07.「ブザマン」友達の意味を知る時
その夜、僕は魘された。
ナイフを持った高野さんに襲われる夢だった。
それほど僕は高野さんに恐怖心を抱いているのだろう。
実は寝る前に頭の中が混沌として中々寝付けなかった。
考えていたのは姉に友達を自分の都合で止めるなんてと言われたこと。
それと、友達関係は長く続き、助けたり助けられたりするものなんだと言われたこと。
僕が迷惑だと思っていることが中島にとって本当に迷惑だったのかと聞かれた。
なぜ一方的に今だけを見て迷惑なんだとか言われた。
そして迷惑を掛けるからと思う僕の仕打ちの方が中島を傷つけているのではないか?
そんなことが混沌と頭の中を渦巻いていた。
酷いことをしている・・・それの証明は簡単だった。
それは僕に対する高野さんの刺すような視線を見れば分かる。
中島と一緒に居る高野さんがそう感じることをしているんだ。
そんなことを考えて寝落ちしたので酷い夢を見たのだろう。
でも、すべては明日終わる。
思えば酷いことをしようとしている。
『ありがとう』の一言で学校すら逃げようとしている。
そうだ、最後に高野さんに殴られても仕方が無いと思った。
今は深夜三時だが眠れない、まあ何をしても明日の朝は来るだろう。
明日、いや今日か・・で終わる、
ただ本当に中島に『ごめんなさい、ありがとう』と言えるだろうかと考えていた。
そうして朝が来た。
◆ ◆
その日母も姉も最近にしては珍しく静かで、ほとんど喋らなかった。
そりゃそうだろう、学校を辞めるために僕は今日学校に行く。
本当に両親や姉には申し訳なく思い。
情けない奴だと自分でも思った。
学校に行く道も気が重くなる道だった。
途中で須藤が「ブザマン今日は元気に通学だな」と囃子立てる。
恒例行事のように僕を囃し立てる須藤。
彼も小学生の頃はいじめられていたが、今は立ち直っている。
そう言えば昔から不思議なことがある。
高校生になってからも面と向かって「ブザマン」とか言うのは須藤くらいだった。
彼の僕に対する「ブザマン」という言い方はいじめっ子のそれとは違い親密感を与える。
それは何故なんだろうと考えたこともあったが不明だった。
教室に入ると中島が机に突っ伏していた。
横には高野さんが居るし、近づく勇気が出なかった。
少しすると高野さんから指摘されたのか中島がこちらを見ていた。
でも高野さんがいつも一緒ではとても話しかける勇気が出ない。
とりあえず一時間目の休み時間に期待することにして一時間目の授業を受けることにした。
一時間目の休み時間になったが、やはり高野さんが怖いため何時ものように校庭散歩に出ることにした。
「何やっているんだ僕・・・」
そんなことを呟きながら一階に下りた。
「小倉君、ちょっと来て」
その声に僕は震えた、声の主は高野さんだ。
逆らう気力は無い。
そして昨晩殴られても仕方が無いと思ったが、やっぱり高野さんを目の前にすると怖かった。
高野さんは、僕を少し影になった階段の踊り場に連れ込んだ。
先手必勝かということでともかく謝ることにした。
「高野さんごめんなさい、今日を最後に・・・」
と言い始めた時違和感に包まれた。
彼女は僕の手を掴んでしゃがんでいた・・・
そして目には大きな涙を留めていた。
「学校に・・・学校に来てくれて・・来てくれて・・・・ありがとう」
声は完全に涙声になっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
その後彼女は謝罪の言葉を言い続けた。
「どうしたの?悪いのは僕なのに高野さんが謝る必要はないよ」
「私は知っていたのに、勝手にあなたに酷いことをいっぱい言ってしまった」
「良いんだよ、全部本当のことだから気にしなくても良いよ」
「違う、あれは中島君が私よりあなたのことを多く見て考えているからそれに対する嫉妬。
嫉妬だって前から分かっていたから押さえていたの。
でも昨日は後先考えないでそれが爆発したの」
「でも全部本当のことだ、僕は中島の友達の資格がないんだ」
「違うあなた達は親友。
お互いを傷付けまいとしてすれ違っているのよ。
だって小倉君いつも『すいません、ごめんなさい』しか言わない。
邪魔なら邪魔だとか無視すると思うの。
私も中島君にとってあなたがどんなに大事かは分かっていたはずなのに・・・
昨日は私の中であなたに対する嫉妬心が大きくなってしまって押さえられなかった。
『本当にごめんなさい』
あなたを傷つけて何が面白かったんだろう・・・
あの後、あなたが突然帰ってしまったから中島君が自分の責任だって大変だった。
私の責任だと言っても彼は自分を責めたの。
私は自分が取り返しのつかないことをしたと思ったわ。
あなたに『中島君の人生を無茶苦茶にした』とか調子に乗って言ってしまった。
私は中島君とお互いの距離を詰めることもできないけど、
あなた達は、お互いを気遣って距離感を慎重に考えて毎日を過ごしていると分かっていたのに・・・
なのに勝手にずかずかと二人の間を土足で踏みにじってしまった。
昨日の夜、もし私だったらあんなこと言われたらもう学校に来れないんじゃないかなと考えた。
そう考えると小倉君が学校を辞めてしまうんじゃないかと心配になった。
そう思った瞬間に中島君の『自称彼女』なんて失格だと思った。
だから今日、もし学校に来てくれなかったら、許してくれるまで小倉君に家に毎日謝りに行こうとさえ考えたの」
「ありがとう。本当にありがとう。
でも気にしなくても良いよ。僕は実際に中島に酷いことをしている。
高野さんにも心苦しい思いをさせている。
僕なんて何の役にも立たないからいなくなる方が良いんだよ」
「なぜ何も出来ないとか言うの、そんなことない?
だってあなたは私の恩人なのよ。
あなたが居なければ中島君はこの学校に来なかった。
彼に会わなかったら私は夢を諦めていたのよ。
つまり私は中島君に会わなかったら人生の大半を棒に振ったかもしれないのよ。
あなたが居たから私の今があるのよ」
初めてだった。
役に立っていたらしい。
僕が生きていることで、自分の意図しないことでも人に大きな影響を与えている。
河原で彼女が言ったことが本当にあったと言うことなのだろうか?
ただの偶然なのだろうか、一瞬涙が出そうになった。
「高野さん、ありがとう・・・本当にありがとう
僕でも人の役に立ったなら嬉しい」
「小倉君、お願いがあるの」
「何?」
「私も友達にして」
「えっ?」
「だから中島君の友達なら『友達の友達』だから友達なのよ。そうよ友達になれば良いのよ」
「僕なんか友達にしたらみんなに蔑まれるよ」
「大丈夫友達だから、あなたは大きな勘違いをしている中島君が友達に選んだ人なのよ。友達として何の文句も無いわよ」
「でも・・・」
僕が口籠ると高野さんは微笑んだ。
「大丈夫、最初は『自称友達』でも良いから『自称』には慣れているから」
「凄いね、その行動力がうらやましい、今の僕なんて中島に『ありがとう』と言うひとことすら言えないんだ。」
「えっ?今何て言った・・・」
「中島に『ありがとう』と言えないんだ」
高野さんの顔がパぁ~っと明るくなった。
「私に任せて、そうよ友達なんだからそういうことは友達である私に任せてくれない。おねがい小倉君」
「任せてと言われても?どう任せるの?」
「任せておいて!!」
凄い行動力である、本当に圧倒され続けた。
その後少ししてチャイムが鳴ってしまった。
そして彼女に一任することになった。
中島に『ありがとう』って言って、学校辞めると言う話はどうなるんだろう?
二時間目の休み時間、いつものように校庭に出て散歩する。
散歩から帰って来ると中島と高野さんがなんか揉めていた。
そして三時間目も校庭の散歩したのだが帰って来ると二人は揉めてた。
四時間目が終わりお弁当を持って何時もの花壇に行く。
中島にお礼を言ってすぐ帰るつもりだったからお弁当は要らないと言ったのだが姉の分を作るので僕の分も作ってあった。
結局美味しいお弁当を食べることになった。
少しすると今日何度も聞いた声が響いた。
「小倉君!!」
高野さんの声だった。
「横空いてるわよね」
「どうしたの?」
「どうしたってお弁当一緒に食べるのよ。友達でしょ、それとも私じゃダメ?」
「いえ、大丈夫です」
高野さんは僕の横に座った。
「ここってお昼のは暖かい日差しが差し込むのね暖かいわ」
「冬場は暖かいんだ」
高野さんは僕の弁当箱を覗き込むと唐揚げに目が留まった。
「あっ、おいしそうな唐揚げ・・おかず変えっこしない?」
「良いですよ」
唐揚げ一つと鮭の切り身を少し取り分けてをおかずを取り換えた。
唐揚げを満面の笑みでほおばる高野さん。
「美味しい・・・」
何のことは無い普通の会話だった。
でも、そんな会話をこの高校でしたことは無かった。
それが無性に嬉しかった。
高野さんは少ししょげた顔をすると。
「中島君に色々言ったんだけど彼用心しちゃって動かないのよ。でも時間は掛かるけど約束は果たすから安心して。今もね『小倉君と友達になったんだから一緒にお弁当食べてくる』とか言って彼を放って来たのよ。きっと彼はここに来ると思うわ」
本当に中島と僕の間を取り持とうとしているようだった。
「ありがとう高野さん、この鮭も美味しいよ」
「美味しいでしょ、でもそれ冷凍食品なの」
褒めたつもりが・・・
「最近の冷凍食品はよくできているね、ハハハ・・・」
「来た」
高野さんがそう言うと校舎の陰に誰かが居るのが分かった。
「中島君、そこまで来たのならここに居らっしゃいよ、あるわよ『友達の特等席』がここに」
「ほら小倉君も・・・」
僕は何も言えなかった・・・
「小倉君も待っているわよ早く来ないとお昼休み終わっちゃうわよ」
少しすると思い切ったようにお昼御飯用に買ったパンと飲み物を持った中島がこちらに来た。
そして最初高野さんの横に座ろうとした。
「そこじゃない、そっちの小倉君の隣があなたの特等席よ」
少し躊躇していたが僕の隣に中島が来た。
「ここ、空いている?」
「う、うん空いてるよ」
空いていると聞いて中島は僕の横に座った。
お互い顔は反対方向を向いていた。
高野さんが僕の脇を肘で付いてくる。
合図のつもりだろう。
昨晩姉と練習したんだ。
「今から、今から・・・・」小さな声でそう呟きながら。
やがて中島の方を向くと口を開いた。
「中島・・・君・・・ご、ごめんな。それと、あ、あ、ありがとう」
中島は下を向いたまましばらく何も言わなかったが・・・
「ああ・・・」
そう言うと鼻をすすってた。
僕はそれ以降何も言えなかった。
僕も鼻をすすっていた、もちろん涙を見られないように同じように下を向いていた。
高野さんも、もらい泣きしているのだろう、同じように鼻をすすっていた・・・
僕の頭の中には学校を辞めることなど、もう考えてはいなかった。
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