「ブザマン」
茶猫
01.「ブザマン」
「もう良い、もう楽になりたい」
ただ一つのことを考えているだけで何も考えることが出来ない状態。
冬も終わり春になるこの季節だがまだ肌寒い季節だった。
夕暮れを過ぎると太陽も隠れ始めあたりは大分薄暗くなっていた。
今、僕は近くにある一級河川の土手から河川敷へつながる階段を下っていた。
「もう少しだ。もう良いんだ。これ以上は何も望むことが無い」
そう思いながら階段を下ると川に向かって歩いていた。
河川敷では陸上競技でもやっているのだろうか?
選手らしき人が数名練習をしており、多くの人はそちらに気を取られて僕には気が付いていなかった。
「そうさ、本来僕なんかを人が気にするはずがない」
今までが不思議なくらいだった。
実はここに来たのは今日が初めてではない、何度目だろうか。
最初は学校帰りの姉に見つかり止められた。
その後も何度かここに来ては色々な人に止められた。
止めた人は説教まじりに僕を諫めてくれた。
「家族が悲しむぞ」という話を聞いて僕も自分のやろうとしていることを躊躇った。
今も家族に対しても申し訳ない気持ちは変わらない。
ただ、今日は僕が生きていると家族も苦むのだから、それなら一瞬の悲しみで全てが終わるのであれば・・
そうだ家族にとっても良いことではないのだろうかと考えていた。
今日は不思議と誰も止めることは無く、川の傍まで来ることが出来た。
僕の名は小倉修一(おぐら しゅういち)高校一年生。
僕は人生を終わらせようと考えて、まだ冷たい川の中に入ろうとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
こんなことになった原因。
それは「僕が人助けをしようとした」こと。
そして助けることが出来なかった。
そうだ失敗したんだ。
あれは五年ほど前だった。
僕はトラックに跳ねられそうになった少女を助けようとした。
だが助けられなかった。
あの時のことは一瞬であったにも関わらず、その一瞬のはずの記憶すらほとんど残っていない。
覚えているのは少女が突き飛ばすような仕草をして僕に微笑み掛けたこと。
その後、僕は彼女から流れた暖かい血の海で倒れていた。
それ以外は何も覚えていない。
後から両親から聞いた目撃者の話では
僕は悲惨な少女の姿を見つめながら悲痛な叫び声を上げ少女の血の海の中で動けない状態だったらしい。
その時僕は車に惹かれることもなく足を少し挫いたくらいの怪我で済んでいた。
ただショックで僕の髪の毛はその一瞬で全て白くなっていたそうだ。
考えて見れば彼女が「突き飛ばすような仕草をしていた記憶」がある
それは僕を助けてくれたのではないか?
それなら僕は助けに行って助けられたことになる。
その余裕が彼女に有ったのであれば、逆に助けに行かなければ彼女は助かったのではないだろうか?
「なんで助けようとしたんだろう」
その後悔は、今日の今の段階まで続いている。
挫いた足はすぐに治るはずだった。
だが歩くとき足を真っすぐに地面に付けられなくなっていた。
診療してくれたお医者さんは精神的なものが影響していると説明してくれた。
でも無理に足を地面に付けるのが怖い、そして勇気を出して地面に付けようとすると変な方向に曲がり具練るのだった。
その後も何度も具練ってしまい、今では片足は引きずるように歩いていた。
あの事件後、親や姉にも世間の風あたりは冷たかった。
トラックの運転手、つまり加害者すら僕の親に「お前らは金目当てだろう」と僕の親に噛みついていた。
裁判では僕が出て来たから少女は死んだとか弁護士が話したそうだ。
僕が助けようとしなければそんなことで家族に心配かけることなと無かった。
この頃から家のガラス窓に石が投げ込まれることが起こり始めた。
母や父は何でもないと言っていたが、僕のせいではないかと思っていた。
そんなある日二階の僕の部屋にも石が飛んできた。
「ガシャーン」
石は紙にくるまれていた。
僕石を手に取ると紙をはがした。
紙には「人殺し」と大きく書いてあった。
僕は「うゎ~っ」と大きな声で叫んだ。
「何、今の音」
母が飛んで二階に上がって来た。
慌てて上がって来た母が僕を見ると驚いたような顔を悲鳴を上げた。
「血まみれじゃない」
ガラスの破片で僕は顔に怪我をし手は割れたガラスが刺さった紙を持ったので血まみれだった。
「こんな落書きは気にしなくても良いのよ」
そう母は泣きながら僕を抱き絞めてくれた。
「ごめんね」
僕は母に誤った。
「謝る必要なんかないのよ、あなたは何も悪いことはしていないのよ」
母は僕に何度も言ってくれた。
そんなはずは無い、だったらなんでこんなことをされるんだ。
「僕がしなくて良いことをしたからなんだ」
そう思うと両親や姉に悪いと言う気持ちから涙が出て、体の震えが止まらなくなっていた。
そして足のこともあるが、学校には少しの間行くことが出来なかった。
それでも少し落ち着いた数か月後、足を引きずりながらも登校することになった。
母に連れられて学校まで連れて来てもらった。
「無理はしないで良いのよ、直ぐに帰って来ても良いのよ」
そんな優しい母の声に支えられ向かった登校初日。
学校に着いて人の顔を見ると、学校のみんな(他人)の目が口が怖かった。
学校の担任の先生が説明してくれているのだろう、最初は静かだった。
でも小さな声でみんなの僕の髪のことや足のことで色々噂する声が聞こえた。
結局、最初の日は一時間も持たず逃げ帰った。
それから長い時間かけて学校に登校し居る努力をした。
とは言え学校ではクラスの誰かが言う一言一言が気になって勉強など出来るわけがなかった。
つまり成績は最低だった。
そうそう、誰が言い出したのか、『
先生には分からないように僕へのいじめが始まった・・・「ブザマン、ブザマン」という声・・その後寄ってたかって僕をいじめて来た。
「事件の前の日に放送された「九人戦隊キュウレンジャー」を見たからカッコつけてまねして助けに行ったんだろう」
「馬鹿じゃない?作り物と現実の区別が出来ないんだよ」
足が悪いことにつけこんだ靴や文房具を取り上げる意地悪をよくされた。
結局隠されて見つからなくて文房具や靴など物はよく無くなった。
事件後も「友達だ」と言ってくれる友達も数人いた。
でも「ブザマンの友達」とか言われ、同じようにいじめられることを恐れた。
そして彼らに迷惑を掛けたくない思いで友達を無視した。
無視することで友達は居なくなると思っていた。
だが一人だけ、親友の中島だけは違っていた。
彼は何かに付けて話しかけてくれた。
それでも僕は強固に無視し続けた。
僕は本当に大事な友達を裏切っているような気がするが「そうするしかない」と考えていた。
その頃から「すいません、ごめんなさい」を多用するようになっていた。
それは謝罪や謝っている訳ではなく「関わらないでください」と言う「逃げの言葉」だった。
それからは学校への登校は地獄だった。
学校という場所は誰も味方は居ないと思える教室に一人で耐えるところだった。
だからちょくちょく休んでいた。
面白いものでいじめっ子も大人になるということなのだろうか?
中学校に入ってからはいじめは少なくなった。
いや人数は減ったが陰湿になったと思う。
そうか、「陰湿ないじめ」というのは「大人のいじめ方」になっただけなんだろう。
中学校に入るころには僕は風体も別人になっていた。
事件後、僕はストレスが原因で暴飲暴食していた。
足が悪いこともあり運動は全くしなかった。
そのことで体重は増え続け、甘いものが好きな僕は虫歯も多くなっていた。
歯医者へ行く親に負担を掛けるだろうと僕は歯医者には行かなかった。
変な理論だった、だって暴飲暴食しているのに食費は気にしていなかった。
そして歯が痛いことを我慢することが自分への罰だとか勝手な考えを持っていたのも事実だった。
本当に意味が自分でもどういう理論なのか分からない。
虫歯が痛い側の奥歯では噛めなかった、でもそんなことを続けている内に口が少し歪んでいた。
また虫歯で歯茎が腫れ、頬は片方だけ晴れていた。
体はいつも俯いているから背中は曲がっているようだった。。
虫歯の痛みをやり過ごそうと顔を少し左に傾けることをしていたので体も左が少し下がっていた。
おまけに白くなった髪の毛にはストレスから常時十円ハゲが多数出来ていた。
そんな僕を女の子たちは影で「キモ男」という呼称を付け呼んでいた。
義務教育を終わったら学校とはオサラバできる。
僕はそう考えていた。
でも、家族は「何か」を諦めていなかった。
そんな僕の「何か」のために僕を何とかしようとしていた。
ただし僕にはその「何か」の意味が分からなかった。
だから僕はいつものように「ごめんなさい」という逃げの言葉で家族からも逃げていた。
ある日、家族に僕が高校へ進学するように言われた。
「高校?僕が?」
母は優しい表情で僕を見ていた。
「そう高校へ行きなさい」
大きな声で反対した。
「僕には高校なんかに行く資格はないし、無駄なお金も掛かる」
「大丈夫公立なら安いから、公立に入れば良いのよ」
姉は簡単に言ってのけた。
もちろん反論した。
「僕の成績で行けるわけがない、それに塾になんか行ったら余計なお金が掛かるじゃないか、第一今から塾に通っても間に合わない」
というか塾で人に会うのが嫌なだけだった。
姉はすかさず言い返してきた。
「私が教えるから大丈夫」
「えっ?」
僕の素っ頓狂な声が漏れた、そしてこの時から姉が鬼になった。
「絶対に高校には行きなさい」
ほぼ脅迫に近い言葉を吐きながら姉は勉強を教える鬼になっていた。
僕の唯一の抵抗方法は家族には何時も迷惑をかけることしか出来ないから「関われないでくれ」と言う意味の『ごめんなさい』を言って逃げることだった。
でもこの時の姉にはこの抵抗法は効かなかった。
そうだ、この時の姉には何を言っても逆らえなかった。
僕が何と言おうと姉は勉強をさせた。
でも姉の努力の賜物で結果最低ランクとは言え公立高校に受かったのだ。
「ほら、やればできるじゃない」
その時の姉の声は優しかった。
受かったことより、姉の嬉しそうな顔が僕には嬉しかった。
ただ、おかしなことにあの頭の良かった中島が同じ高校を受験し受かっていたことが分かった。
僕の中には恐ろしい理由しか思いつかなかった。
「違うよな、中島、そうじゃないよな」
必死にその考えを否定した。
やはり休むことも多いのだが、高校も続けることが出来た。
ただし僕の生活はその後も何も変わらなかった。
「ごめんなさい」という逃げの言葉と態度は少なくとも誰からも歓迎されない。
そんな僕のことを同じ学校から行ったもの達が「あの事件のこと」を得意げに話していた。
女の子は僕の風体をみて「キモッ」とか言っていた。
つまり中学校と変わらない生活だった。
そんな調子なので当たり前だが成績は不振を極め、今では落第という話が現実味を帯びて来ていた。
「何も変わらない、何も良くならない、だったらもう良いんじゃないだろうか・・・なんで高校に来たんだろう?」
この頃から僕は生きていることに価値を感じなくなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆
人とは不思議なものだ簡単に飛び込めばいいのに、恐怖心からか少しずつお風呂に入るかのように川に入ろうとしていた。
足を庇いながら、スローモーションでお風呂に入るかのように時間を掛けていた。
不意に言葉が掛けられた。
「危ないわよ」
振り返ると、さっきまで河川敷で練習をしていた僕と同い年くらいの少女だった。
「ごめんなさい」
見ず知らずの少女にすら『何時もの逃げ口上』しか出てこなかった。
「何を謝っているの?」
少女は当たり前のように返答してくるのだった。
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