06.「ブザマン」裏切りの逃走の時

 始めて一週間過ぎたころ、僕は大きく変化を遂げていた。

 体重は驚くべきことに五㎏は減っていた。

 歩くことが良いのか足の筋肉が付き始めていた。

 背中や体軸は整体師さんにボキボキと修正され真っすぐになっていた。

 その結果僕の伸長は十センチ近く伸びることになった。

 整体師さんにより体幹トレーニングを伝授され実践中である。


 そして歯科医への通院はまだ先が長い。

「奥歯を噛み締めることで色々なことに耐えることが出来るから、奥歯は最初にシッカリ治しなさい」

 という姉の言葉により奥歯を重点的に直している。


 腫れていたところはほとんど目立たなくなった。

 これらの体の変化から少しストレスが軽くなったのか十円ハゲも治り始めていた。

 唯一足は言うことを聞いてくれない。


 なお、学校へ行っている間はマスクをし帽子を着ている。

 母が担任の教師にお願いして、当別に許されていた。


 ほぼ顔が隠れてしまうこの姿により、新しいあだ名「ブザマン・ネオ」が付いた。


 たった一週間だったが、少しずつ、少しずつ本当に少しずつ僕の普通の高校生の姿に戻り始めていた。

 それがとても嬉しかった。


 そしていつもと同じように学校に行く。


 一時間目の休み時間になるといつものように校庭の散歩に出ていた。


 この時後ろを付いてくる人を感じた。

 そして僕が振り返ると。


「気にしなくても良い、俺が付いて行きたいだけだから」


 声は中島だった。

 少しの間無言で二人で少し距離を取りながら歩いていた。


 そのまま二人は無言で一時間目は終わった。


 二時間目の休み時間も同じだった。

 中島は僕の後を無言で付いて来ていた。

 もちろん僕の歩く速度は足の関係で遅いはずなのだが中島は追い越しもせず付いてくるのだった。


 だが三時間目の休み時間になると高野さんが付いてきた。

 この時、無言ではあるが高野さんの刺すような視線を感じていた。


 歩き終わり教室に帰ろうとしたとき、中島と高野さんが何か揉めていた。

「私が話をするから・・・」とかなんとか聞こえた。


 暫く揉めた後、中島が僕に近づいてきた。


 ばつが悪そうな顔をする中島。

「最近小倉君に変化を感じるんだ。何か僕にも出来ることは無いか、なんでも良いんだ。何か・・・」


 中島の言葉は僕が返答をしないとだんだん小さくなりやがて黙ってしまった。


 その後二人の間に無言の状態が続いた。


「ごめん」

 そう答えると教室に帰った。


 昼休みいつもの花壇に向かいお弁当を食べ始めた。


「いつもの小倉食堂に居たわね。ちょっといいかしら、小倉君」

 声は高野さんだった。


 そちらに振り帰ると高野さんが物凄い形相でにらんでいた。

「なんで中島君を無視するの?

 中島君が嫌いなの?」


「違う」


「じゃ、なんで中島君を拒むの?」


「違う・・」

 それ以外言えなかった。


「いい加減にしなさいよ私は一年近く中島君を見て来たのよ、あなたのためにどんなに・・・」

 彼女は泣き声になりそうになっていた。


「なによウジウジして。あなたには分からないの?あんなに優しく親身にあなたのことを考えている中島君が。それを拒絶するなんて許せない。そんなに中島君を拒否したいなら、私たちの前から消えてよ」


「そうよ、あなたなんて居ない方が良いのよ、なんで中島君の前に居るのよ」


「違う中島がこの学校に・・・」

 言っていることの重要さが分かった瞬間に言葉を止めた。


 ダメだ、中島がこの学校に来た理由は聞きたくない。


「そうよ、中島君はあなたのためにこの学校に・・・」

 その言葉を聞いたときに俯いた。

 聞いた瞬間に目に涙が溢れた。


「聞きたくない・・知りたくない」

 小さく譫言のように繰り返す。


「あなたを助けるために、あなたのために何かが出来るかもしれないからこの学校に来たのよ」


 分かっていたし、それ以外に理由は考えられなかった。


「あなただって知っていたんでしょ。

 中島君だったら十分に二つも三つも上のレベルの学校に行けたのよ。


 彼には成りたいものがあるのも知っているわよね。


 そのために勉強をしている。


 あなたはその友達の人生を狂わせるようなことをしているのよ」


 聞こえてしまう言葉、意味を理解できる。

 でも聞きたくない・・・聞きたくない。

 なのに聞こえてしまう。


 中島の人生を僕が狂わせている、そう聞こえた後、他は何も聞こえなくなった。


 世界が回る、立ち眩みのような症状だった。

 吐きそうな状態になりながらフラフラになりながら、食べかけの弁当箱に蓋をして、そのまま教室に戻った。

 高野さんが何か言っていたがもう意味も分からなかった。


 なにも考えられない状態で弁当箱をカバンに入れ、カバンを持って学校から逃げるように出て行った。

 行く当てはない、だから帰るしかない。

 

 帰る道で机に入れた教科書類はそのままだと思いだした。

 でも学校には行ける気が全くしなかった。

 そうだ永遠に取りに行くことは無いだろうと思った。


 家に帰ると布団に包まって蹲っていた

「中島ごめん」


 そう言葉に出すと涙が止まらなかった。


 ◆   ◆


 夕方になると母がパートから帰って来た。

「修一、帰っているの?」

「修一・・・」


 母は僕の部屋の扉を開け、そして僕が蹲っている姿を確認すると静かに扉を閉めた。


 一時間くらいすると姉が帰って来た。


「え~っ、なんで・・・」

 下で姉の大きな声がすると、母と姉の何かを話している声がする。


 誰かが階段を上がってくる音。


 姉が僕の部屋の扉を開けた。

「何やっているの、歯医者に行く時間よ」


 今の僕には歯医者は必要ない。

「もう良いんだ」


 姉はその返事を聞くとより大きな声で答えた。

「良くないわよ」


 僕もやけくそで切れ気味に返事した。

「もう良いんだ!!」


 その瞬間布団をはぎ取られ、姉のハリセンが何度も僕を襲った。

「何やっているの?何やっているの?・・・・・」


 でも僕には何も言い返せない・・・

「もう良いんだ・・・」


「今なんでしょ、今からなんでしょ・・今までは良いのよ、終わったことは忘れなさい。大事なのは今からでしょ・・・」


 姉にそう言われて僕も一生懸命言葉を繰り返す。

「今から・・今から・・・今から・・・今までは終わったこと・・・・」


 でも頭の中には中島の人生を無茶苦茶にしてしまったと言う罪悪感が広がっていた。


「取り返しがつかないことをしてしまった・・・」

 そう言葉を発すると蹲って泣き出した。


 姉に中島の話をした。

「馬鹿ね、友達を大事にしないなんて・・」


「僕には何も返せないし友達だと迷惑が掛かるんだ、だから友達を止めてもらおうと思ったんだ」


「本当に大馬鹿ね、友達は契約でなるもんじゃないでしょ?一方的に辞めるなんて簡単に出来ると思っているの?そんなことをしたら本当の友達だったら余計に心配になるじゃない」


「でも僕が友達だと迷惑をかけるんだ」


「どんな迷惑?」


「一緒にいじめられるんだ、ブザマンの友達って言われるんだ・・・」


「それで嫌ならそこで友達を止めると思うわ。それに歌にもあるでしょ、二人なら辛いことも半分ずつ、嬉しいことは倍になる。そうよ友達が居てくれるとあなたの苦しみも半分になるのよ、嬉しいことは倍になるんだから」


「今の僕は中島から助けてもらうことしかできない、僕には中島に返せるものが何もない」


「中島君は何か返せって言っているのかしら?」


「そんなことはないけど、僕には何も返せないし。助けてもらうばかりになる」


「逆の立場だったらどうかしら?」


 姉の質問の意味が分からなかった。

「逆の立場?」


「もし中島君が修一のような状況になっていたら、修一は中島君を放っておくの?」


 反対の立場と言うことは中島が今の僕のようになること・・

「いや、放っておけないだろう・・・」


「じゃあ修一が助けるとしてそのとき、中島君に、なにか要求する?」


「いや今の僕の立場なら苦しい顔をしているだろうから、ただ笑っててほしい。苦しい顔や泣いている顔じゃなく、笑ってくれると嬉しいよ」


「そう言うことかな、たぶん今はあなたが助けてもらう番、そしていつか中島君に助けが必要な時、その時があなたの番」


「つまり友達は、『いつまでも友達でいることが大事』なのよ。契約で友達やっているんじゃないわ」


「あなたに唯一中島君に返せるものがあるわ」


「なにが返せるの?」


「先週から家族に良く言っているじゃない『ありがとう』って、それはあなたに返せる唯一のことじゃないかしら」


「中島に『ありがとう』・・・」


「言いにくい?」


「そうかな、もう何もかも遅いと思うんだ。取り返しが付かないと思うんだ。これが中学校の時なら・・・」


「私はそうは思わないけどね、分かったわお父さんたちには私から話すわ。

 あなたは明日学校に行って一度だけ中島君に『ごめんなさい、ありがとう』と言ってきなさい。

 それで学校をやめても良いわ。

 そうね無理やり高校に行かせた私が悪かったのよ」


「高校に行けたのは嬉しかったよ。お姉さんは何も悪くはない」


「ともかく歯医者さんに行こうか」


「うん」


 その日も歯医者に行くことが出来た。


 その後で姉といつもの顔の訓練が始まった、と思ったら特訓が始まった。


「はい、中島君ありがとうという気持ちを込めて『ありがとう』と言いましょう」


 僕は一生懸命ありがとうと言う練習をした。

「言わないと。。。言わないと。。。今からだ、今から『ありがとう』、『ありがとう』・・・」


 それは何度も何度も練習していた。


 明日一度きりで、そう登校したらすぐに言って帰れば、苦しい学校生活も終わる。


 そう思っていた。

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