今日の来店、「猫又」様でございますね 1-2
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「今日もお客さん、来ないですね〜。毎日毎日掃除ばっかで、そろそろ無断欠席したくなる〜」
「ふふ。なら、私はその分他のお客様にお願いして君の元へ向かうように手配しようかな」
「うわっ!それはずるい」
季節外れな桜と彼岸花が咲いてある古風な家。そこには、二人の人間がいた。
一人は、ブレーザーをきた高校生の中島悠。訳あって現在、妖の記憶を取り戻す『記憶屋』にて手伝いをしている少女だ。
もう一人は、男性なのか女性なのか判断できない風貌で、朗らかな笑みをしている。
謎の多い者で、名前すら知らないから悠は当主さんと呼んでいた。
「でも、当主さんだってなるべく来てほしいと思いませんか?」
「それは、本人達の意志の問題ですからね。私のような者が苦言を吐くわけにもいきませんし、彼らがそもそも、それすら覚えていなければ意味もありませんから」
「……当主さん、結構淡白ですよね。いつも思ってますけど」
妖と関わり合いたくないと言いながら、彼女は優しさと正義感の高さからか、そう言い切った当主にふくれっ面しながらも皮肉を言う。
それを、当主は子供の言い訳を聞いた大人みたいに一度笑ってから、悠に声をかけた。
「はいはい。私は客観的に動ける冷静な人だというのは良く伝わりましたから、そろそろ掃除を再開させなさい。でなければ終わりませんよ」
「……ここが広すぎるのも、問題だと思いますけどね」
「減らず口を叩けるぐらいなら大丈夫でしょう。ほら、手を動かして」
「はーい」
窓から見える、雲一つな晴天の日。
こんな日には、どこかに出かけてゆっくりと日常を楽しむのも悪くない、そう思っていた悠は外へと出かける準備をしていた途中、連絡用の妖に呼び出されて記憶屋に居た。
なんで、こんなタイミングで……と文句の一つでも言ってやろうとしたが、
『どうせ、お手伝いさんは出かけるとしても誰とも行く人がいないでしょうし。なら、私と一緒にいましょうよ』
と、先手を打たれてしまい、逆らえなかった悠は大人しくいる。
現在、悠の学校は夏休みに入っており宿題も全て終わらせてしまった故、暇なのは事実。
最近では、あまり認めたくないがこの記憶屋で働くのも悪くないと思っているせいで、夏休みの真っ最中でも来てしまった自分が少し嫌になる。
(ちょっと前までは、妖の事なんて大っ嫌いだっのにな)
でも、この仕事に関わる内に他人事だと思っていたものが親身になってしまう事もあり、手を貸していく内に妖達が報われて欲しいと考える。
悠は、そんな自分の変化が嫌いではなかった。
何なら、当主の笑みが一切変わらないのに感情を読み解くのも楽しみになってきているぐらいだ。失礼な行為かもしれないが、案外危険な目に合うことも少なくないのでこれぐらいは許して欲しい。てか、許せ。
そんな悪態をつきながらも掃除をしていると、当主の声が響いて来た。
「お手伝いさん。お客様がいらっしゃいましたので今すぐ来てくれませんか」
「分かりました!今行きます!」
未だ途中であった掃除を中断し、用具はあるべき場所に戻してから急いで当主の元へと向かう。
この屋敷は、今どき珍しい家ごと付喪神と言ういうやつで少しお願いすれば遠かった場所から直ぐに行きたいところに行けるらしい。
だが、悠はここに来たばっかでまだそのやり方が上手く出来ないのでこうして急ぎ足で行かなければ行けない。
(当主さんは、あんなにスムーズにいくのにな)
慣れが必要らしいので、気長に待つしかないとか。
そんな事を思いながら当主の所に着くと、スーツ姿の男性が居心地悪そうに座っていた。
この現実離れした屋敷に、スーツが合わないからか少し違和感があるが、それは仕方がないの言うことで。
「当主さん。来ましたよ」
「では、話を聞きましょうか。失礼ですが、貴方様の事について教えて貰ってもよろしいですか?」
人当たりの良い笑みで当主が尋ねる。こうすると、いくら緊張している妖でも何故か安心してしまうみたいで、この男性もほっとした顔をして口を開いた。
「えっと、俺の名前は猫島涼太って言います。一応、『猫又』っていう妖で今は就活している途中です」
「就活って大変そうですね。私も、あと一年したらしないといけないので……」
「って事は、そっちのお嬢さんは高校生なんですか?」
「そうですね、今は高校二年生です。あっ、私は中島悠って言います。猫島さん、よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」
世間話をして、ようやく涼太は緊張の糸が解けたのだろう。明らかに、先程よりも安堵した表情をしている。
実は、悠のお手伝いの役割にはこう言うのも含まれていた。
当主がやってもいいが、それをすると相手はどこか違う存在のような当主に本能的に一歩線を引いてしまう事があり、そう言う時は悠のような者がいると話がよく進む。
元々、友達がいない悠も人と話せない訳ではなく、逆に話すのが好きだからかお手伝いの中でもこれが一番好きでもあった。
当主も、悠の話をすると本人の口から様々な情報があるので、これに関してはなるべく口を挟まないようにしている。
「それで、なんで猫島さんは就活してるんですか?」
「えっと、俺はこうして人間になれるぐらいは力が強いので人間社会に溶け込もうとしてるんだけど……」
そう言ってから、涼太は肩を落として今にでもため息を零しそうな程暗い雰囲気を纏わせた。
「もう何ヶ月も前から必死になって仕事探してるのに、面接で全部失敗するんだ。自身が無いっていうのか、どうしても本番で緊張とか、やっぱり俺らは人とは違うから何となく目が見れなかったりして……。なんか、惨めだなぁ」
「え、猫島さん!?」
空気所か、目線すらあやふやになってきてしまった。
それを見た悠は、地雷を踏んでしまったと焦り違う方へ話題を変えることにした。
「で、でも!今、猫島さん私達と目が合うじゃないですか」
「……あれ?確かにそうだね」
なんでだろ?と首を捻って見る猫島を見てると、猫なのにこんなネガティブな感じの妖もいるんだな、と思ってしまう。
悠の思う猫は、気まぐれで自由本意。たまに甘えてくる所が少しずる賢いと思わせていたが、猫又となると妖だからか、一般的な考えなど無い方がいいのかもしれない。
自己完結させた悠は、この後のことを考えて当主の方へと目を向ける。
涼太は完全に緊張が解けたのか、自分が何故初対面の人にパニックにならず話しかけれたのか追求している所だ。
この調子なら、本題に入っても問題ないと判断して当主は涼太へと笑いかけた。
「猫島様」
「は、はい!なんでしょうか!」
「そんなに緊張しくとも、大丈夫ですよ。……そろそろ記憶屋について説明をしましょうか」
当主は涼太に笑いかける。ただし、その表情とは違い目だけは鋭く鋭利に見据えていた。
「まず、記憶というのは非常に脆く繊細な物でございます。それこそ、長い年月をかけた分だけ忘れてしまうほど脆い物と言っても過言ではないでしょう。特に、私達『人』とは違い、妖様方は数々の経験をして過ごしてきたはずです」
鈴のように凛とした声は、海の波の様に広く波紋と音だけを残して空気と化している。
この声を一言一句聴き逃すな、そう言われているみたいにこの当主という人間は、今まさにこの場の絶対的な演説者だった。
「そうですね。例えば、記憶を『糸』にしてみなしょう。この糸は、本来ならば丈夫で決して切れることのない代物でございます」
この糸は、きっと大切な思い出のことだ。
何となく、涼太はそう捉えた。
「しかし、糸はある出来事が原因で切られてしまいます。本人ですら望まないうちに、知らないうちに……。これを、妖様方は永年生忘症と呼ばれているモノですね。ですが、この記憶屋では少し違うのです」
「……違う?」
ここで、ようやく涼太は口を挟む。
「はい、私共はこう呼んでいます。『禍津』、と。意味は分かりますよね?……これは、一種の厄災なのです。まず、妖様方がいとも簡単に記憶を失うなど本来なら有り得ないはずなのです。お客様の中には、そういう妖様もいましたから。なのに、まるで糸のように切れてしまうそれを、私の先祖が疑問に思いまして。少し調べてみると、ある事が分かったのです」
「………」
誰も、何も言えなかった。嫌、正確には理解ができない事が多く情報が上手く処理されないと言うべきか。
『禍津』。それは、神の名前である。正しくは、『禍津日神』と言って、災厄の神として昔から妖でも恐れられている神の名前。
その一部とはいえ、何故禍津と言われているのか疑問に思わない訳がない。
(あれ?そもそも、誰が永年生忘症なんて言ったんだ?)
いつの間にか浸透しているこの名前は、長く生きている妖でも誰がその言葉を使ったのかすら知らないはずだ。
涼太も、猫又としてそこそこ長く生きている。他の猫又と比べても、古参と言っても差し支えないだろう。だが、その前からあるこの名前に、疑問すらなかったのに――
「……その結果は、何なのですか?」
今は、それを聞かなければいけない気がした。
そう、覚悟を決めたはずなのに……
「禍津の正体は、――神のイタズラだったのです」
当主の言葉を聞いた瞬間、何かが崩れた音がした。
・・・・・
何も無い白い場所。そこに、涼太は一人立っていた。
「ここ、どこだ?」
何も無いからか、自分という確執なモノがあやふやな気がする。
そこに立っているはずなのに、重力がないような感覚。
手を伸ばしているはずなのに、動いた感触がしない気持ち悪さ。
それが一瞬なのか、それとも何年もいるのか生まれた時からいるのかも分からない時間の中で、涼太はただそこにいた。
「……なんで、こんな所に……?元の場所に戻らないと……?」
(あれ?元の場所って、どこなんだ?)
ここに来る前、自分がどこにいたのか、何をしていたのか、どう生きてきたのか。
記憶という記憶が浮かび上がってこないのに気づいた涼太は、その事実にゾッとした。
いや、ゾッとしただけではない。
自分という存在が、見えない誰かに書き換えられるようなそんな感覚を肌に感じ取ったのか、涼太は今覚えているモノだけでも必死に繋ぎとどめれると様に口を開く。
「猫島涼太。ね、猫又で、妖で、もう何百年と生きていて、それから――それから?」
自分のことがこれしか思い出せないという事実に、涼太は恐怖で鼓動が速くなる。
(本当に、俺にはこれしかなかったのか?)
たったの三つ。
涼太の存在などこれしかなかったという現実が、さらに自分自身を無くしているのに気づけない。気づくことなどできない。
それほどまでに、絶望感が涼太を苦しめているのだ。
しゃがみ込み、耳を塞いで、目を閉じて。行き場のない感情などなくなってしまばいい、そう思いながら意識すらも閉ざそうとした瞬間――
――チリン
意識の中から、鈴の音が聞こえた。
(……なんだ?)
ふと顔を上げると、何もなかった空間にぽつんと古びた神社が建っていた。
『相変わらず、後ろ向きな考えをするのですね。涼太さんは』
薄い紫の着物に、白い陶器のような肌と黒い髪が妙に目立つ少女が座りながらこちらをみて笑っている。
涼太は、その少女の事など知らない。知らないはずなのに、気づけば涙を流しながら少女の名前を言うのだ。
「……
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