炎上防止アドバイザー

結騎 了

#365日ショートショート 128

「プチ炎上を繰り返すの、いい加減にしてくれないか」

 マネージャーである野中は、担当アイドルのMEMUに怒鳴った。芸能プロダクションの会議室。SNSサービス・ツイッピピーでの不用意な発言により、MEMUはプチ炎上アイドルとしてネット上で玩具になりつつあった。

「事務所も迷惑してるんだ。いいか、SNSの使い方を抜本的に改めてくれ。改善が見られないようなら、あるいは……」

 しかし、野中は続く言葉を飲み込んだ。MEMUと二人三脚でやってきたのは自分だ。彼女の苦労はよく分かっている。そして、こうなってしまったも。

「野中さん、ごめん。私、つい色々と怖くなっちゃって。気持ちが抑えられなくなっうの」

 ピンクのメッシュがトレードマークのMEMUは、申し訳なさそうに長い髪を指先に巻き付けている。そうだ、普段はこんなに大人しい女の子なのに……。

 野中は一年前のことを思い出していた。主にツイッピピーを利用した、MEMUへの悪質なストーカー行為。ダイレクトメールが二時間ごとに届き、全ての投稿にリプライがぶら下げられた。果てには、実生活を見ていないと分からない内容のリプライが届き始め、警察にも相談をした。友人との食事風景、オフの日の電車に乗る様子、楽屋に脱ぎ捨てられた着替えまで。つきまといと盗撮の実績が送り付けられる日々に、MEMUは明らかに憔悴していた。この頃からMEMUは変わってしまった。SNSでの他者への振る舞いが攻撃的になり、ちょっとしたことで過激な投稿をすることが増えた。ストーカー被害による精神的な反動だと、野中には分かっていた。しかしファンはそれを理解できない。大人しく可愛いキャラクターで売っていたMEMUは、いつの間にかプチ炎上アイドルと化していた。

 しかし、今から一年前。ストーカーはふっと姿を消した。アカウントも履歴も全て消え、それらの行為はぴたっとなくなった。しかし、MEMUの心は傷ついたままだ……。

「じゃあ、俺は例の人と会ってくるから」

 そう告げて、野中は会議室を後にした。今日は、MEMUが他のプロダクションのアイドルから紹介された人と会う。その名も、炎上防止アドバイザー。アドバイス料を払い監督してもらうことで、SNSでの炎上を回避できるというのだ。どこの馬の骨かは分からないが、MEMUが俺にわざわざ会ってほしいと頼み込んできた。彼女もこのままではいけないと分かっているのだろう。藁にも縋る思いだ。

「こんには、竹内と申します」

 応接室で面会したのは、痩せ型の男だった。歳は三十くらいだろうか。くどくないマッシュルームカットで、すらっとしたスーツを着こなしている。第一印象は悪くない。

「今はまだ私ひとりで会社を回しています。しかし、すでに四十を超える芸能人の方から契約を頂戴しました。実績は胸を張れるものと思っています」

 野中は竹内から渡された資料に目を通した。なるほど、これは悪くない。プランごとに金額は違うが、スタンダードプランでも二十四時間対応とある。SNSに投稿したい内容を事前にこの男に送ると、三十分以内に添削した内容が返ってくるのだ。添削なしに投稿してしまうと、多大な違約金を課せられる。こういったルールを設けることで、タレント本人を炎上から守るサービスである。

「しかし、投稿内容の添削なんて、例えば俺でもできてしまうのでは」

 野中は質問を繰り出した。こっちだって、芸能プロダクションのマネージャー職である。

「もちろん、その通りです」。竹内は笑顔で答えた。「しかし、炎上というのはナマモノです。私はこの仕事を始める前から、芸能界に関する情報収集を生業としてきました。なにがどんなネタで炎上してしまうのか、その原因や背景は刻々と変化していきます。昨日までは全く問題なかった内容が、今日には触らない方がいい腫物になります。当社ではそれを常に嗅ぎ分け、追いかけることで、最新の感覚でタレントさんを炎上からお守りすることができるのです」

 なるほど、一理ある。マネージャー業をしながらそういったトレンドを全て追い続けるのは無理があるからな。

「それでは、このプレミアムプランというのは、なんでしょう」

 資料には、金額:要相談と記してある。こんな書かれ方をしたら気になってしまう。

「プレミアムプランは、炎上のもとを断つサービスです。つまり、私がそのタレントさんに完全になりきって、アカウントを運用させていただきます」

「なんだって」。野中は目を丸くした。

「ただし、なりきるという行為は簡単な話ではございません。そのタレントの趣味や嗜好、行動パターンから口癖まで、細かい把握が求められます。プレミアムプランの場合は、私がタレントさんと連絡を密に取り合い、そのタレントさんを自分の中に仮想人格として落とし込む作業を行います。そうしてから、アカウントを完全に当社で運用するのです。もちろん、炎上など起こり得ません」

 ほほう。奇抜だが、ある意味で面白い。この時代、SNSの運用は広報の面で絶対条件だ。しかし、そこには炎上という大きすぎるリスクがある。経費はかかるが、その運用をアウトソーシングすることで、タレント本人には心の健康を優先してもらうのだ。意外と検討の余地があるかもしれない。

「しかし、まだお若いのにとても綿密な事業内容ですね」

「はい!」と竹内。くしゃっとした笑顔だった。この人となら、MEMUを良い方向に導けるかもしれない。野中はそう感じつつあった。

「ちなみに、いつ頃からこのお仕事をされているんですか」

「ちょうど一年前ですね」

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炎上防止アドバイザー 結騎 了 @slinky_dog_s11

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