奏side

前編

 俺に生き別れの妹がいる、と分かったのはデビューする二週間前。

 全ては……デビューする前に、災いの種はすべて摘んでおこう、と思ったのがきっかけだった。


 デビューを控えたある日のこと。事務所の社長から、スキャンダルになりそうな過去はないか、と確認されたとき、ふと脳裏をよぎったのは、母親のことだった。


 俺は母親のことを何も知らない。

 父親が一切語りたがらなかったからだ。


 とりあえず、デキ婚で、結局そりが合わなかったから離婚したのだ、とそれくらいしか教えてもらっていなかった。

 名前はもちろん、どんな人だったとか、どうやって出会ったとか……そういう話も一切口にしようとはしなかった。

 訊いたとしても、『それを訊いて何か変わるのか?』と理詰めのような大人気ない返しが来るだけ。いつからか、俺は母親について探るのをやめた。


 しかし、デビューするとなったら話は別だ。

 当然、俺のこのルックスだから、人気が出るのは確実。有名になった俺を見て、どこぞで母親が『女の勘』だか『母の本能』だかで俺が息子だと気づいて、名乗り出てきたらと思うとゾッとした。

 だから、事務所に頼んで探偵を雇い、母親について調べてもらった。

 そして思わぬ事実を聞かされることになる。――それが由鶴いもうとの存在だった。


 異性で二卵性双生児と聞いていたから――双子とはいえ、似ていないものと思っていたから――会ったときにはびっくりした。


 俺がもう一人いる、と思った。しかも、スカートを履いて……。

 心の底から可愛い、と思ったものだ。


「あの……この写真、どう思います?」


 メイクも落とし終え、次の撮影(番宣)に向かおうかというとき。ささっと片付けを済ませ、「失礼します〜」と楽屋から立ち去ろうとしていたメイクさんを俺は呼び止め、パッとスマホの画面を見せた。


「この写真って……」とすっかり顔馴染みになったメイクさん――元井えみさん、だったかな――は、ばっちりとアイシャドウの塗られた眼を見開き、俺のスマホを見つめ、「え、それ……奏太くん? 女装してるの!? 可愛い〜!」

「ほんとですか〜?」


 テヘヘ、と照れたように笑って見せるが、内心ではほくそ笑んでいた。

 まあ、可愛くて当然。だから!? と声高らかに言ってやりたいのは山々だが。もういっそのこと、由鶴の可愛さを昼の生放送番組で全国に自慢してやりたいくらいだが。あくまで俺は『皆の弟』。決して、妹はいてはならないのだ。


「プライベートで友達とノリでやってみたんですよね」


 嘘だけど。由鶴の写真だけど。


「一応、カップルの自撮り写真風……てことで撮ったんですけど。どうですか? そう見えます?」


 あ、まずい。顔が引きつりそう。

 ダメだ、ダメだ、と必死に五十嵐奏太おのれに言い聞かせ、これでもか、とはにかみスマイルを見せる。

 すると、元井さんはほんのりチークの乗った頬を赤々と染め、「え? ええ? カップル〜?」と明らかにニヤけて不自然に声を上擦らせる。


「男同士で冗談とはいえ、奏太くんのカップル写真なんて複雑だな〜」


 冗談っぽくそんなことを言ってから、元井さんは「どれどれ」と俺のスマホの画面をあらためてまじまじと見つめる。そして、たちまち、顔を曇らせ、


「う……うーん。ええと……そうだねぇ。お友達、すごく男らしい感じで……。カップル……と言われると……どうかなあ? カップル……というよりは、アイドルと警備の人、て感じに見えなくもないというか……」


 つまり、全くもって不釣り合い。まさに美女と野獣。全然、これっぽっちもお似合いじゃない。はよ別れろ――てことだよな!?

 さすが、この業界で働く人。見る目がある。審美眼に長けている。

 俺もぎょっとしたものだ。この悍ましい二ショット写真を、由鶴に送り付けられたときは。『実は好きな人がいるんだ』なんてメッセージと共に……。


 春野暁雄――。


 ああ、なんて忌々しい名前だ。

 幼馴染らしいが……てか、幼馴染だから、由鶴とこんな二ショットが撮れているだけの棚ぼた男。いったい、どんな奴なんだか。どうせロクでもない男に決まっている。

 それなのに、由鶴と来たら……。


 ――私の髪が肩まで伸びたら……私、暁雄くんに告白します!


 ついさっき電話で聞いたその衝撃的な一言が脳裏に蘇り、フツフツと胸の奥で沸き立つものを覚えた。

 ぎゅっとスマホを握り締め、そこの画面に映るマッチョゴリラ――としか言いようのない厳つい男――を睨め付ける。

 

 春野暁雄め。いったい、どんな手を使って由鶴をその気にさせたんだ?


 『幼馴染』という立場を利用して、由鶴に言い寄って……その上、『彼氏』にまで昇格しようと画策するなんて図々しいこと極まりない。神が許しても、俺が許さん。

 どうにかして、由鶴の髪が肩まで伸びる前に、こいつの化けの皮を剥がして本性を暴いてやらねぇと。しかし、どうやって……。


「そ……奏太くん?」


 怪訝そうな声がして、ハッとして我に返ると、


「どうしたの? すごい……怖い顔しちゃって」


 怖い顔!? 俺が……!? この可愛さと幼さの象徴たる五十嵐奏太が!?

 やべ――と、慌てて、とびっきりの笑顔を取り繕い、


「すみません! もうちょっとメイクもこだわってみたら良かったかな、なんて思っちゃって」


 嘘だけど。由鶴はメイク無しで十分可愛いけど。


「相変わらず、完璧主義だな、奏太くん〜。さすが、国民的アイドル」

「やだなあ、国民的アイドルなんて。僕なんてまだまだですよ」

「謙遜しちゃって〜。今じゃ、街中どこ見ても奏太くんの写真だらけじゃない。女装姿もやっぱり可愛いし……女装もののドラマとか出たら、男の人からも人気出ちゃうんじゃない!? ほら、男の子が双子のお姉ちゃんに代わって女子校に入学する漫画、今、流行ってるじゃない?」

「ああ……少女漫画でしたっけ?」

「あれがドラマ化して、奏太くんが主人公やるなら……私がメイク担当したいな! 奏太くんほどの素材だもん。どれだけ可愛くなるのやら。腕が鳴るわ〜」

「ありがとうございます。そういう役も、いつかやってみたいですね。その時はよろしくお願いしま……」


 言いながら、ふわりと朗らかに営業スマイルを決めようとしたときだった。

 不意にハッとして、口を噤む。

 

 まるで天啓でも降りてきたかのようだった。

 その手があったか――と閃き、俺は目を見張った。


「あの……元井さん!」と昂る気持ちを必死に鎮めながら、あざとさたっぷりに上目遣いで元井さんを見つめ、「お願いが……あるんですけど」

「え……なんでも言って?」


 とろんとした表情を浮かべ、元井さんは二つ返事でそう言った。

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君の髪が肩まで伸びたら 〜国民的アイドル(♂)に瓜二つの幼馴染(♀)を溺愛しています〜 立川マナ @Tachikawa

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