第2話思ってた以上に異世界が優しくないのですが
「こんにちわー。」「最近暑いですねー。」
そんな声が聞こえてくる。話しているのはどう見ても日本人ではないが、しっかりと会話を理解できてることからあの女神の記憶入れ替えは成功したっぽい。
「ほへーーー。」
明らかに日本と違う家模様、石が敷かれた道路。そんな町模様の違いもあるが、特に異世界に来たのだなと認識できるのはやはり周りの人々の違いだろう。
周りを行き交う人々は地球のそれとは違い、耳の長いエルフらしき種族から、犬耳猫耳、それにワニのような頭をした種族、日本風に言うと亜人などが通りを歩いていた。人種のサラダボウルと言われているアメリカが霞んで見えるほど様々な種族でごった返していた。
「ほんとに異世界に来たんだな …。」
そうこぼしながら俺は周りをよくよく観察し続けた。
しばらく異世界模様に見とれていたが、それより生活するために情報を集めておくべきだなと思考を切り替え、この街『フスト』の街並みを一望し、この街には何があるのかを知ろうとしたのだが、真後ろに町模様が描かれた看板があることに気がついた。
「あの女神様わざわざ地図の場所に送ってくれたのか...?」
いや、ないな。女神が送った場所にたまたま地図があったのだろう。あの女神は腕はいいが頭は残念なのだ。つまるところ異世界転生は安全に送還できるのだが、どこに送るかなどまでは考えが至らないってとこだな。そう考え、俺は地図を見るとそこには、言葉と上空から見た見取り図的なものが記されていた。
「初心者冒険者のまち『フスト』か...。女神から言われていた通りだな。」
えーっと情報が集めれそうな...つまるところギルドか酒場的なものはこの街にはあるのかな...?
「あった。酒場ギルド『フーア』か...。この川沿いに行けばあるな...。」
なるほど、酒場とギルドは一緒になってるのか。まあ、目的の場所は特定できたし、『フーア』に行くか。
っと、なんだこれ...?俺は木の箱のようなものがあることに気がついた。中には折られた紙...?開いてみると。
「おっっ、無料配布の地図じゃん。」
優しいことにポケットサイズの紙地図が箱に入っていた。なんだよ、異世界生活も楽勝じゃんかよ。日本で培ったギルドや酒場などの異世界知識が活かせるなら序盤は楽勝じゃねえか。
その知識にあやかれば酒場ギルドに行けば冒険者として働くための登録的なものができるはずだ...。
「ここが酒場ギルド『フーア』か。」
俺は、地図を片手に酒場ギルドに着いた。地図は片手にあったのだが実はここに着くのに地図は必要としなかった。川に沿って歩く、つまりここに近付けば近付くほど騒音が大きくなってきたのだ。冒険者なんて荒くれ家業のためか、それとも酒場が併設されてるからか昼間から騒音が漏れていたのだ。そんなただならぬ雰囲気を醸し出す酒場ギルドに。
「ふーーーーーっ。失礼します。」
大きく息を吸い、息を整え、小声で挨拶してから扉を開いた。そう、日本に例えるのであれば宿題忘れて職員室に行く時のような感じだ。
「ようこそ酒場ギルド『フーア』へ。お食事なら空いてるお席へ、ギルトなら奥に。」
そう言って出迎えてくれたのは酒臭い冒険者でもなく、厳つい顔した冒険者でもなく、ここで働いているのであろう店員さんだった。店員さんらは、全員白のシャツに黒のズボンやスカートを着た日本で言う給仕さんのような格好だ。
また、冒険者はローブやマント、皮のブーツ、はたまた大剣や大盾、杖に弓など格好こそ様々だが、ひと目で冒険者とわかるような格好だ。
そんな冒険者たちはよくアニメで見るような大きな肉を食べていたり、樽のジョッキになみなみと注がれた酒を飲んでいたりしている 。今回俺は食事目的では無いので奥に進むべきなのだが、冒険者に憧れを持つものとしてはいかにも冒険者食と言うべき食事を取りたい…。すると1人の冒険者が店員さんに近づいていった。
「お会計は銅貨10枚になりまーす。」「ありがとうございました。」
そんなやり取りを店員さんと近づいた冒険者がしていた。銅貨....。やはりこの世界にも当たり前ではあるがお金の概念があるらしい。
銅貨があるのだから銀貨、金貨もあるのだろうか……。そんなことを思いながらふと俺はジャージのポケットをまさぐった………。
「無一文だな。」
正直あの女神の部屋とやらに行った時に大切に抱えていたゲームソフトがないことから身につけていたジャージ以外なにも持ってないとは思っていたが....。分かってはいてもお金がないことはとても不安だ。これ、大丈夫だよな、冒険者になるのにお金とかからないよな.....。すごく不安だ。そこまで新人に厳しくないことを祈るばかりだ。
「ようこそギルドへ。今日はなんの御用ですか?」
おっと、色々考えているうちに奥のギルド受付に着いていたらしい。えっと....やることは...。
「えっと。冒険者として働きたいんですけど...。」
「冒険者登録はしていますか?」
「いえ、してないです。登録ってここでできるんですか?」
「できますよ。冒険者はとても危険で命を落とす可能性もありますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、大丈夫です。」
そう、だって俺には最強のヒールマスターがいるのだ、瀕死になっても大丈夫だろう。なんせ『最強』だもん。
「そうですか。歓迎しますよ。では、登録手続きをしますので手続き料の銀貨1枚をお支払い下さい。」
そう、どんなに俺のような貧弱でも、最強ヒーラーがいれば
死ぬこと以外は大丈夫だろう。そんな未来図を描きながら言われたように銀貨を......。ん?銀貨.....。
「え、手続き料?!えっと.....お金持ってないんですけど...、。ツケてくれたりしませんかね...?」
「すみません。残念ながらこのギルドはそういうことはやっておらず....。お金がないのであれば登録は …。」
「ここで働かせてください!!!」
店員さんの言葉を遮るように俺は日本で有名なあの言葉を発した。まさかこれを異世界で発するとは、温泉やの女の子もびっくりだろう。
「その...。ここは、このギルドは国営ですので…。ちゃんとした資格がないと.....。」
まじかよ、国が管理してんのかよ…。確かに考えて見れば、冒険者たちは荒くれ家業だ。そんな冒険者に手を出されると店員さんは立ちうち出来ない。そんな危険な職場、誰も働きたくない。国にしっかりと保護されていれば話は別だが。そんな現実的なことは知りたくなかったな...。
俺の夢見る冒険者への道はどうやら険しいらしい。そんなことを思いながら。
「そうですか...。では、また今度登録しに来ますね。」
俺はそう言ってこの場を立ち去ることしかできなかった。
「はい。お待ちしております。」
ここ以外で働かなければならない現実を受け止めることは容易だ...。しかし、俺は正真正銘の異世界転生人。この世界での資格や家柄もコネもない。つまり日本でいう履歴書的なものがあれば書くことなんて一切ないということだ。引きこもりだから多分資格等がいらないであろう力仕事もできない.....。
あれ....?これって俺の人生詰んだのではないか...?あの女神手続き料ぐらい持たせてくれよ!俺はこの世界に金も持たせずに送還したあの女神に怒りの矛先を向けることしかできなかった。
「いや、諦めてはダメだ。これからの暮らしのためにもちゃんとした生活基盤を作らなければいけない。そう、燻ってる暇なんてない。」
日本にいた頃は直ぐにへそを曲げ、燻っていただろうか。だが、今は日本にいた頃とは違い親にも国にも保護されていないのだ。燻っても助けてくれる人も制度もない。どうにかしてこの局面を乗り越えて見せる。でないと死んでしまう。冗談抜きで。
そうと決まれば求人募集求を探すとしよう…。日本では紙地図の裏に書いていたりするのだが……。
「さすがにないか....。でも、『フスト』の地図やお金の存在など、様々な情報が手に入っただけでも良しとするか...。」
この時から俺の頭の中の優先順位の最優先事項は冒険者になることだったのだが、その最優先事項はお金を得るという目標に変わった。
俺はギルド酒場を出て、バイトができそうな場所を巡っていた。
「はあ、ここで7個目か....。」
俺はボヤいた通り、今まで7店舗に行き、そして全部働くことを断られた。そう、断られた店の数の数字が7個ってことだ。最初のギルドを含めれば8だが、あれは資格すらないので土俵にすら乗っていなかったってことでノーカンだ。資格無し、年齢もクリアなのにここまで断られるとは、やはりこの世界は転生人に厳しいみたいだ。
次で8個目...。どうしよう....俺の第2の人生がバイト探しで終わりそうなんだが...。
次の場所は宿屋か。そこに向かおうとすると、目に看板のようなものが目に飛び込んできた。そこには...『急募!大工探してます。年齢は15~30、男性のみ、力自慢の人探してます。』
大工。大工かぁ…。力自慢でもなんでもないが選り好みしているような暇じゃないと意識を切り替え、記載されていた場所に向かった。
「すいませーん。大工急募の募集見て来たんですけど...。」
「おう。兄ちゃん、年齢は?」
「17歳です。」
「おう、そうか。じゃあ早速今から働いてもらう。まずは、石材や木材を運んで貰おう。着いてこい、兄ちゃん。」
「了解です。あと、ハルトです。親方。」
「そうか、よろしくな、ハルト。」
親方としばらく歩いていると石木材置き場的な場所に着いた。
「ハルト、お前の初仕事だ。まずはここの木材全部運んでくれ。場所はお前と初めてあった場所までだ。あとこの場所が俺らの仕事場だ、覚えておくといい。」
そこまで早口でまくしたて、この場を去ろうとする親方。そんな背中を見ていたが、なんか大事なことを言っていた気がして.....。
「えっっっっ。全部?木材全部ですか?親方。」
親方は去ろうとした足はそのままで顔だけこちらを向いてめんどくさいそうに。
「そう、全部だ。頑張れよ、ハルト。」
そこには、家が5軒は建つであろうおびただしい量の木材が.....。俺、今日で過労死するかもな...。
「ぜぇ、はぁ、っは、はぁ。」
「おっっ。全部運んだのか。これで今日の仕事は終わりだ。
お疲れ様。」
「ぜぇ、はぁ...。お疲れ様です、親方..。」
「はい、お疲れさん。これが今日の日当だ。」
「ありがとう、ございます。」
今日の日当を貰い、1日の労働に終止符を打った。キツい労働だったが、生きていくためにと思えば頑張れた。そしてキツい労働の後は...。そう、食事と風呂だ!!
「すいませーん。この鳥の唐揚げ定食くださーい。」
「承りました。少々お待ちを。」
一日の労働の日当が銅貨50枚。労働時間が大体5時間ぐらい。日本では肉体労働は一時間あたり1000円ぐらいだったはず。日本と同じと考えると銅貨1枚あたり100円ぐらい。そして銅貨100枚で銀貨1枚と銀貨100枚と金貨1枚が価値が一緒らしい。つまり冒険者になるためには日本円で10000円程度必要ということになる。えっっ......。高くないか?登録手続き料で10000円?!初心者殺しもいいとこだな!
おっと、そんなことを考えてる間に定食がきた。
「ごゆっくりー。」
「すいません。ありがとうございます。」
目の前には大きい唐揚げとご飯、サラダがセットできた。
美味しそうだ。空腹は最高のスパイスだ、なんて言う名言があったが今なら分かる気がする。これも引きこもりでホントの空腹というのと無縁の存在だったこともあるのだろう。
「いただきます。」
定食はあっという間に全部なくなった。
「ふうっっ。ご馳走様でした。」
そう言って会計に向かうと。
「ご利用ありがとうございます。お会計銅貨10枚になります。」
「美味しかったです。ありがとうございました。」
そう言って銅貨10枚を渡す。1000円と考えると少し高めな気がするが、日本ほど流通が整ってないため妥当な値段設定だろう。そんなことを思いながら俺は次の目的地に向かって歩き始めた。
「あふーーー。極楽極楽。」
あー1日の疲れが汚れと一緒に流れていく気がする。思い返せば随分と変化があった1日だった。初めての死に見知らぬ女神、初めての異世界に、初めての肉体労働、自分で稼いだお金で初めての飯と風呂。日本の家で燻っていたのが嘘みたいな変わりようだ。この優しくない世界なら俺は無駄に時間を浪費することもないだろう。というかそんな暇がない。俺は日本にいた時から風呂に入りながら1日の振り返りをする癖がある。
俺は長いこと風呂に浸かっていたのだった。そのため、初めに湯船にいた顔ぶれは1人もいなかった。お風呂好きで知られる日本人の特性が出たと言うべきか。俺の癖がでたというべきか...。そろそろのぼせるしあがるか...。
俺の最後のミッションは寝床の確保だ。そう思いながら、大衆浴場をあとにして、この街に複数ある宿屋のひとつに向かった。
「銅貨30枚で1泊か高いなー。」
この街にある宿屋は割とまわったが大体1泊あたり銅貨35枚が相場っぽい。1日の稼ぎが銅貨50枚、食事と風呂が10枚ずつ。残念ながらまわったなかで1番安かった30枚の宿屋でも全財産が無くなる計算だ。これではいつまで経っても銀貨1枚になんてならない。どこかに宿屋以外で泊まれる場所がないものか...。しかし、紙地図を隅から隅まで見てもそんな場所なはい。地図にないのであればここに来たばかりの俺には皆目見当もつかない。そうなれば頼れるのはここにいる住民の皆様だ。
俺はたまたま近くにいた狐耳のおじさんに話しかけた。
「あのー。すいません。この街で安く泊まれる場所ってわかりますか?」
そう俺は話しかけた。
「うお?どうしたお兄ちゃん。泊まるところか...?」
「はい、泊まるところを探しているのですが、手持ちが少なく宿には泊まれなさそうで...。」
「そうか。お兄ちゃん、俺の家来るか?布団で寝れるぞ。そうだな、銅貨10枚で朝食付きだ。ただ、午前中に木こりを手伝って貰うが。」
ふむ、悪い話ではない。朝飯代が浮き、宿泊代も10枚と安い。朝起きて木こりをし、昼食はで店で10枚使う。午後は大工をし、晩飯と風呂、宿泊で30枚。つまり1日10枚ずつ溜まる計算だ。
そこまで考えて。
「ありがとうございます。ご好意に甘えさせていただきます。」
「そうか、よろしくな。お兄ちゃん、名前は?」
「ハルトと言います。よろしくお願いします。あなたは?」
「あんまり聞かねえ名前だな。俺はソクラテスだ。」
そう言ってソクラテスはゆっくりと歩き出した。見知らぬ人にここまでしてくれるとはとてもいい人だ。俺が有名になったら是非恩返しをしたい。そんなことを思いながら俺は俺よりも少し背の高いソクラテスを追いかけた。
「ハルトの兄ちゃん。ここが俺の家だ。」
「大きいですね。ほんとにありがとうございます。路頭に迷ってたもので....。」
「兄ちゃん、あんまみっともない顔するもんじゃないぞ。あと結構疲れてるだろ?しっかり休むといい。そうそう、朝は弱い方なのか?兄ちゃんは。」
やばい、惚れそう。ソクラテスさんいいひとすぎる。俺もし作文で尊敬する人書けって言われたらソクラテスさん書くわ。まじで。
「朝はそうですね。強い方です。」
実は俺は1度も親に起こされたことの無い朝強型なのだ。まあ、引きこもってからは朝起きていてもふて寝、もしくは昼夜逆転生活だったから'中学まで'はという枕詞がつくが。この世界で唯一出会った心根のやさしいソクラテスさんの手を煩わせる訳にはいかないのでたとえ朝弱くてもがんばるが。
「そうか。それは助かる。じゃあしっかり休めよ。」
そんな言葉からソクラテスさんは俺が朝弱かったら起こしてくれたのだろう。ほんとにいい人だ。いい人すぎて心配だが。
「お言葉に甘えさせて貰います。おやすみなさい。」
「はい、おやすみ。」
俺はそんなやり取りを終え。自分の部屋の扉を開けた。
部屋は大体5~6畳ぐらいだろうか。ベットと棚が置いてあるだけの簡素な部屋だ。十分に休息ができる広さだ。こんな部屋を銅貨10枚とは、本当にいい話だ。あの場にソクラテスさんがいた幸運に感謝しつつ、俺は休もうとベットに向かった。
俺は疲れからか目の前のベットに吸い込まれるように倒れこんだ。その瞬間木のいい匂いがして、その匂いを嗅ぎながら意識が薄れて.....。
俺は死んだように寝た。
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