02.「ブザマン」何かに気づく時

 川に入る前に少女が声を掛けて来た。


 なぜ、今声が掛かるんだ。

 僕なんか気にならない存在のはずだ、放っておいても何も問題にならないはずだ。


 あっそうか、これは罰なんだ。

「僕は少女を救えなかった、だからその罰を受けている」

 だから、簡単には終わることが出来ないんだ。

 そうか、終われないなら仕方がない。


「馬鹿が自殺しようとした」

 いつもと一緒だ。多分大勢が見に来て騒ぎになるな、いつもそうだ野次馬が集まるんだ。


 下を向いている僕の方を見ていた少女は手を差し伸べて来た。

「そこに居たら危ないから、こっちに来て」

 少女は微笑みながら優しく僕に話しかけた。


 逆らうことなく彼女の手を取り河川敷に上がった。

「少し落ち着くと良いわ、そこのベンチに座りましょ」


 向こうには沢山の人がいるのだが、こちらには集まって来なかった。

 できれば人が集まる前に開放してくれないかと考えていた。


「あんなところで遊んでいると危ないわよ」


 そう言われるといつもの口癖が出ていた。

「ごめんなさい」


「アハハ、子供みたい。アッサリ謝るんだ」

 遊んでいたことに謝っているつもりはなかった。

 手間を掛けさせて「ごめん」という意味だった。


 それにしても彼女は僕があそこで遊んでいたんだと思ったのだろうか?

 そうか、それでほかの人も集まって来ないのか?


 彼女は僕の足をジッと見つめていた。

「足引きずっているけど、足の具合が悪いの?」


「昔からね・・でも本当は治っているはずなんだけどね」


「治っている?」


「お医者さんはそう言っている、精神的なものだとか言うんだけど・・・」


「ちょっと見せてもらって良い?」


 そう言うと彼女は僕の靴を脱がし始めた・・・

「えっ、ここで?」 


 そんなことにはお構いなしに靴下を脱がし足を眺めていた。


「僕の足なんか汚いよ」


 学校の女の子たちは「キモ男」と呼ぶ僕の足なんだ。

 たとえお風呂には毎日入っていても女の子からみれば汚いものだと思っていた。

 でも彼女はマジマジと見て、その後ひねったり指で押さえたりして見ていた。


「なる程、特に異常はないわね、こちらの足だけ地面に付けて見て?」


 言われるままに地面に付けた。


 彼女はジッと見ると。

「もっと右の方を地面に押し付けて?」


「具練りそうで怖いよ・・・」


「大丈夫だから、そうだ押さえておいてあげるから、ねっ、お願い」


 彼女が押さえてくれているので安心して地面に足を付けた。

 数回足を地面に付けてから彼女は考えていた。


「そうか・・・、なる程・・・テーピング・・だったら芦屋先生に聞かないとね・・・・」


 彼女はぶつぶつ言っていた。

 そして顔を上げると僕の方を見て微笑む。


「再来週にもう一度ここに来れる?」


「再来週?」

 いきなりの話だった。


 再来週・・今の僕は、再来週まで生きている自信すらない・・・


「再来週もう一度私はここに来るんだけど。

 芦屋先生、いやスポーツ診療を専門にしている先生も来るのよ。

 先生に一度見てもらうと良い方法が見つかると思うの」


 彼女は僕のことを真剣に考えてくれているようだった、でも僕は早く解放してほしかった。

「再来週のことは分からない、そうだ居ないかもしれない」


「居ないかもしれない?どこか遠くに行くの?」


 何処かに行くと言われ僕は少し涙目になっていた。

「遠くに行くんだ」


「分かったわ、そうね今日は暗くなってきたから早く帰らないといけないかしら。

 でも、もう少し時間をくれない?

 もしよければ私の話を聞いてくれない?」


「話を聞く?」


「そうなの、そんなに長くないけどね。

 私ね昔、死に掛けたの。

 でもある人に助けられたのよ」


 彼女の話はいきなり始まった、僕の承諾は無かった。


「あの時は死にたくないと思った。

 だから助けられた時の物凄い安堵感も覚えている。

 本当に助けてくれた人に感謝しているの。

 ねえ、あなたは人は一度死んで生き返った人の話を聞いたことがある?

 そう言う人って人が変わったようになると言われているわ。」


「そんな話を聞いたことがある、あれって魂が入れ替わるんじゃ無いかな」


「私もきっと魂が入れ替わるんだと思っていた。

 でも違うわ、自分が死に掛けて分かったの。


 死に掛けたけど命はあったから、もちろん死んで生き返ったことにならないけどね。


 でも私が死んだと思って慌てた人が多かったわ。

 そして色々な人が私に色々な話をしてくれた。


 あんなに色々な人と話をしたのは初めてかな?


 私は知らなかった。


 ---自分の知らないところで色々な人に影響を与えていたこと。

    私にとっては些細なことでも他の人にとっては重要なことだった場合もあった。


 ---死んだら終わりだと思っていたけど違った。

    自分が思っているよりも大切な人が死ぬということは、いつまでも人に悲しみを与えること。

 ---死にたくないのに死んでしまった命のことを知った時自分の愚かさに気が付いた・・・


 それで思ったの、私は生きていることに感謝して、あの時のことを思い出しながら悔いのない生き方をしようとね。

 自分のやることや生きていることで影響を与えられる人がいかに多いか分かったから、それからは前のような消極的な生き方を止めたわ。


 今では生まれ変わったように生きているって親もビックリしているわ


 人は生きていることで人に影響を与える者、つまり生きていることで何かに影響を与え何かが明らかに変わるのよ。


 そしてあなたも多くの人に影響を与えていると思うわ。」


「人に影響を与える?」


「そう何人であれ人が生きていると人に影響を与えているのよ。自分ではわかっていないけどね」


「僕には影響なんか与えることは何もないよ」


「大丈夫あなたが居ることで本当に些細なことでも人に大きな影響を与えていることがあるのよ」


「信じられないな・・・」


「あなたは知らないけど沢山の人にね、きっとその人たちは感謝しているわ」


 影響と言われて思い当たることがあった、それを思い出すと気持ちが重くなった。

 そうだ事故で死んだ彼女の両親や兄弟、親戚に影響はあった。


 影響を与えた、彼女の家族に本当に申し訳ないことをしたんだ。

 涙は溢れ、声を殺しながらむせび泣き始めた。


「どうしたの?」


「僕は取り返しのつかないことをしたんだ、悪い影響を人に与えたんだ」


「悪い影響か、それは誠意を持って謝ることね、でもそれ以外にほかの人には良い影響を与えているわよ」


「謝る・・・」

 その言葉を聞いた瞬間に思いだしたことがある。

 そうか死んだ少女の家族に謝罪の言葉も言えていないことを思い出した。


 それどころか僕は誰に対しても感謝や謝罪の言葉や態度をあの時からとることが出来てはいない。


 そうだ、すべてのことから逃げている。


 言われた人は意味も分からない言葉「ごめんなさい」で逃げていた。


 ---そんなことは知っている、知っていた。

 そう知ってやっているんだ、関わらないで、関わりたくない・・・


 でもそれじゃダメなんだ・・


「そうか謝らないと・・・いけなかったんだ」

 小さな声で言葉が漏れる。


 その言葉を聞くと少女は話を続けた。 

「そうね謝らないとね。足も治しましょうね。再来週来てくれるわね?」


 遠くに行くと言ったのに話が元に戻っていた。

 彼女は「遠くに行く」と言うのはうそだとお見通しだったのだろう。

「でも見ず知らずの僕に・・・悪いよ・・・」


「遠慮することは無いわ芦屋先生は優しいから大丈夫」


 さっきの彼女の身の上話、そうか、彼女は自殺しようとしたことは気づいていたんだろうな・・・

「もしかして、僕が自殺しようとしていたことを知っていたの?」


「さあ、何のことかしら。それより魔法の言葉を教えてあげる」


「魔法の言葉?」


「足に負担になるからリハビリをするにしても体重は減らした方が良いと思うし、そうね少しずつ自分を変えるための言葉」


「ダイエットするための魔法の言葉?」


「違うわ、自分を変えるための魔法の言葉」


「自分を変えるための魔法の言葉?」


「簡単よ『今日、今から』そう口に出して行動を始めるだけよ」


「受験の時にそれに似たようなことはやったことあるけど、結局出来ないことを言うからなんの役にも立たなかったよ」


「ちょっと違うかな?さっきのこと(つまり終わったこと)は忘れて次の瞬間から変わるべきことを口に出すのよ。何度でも、そう何度でも口に出す瞬間が『今から』なのよ、それは小さなことで良いの、少しずつ少しずつ変わっていくのよ」


「一度言ってみて『今日、今から』僕は変わると」


「『今日、今から』僕は変わる」


 言ってみたがなにも変わるはずがない・・・

「変わらないよ・・・」


 彼女はニコニコしていた。

「大丈夫、変わるまで何度でも言えばいいのよ」


「えっ?」


「変わりたいと思い続けることが大事、その中で少しだけ変わっていくのよ、少しづつで良いの、その少しの変化は何回も続くと大きな変化になって行くのよ」


「大きな変化になる?」


「じゃあ練習問題を出しておくわ、再来週までに少しでも体重を減らしておいて下さいね」


 練習問題って、姉が勉強を教えてくれる時のようだった。

「先生みたいだ・・・分かりました頑張ってみます」

 この時自分でも変な返事をしたと思った。


 その後、少し話をした後僕は名残惜しい感じがあるが解放されたこともあり帰路についた。


 『魔法の言葉』


 もちろん言葉だけで自分や周りが変わるとは思っても居なかった。

 その時はまだ何も変わっていない自分と何も変わらない周りの世界。


 でも帰り道『今日、今から』と何度も呟いていた。


 そして帰り道彼女の名前も聞いていないことに気が付いた。

「再来週また会えるから良いか」


 人嫌いな僕、そんな約束すっぽかしても良いはずなのに会うことを決めている自分に気が付いた。


「そうか僕は今日死んだんだ、『今日、今から』僕は新しい僕になるんだ」


 そんなに直ぐに何かが変わるはずは無かった。


 でも僕は知らなかった。

 本当に影響を与えた人たちが居ることを

 そして僕がそうなることを持っていた人たち居ることを。


 結果、自分が変わることと彼らの支援で、やがて自分や世界が変わっていくこと。

 それを僕は後で知ることになるのだった。

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