第3話異世界に労働しに来た訳じゃないのですが


リズミカルにトントンと叩く音が聞こえる。何故だろう。今までそんな音は聞こえたことはないのに....。なぜそんな音が聞こえるのだろうか。まどろむ意識の中俺は目を開けた。そこには日本の自室では無い天井が広がっていた。覚醒する意識の中、この部屋のことを思い出した。

「あぁ、ここはソクラテスさんの...。」

俺はそうこぼした。なるほど、俺は寝ぼけていたらしい。まだ異世界に来て1日なのだ。この部屋に慣れてなくて当然だろう。ましてや重労働のあとの睡眠だ。起きたあと、覚醒までに時間がかかっても仕方がないだろう。そんなことを考えながら俺は寝る前の記憶を思い返す。快く泊めてくれた人の事。そして迷惑かけたくないと朝強いと言ったこと。

「俺、やっぱ朝強いんだな。」

そんなことを言いながらドアを開けた。リズミカルな音がよりはっきりと聞こえる。この音はどうやら1階から聞こえるらしい。俺は大きくなっていく音に足を向けた。

「おはようございます。ソクラテスさん。」

そう俺はリズミカルにまな板を包丁で叩いている亜人に声をかけた。なるほど、この音の正体は料理だったか。引きこもりは親が料理作る時にはぐっすりだ。そりゃあ聞いた事が無いはずだ。

「おはよう、ハルト。よく眠れたかい?あと、家の裏の方に井戸があるから顔、洗ってきなさい。」

「はい、よく寝れました。顔、洗ってきます。」

そう言い、俺は家の玄関を勢いよく開けた。瞬間、朝の外気が胸に飛び込んできた。俺は鼻からその外気を思いっきり吸うう。肺を心地よい空気が満たしていくことを感じつつ、

「うん、気持ちいい。」

そうこぼした。考えてみればこれも引きこもっていたらできなかった経験だ。この世界に来てからというもの、全てが新鮮で初体験だ。加えて今からやろうとしている井戸で顔を洗うという行為も初めてなのだ。日本の俺の住んでるところには井戸なんてものは無かったが使い方は大体分かる。

井戸の桶を沈め、水を汲む。なみなみと注がれた桶の水に俺は手を突っ込んだ。

「冷たっっっ。」

そう声に出てしまうほど冷たい水だった。俺はそんな冷水で顔をしっかりと洗う。気持ちいい、とても気持ちいい。

「気持ちいいだろ、ハルト。ほれ、タオルだ。」

声が聞こえた方を見るとソクラテスさんがタオル片手に立っていた。

「わざわざありがとうございます。お優しいですよね、ソクラテスさんって。」

「優しくなんてないさ、優しくなんてな。そんなことより飯できたぞ。早く来い。」

一瞬だけソクラテスさんの顔が暗くなった気がする。あまり詮索されたくないのだろうか。まあ、人は隠したいことの一つや二つあるからな。

ちなみに俺は親に隠れて買った大人の本と中2の頃に見た恐怖映像が怖すぎて夜泣いたことだ。ん?あぁあああぁあああ!え、俺が死んだら俺の部屋ってどうなるんだ?まさか掃除されたりするのか?!

あぁ、終わった。今頃見つかってるのだろうか....。あぁ、死んだ後のこと考えてなかった!どうしよう。俺は死んだ後に親に失望されるのだろうか...。

「おい、どうした。ハルト?」

そう発するソクラテスさんは足を止めてこちらを振り返っていた。おっと、俺は足が止まっていったっぽいな。もう俺は異世界で楽しくやるんだ。死んだ後の日本とか知るか。思わぬ精神攻撃を受けた俺はその事に乱暴にケリをつけ、

「あーすみません。ちょっと考え事してて。」

そう言って俺はソクラテスさんの背中を追いかけた。




「「いただきます。」」

揃って声を出し、ハルトは目の前のパンから、ソクラテスさんは焼き魚に箸を向ける。

朝食のメニューは焼き魚にパン、サラダ、それにベーコンエッグだ。和洋折衷ぶりがすごいがこの世界はこれが普通なのだろう。ちなみにこの世界には箸やフォーク、スプーンといったものはある。基本的に全部が木製ではあるのだが。

「美味しいですね。すみませんね、泊めて貰って朝食までご馳走になって。」

「気にすんなよ。その分午前中は働いて貰うんだからな。」

「ありがとうございます。恩に報いるためにしっかり働きますよ。」

「そうか。じゃあまずはしっかり食え。しっかり働くためにも。」

「はい。いただきますね。」

なんと優しいことだろう。朝食付きでベットで寝れるのだ。午前中働いてもお釣りがくる。しっかり働きその恩に報いるとしよう。



「「ご馳走様でした。」」

「しばらくしてから働いてもらうからしっかり休んどけ。」

「はい。了解です。」

俺は日本ではご飯は食べながらゲームをするか急いで食べてからゲーム、最悪食べない。なんての当たり前だった。ほんとにこの世界は初めて、もしくは久しぶりが多い。こんなに落ち着いて味わった飯も人と食べる飯も久しぶりだ。人と食べるご飯も悪くない。そう今は思う。



「ハルトー。これから食後の運動と洒落こもうぜ。」

「了解です。何をすれば?」

「裏の倉庫に斧があるからそれを2個持ってきてくれ。」

「裏の倉庫ですね。了解しました。」

そう言い裏の倉庫へ向かう。倉庫に入り、すぐ奥に2つの斧があるのを見つけた。

「これか。よいしょっと。」

斧は1個あたり5~6kgというところだろうか。両腕にしっかりとした重さを感じるそれをソクラテスさんのところまで持っていく。

「ありがとうな。ハルト。」

そう言って片方の斧をとり、肩に担ぐ。全く重さを感じさせないそれは斧が一瞬で質量を失われたようだった。また、担ぎながら歩く姿は歴戦の斧使いのようにもみえる。




しばらく歩いただろうか。森のような場所に着いた。

「ここが俺の仕事場だ。ハルトは俺が選んだ木を切ってくれ。」

「了解です。よろしくお願いします。」

「おう、よろしくな。木こりは斧が危険と思われがちだが、倒木が1番危険だ。しっかりと周りを見ることを忘れずにな。なにかあれば俺を呼べ。おっ。これは良い木だ。よしハルト。まずはこの木を切ってくれ。」

「了解です。初木こり、頑張ります。」

「おう、俺は少し離れて仕事してるから。くれぐれも周りに気をつけろよ。」

そう言って歩き出すソクラテスさん。その背中は何度見ても大きい。いつかは俺もあんな風になれるのだろうか。今のひ弱な背中からはそんな将来図は描けないが。

「よおぉいしょおぉ!!!」

そんな掛け声と共に手の斧が木を強打する。

「つっっっ。」

初打ち込みはあまり上手くいかなかった。跳ね返ってくるエネルギーに負け、その場に尻もちをついてしまった。

「おいおい、変な音したなと思ったらハルト。そんなんじゃ木なんて切れねえぞ。腰を入れて回転するイメージだ。ちょっと離れてな。」

言うよりやって見せた方が早いと思ったのだろう。ソクラテスさんは俺を下げさせ思いっきり斧を振りかぶった。

「しっっ。」

そんな音と共に出された斬撃は俺の何倍も深く木に傷をつけていた。俺は自分の打ち込みが強打と言ったが、目の前の斬撃こそが強打と言うべきなのだろう。斧は本当に力強く打ち込まれ。刃の半分近くが木に埋まっていた。

「どうだ?いけそうか?」

木に多大なダメージを与えたその人は俺を見ながらそんなことを言ってきた。

「やってみます。腰を入れて回転ですね...。」

「そうだ、まあやって見ろや。下手だったら飛んでくっからな。」

そう言い豪快に笑うソクラテスさん。そういえば笑ったところとか初めてみた。ソクラテスさんはくるりと背を向けて自分の持ち場へ戻っていく。その人から言われた腰を入れて回転と言う助言を何度も何度も頭で反芻させ、

「はっっっ!!」

渾身の一撃を木に放った。ソクラテスさんほどではないが、割といい一撃だったのでは無いだろうか。

「おう。ちったあマシになったじゃねえか。」

ソクラテスさんが持ち場から声を張って称賛してくれている。何故だろう。いとも簡単に上達した気がする。まあ、いいか。もしかしたら俺が器用なだけで、引きこもりのせいで表に出なかっただけかもだし。なんにせよ、お褒めの言葉を頂いたのだ。この調子で頑張るとしよう。



「ミチミチミチ....、、ドーン!!!。」

そんな音とともに思いっきり切っていた木が倒れた。初めて自分の手で木を倒した。

「おーハルト。初木こり無事達成だな。」

そう声をかけてくれるのはいつの間にか後ろに立っていたソクラテスさんだ。もう少しで倒れると分かってから持ち場を離れて来てくれたのだ。わざわざ来てくれたことに嬉しさを感じつつ。

「無事達成ですね。次はどれを切れば...?」

「そうだな。次は...これなんかどうだ?」

木を見定めるようにペチペチ木の表面を叩いていたソクラテスさんは良い木を見つけたようだ。

「了解です。お互い頑張りましょう。」

「おう。頑張ろうな。」




「おーいハルトー。そろそろ終わるぞ。」

「了解です。」

3時間ほどの木こりはそんなソクラテスさんの一言で終わりを告げた。2人で倒した木は大体20本ぐらいだろうか。眼下には無惨にも倒された木が転がっていた。

「ハルトはスジがいいぞ。最初の情けない音が嘘みたいだな。」

「最初のは目をつぶって下さいよ。自分でも情けないと思いますけど。」

「そうだな。お疲れ様だ。」

また、ソクラテスさんの笑い声を聞いた。俺は笑いが移ったのかはにかみながら。

「お疲れ様です。そう言えばこの倒した木はどうするのですか?」

「木は町にいる運び屋に依頼して持っていってもらう。流石に持って行くのは骨が折れる。」

「そう....ですよね。」

さすがに歴戦の斧使いのようでも木を20本近く運ぶのは無理があるのだろう。そうやって他愛ない会話を続けていくうちに町についた。会話が一区切りしたところでソクラテスさんが、

「俺は運び屋に依頼してくる。ハルトはどうする?」

「俺は大工のバイトがあるんで、そっちに行きます。」

「バイト、そうか。頑張ってこい。元気でな、ハルト。」

ん?なんか今日で終わりみたいな会話の締めくくりだな。

あっ!!しまった!そうじゃん。今日も泊めてもらうこと言ってないじゃん!

「あの...ソクラテスさん。出来れば今日も泊めて頂きたいのですけど...。」

「そうなのか。じゃあまた家にこい。」

「ありがとうございます。またお邪魔させてもらいます。」

あっぶねー今日の宿なくすとこだった。ちゃんと大事な事は話さないといけないな。家に帰ったらソクラテスさんに長く泊まりたい旨を伝えないとな。冒険者になって生活が潤うまでは出来れば泊めて頂きたいものだが...。




「いただきます。」

今回は1人での食事だ。ソクラテスさんと別れてからすぐに俺は酒場ギルドに向かった。ちなみに今回のメニューは豚カツ定食だ。この世界には唐揚げしかり豚カツしかり日本にあったものがあり感動を覚える。しかし、日本になかったものも多数あるようなのでそれらもいつかチャレンジしてみたいものだが。

そう言えば食事をするとなればここに自然と足が向かうのだが、多分ここ以外にも食事処はあるのではないか。そんな考えのもと俺はポケットに入っていた紙地図を開いた。

「やっぱあるのか…。お食事亭『レスト』か。今度行ってみるとしよう。」

そう言って俺は銅貨10枚を手に席を立った。ちなみにこの酒場ギルドの定食はほとんどが銅貨10枚だ。



「お疲れ様です。親方。今日の仕事は?」

酒場ギルドで腹を膨らましたあと、俺が向かった先は大工のバイト場所だ。

「おう、ハルトか。今日も荷物運びを頼む。前回同様木材全部だ。」

「了解です.....。頑張ります...。」

木材全部持っていくことを当たり前のように言う親方。昨日頑張り過ぎてしまったから過大評価されてないだろうか。昨日の疲れがまだ残っているし、今日は木こり後だ。俺、今日で過労死するかもな....。

昨日と同じことを考えて俺はおびただしい量の木材に手を出したのだが...

あれ?昨日ほどキツくない。いや、厳密にいえば昨日の疲れや木こり後といったように体はきついのだ。だが、木が軽く感じる。昨日よりも小さいのか、木の種類が違うのかな?と考えながら黙々と木材を運んだ。




「お疲れ様です。親方。」

俺は運ぶのに余裕ができたため、休みながら運んだ。そのため、前回ほど息が切れずに親方の所に戻ってきたのだった。

休憩を入れたため、前回と同じ終了時間にはなったのだが。

「おう。お疲れ様。これが今日の日当だ。」

「ありがとうございます。」

日当をさっさと受け取り、俺は空腹を満たそうと歩き出した。




「すみませーん。このハンバーグ定食くださーい。」

「ハンバーグ定食ですね。パンかご飯か選べますが…?」

「じゃあご飯でお願いします。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

そう、俺は『レスト』に来ていた。酒臭いあそことは違い、クラシックのようなBGMや綺麗にセットされたテーブルなど異世界で初めてレストランに来ていた。

周りの目を気にすることなくゆったりとレストという名前の通り休める場所で俺は雑誌なんかを見ていた。

記事には...どこどこの騎士に領地を授けただの、どこどこの誰かが犯罪をしただのが書かれていた。どことなく日本でいう新聞のようなものだった。俺もいつか活躍すればこの雑誌の1面を飾っちゃったりするのだろうか。すごく憧れる。

また別のページを見ると冒険者一行が魔王軍の幹部を倒しただとかが書いてあった。やはりいるのか魔王。なぜ自分がチートを授かりこんな異世界に来たのかを考え。この世界が魔王とかに脅かされているか、未練タラタラな若者にチートでちやほやされる思い出作りだとか思っていたが。やはり俺がチートを授かった理由は前者の魔王を倒すための即戦力と考えたほうがいい。

あの女神はそんなこと一切言わなかったが。

「お客様。ハンバーグ定食でございます。」

「ありがとうございます。」

俺は雑誌から目を離し、それを見た。とても美味しそうだ。意識を目の前のハンバーグに持っていかれそうになりながら、

「いただきます。」

そう言って勢いよく頬張る。めちゃめちゃ熱かった。俺は目の前の水を取り、飲み干した。やはり料理のクオリティが酒場ギルドなんかとは比べ物にならないぐらい高かった。熱々のハンバーグから出る肉汁はとても美味しいし、ご飯やサラダもなんか美味しい。別にグルメ家では無いので詳しいコメントはできないが、なんか美味しい。




「ご馳走様でした。」

俺は熱々のご飯に息を吹きかけながら完食したのだった。こんなにも美味しいのになぜ冒険者連中は来ないのだろうか。メニューをもう一度端から端までみるとアルコールらしきものがない。冒険者連中は多分食事とお酒が目的なのだろう。だからここには来ず、酒場に行く。

そんなことを思いながらお会計に進む。ちなみにお値段は銅貨10枚だ。質と量が少し酒場ギルドより上だったため、あっちの方が少し割高な形になる。よく分からないがお酒を提供したり冒険者が多いなど、少しあっちは危険手当のようなものが発生しているため割高なのかもしれない。

「銅貨10枚になります。またのご来店をお待ちしてます。」

「ご馳走様でした。」

そう言って店員さんを見るとその後ろにやけに強調された文字が目に飛び込んできた。でかでかと真っ赤な文字で書かれたそれは『冒険者の方はご遠慮願います』そう書かれていた。

あれ?これ...不味くね?ご遠慮願いますって...。あーこれ罰金とかだろうか。なんでなんだよ、この世界は新人冒険者に厳しすぎだろ!!まじか、どうしよう。俺捕まるのかな....。

そう考えて俺は早足で扉へと向かった!!

そのまま早足で少し離れたところまで進み、後ろから誰も追ってきてないことを確認して俺は一息ついた。

「あぶねえ、あぶねえ。あんなデカい文字だったしバレたらどうなるんだろうな。」

そう口に出しながら息を整える。あれだろうかただでさえ今労働者の俺の労働が刑務作業になっていたかもしれない...。ん?労働者....。

そいえば俺、冒険者になってませんでした!




食事の後はそう.....風呂だ!!!

お湯にどっぷりと浸かりながら癒される。この2日間で割と馴染めた気がする。仕事もできて対価も貰い、飯と風呂もクリア。しかも寝る場所までしっかり確保。生活基盤がしっかりしてきた気がする。異世界暮らしも最初こそあの女神のせいで困ることもあったがどうにかできた。そこにはソクラテスさんの関与が大きかっただろう。ほんとに感謝だ。

ちなみに自分が着てきた青色のジャージはただいま洗濯中だ。この世界は日本よりも優れたものの一つに魔法がある。なんせこの世界は日本よりも洗濯が簡易なのだ。やり方は単純明快。大きい水の張った桶のようなものに洗濯物をぶっ込むだけ。その桶には浄化魔法陣があり、汚れがすぐに取れるんだと。しかもその後濡れた洗濯物は桶から取り出して、乾燥室と書かれた場所に持っていき、10~15秒待つだけ。なんでも火の魔法陣のおかげで水分を飛ばしているとのこと。つまり洗濯には1分ぐらいしかかからないのだ。日本の人が見たらずるいと叫びそうな時短だ。なんでかって?純日本人の俺が叫んだからだよ!

そんなこんなで俺はジャージ一丁で何とかいけている。最初こそ女神に替えの服をくれと恨み言のひとつでも言いたかったが、現に一丁でいけているのだ。恨み言を言うのは筋違いだろう。チートの件やお金の件は一言言いたいのだが。




「ソクラテスさん。ハルトです。」

そう言いドアをノックする。さっきは日本に優れていることを言ったが、それは稀でこの世界のほとんどは日本に負けている。実際、田舎育ちの俺でもしたことないノックなんかをしている。もし、オレオレ詐欺や押し売りなんかがあってもノックだけじゃ判別できない。開けてしまったら終わりのケースも無いわけではないのでインターフォンなんかを開発して欲しい。多分魔法の力を使えば何とかなるのだろう。知らんけど。

「おう。開いてるぞ。」

そう言うソクラテスさん。ね?やっぱ危ないよね。ソクラテスさんは斧を持てば歴戦の斧使いに見えるが普通ならただの気のいいおじさんだ。セキリュティはしっかりして欲しいものだ。この世界は殺傷能力高いものをそこら辺の人が持っている。魔法を勉強してインターフォン作ろっかな。たった今俺には優先度こそ低いがしっかりとした目標ができた。

「失礼します。」

「おう。くつろいでけや。」

「あの....。ソクラテスさん。今後のことで少しお話が...。」

「おう。なんだ?」

「その...。しばらく長い間泊めて貰ってもいいですか?」

「...ハルト。お前は家とか家族はいないのか?答えたくなければ無理はしなくていいぞ。」

初めて、面と向かって家族や、家について聞かれた。この世界に転生した。そういえば簡単だが、信じてくれるか…。正直俺がそんなこと言われたら追われてるとかそういう裏の理由があるのか?と勘繰ってしまうだろう。本当のことを話すのか、それとも適当な嘘を言って誤魔化すか。はたまた話すと言ってもどこまで話すのか。日本なんて国はないだろうし...。なんて言おう...。どこまで話そう…。そう言った葛藤が頭の中でぐるぐると回っている。

「俺は...。おれは、こことは違う異世界から来ました。」

俺は、助けてくれたソクラテスさんに嘘をつくことができず、正直に話すことを選択した。多少の情報は伏せるが...。

「異世界から来たぁ?!」

あぁ、やはり驚かせてしまった。にわかには信じ難い話だ。俺がそんなこと言われたら多分疑う。俺は想定される質問を予想し、答えを用意しながら待った。

「そうか...。」

長い、長い時間の沈黙を破り、ソクラテスさんは思い口を開いてそんな言葉を言ってきた。

「ぶはっっっ、ぶははっ。」

あぁ、やっぱり信じて貰えなかった。俺はこれからずっと頭のおかしい奴っていう風になるのだろうか...。ソクラテスさんに嫌われるの嫌だなぁ。

「そうか。そうかよ。お前さん魔王のイタズラを受けた人かよ。」

豪快に笑ったあと言った言葉はそんな言葉だった。嘲笑され、バカにされると思っていたから、予想外の言葉に反応できない。

「魔王のイタズラってのはな、魔王ってのはな、この世界の街や市から子供をさらい、その子供の記憶を他の記憶と入れ替え、それを別の街に送るって言われてんだ。つまりハルトはその魔王のイタズラにより記憶が入れ替わってるってことだ。

そんな人を総称して魔王のイタズラって言うんだよ。そいえばハルトって名前もあまり聞かないし、黒髪黒目の人だからなあ。」

おっと。これは予想外の展開ですね。まさかこの世界にリアル「これって、もしかして、入れ替わってる?!」ということだろうか。ちなみに俺の名は佐藤 晴斗だ。信じられるかどうかが肝だったが、どうやらこの世界には異世界転生に少し違うが認識があるらしい。

最後の黒髪黒目や名前に触れたので多分先人の日本人がこの概念を捏造したのだろう。まったく、妙な心配して損したぜ。

まあ、とりあえずは嫌われてないようでよかった。

「そう...なんですか。じゃあ俺は魔王にイタズラされたんですね。」

「おう、そうなるな。そんなんなら家も家族もいいや。記憶の入れ替えなら聞いても意味が無い。」

予想外ではあるが、なんとか大丈夫なみたいだ。あとは泊まっていいかの許可だが…?そう思うと自然と顔が暗くなる。無理と言われれば高い宿で寝るか、いいひとを探さなくてはいけない。ソクラテスさんのようなレアをそう何回も引き当てれるわけが無い。

「おい、ハルト。あんまみっともない顔するもんじゃないぞ。」

そう言って笑うソクラテスさん。神です。まじで惚れそう。

「いつまででも泊まっていきな。午前中は働いて貰うけどな。」

そう言って豪快に笑うソクラテスさん。俺は緊張で強ばっていた顔をゆっくりをほぐし、

「ありがとう...ありがとうございます.....。」

「おう。じゃあさっさと寝るぞ。」

俺の最懸念要素はたった今ソクラテスさんの優しさによって解決した。ソクラテスさんの優しさにこの2日間でどれだけ救われたのだろう。俺はそんなことを考えながら、疲れた体を休ませようと歩を進めた。

そういえばあの女神、偉そうにしてたけど異世界で魔王扱いされてんだ。今度あったらからかってやるとしよう。なんて言うだろうか、あの女神。自分が煽る様子を頭に思い描き女神への溜飲が下がったところで急な眠気にさいなまれた。

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異世界転生したけどなんか思ってたのと違うのですが @tart-mint

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