夢≠現実と2分の1

時は逆行しない。

壊れた花瓶がもとに戻らないのと同じで戻ることはない。

白と出会い、白曰く2回目の春が来たところで世界にある変化が起きた。

『変化』と言っても桜が咲いたり、草が生えたわけじゃない。相変わらず世界は白いまま。

だけれども、ある日、私の家に何者かがやってきた。

それは、真っ白な女の子だった。

髪も、目も、まつ毛も、肌も、舌も、唇も、頬も、心も、頭も、服も、全部…

儚くて、触れたら消えてしまいそうな…。

窓から見えたので、慌てて階段を降りて彼女を見に行く。

あんまり開けてない玄関扉は些か重い気がした。

扉を開けると遠くに少女が見えた。

ゆっくり、ゆっくりこちらに歩いてくる。

「人…!」

思わず駆け出した。

裸足で走る白い世界は冷たいような、温かいような。

そしてこの世界では距離というものも曖昧で、すぐに彼女のもとにたどり着くことができた。

「…死ね。」

…?

初対面…だと思うけど…。

もしかしたら、そういう言語なのかも?

「あの…」

思わず手を伸ばす。

殆ど無意識な気がする。

「っ!触るな!死ね!」

白い女の子は後ろに飛び退いた。

その顔は恐怖と憎悪と嫌悪に満ちていた。

私が、何をしたんだろう?

困惑、驚愕、そして、怒り。

何故、私が拒絶されて暴言を吐かれなければならないんだろう。

恨んだ。この少女の誕生を恨んだ。

「『現実』…!『現実』は許せない…!」

は?

は!?

『現実』?現実?

?、!、?、!、!?。

ハテナ、ビックリ、クエスチョン、エクスクラメーション、インテロバング…。

不理解。理解ができない。

私が『現実』だとすればこの少女は夢だとでも言うのだろうか?

現にここに存在しているというのに。

「まずは話を…。」

こみ上げる怒りを抑えつつ、なんとか対話を試みようと足を踏み出した。

「やめろ!やめろ!!来るな!」

彼女は後退る。

だから、どうした。

なぜ、拒絶される必要があるんだ。私が何をしたんだろう?

『現実』であることがそんなにいけないことなのだろうか。存在を否定する理由足り得るのだろうか。

「死ね…!死ね!」

そう言うと白い何かは拳を握り、殴りつけてきた。

しかし、気づいたときには痛みはない。

なぜなら、その白いやつの手が、私を殴りつけようとした手から消え始めたから。

「は…、は?なんで…、なん、で…?」

狼狽えていた。眼の前の生き物は狼狽えていた。

「ふん…」

正直、因果応報という気がした。

別に私がなにかした訳では無いが、少し心がすかっとする気がする。

「嫌…、やだ…、『虚』に戻りたくない…、ようやく『現実』を手に入れたのに…!」

そうこぼした。

私にこの言葉が表すことはいまいちわからないが、とにかく悔しいらしい。

段々と目の前の白い生き物の手から消えていく。

手から、粒となり、雫となり、消えていく。

地面の白い所に落ちていく。

「ふぅん…。」

私はなんとなくその白い出来損ない胴を軽い手刀で切ってみた。

すると、本当に切れた。

白い中途半端な生き物は、体が真っ二つになり地面にぐしゃりと崩れる。

「あがっ…。」

思いっきり顔から落ちた。せいせいする。

「お前…は…!絶対に…絶対にぃ…!」

「うるさい。」

声も聞きたくない。私はそう言うとその白い汚い頭に手を振り下ろす。

「ぷぎっ。」

間抜けな声がしたかと思うとその白い何かの頭は消え去り、塵となり、溶けた。

頭を失ったせいか体はあっという間に地面の中へと消えていく。

地面、地面というより、海に消えるような…。

消えてから、消えてからだからこその後悔の念が湧いてきた。

カッとなり衝動的に行ったが、私がしたことは『ひとごろし』なのではないか、と。

生命を奪ったのかもしれない、と。

自責、後悔。

だが、そんな念もすぐに消え失せた。

まことに不思議なことに、消え失せた。

夢では何人も殺してきたけど、それと同じような感覚がする。

まさかここは夢の中なのかな?

しかし、指は五本だし、地面についた足の感覚はある。

ならば夢ではない。

この真っ白な世界が今、私の生きる『現実』なのだろうか?

あいも変わらずこの世界は白くて何も無い。

やることも無いけど、最近は夢も見ない。正直、退屈で仕方がない。




私はあの白くて生意気なアイツの言葉が引っかかって仕方がなかった。

『『虚』に戻りたくない、『現実』を手に入れた。』…。

どうにも引っかかる。

『虚』とは?一体『虚』は何を表すのか?

正直、私の頭ではわからない。

つまり、白に聞くしかない。

長い時を一緒に過ごしてある程度慣れたとはいえ、未だに白への嫌悪感はある。

正直、あまり話したくないが、この世界に話せる相手なんて白以外居ない。

故に、私は白に頼るしか無い。

「『虚』…?」

白は不思議そうな顔で私の話を聞いていた。

期待はできそうにない。

「『虚』って、なんだと思う…?」

改めて、問う。

ここでわからなければ詰みと言える。

「…わからないけど、またその白い人が来た時に聞いてみたらいいんじゃないかな。…どうせわたしたちじゃ永遠に分かりっこないから。」

意外なようで的を射ているようで、見当違いだった。

「その白い人が次にくる保証がない。」

少々怒る。

見当違いの返答には少しいらいらする。

「…でも、もう窓から次の白い人が見えるよ。」

えっ、と思い振り返る。

窓からは何か、白いなにかが見えた。

背は高くて、真っ白な人のようななにか。

すぐさま私は外に出ようと動いた。

しかし、その瞬間白いなにかも動き出し、やがて真っ白な地平線の向こうへと消えた。

逃げるように、怯えるように…。

「…白い人消しちゃったから白い人たちが怯えてるんじゃないかな。」

本当にそうなのか?

いやでも、それしか無いか…。

「…。じゃあ、私は白い人来るまで寝てるから…。」

正直離れたかった。

白いやつらはみんな私を罵倒するような気がしたから。



だん、だん、だん、と半ば怒りながら廊下を歩く。

扉を開けると、いつもとは違い、部屋が綺麗に片付いていた。

否、片付けている最中だった。

チェシーが必死に物を口で引きずったり咥えたりして部屋を片付けていた。

…最近時々どころかよく考える。

チェシーは猫にしてはあまりにも、あまりにも利口すぎないか、と。

やはり普段は眠っているが私の布団を直したり、着替えを引っ張り出して用意したり…。

まるで人間のような感じがする。

まぁ別に二足歩行したりはしないし、ましてや喋るなんてファンタジーな事も起きない。

まだ芸の域を出ていないような気もする。だって片付けるったって引き出しの中に物は入れてないし、それに服だっていつも同じやつしか出してくれない。

「チェシー?」

腕を広げるとチェシーは私の腕の中に飛び込んでくる。

撫でてやると気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らす。

チェシーは私の味方。何があっても…。

「お昼寝しよっか、チェシー…。」

ベッドにチェシーを置き、私も布団に入る…。

「あ…。ハチロウの事忘れてた…。」

布団に入る前に、窓際にある金魚のハチロウの水槽へと近付く。

金魚のハチロウ。

昔から居る、綺麗な金魚色の金魚…。

少食で、オス…。

餌の容器を振るとぱらぱらと水槽に餌が落ちる。

しかしハチロウは一切動かず、ただ一点、窓の外を見ていた。

…ふと思い返せば、ハチロウが餌を食べたことがあっただろうか?

もっと言えば、私はこの二年で何か食べただろうか?

…たべもの…?

食べた覚えが一切ない。

何故、だろう?

時は逆行しない。しかし、停滞することはあるのだろうか?

思えばトイレにも行かないし、お風呂に入らなくても何もしなければ汗は消えて、スッキリした状態になっているような気がする。

「まぁ…いいか…。寝よ…。」

どうでもよかった。

今はとにかく眠い。眠りたい。

食べることも排泄も必要ないなら便利だし、どうでもいい…。

そして布団に潜り込むと枕元にチェシーが寄ってくる。

そして丸くなると目を閉じ眠り始める。

すっかり私と一緒に昼寝するのが習慣になっている。

私もチェシーといっしょに眠るのは安心感があって好き。

そんな事を考えているうちに頭がぼうっとしてくる。

また、不思議の国へ…。



序章〈四束園残ーシソクエンザンー〉


♢♢♢、そして♤♤♤、♧♧♧、そして、♡♡♡。

トランプが舞い散る庭園に私は居た。

庭園の真ん中に置かれたテーブルと椅子に座り、紅茶をすすっていた。

否、紅茶ではなく、みそしる。つまり、なにをしる?

他に何者も居ない。

赤い薔薇の咲き乱れる、美しい庭園。

あー、あー、あー…。

あー、あ、ああ、あー…。

炎染なるままに、牀巳の苑と機鉛の船に揺られ。

♢、それは里燕の理を表す。

♤、それは愛と崩壊によるクェット・フィーギンドルリア・セーブラニアスキキタナマフチナの提言。

♧、それは幸、祥、叉一、煌、乞を体現している。

♡、それは支配と統治、圧政、暴虐、いやなやつ、気に食わないやつ、気に食わない赤の女王。

「はたまた、非存在なのか?」

「貴様の身分でよくあえたものである。」

「それは、問いか、はたまた、執念か?」

「tu la la〜…、tu tu tu la la…。」

「オレンジ色の血はなんのために流されたか。」

やがて私の周りは神殿のような場所に移る。

壁にはいくつもの試験管やビーカーなどが並べられ、部屋の中央には、シンクやまな板の上のソファなどが置いてある。

つまり、神殿以外の何物でもない。

あちこちに点在するベッドはどれも硬そうでとてもじゃないが寝る気になれない。

あんな所で寝てしまったら、お腹が空いてしまう。

だがしかし、見渡すとそこで私が眠っているから不思議な話だ。

神殿の中を歩む。

タイル張りの地面は冷たいようなヌルヌルしているような、不思議な感じがする。

そして幾分か歩き、二年ほどが経った頃、地面がぬるりとした。

「嗚呼…」

ぬぽん、と地面に飲まれ、落ちる。

真っ逆さまに落ちる。

嗚呼、いつぶりか。

落ちて、落ちる。そして、落ちてゆく。

懐かしい。心が温まる。

この感覚は体に馴染んで気持ちいい。

ひゅごおおおおおおおおおと風を切る音が耳を塞ぐ。

食器棚も一緒に落ちている。

フォークやナイフがばらばらと宙を動き回る姿はまるで演舞のようだった。

空を舞い、見事なまでの『舞』だった。

だが、悲壮。陽・葬。

食器たちは弾け飛んだ。

何か強い力が加わったかのように、砕け、塵になり、やがて見えなくなる。

怖い。

私が消えたような気がする。食器が消えるなんて、今までなかった。

夢とは、私。

つまり、これは?

私への攻撃…?

やがて、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。

どごぉぉぉん!、どごおおおおおん!!と何度も何度も聞こえる。

困惑、怒りよりも恐怖が勝る。

こんな物知らない。何?何が起きて…。

すると空間にヒビが入る。

ぱらぱらと空間の破片落ちていく。

落ちて、砕けて…

「やめろ…。やめろ!」

許せない。なぜだか許せない。精一杯叫ぶが、非情に空間は砕かれていく。

ぱりんぱりんと砕け、何かが覗く…。

「白い、街…?」

空間の割れ目からは真っ白な街が見えた。

真っ白なビル、真っ白な道、真っ白な信号機、真っ白な空…

そして、真っ白な、人。

空間の割れ目がどんどんと増えていく。

世界が。私の世界が消えていく。

いや、『食われて』行く。

私の、私だけの世界が。

そして空間が『白』になった時、私は私の夢から追い出された。



◆◆◆◆

我思う、ゆえに我あり。

俺は考えていた。

どうすれば役に立てるか、報いることができるか。

俺を『友』として扱ってくれたあのひとに…。

俺は考えた。何度も、この小さい頭で考えた。

そして出した結論は夢だった。

◆◆◆◆


白い世界に落ちる。

臓器が全て上に持ち上がる感覚に襲われながら私は白い街へと落ちていく。

落ちて、落ちて、落ち…て?

しかし、私は誰かと手をつないで街を歩いていた。

あれ。どうして…?

「誰…?」

手を繋いでいるのは誰?

少しガッシリとした頼りがいのある手だけど、何者?

「    」

聞き覚えのある声だった。

嗚呼…、あの時、そう、あの時海で会った少年…。

目元の見えない少年…。

手を引かれ、走り出した。

彼は何者?

なんで私の味方をするのか。

どうしてが積み重なり、どどどどううううししししててててになる。

「         」

「それってつまり?」

「              」

「そう、なんだ…。」

まさか、そんな事が。この少年がまさか。

まぁ、今はいいや。いや、前でも後でも別にいい。

とにかくここを走ろう。

白い世界にいたくはない。

走る。走る。走る。

床に冷たさなんてなく、小石一つ無い。

まさに塗る前の線だけの絵のように何も無い。

たっ、たっ、たっ、と少年の靴の音とぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃという私の足の音が白くて何も無い街に響く。

やがてタワーのような場所に出た。

それはやはり、白く。白く。白く。しろ、く?

白くない。

赤い。

真っ赤で、まるで花札のような朱色をしている。

なぜ、朱色なのか?

そしてここは何なのか?

何故、私はここに連れてこられたのか?

白い世界とは、白とは、白いとは、朱色とは。

わからない。わかるわけが、ないだろう。

「           」

「それって   の事…?」

「                  」

「わかった…。」

つまり、この塔を登ればいいのか。

つまり、この塔を登ればいいのか。

塔のてっぺんにお姫様なんて居ないだろうけど、登らなければいけないらしい。

真っ赤な塔は爛々と輝くことなく、光を全く反射しない。

ただの朱色の塊。

朱色の何かがあるだけ。

その朱色はまるで蠍のようで。

その朱色はまるでくすんだ血のようで。

その朱色はまるで私の心のようで。

その朱色は禍々しくて。

その朱色は、なんだかよくわからないけど気に食わない。

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