらきらさせて中島を見ていたが、その後入って来た高野さんを見て驚いていた。

「お邪魔いたします」


 二人は高野さんを知らなかったから驚きを隠せなかった。

「えっ、誰?」


「姉さん、失礼だよ。中島君の彼女だよ」


 そう紹介されて高野さんが嬉しそうな顔をする。

「はい!!、中島君の彼女で、高野聡子です」


「『自称』が付いていますが・・・」

 と中島が付け加えた。


「いらっしゃい。来てくれて本当にありがとう上がって下さい」

 母は何かテンションが上がって二人を僕よりも早く僕の部屋に案内し始めた。


「ちょっと、母さん・・・」

 そう言うと僕も自分の部屋のある二階に上がって行った。


 部屋に入って中島が一言。

「きれいな部屋だな、何もない」


「すべてを捨てたからね・・・」


「九レンジャーのポスターもなくなっている」


「ああ、正義の味方はちょっと・・・」


「そうか、でも九レンジャーは嫌いじゃないんだろ」


「もちろんさ、正義の味方ではなく、本当のヒーローを描いていた作品だったからね」


 着替えをしなければならないのだが二人が居るので出来なかった。

 そこで、姉は姉の部屋を貸してくれると言ってくれた。

 そして姉は「買い物に行ってくる」とか言っていなくなった。


 帽子と取って、マスクを外す。

 姉の部屋には大きな鏡が有ったが、そこに映るのは昔の顔に近い僕だった。


 なぜそう見えたのだろうか?


 そうか少し微笑んでいたからだ。

 ほんの少しの心の余裕、それが顔に影響するんだ。


 部屋に入ると高野さんが驚いていた?

「えっ、小倉君なの?」


 高野さんは中島の顔を見てまた驚いていた。

「なんで中島君は驚かないの?」


「小倉君の顔だよ?なんか変?」


「だって小倉君の顔って・・・」


「ああそうか、高野さんは小倉君の昔の顔を知らなかったんだ」


「えっ、どういうことなの?」


「さっき話した通りなんですこれがこの一週間ほどの効果だ。姉と母、父のおかげでここまで戻ったんだ」


「そうか家族の愛情は絶大ね・・・実はさっき一緒に歩いたときに驚いていたのよ。だって中島君より小倉君の方が背が高かった。今まで五センチは小倉君の方が低いと思っていたわ」


 その後、部屋にある小さな櫓こたつを机代わりに三人で座り今後のことを話していた。

「俺は火曜と木曜に塾があるけどそれ以外は勉強は教えられる。数学を重点的に教えることにするよ」


「木曜日は歯医者さんなので、この日は時間が取れないから都合が良いな」


「じゃ私は火曜を受け持つわ、何が良いかしら勉強以外にもお姉さんがやっている顔の動かし方の練習を手伝っても良いわ」


「お邪魔します」


 母が神妙な顔をしてはいって来た。

「お茶、どうぞ」


 紅茶とショートケーキが各自に配られた。


 高野さんは嬉しそうな顔をしていた。

「まあ、くるみ屋さんのショートケーキだわ、大好きなんです。いただきます」


 くるみ屋さんって、並ばないと買えないとか言われている洋菓子店だった。

 そうか、さっき姉が出て行ったのは、このケーキを買いに行ったんだと分かった。


「ところで、その川原で小倉君に魔法を掛けた女の子ってどんな人?名前聞いたの?」


「いや、聞いて無いんだ。でも来週会えるんだ。

 たぶん彼女は陸上競技のアスリートなんだと思うよ」


「そうなんだ、詳細は分からないのね」


 中島もそのことが気になるようだった。

「来週か・・・小倉君の後を付いて行っても良い?

 もちろんデートの邪魔はしないから」


「もちろん良いよと言うか川原だから誰が居てもおかしくはないよ」


「ほんと良い人に会えて良かったわね。中島君も友達思いのいい彼女が居るもんね」


「ただし『自称』が付くけどね」


「まだ、付くの?」


「そりゃそうだよ」


 その後中島は高野さんに耳打ちをしていた。

「でも今回のことは本当に感謝するよ」


 その後も二人と幾つかの話をし二人は家に帰ると言うことで玄関まで来た。

「お姉さん、おばさんお邪魔しました」


 なんと母と姉は見送りに来た。

「「これに懲りずに、また来てね」」

 何だろう?

 母と姉は変な返事をしていた。


 そして二人が家に帰ると二人から絶え間なく質問が繰り返された。


「「どういうこと?」」


 僕は説明していった。

 そして「ありがとう」と母と姉に礼を言った。


 その後言葉が詰まった。

 その後泣きながら「もう、学校を辞めなくても良いよね」と何度も言っていた。

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