04.「ブザマン」周りが変化する時
腹筋が一回できただけでも僕の気持ち何時もと違う。
でも何も変わらない世界。
いつもとは違う気持ちで学校への道を進む僕。
僕を追い抜いていく同じ学校の生徒。
追い抜く前後に「フフフ、キモ男君・・・フフフ」と聞こえることもある。
「ブザマンを追い抜いたぜ!!」とかいう人も居る。
なんかそんなことを聞いていると気持ちが落ちていく・・・
いじめは高校になってからは少なくなっていた。
でも、僕は学校ではほとんどの生徒からは存在感のない人間になっていた。
それは中学校と同じで孤独だった。
一人でジッと耐えて時間が過ぎるのを待つ場所だった。
そう、学校は明らかに僕にとって「場違いな場所」だった。
多くの人は順序付けに一生懸命だと思う。
本当に些細な差でも上に見られたいらしく、本当に一生懸命人より上に見られたいようだ。
力のあるものは力で競い合い、力の無いもので考えない人は競争ではなく貶めあいをする。
そういう人は力の無いものを蔑むことで自分が上に居ることを確認するだろう。
そんな人達には僕が恰好の相手らしく数人の仲間と一緒に貶めてくることがある。
彼らは僕が格下であると蔑むと満足するようだった。
そして彼ら以外の人にとっては一番下だと認識されているから相手にもされないのだろうと感じていた。
でも、そんなことを考える僕は卑屈な人間なのかもしれない。
うん、卑屈だよ、中島は今でも何かあると声を掛けてくれる。
彼に応えていないのは僕の方だった。
通学をしてるだけだが気持ちが落ちてくる。
学校に着いて上履きに履き替える。
教室に上がると席の後ろの三人娘たちが話をしていた。
ちらっとこちらを見るが何も言わない。
僕もそのまま「すり抜けるように」自分の席に着く。
通り過ぎた後で笑い声がする、小さな声だが聞こえる。
「相変わらず顔が歪んでいる」
僕のことでネタにしているのだろうか?
聞きたくもないことが聞こえる。
自分の悪口だからと言って文句でも言えば「なに人の話を盗み聞きしているの、気持ち悪い」とか言われるだけだ。
だから聞こえても、聞こえなかったふりをする。
本当に聞こえなければもっと安心できるんだろう。
2つほど前の席に中島が既に座っていた。
隣に立っている高野さんだ。
高野さんは中島の「自称彼女」らしい。
昔そんな話を三人娘がしていたのが聞こえて来た。
」「自称彼女」って何だろう、僕には想像もつかない。
ただ、高野さんの視線は、僕を敵視していた。
それはそうだ大好きな中島を無視している。
そりゃあ酷い奴だと思っているのだろう。
なんで友達なんだと思っているんだろう。
僕だって自分のことを、そう思うから仕方がないな。
でも中島を無視した後など視線が怖いときがある。
本当に今にも近づいて怒鳴られそうな雰囲気があるから本当に恐怖なんだ。
中島にはそれ以外に隣のクラスの友達が数名いる。
彼らと高野さんが中島の机を取り囲んでいる。
楽しそうな中島、それに引き換え僕は・・・
・・・僕は酷い奴だよな。
そうさ酷い奴だよ、もう良いだろう中島、僕を解放してくれ。
いつものように一人、そして卑屈で自分勝手な考えしか出てこない。
こんなことでは授業に身が入らない。
なんだ、何時もと変わってない。腹筋が一回くらいできてもその時だけ気分が良いだけだ。
そうだよ、世界は何も変わらない・・・・
そして先生が来ると授業が始まった。
既に遅れてしまって付いていけなくなった授業というのは頭に残らない。
でも何とか理解しようと思った。
「今日、今から・・・今から・・・」そんな言葉と共に理解しようとする。
でも意味がなかった。魔法の言葉もそれだけでは効力を発揮しなかった。
一時間目が終わって、何時もなら机に突っ伏して寝たふりをするのだが、今日は歩くことにした。
「運動をするんだ・・・体重を減らすんだ・・・、今だ、今日、今から、」
校庭に出て校庭を一周するように歩いた。
足のこともあるから一周で休み時間も終わってしまうのだが、それなりに満足だった。
ただ、中島が窓から外を見ていた。僕を見ていたのかもしれない。
二時間目も三時間目も同じように校庭を一周した。
四時間目、昨晩ご飯の『から揚げ』を我慢したこともあって少しお腹がすいていた。
その上に今日は校庭を歩いて運動もした。
結果お腹の虫が泣き出した。
三人娘の小さく笑う声が聞こえた。
「下品ねぇ、おなら?・・・それも何回も・・」
「フフフ、今の聞いた、なんて長く続くおなら?・・」
一生懸命お腹に力を入れて音が鳴らないように頑張っていた。
もちろんお腹が気になって、四時間目の授業の内容は何も残らなかった。
四時間目が終わると校舎の裏側にある花壇に行く。
その花壇の傍に校舎へ入るために作られたのだが、今は締め切られている扉と5段ほどの階段がある。
その階段に座りながら母の作ったお弁当を食べるのが毎日の習慣だった。
ここは普段は日当たりが悪いのだが昼休みだけは陽があたり暖かかった。
僕一人の安心できる場所だった。
「何も変わらないな、当たり前か・・・彼女も少しずつ、少しずつ・・と言っていたもんな」
五時間目が終わった後も校庭を一周した。
今日一日で校庭を三周したことになる、久々によく歩いた。
◆ ◆
家に帰ると姉が既に帰っていた。
「姉さん早いね」
「それより外出の準備をしなさい」
姉はバタバタしながら、着替えの準備をし始めた。
「どこに行くの?」
「歯医者よ」
「えっ?、歯医者。僕は大丈夫だよ」
「だめよ頬が腫れてるでしょ。それと偏って噛んでいるから、片方の奥歯が虫歯で痛いんでしょ。そんなになるまで放っておくなんておかしいわよ」
痛い、確かに痛いが、食事の時に噛まなければ大丈夫だ、普段は我慢できる範囲になっていた。
「本当に大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないわ、修一は顔が歪んでいるのよ!!いい加減にしなさい」
パシ~~ン
顔に衝撃が走った、それは中学校受験の時に受けた衝撃と同じだった。
「フフフ、玲子ハリセンの復活よ、今日からビシバシ行くから覚悟しておきなさい」
中学校の時、姉はこのハリセンで僕を殴りながら勉強を教えた。
いや、教えてくれた。
ハリセンで殴りながら何度も涙声になることもあった。
ハリセンなんか軽い痛みなのに、姉は殴る度に自分も痛いようだった。
そう、姉は楽しんでハリセンで殴っているわけではない、
「いいよ、じゃあ、僕歯医者に行ってくるから」
「だめよ、私と一緒に行くの、ちゃんと全部治療をするのよ」
「でもお金が・・・」
「馬鹿ね、お母さんやお父さんはそのくらいじゃ破産しないわよ。それよりあなたの人生の方が大切なのよ」
「大丈夫だから・・・」
いくら言っても姉は聞かなかった。
「今日、今からなんでしょ。そうよ今からなのよ、今から治療するのよ」
その言葉は・・・
「何で知ってるの?」
「隣の部屋の声でもあれだけ声を出していたら分かるわよ、今なんでしょ。頑張るのよ」
僕は何も言えなくなって、そのまま歯医者に連れて行かれた。
既に予約は入れてあったようだった。
姉は歯科助手さんに親しく話しかけていた。
そう言えば姉の先輩が歯科助手をやっていたことを思い出した。
「じゃあ徹底的にお願いします」
姉は歯医者さんにそう言うと待合室で待っていた。
やはりと言うか、歯医者では相当放っていたことを怒られた。
最終的に治療は長期にわたりそうだった。
腫れていたところは膿を抜くと少しマシになった。
前歯は虫歯で元々見栄えは悪かったのだが、治療中と言うことでますます見栄えが悪い状況になった。
「ほらね、歯医者さんも言っていたでしょこれ以上放っておくと大変なことになったって。歯医者さんに来て良かったでしょ」
「ごめんなさい」
いつもの癖で「ごめなさい」と出てしまった、その言葉を聞くと姉は少し怪訝な顔をした。
「はいこれ、歯の治療が終わるまで付けておきなさい」
帰りがけ姉は僕にマスクを渡した。
「でも学校じゃ付けられないよ」
姉は直ぐに疑問を解消してくれた。
「大丈夫、お母さんから担任の先生にお話はしてもらったから」
「えっ、島津先生に話した?」
「そうよ、みんな修一のことを心配しているのよ。さて、家に帰ったら顔の運動よ」
「顔の運動?」
姉は僕の顔を覗き込むと両手で僕の顔を挟んで少し乱暴に扱った。
「顎や口の動かし方が偏っているから、歪んで見えるのよ。真っすぐに動かせるように私が指導してあげるわ」
姉は本当に色々と考えているようだ、でも僕のためにそんなに時間を使ってもらうのは気が引けた。
「なんで?急にそんなに僕のために色々してくれるの?」
「今からなんでしょ」
「今から・・でも少しずつでも良いんだよ。そんなに急がなくても・・・」
「でも今からなんでしょ、今から何かが変わる。いえ、何かを変えようとしているんでしょ。手伝ってあげるわよ」
「僕のために
お姉さんは大丈夫なの?
でも僕のために無駄な時間を取らせるのは悪いよ・・
ごめんなさい」
「馬鹿じゃない!!、『ごめん』じゃないわよ。
言うなら『ありがとう』だよね。
家族じゃない、お母さんやお父さんも修一の力になるって言ってたわよ」
家族のみんなが僕のこと、そう聞くと少し胸が詰まって来た。
「あ、・・りがとう・・」
家に帰ると姉が僕の顔を見ながら発音練習のように口の動きをチェックしてくれる。
「腫れているところは少しはマシになったけど、まだ少し腫れているわね。
頬が真っすぐになるのはもう少し時間が掛りそうね。
とりあえず口を動かして、あ、え、い、お、う、とゆっくり言ってみて」
言われる通り口をなるべく大きく開けて発音する。
「あ・・・え・・・い・・・お・・・う・・・」
口やあごのあたりの顔を見ながら変な顔をする姉。
「やっぱり変な癖が付いているわね、腫れて無くても歪んで見えるわね、もう少し右端の唇を少し下にして、さっきのように口真似でも良いわ声に出さなくてもいいから」
再度言われるままに口を動かす。
「あ・・・え・・・い・・・お・・・う・・・」
それから歯医者から帰ってからは姉は僕に付きっきりだった。
母が痺れを切らせたのか声を掛けて来た。
「ご飯が出来てるのよ早く食べなさい」
姉は母の言葉を聞くとハッとして僕に話しかけた。
「ご飯食べましょう、それと口を真っすぐに出来るように噛みなさいよ」
「はい」
僕は少し間を開けて「ありがとう」と小さな声で言った。
姉は照れたような顔で、でもパアッと明るい顔になった。
「良いのよ家族でしょ」
食事は昨日の要領で少し減らす努力をした。
というか歯が治療中でうまく食べられないこともあり、思っている量より少ないが今日は昨日より多く残った。
姉は嬉しそうに唐揚げを一つ端でつまみ上げる。
「残ったから揚げ貰って良い?」
「うん良いよ、沢山食べて」
そう聞くと唐揚げを美味しそうに食べる姉。
「美味しいけど、豚になるな・・・」
ぼそっと姉から声が漏れた・・・
さて部屋に戻るかと思ったいたら母から声が掛かる。
「ご飯食べたのなら次は母さんの番だから」
「えっ、母さんもなにかあるの?」
今日学校で考えた、世界は何も変わらなかったと言うのは間違いのようだった。
物凄く近くだが、家族総出で僕のために何かを始めてくれた。
僕の居る世界の一部だが変わり始めたかもしれない。
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