今日の来店、「猫又」様でございますね 1-3

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 鈴涼と呼ばれた少女は、目の前にいる涼太に微笑みかけながら手招く。

『久しぶりの再会だと言うのに、いつまでそこに立っているんですか?早く隣に座ってくださいな。いつものお話、聞かせてください』

(……嘘、だろう?何かの間違いなんだろう?だって、そんな…………)

 そう思うと、涼太は感情のまま走り出す。目の前の彼女の存在が確かである事を証明するために。

 そして、そのまま座っている彼女を強く、離さないように抱きしめた。

「鈴涼さん……!鈴涼さん……!」

『まぁまぁ。どうしたのですか。そんな、子供の様に泣き始めて』

 もしかしたら、彼女が痛がるかもしれない程強く抱きしめているのに、それすら気にしていないかのように背中に手を当ててくれる。ゆっくり、あやすかの様に叩いてくれる。

 いないはずなのに。もう、この世には存在していないのに。彼女の体は温かく、ここにいるのだと何よりも証明していた。

 涼太は、いつまでも鈴涼の名前を呼ぶ。その度に、彼女は笑いながら他愛もない話をかけてくれた。

『そちらの時代は何ともまぁ、私には住みにくそうですね』

『私は、貴方が頑張っていたのを知ってますよ』

『そういえば、この浴衣どうですか?あなたに会えると思ったら、ついはじゃいまして……。少し?でしたっけ?それをしてきたのですよ。』

『ほらほら、そろそろ泣き止んでくださいな。時間が限られていれているのですから、いつまでも泣いていたら勿体無いでしょう』

『もしかして、私とは話したくもないのですか?』

「それは違う!!」

 そこで、涼太はやっと顔を上げた。

「ッ!」

 目の前の彼女は、何も変わっていなかった。

 少し前の人たちなら当たり前の姿なのに、彼女の雰囲気は全く違く、涼太だけに微笑みかける彼女に頭が上がらない。

『それにしても、すごい顔ですね。……フフッ』

「なっ!誰のせいだと……‼︎」

『誰のせいなのでしょうかね〜』

 最初は、彼女のおちょくりから始まるのも昔からの約束の様なものだった。

 それから、ひとしきり笑われて、涼太が拗ねるタイミングで話を促すのだ。

 今回も、それに習って鈴涼は言う。

『それなら、早くそちらのお話をしてくださいな。私、もう一度あなたと話したかったのですから』

 そう言って話を促す姿は、いつもの大人っぽさなどなく好奇心に溢れた年相応の少女がいるだけだ。

「ははッ」

「?何に笑っているんですか?」

鈴涼は、涼太が笑っているのがよく分からず、首を傾げる。

その仕草だけで胸が痛くなるのだから、今度は逆に泣きそうになるのだ。

(多分、これで本当に最後なのだろうな……)

この白い世界に来るまで、何があったのか朧気ながら理解しているつもりだ。

あの、桜と彼岸花がある屋敷での出来事は少しの時間だったからか、よく覚えていた。

(『神のイタズラ』……。人も、妖も、全てのことわりの中で生まれてきたモノは、等しく神の子とも言われている。それなのに、何故……)

『涼太さん』

いつの間にか思考の渦にいた涼太に、鈴の声が鼓膜を揺るがす。

それに、勢いよく声の主を見た。

『そちらの世界について聞こうと思ったのですが……気が変わりました』

「……ん?」

鈴涼の気の変わりは、時に確信につくことがある。人間にしては勘が鋭いと言うか、考える速度が早いというか。

どちらにしても、鈴涼の笑顔が黒く感じ――

『貴方の言う、妖について教えてください』

「えっと、それは……」

『教えてください』

「……………はい」

拒否権など存在しないのだ。

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妖記憶屋、開店です 雲咄 @kumobanashi

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