夢⊄記憶の断片
〈箱庭の女王の令〉
我が民よ。
我が国よ。
その血を、その体を、その心を差し出せ。
我が民よ。
我が僕よ。
その全てを、その命、その魂を差し出せ。
魂、心、血、体、すなわち我の物也。
この国に根付くその足は我の為に。
この国に浮かぶその手は我の為に。
この国に学ぶその頭は我の為に。
この国に居着くその魂は我の為に。
異物は排除せよ。
異なるものを追い出せ。
猫も、兎も青虫も、全て追い出せ。
世界一美しい国であれ。
世界一美しい我の国であれ。
〈箱庭の女王の苦悩〉
何故我に従わない。
何故我に下らない。
何故我に歯向かう。
何故我と対立する。
人があり、国がある。
ならば我無き国は国ではない。
驕るな、国民共。
語るな、我の事を。
忘れるな、己の罪を。
〈箱庭の女王の最期〉
儚きかな。我が人生。
醜いかな、我が人生。
罪深きかな、我が人生。
我と共に砕けよ。
我と共に、国も砕けよ。
叶わぬとわかったとて。
求めることをやめられぬ。
我に首を差し出せ。
「リデル」よ。
◆◆◆◆
『リデル』。
それは、特異な夢を見る少年少女の事である。
程度に差はあれど、どの『リデル』も、夢より攻撃を受ける。
『お前は違う』『お前は主じゃない』『お前はリデルじゃない』といった事が夢で常に囁かれる。
この症状の『リデル』は16歳を過ぎた頃には『リデル』では無くなっている。
程度の差があれど、17歳になるまで『リデル』であった少年少女は存在しない。
しかし、その中にも例外が居る。
夢からの攻撃を受けず、いくら成長しても『リデル』であり続ける…。
言わば、真の『リデル』。つまり、夢の主。
「そして彼女が『リデル』というわけだ。」
名前は不明だが、私はこの少女を『トワリ』と呼んでいる。
やがて『理』に成る少女であり、私の『子』ではない。
少しばかり洒落た名前だと思う。
謎ばかりのリデルだから、『リドル』だったり、日本人風に『璃子』だったりも考えたが、やはり発音が『リデル』と近いと何かと不便である。
彼女はひたすらに眠り続ける。
私の計画には眠った『リデル』が必要だからだ…。
トワリの夢は通常の人間の夢よりも強靭で強い現実性を持つ。
しかし、その現実性は強いとはいえ、現実を書き換えるほどではない。ならばどうすれば良いだろうか。
トワリの周りの現実を消し去るだけでいい。
トワリの周りをゼロにできたのならば、私の悲願も達成される。
なんなら世界そのものをゼロにし、私がトワリと共に新たな世界を創ってもいいだろう。
ゼロになった人間は思考する力だけを残し、他は消滅する。
詰まる所肉体が消え失せても魂は残り、世界に残る。
その状態になればトワリでなくとも現実を書き換えることは容易だろう。
だがしかし、やはり思考の力という点ではトワリの方が優れる。
もし、思考だけの状態の人間がトワリの夢へと介入すれば忽ちトワリにより書き換えられ、トワリの夢の住人へと変換される。
トワリの夢がどのようなものかは分からないが、虫なんかに変えられちゃ、たまらないな…。
◆◆◆◆
〈箱庭の女王の独白〉
私は箱庭の女王だった。
私が追い求めた「リデル」は何処へ?
私が心酔した「リデル」は何処へ?
現実を得るということは、「リデル」を得ること。
「リデル」を殺せば私は箱庭の女王でなくなる。
だが、それでいい。いい加減この生活にはうんざりだった。
幾日も一切変わらぬ民や国を見るより、ポテトチップスを食べて漫画を読んでいる生活がしたい。
しかし、与えられてしまった「役割」故、私は女王であり続けなければならない。
女王とて、主には逆らえない。
主、それは理であり、ルールである。
トランプはルールには逆らえないから、私はこのおもちゃだらけの箱庭で女王をしないといけない。
正確にここがどこかもわからない。自分が元々何だったかも忘れかけている。
やがて「私」も消えてなくなるのか?
嗚呼…。せめて目覚めてくれないか。
いつまで眠り続けるんだろう。
いつまで、「リデル」は。
いつまで、「リデル」と呼ばれる少女は。
いつまで、私の妹は。
〈箱庭の女王の卵〉
割れた卵は元には戻らない。
壊れた心も元には戻らない。
即ち、私の心は二度と元には戻らないのだろう。
いや、「壊れた」と表現するより、「塗りつぶされた」と表現するのが適切だろうか。
頻繁に臣下に私が何者か問うようになってきてしまった。まぁ、臣下は心を持たないただの夢なので碌な返答は無いが。
しかし、遂に私は私である自信がなくなって来ている。
もう自分の名前も思い出せない。
覚えている「現実」ももう殆どない。
頭の中には何も無いようなこの世界の事ばかり。
消えるというのに恐怖心はない…、というか、「恐怖心」が消されているような。
なんだったっけ…。そうだ、妹だ。
妹に会わないと。
妹。
妹に。
妹…。
いも…うと。
妹…?
名前。
妹の、名前…。
思い出せない。
おかしい。私は妹の事が大好きだったはずなのに。
顔だけしか。いや、顔もあまり思い出せない。
「リデル」の名前は何?
いや、「リデル」の名前はリデル…。
…。違う!
私にも妹にも名前があったはず!どうして思い出せないの!?
私は、私の名前は、何…?
そんなの箱庭の女王に決まって…、それは名前じゃない!
どうして?私のいちばん大切な物だったはずなのに。
いちばん大切な宝物だったはずなのに、どうして何も思い出せないの!?
…。
…、…。
最早、手遅れか。
ならば、私はわたし自身の手でこの命を終わらす他ない。
頭に流れ込む「箱庭の女王」の言葉は間違いなく妹に危害を与える。
私が「箱庭の女王」になったならば妹を傷つけるのだろう。
しかし、それだけはいやだ。妹ためではなく、私のため。絶対妹を傷つけたくない。
ならば、この箱庭ごと死のう。
この狭くて何も無い苦しい箱庭ごと私は死のう。
それが多分最善だと想う。
◆◆◆◆
幾年か過ぎ。
◆◆◆◆
その幾年かは、定かではないが。
◆◆◆◆
『時間』と呼称するにはあまりにも長く。
◆◆◆◆
『永遠』と呼称するにはあまりにも短い。
◆◆◆◆
水路に流れたおもちゃのように。
◆◆◆◆
帰ることはなく。
◆◆◆◆
なんども繰り返したその心は。
◆◆◆◆
もどらない。
◆◆◆◆
くにをつくろう
僕だけのりっぱなくにを。
だれにも、ジャマさせない。
おおきな塔をたてよう。
あかくて、りっぱな。
◆◆◆◆
即ち、誤算
◆◆◆◆
即ち、過ち。
◆◆◆◆
つまり、私は失敗した。
◆◆◆◆
トワリを制御だなんて、傲慢だった。
◆◆◆◆
思考だけの人間は。
◆◆◆◆
まともな思考も保てない。
◆◆◆◆
故に、私の心は。
◆◆◆◆
もどらない。
◆◆◆◆
◇◇◇◇
僕達白い人間はこの街で暮らしている。
いや、暮らしているというより、ここで生かされている。
あの塔にある『思考』に生かされている。
この『国』に生かされている。
あの『思考』が何者かは知らない。
知る方法もない。
ただ、壊れている。
もともとあった思考の断片を僕達白い人間として吐き出し、『思考』は塔に引きこもり、何も見ない。
間違いなくここは現実。
だけれども、僕達は現実と言えるのか?
誰が僕達を保証する?
僕達は何を生み出せる?
そう、何も生み出せない。
所詮断片である僕達は何を生み出すこともできない。
僕達は『白い人間』であっても『人間』ではないのだから。
故に『現実』と接触すれば忽ち塵となり消える。
だが、強靭な『夢』と接触すれば?
『現実』というのは存在が弱く、『夢』というのは存在が強い僕達がその『夢』と接した時、初めて対等な存在と出会えたと言えるのだろうか?
『夢』は『現実』に勝つことはない。
これは絶対の理。
だが、この真っ白で何も無い世界を夢と現実の狭間の力で書き換えられるとしたら?
それは、とっても魅力的だ。
◇◇◇◇
くだらない夢の話 なずな @nZ2637
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