戦争見物(後編)
部屋の中にはこの戦争の司令たちが勢ぞろいしていた。大げさな将軍の記章がずらりと並ぶ。こんな小さな軍隊なのに将軍だけはたくさん居る。
透明化シールドのお陰で俺たちの姿は周囲に見えていない。
部屋の奥には巨大なスクリーンが置かれ、現在の戦況を流している。周囲を取り囲むようにオペレータたちが通信を取りあっている。
「幽霊だと! いったい何を言っている?」
オペレータたちの司令官が怒鳴りつけている。
「エリア22。こちらからも報告です。いくら撃っても砲弾が途中で消えるそうです」
「馬鹿もん。酒を飲んだな。そいつを営巣に送り込め」
ジョージが計算づくの動作で肩を竦めて見せてから言った。
「どうしたのでしょう。ずいぶんと混乱していますね」
「それ、まさか本気で言っていないよな?」
判らない。ファーマル星人はジョークを解さないが、惑星サイズの人間精神シミュレータを使ってジョークを解するフリをすることはできる。
そしてこの場合のジョージのボケは俺に向けたものになるわけだが、俺の反応を余すところなく観察することで、このジョークの効果というものの本当の意味を見つけ出そうしている。
これがファーマル星人との関係を各段に難しくしている。何重にも張り巡らされた論理の迷路を正しく解かないと彼らの本当の意図は分からない。
俺に言わせるならば、巨大ゾウリムシがその原形質の中で何を考えるかなんていったい誰が分かるというんだ?
「さて、我々の仕事を片付けてしまいましょう」
ジョージは前に出た。同時に我々はまた高速モードに入った。
「この方が総司令官のツアーリ・ブランドンです」
ジョージは一人の脂ぎった中年の男を示す。老齢に入りかけているがまだまだ精力的に見える。制服の胸の所には色とりどりの記章がこれでもかとばかりにぶら下がっている。
賭けてもいいがその内のいくつかは皆勤賞だなと俺は思った。こんな小さな国にそこまでの作戦行動があるわけがないからだ。
ジョージが前に立ってもブランドンは動かない。時間比一万倍だから向こうにはこちらの動きに抵抗する術はない。
俺もジョージを手伝ってブランドンのズボンを脱がすのを手伝う。
何だか楽しくなってきた。別に男のモノが見たかったわけではないが。
ズボンの次はパンツだ。
剥き出しになった下半身のモノをジョージがその目で観察する。ジョージの目には高精度撮像機能がある。今この瞬間、超光速通信でこの情けない画像が銀河のどこかに送られている。
ざまを見ろ。これでファーマル星人のデータバンクに記録されたのは俺の下半身だけではなくなった。もっとも汎銀河雄大記念館で飾られているのは俺のモノだけだが。
「見てください」
ジョージはブランドンの股間を指さした。
「これは興奮状態だと判定できませんか?」
俺は腕を組んだ。
「う~ん。どうだろう。普段の状態が分からないからな」
「では他の人たちも見てみましょう」
それから俺たちは将軍や参謀たちの下半身を次々と丸裸にして行った。
ジョージは彼らの下半身を丹念に撮影した。それをこの宇宙のどこかで巨大ゾウリムシたちが分析している。俺はと言えばわざと視線をずらして見ないようにした。醜いモノは見たくないからだ。
実にアホらしい構図だがファーマル星人は極めて真面目だ。もう少しで人類の本質であるセックスと暴力の関連性が正しく評価できる瀬戸際なのだから。どのような結論が出ようが、また大勢のファーマル星人が儀式で死ぬことになるだろうことは予想に難くない。
他種族の股間のモノが大きいか小さいかで大量自殺するのだから、ファーマル星人は賢いのか愚かなのかが俺には全然わからない。
目の前にずらりと並ぶ男たちの毛深い下半身を眺めながら俺は訊いた。
「ジョージ。結論は出たのか?」
俺の問いにジョージは肩を竦めて見せた。彼の動作はどんどん人間らしくなっていく。
「意見が割れています。そこで彼らが実際に興奮した状態を知るためにこれを使おうということになりました」
ジョージはどこかから噴霧器を出して来た。自身を構成するナノマシンでたった今作り上げたものだ。
「中身は性的な興奮剤です」
「薬を使うのか。安全性は大丈夫なんだろうな?」
「すでに実験済です。貴方で」
ジョージはたまにとんでもないことを言う。
この薬は高級娼婦館で俺が使ったヤツか。ということはかなりヤバイ代物ということだ。頭がかあっとしてその後はアレの事しか考えられなくなる強烈なヤツだ。
依存性が無かったのだけが救いだ。
だがまあ前線で強制的に命を賭けさせられている兵士たちほどにはヤバクない。
俺は一歩後ろに下がりジョージの好きにさせた。
こんな事態でもどこからもクレームが来ない。
こちらが高速モードだと俺の後ろにいる国連の監視チームもうまく動けないようだ。きっとここで何が行われているのかさえも分かってはいないだろう。
ジョージは男たちに向けて一通り薬の噴霧を終えた。幸いなことに俺はシールドのお陰でそれを吸わずに済む。
「薬が効くまでには通常時間で少し時間がかかります。その間にもう一つ別のことをしなくてはなりません」
「それは何だ?」
「統計の母数が少なすぎるのです。ですので相手陣営の首脳部にも同じことをします」
ああ、それはいい。俺は同意した。
こんなところで傭兵時代のお返しができることになろうとは、人生は何があるのかわからない。もっともこのお偉いさんたちは俺には何の関わりもない人たちだが、まあそこには目を瞑ろう。
現在進行形で塹壕の中で震えている兵士たちの意趣返しってところだ。
*
高速モードのまま偽装タクシーを呼び寄せ敵国の司令部へと急いだ。
通常時間から見るとマッハ1000000程度の速度で地球の大気中を飛んだことになるが、そこはそれファーマル技術がうまく処理したようだ。でなければ今頃地上は大惨事になっている。
なにぶん彼らは時間さえも操作できるのだから、きっと神様にだって命令ができるに違いない。
マウタム国の司令部は驚くほどザンルマーク国のものにそっくりだった。
意図してやっているわけではないのだろうが、両国は人種から文化まで同じものから派生している。似せようとしなくても似るのだろう。
この戦争も元々は自分とよく似ているものに対する近親憎悪から始まったのかもしれない。いつかファーマル星人がその辺りに結論を出すだろう。
これも似たような軍服の似たような顔の司令官のズボンも脱がす。向こうの司令官殿のパンツの柄まで一緒なのには呆れた。
もはや慣れた手つきでそこにいた司令部の面々の下半身もすべて裸にして撮影する。
ジョージの頭の後ろでファーマル星人たちが喧々囂々の議論を開始する。超光速通信周波数帯がくだらない議論で埋め尽くされているのが目に見えるようだ。
やはりこちらでもジョージは噴霧器を使い薬剤を散布する。
「薬が効くまで少し時間があります」
暇だったので俺は空いた椅子に座り頭の後ろで手を組んだ。
どうしても先ほど巡って来た戦場の様子が頭から離れない。かっては俺もあれに似た塹壕の中で日がな一日を過ごしていたのだ。
このお偉いさんたちが気楽に突撃を命じると彼らはすぐに死なねばならない。上の者にとっては兵士はただの遊戯の駒にすぎない。その立場の上下はひっくり返すことはできない。
・・本当にそうか?
物は試しだ。
「なあ、ジョージ」
「何でしょう。ミスター・カネル」
「ちょっと面白いアイデアがあるんだが、君たちは興味を覚えるだろうか?」
「言ってみてください」
「ああ、大したことじゃないんだ。もう長い間人類は代表同士の決闘によって決着をつけるということをしなくなった。きっと太古の昔には群れ同士のリーダーで殴りあうこともあったんだろ?」
ジョージの動きが一瞬止まった。きっと一万年におよぶ彼らの人類史記録にアクセスしていたんだろう。
「確かにそうでした。近年になるとそういった行動は激減します。特に現代では皆無です」
「この戦争は俺が見るところただの遊びだ。さしたる理由もなくトップが自分の快楽のために大勢の兵を犠牲にしている。俺はそれが許せない。それでな対案というのは・・」
ジョージは俺の話を素直に聞き、ファーマル星人たちに報告した。
高速モードのままの彼らは普通の時間での一分という極めて長い時間議論を戦わせそしてついに結論を出した。
複数に割れた議論。それは実験により解決しなくてはいけない事柄だ。
そしてこれは種族丸ごとで行われる地位を巡っての賭け事の儀式エルン・ガラッパルに相応しい議題だ。
こんな学術的興味に満ちたことを見逃すファーマル星人は存在しない。
高速モード下で超空間からファーマル特殊工作船が出現し、この争い合う両国の境界の真ん中にたちまちにして円形闘技場を作り上げた。
両方の司令部からまだ普通の時間に固着している下半身裸のままの首脳陣を誘拐し、闘技場の中に運び込んだ。さらには戦場中からすべての兵士を運んできて観客席へと配置した。
ここまで高速モードでわずかに30分。通常の時間でコンマ18秒。
ファーマル科学技術の偉大なる無駄遣いだ。
それから彼らは高速モードを解いた。
*
誰もマイクを取るものはいなかったので代わりに俺が取った。
「赤コーナーに控えまするは~ザンルマーク軍部首脳陣~」
一瞬遅れてどおっと観客席が騒めいた。自分たちが置かれた状況がまだ誰も理解できていない。
「青コーナ~マウタム軍部首脳陣~」
またもやどおっと観客席が湧いた。
ようやく両軍兵士とも闘技場の中央にいる下半身裸の男たちがお偉い将軍様たちであることに気づいた。軍服の上についている多くの勲章はキラキラと輝いていて見逃しようがない。
「ファーマル星人主催のこの闘技に快くご参加いただいたことに深くお礼を申し上げます。当競技の結果を持ちまして、本戦争の帰結とすること、快くご了承くださったことに心から感謝申し上げます」
全部嘘だが、まあどうでもよい。
ここでジョージが前に出て股間ドリルを出現させると再び競技場が騒めいた。
ジョージの股間ドリルを見てファーマル星人を疑うヤツはこの地球にはいない。股間ドリルの偽物を作ったり着けたりする行為はすでに国際法上で死刑に相当するとお触れが出されている。下手にファーマル星人を股間ドリルで刺激すれば、各国首脳がまたもや深いコミュニケーションに巻き込まれかねない。
「この戦いの規則は拳でも歯でも何でもありのパーリートゥード方式。勝負の決着はどちらかの陣営がすべて死亡するまでとなります。それ以外どちらの陣営もこの闘技場を出ることは許されていません」
俺は合図した。
「ではファイト!」
合成音のゴングが大きく鳴る。
もちろん首脳陣たちは戦わなかった。兵士たちに死ねと命じることはできても自分が死ぬのは嫌らしい。
代わりにあの興奮剤の効き目が出て、首脳陣たちのナニは屹立した。
俺にはその感じがよく分かる。アレを使うとまず知性が蒸発して周囲のあらゆるものがエロチックなピンク色に染まるのだ。
ジョージはそれを高性能望遠システムで観測し、逐一宇宙の彼方の巨大ゾウリムシたちに送信した。
興奮の余りに首脳陣たちの間で乱交パーティが勃発したときもジョージは冷静にそのすべてを記録していた。
最初は大騒ぎをしていた観客の兵士たちも、目の前で行われるこの痴態についには呆れ果てた。あれほど自分たちの上で威張り腐っていた将軍たちの姿に心底失望したのだと思う。祖国の名誉をかけての殴り合いが始まると期待したのに実際に始まったのはお子様には絶対に見せられないようなショーだったのだから、当然と言えば当然だ。
やがてこの闘技場から出られないのは当の首脳陣たちだけであることを発見すると兵士たちは揃って家に帰ってしまった。
俺は一応公務員なので定時まで待ち偽装タクシーを呼んで地球の裏側に帰宅した。
ジョージはその後この決着がすべて着くまで闘技場に残ったらしい。
じきに両方の国から救出部隊が組織されたが俺の予想通りにすべては無駄なことだった。闘技場の中央は透明なシールドで囲まれていたからだ。つまりそれは核爆弾でもこのシールドを破壊することはできないということを意味する。
ファーマル星人は何かをやるとしたら徹底的にそれを行う。
それ以前に彼らはこの戦いにエルン・ガラッパルを設定している。それはつまりファーマル星人のほぼ全員が己の地位を賭けてのトトカルチョに参加しているということだ。こうなればおいそれと勝負が中止されることはない。行くところまで行かない限りは祭りは終わらないのだ。
やがて救助隊が諦めた頃に兵士たちは観客席に再び姿を現し始めた。
彼らは自国の疲れ切った将軍たちに向けて檄を飛ばした。それでも将軍たちが戦おうとしないのを見て、ヤジを飛ばすようになり、そして最後には罵声を浴びせるようになった。
ジョージはこのすべてを記録していた。監視チームからの報告で俺も自室でこれらをずっと見ていた。
今や両国の軍隊の上下は完全に逆転していた。
かって将軍たちが配下の兵たちに向けて行った『国のために雄々しく死ね』という演説をそっくりそのまま兵士の一人がメガホンを使って再現した。
だがそれでも将軍たちは戦わなかった。殴りあうフリさえしなかったのだ。
ときおり闘技場内に忽然と出現する噴水の水だけを飲みながら、将軍たちは飢えていった。
ひたすら出してくれと懇願し、かっての部下たちに早く救出しろと怒鳴るばかり。
制服の上着は今では下半身を隠すのに使われていたが、それでももはや以前の威厳というものはどこにも見られなかった。
最後には兵士の誰も姿を現わさなくなった。
この事態の顛末は首脳陣全員が最後まで戦わずに餓死することで終わった。
その後ジョージはファーマル技術で彼らをすべて蘇生して解放した。
両国の軍部は急遽縮小されることになり、面子を失った将軍たちはすべての勲章を剥奪されて軍を不名誉除隊となった。もはや彼らの下で戦いたいと思う者は誰もいなかったからだ。
闘技場の様子は兵士の誰かが動画に撮っていて程なくしてネットでばら撒かれることになった。それが後々厄介毎を俺に持ち込むことになるのだが、それはまた別の話だ。
ザンルマーク国とマウタム国はこの内政干渉の件について国際社会に訴えたが、結局のところは新しい植民星ホープへの優先領土獲得権をチラつかされておとなしくなった。
時代遅れの軍隊の面子よりは天国の惑星への入植権の方が百倍、いや千倍も魅力的なのは間違いがない。
*
すべてが終わるとジョージはふたたび俺の執務室に現れて色々と今回の実験の成果について話してくれた。
「部下には死ねと簡単に言うのに自分たちは殴り合いもしませんでした。自ら暴力は振るわないのにその実は他者を使って暴力を振るう。人類の暴力というものの表現には実に色々と考えさせられます」
ジョージはそう結論づけた。ファーマル星人の間ではまた新たな疑問がたくさん湧き上がり、のべ百二十に上る新しい推論が提示されたという。
今回のエルン・ガラッパルの結果、ファーマル星人の惑星の内の二百程の支配者が変わり、十八の銀河王たちが破滅したとの話だ。
俺はそのすべてを聞き流した。
巨大ゾウリムシの政治に関しては俺にはまったく興味がないと明言しておこう。
そして、この一件でファーマル星人の余計な注意は惹かない方が絶対に良いということを地球上の誰もが学ぶことになった。
ファーマル星人はどんなタチの悪いジョークよりも、もっと真面目で真摯に我々には残虐としか思えない実験をやってくれる。これは火薬庫の中でリンボーダンスをやるよりもっと悪いことだと言える。
程なくして巨大ゾウリムシのアニメは謎の放映中止となった。
SFコメディ:ファーストコンタクト のいげる @noigel
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