05.「ブザマン」変化を受け入れる時

 母がお風呂場で僕に説明し始める。

「白髪染をしましょう。シャンプーするように染められるからそんなに難しくはないわよ」


 確かに白髪になった僕の髪の毛は目立っているし、昔はいじめの対象だった。

 でも実際にはストレスから出来る十円ハゲの方が気になるのであって、白髪は今はそんなに気にならなくなっていた。


「髪が黒に戻るだけでも事件を思い出すことが軽減される。それにより心が安定するわ。大丈夫よ少しずつ、少しずつ気持ちを安心な方向に持っていくのよ」


「気持ちを安心な方向に持っていく?」


 母は僕の質問にニコヤカに微笑むと両肩に母の手を添える。

「そうストレスに対抗する方法を学ぶのよ、私は修一にヨガの先生から教えてもらった心を安定させるポーズを教えるわ」


「いや、今体固いからヨガとか無理だし」


「大丈夫よ少しずつ練習すれば出来るようになるわ、でも最初は呼吸法を学ぶことから始めるから大丈夫」


 そう言うと母はシャンプータイプの白髪染の使い方を教えてくれた。

「じゃあ実践ね、お風呂に入って染めて来てくれる」


 本当にシャンプーをするように白髪染ができる。


 お風呂上りこれで本当に染まったのか心配しながら染めていった。


 お風呂から上がって鏡を見たとき驚いた。

 そこには、腫れが少し引いた顔に、黒い髪になっていた。

 もっとも顔は丸いし、まだ少し顎から口に掛けて歪んでいるが見覚えのある昔の僕が居た。


「僕はこんなに・・・」

 服を着ながら涙が溢れて来た。


「じゃあ呼吸法を学びましょうか」

 母が僕がお風呂から上がると声を掛けて来た。


「簡単に説明すると、まず最初に肺にある空気を体を折りたたむようにしてほとんど吐き出す

 そして鼻でかたゆっくり空気を吸って臍下丹田という場所に溜める。

 少し息を止めてから、口からゆっくり吐く。

 もちろん吐くときもゆっくり吐いて数分かけて吐くのよ」


 何を説明されたかよく分からなかった。

 簡単な説明だけど結構難しいことを言っていた。


「簡単じゃない・・・」


「まあ、すぐには出来ないかな。少し練習しましょ」


母は僕の不安を打ち消そうと自分がやって見せた。

「心が苛立って来たら落ち着いて呼吸をして、ちゃんと考えを纏めるの。そうすると解決策が見えてくるわ」


 少し練習したが、深呼吸より深く心が落ち着くような気がした。

 でも時間を掛けて息を吐いたり吸ったりするのは苦しかった。

 そんなわけで、その日はうまくは出来たとは言えなかった。


「毎日繰り返しているに自然に出来るようになるわ。頑張りましょう。それとお父さんが今度の日曜に接骨院へ連れて行ってくれるわ」


「接骨院?」


「お父さんが今度の土曜の夕方に、腰が痛いときによく行っている帆霞柔道整復師のところへ予約を入れたって言ってたわ」


 骨折したわけでもないのにどうして?と思った。

「別に腰も痛くないし、骨折はしていないよ?」


「お父さんが言うには、修一は体に変な癖が付いていると言っていたわ。例えば背中が丸まっているのと体全体が少し左に傾いていると言っていたわ。なんでもそういう状態では歳が行くと頭痛の原因になったり、肩こりの原因になったりするらしいわよ」


 そう言えば今でも、軽い頭痛があったりしたことがある。

「そんなことがあるんだ、知らなかった」


「それと今は精神的な問題で歩くのが難しそうだけど、ちゃんと歩いて無いからので体幹を鍛える必要があるんじゃないかって。体幹を鍛えるとと歩く手助けになるとか言っていたわ」


 こんな僕のために家族みんなで色々と考えてくれていた。

 今まで色々な心配を掛けていたことが分かる。

 

 家族にこんなに心配をかける自分。

 それは姿かたちの外見ではなく本当に自分でも格好悪いと思った。、

「そうだね・・・カッコ悪いよね、僕・・」


 その日母さんの授業は呼吸法の練習で終わってしまった。


 父が帰って来ると僕の顔を見て、髪が黒くなっていることに嬉しそうな顔をしていた。


 父にも「ありがとう」とひとことお礼を言った。

 父はその時読んでいた新聞で顔を隠すと何も言わなかった。

 心配になって、顔を覗き込むと嬉しそうだった。


 ◆   ◆


 私は高野 聡子(たかの さとこ)高校一年生。

 今日の夜の予習復習も終わり、ベッドに入って落ち着いていた。


 私には夢があった。

 そしてその夢のためにある大学を目指していた。

 一生懸命勉強した。


 でもだんだん親が私の成績を気にするようになった。

 その上私が勉強することを私より、強く所望するようになってきた。

 私は親の一生懸命さの意味が分からなかった。

 試験結果が悪いだけで、親の機嫌が悪くなることもあった。


「あなたの夢が叶わなくなるわよ」

 そんな言葉で私を責めるが、それは私の夢のためのはずなのに?

 なぜ親が一生懸命なのか分からなかった。


 だんだん自分でもなぜ勉強するのか懐疑的になって行った。


 だんだんそんな親の押し付けが嫌で勉強する気力が無くなった。


 成績はだんだん降下していった。

 それにつれて親の勉強をさせる押し付けも大きくなっていった。


 そんなことがあって、結局私の成績は上がることは無かった。

 そして受けられる高校のレベルも落ちていった。


 やがて親も何かに目覚めたように勉強をさせることを諦めたようだった。


 結局私は偏差値が高い高校には入れないことで目指していた大学を諦めざるを得なかった。

 それは私の夢が遠いものになった瞬間だった。


 夢をあきらめようと思った私。

「普通のOLになって結婚して子供が出来て・・・、それで良いじゃない、きっと幸せなのよ」


 失意のまま、受けた学校に受かり、この高校に通い始めた。


 そして運命だろうか、この高校に来て中島君と会った。

 彼の頭なら二、三レベル上の高校に行っていても不思議はなかった。

 中島君は凄い、校内で一番なんてものでは終わらなかった。

 彼は全国レベルの順位を維持していた。


 そんな彼が私に再度チャレンジする気力を与えてくれた。

 彼は私の目を見て「どこで勉強するかなんて問題ではない、夢を実現するにはたとえ回り道になっても叶えようとする自分の意志の強さがあれば出来るはずだ」と言った。


 そうか本当に実現したい夢ならどこで勉強しても同じだし何年かかっても良いはずだ。

 そんな当たり前のことに気が付いた。


 彼が居なかったら、今も将来の夢は無くなったままだった。

 本当に中島君は恩人だと思う。


 実は勉強する意思が芽生えた理由がもうひとつあった、それは中島君が好きになったことだった。


 中島君の彼女になりたい女子は多い、でも彼には思い人が居た・・・・それも男だった?

 相手は驚くことに校内ではキモ男と呼ばれる、小倉君だった。 

 当たり前だが中島君は男色を好んでいるわけではない純粋な友情らしい。


 直ぐに彼女にはなれそうもないので「押しかけ彼女」ということでアタックしてみた。

 そう彼女になる夢を叶えるのも強い意志が必要なんだ。

 この一年アタックしたが、中島君は好きとも嫌いとも反応してくれない。


 彼には友情優先と言うことらしい。


 結局中島君の真意は分からないが、現在は周りのみんなも認識する「自称彼女」ということで落ち着いた。


 でもなんなのよ、あの小倉君は・・・

 中島君は、いつも気にしているけど、掴みどころもなくウジウジした本当に「キモ男君」だった。


 昨日もなんか校庭を散歩していた。

 それを見て中島君は「何かが始まろうとしているんじゃないかな・・」とかなんか嬉しそうだった。

 散歩くらい私だってできる・・・でもそれでは中島君は喜ばないだろうけどね。


 大体、キモ男君は喋らないのよね。

 後ろに座っている佳代子ですら話したことも無いとか言っているのよ・・・

 いくら中島君の幼馴染とか言っても、私は性格が合わないわね。

 申し訳ないけど、出来れば遠慮しておきたい相手。


 佳代子は偉そうに「中島君の嗜好に合わせられないと自称彼女から脱却は出来ないわよ」とか言うんだよね。

 

 確かに中島君の視線の先にはあのキモ男君がいるのよね。

 なんでそんなに気にするの、私にその一部でも視線をくれたらいいのに。


「なぜ小倉君なの?」

 一度だけ理由を聞いた時に、実は答えてくれた。

 中島君が子供頃いじめられていたのを助けたからだとか言う。

 それも一度や二度やではないらしい。


 キモ男君・・いや小倉君は風を纏い颯爽と走って来る。

 そしてたとえ年上のいじめっ子でも立ち向かい自分達を助けてくれたヒーローなんだと。


 ホントかしら?まさかとは思うけど中島君の夢じゃないの?

 だって小倉君の今の姿からはとても信じられない。


 でもある日事件が起こって、以降小倉君の方がいじめられる側になった。

 そしてどんどん彼は変わって行ったらしい。


 そんな時に自分は何もできなかったとか言っている。

 そも後も手助けしようとする中島君、でも小倉君はなぜか拒否し続けるらしい。


 それでも手助けしようとする中島君

 ・・・そういうところが素敵なのよね。


 結局理由を聞いても余りにも現在と掛け離れているので信じられなかった。


 今ではどう見てもキモ男君のほうから中島君を拒否しているような気がする。

 ああもう、あんなウジウジした男には「ガツンと言ってやらないと分からないのよ」とか思っていた。


 そこで一度私がガツンと言ってやろうとしたんだけど。

 中島君に止められた。


 キモ男君は精神的にダメージを受けているから強い刺激を与えてはだめだと言う。

 中島君は優しい、本当に腫物に触るように彼に接していた。

 

 だから、私にはどうしたから良いのか分からない。


 いっそのことキモ男君が居なくなれば良いのに・・


 でも、違うことは分かっている・・・


 そうね、ごめんなさい。言い過ぎた。


「キモ男君」いえ小倉君。


 本当はあなたは私にとって・・・・

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