夢◆現実と1分の1

目覚めとは?

また、1つの命が生まれ、消えた。

生まれた?果たして、死ぬのか?

ひたすらに真っ白な世界に一人の彼は、彷徨う。

一人で、孤独で、何も無いような世界をただ一人、歩む。

その先に何を見据えているのか。




目覚めた時に僕は孤独だった。

真っ白で、何も無い世界でただ一人、寝転がっていた。

真っ白な空、真っ白な地面、真っ白な向こう、真っ白な空気、真っ白な……。

別に、なにかする気もない。

白い世界はあるが、その世界に色を付けるような道具はない。

歩けど歩けど何も無いし、虚無と言うに相応しい。

勿論、僕が知っているのはこの真っ白で何も無い空虚な世界だけ。目覚めてから白い世界しか知らない。

もしかして記憶を失っているのかもしれないけど、少なくとも僕が知っている世界はこの白い世界だけ。

だから、夢の世界も白くなるはず、と仮説を立ててみた。

僕の頭にないものが夢に出るはずがない。そう思っていた。

でも、そんなことは無かった。

目覚めて、眠った。

少しひんやりとする地面に仰向けに寝転がると光がぽかぽかとして気持ちがいい。

あたたかくて、つめたい。

その感じが心地よくて…。

やがて夢へと落ちていく。



TRIP or …

どこに行くか?

どこに向かうか?

先に何が見えるか?

先に何が見えのたか?

夢は何故、途中で始まるのか?

夢は何故、世界を形作り誘い込むのか?

僕に見えた世界は本の上。

沢山の文字が書かれた本の上。

「落ちる」「そして」「磨かれ」「先へと」

何にもない世界より、何かある世界。

否、何でもある世界。

大きな本の上に僕は立っていた。

文字はもぞもぞと蠢き、気持ち悪い。

あまりに気持ち悪いので歩き出す。

とっ、とっ、とっ……と、本に足が触れる音が流れる。その度、蠢く文字達は僕に近づいてくる。

気持ち悪い。不快。吐き気がする。ぞわぞわする。

背中と足がぞわぞわとして不快感があふれる。

「ッ……!」

思わず走りはじめた。

こんな所に居たくない。気が狂う。

文字を踏み潰した気がしたけど、気にしてられない。

とにかく走る。

本の端は思ったよりも近かったが、本の『外』は何もなかった。

ただ、黒い世界が広がっていて、あからさまな『無』を感じさせる。

だがしかし、飛び込んだ。

文字を見るのが嫌だった。

堕ちる感覚がある。

体の中身が全部置いていかれるような感覚が体を突き刺す。

そして僕は上を見た。

蠢く文字は、文字ではなく虫だった。







しかしまた、悲壮であった。

人の心とは案外簡単に繋がるのだ。

ここに居るアイツと、あそこに居るアイツの心というのは既に溶けてくっついている。

心と鉄は似ている。いや、似ていないか。

世界は白い。

白い物には色が乗りやすい。別の色に染まりやすい。

何でも受け入れるとも言えるだろう。

それはつまり、『存在した証』を最も残しやすいことを表す。

血でも何でもばらまけば存在した証を残せるのだから。

しかし、白いということは同時に虚無であることでもある。何も無い世界に証を残すかと言われれば、かなり怪しい所がある。

美味しい料理も、面白い本も何一つないこの世界で唯一許された娯楽は夢である。

たらふく食べたいハンバーガーも、何度も読みたいあの本も、夢の中であれば叶えられる。

永遠に眠り、夢を見続けることができたとすれば、我々のような夢を見る生き物は『完成された』と言えるだろう。

可能性の話であれば限りなく低い。

現実的に考えれば、夢を見ればお腹は空くし、体はどんどん衰えていく。

しかし、これは『体』があるから起こることだ。

在るが儘に、心だけ。体を捨て去り精神のみになればこれは全て解決するだろう。

夢と現実、この二つの世界を完全に切り離すことができれば、あるいは─────







少し、飛んだ?

時間が飛んだ気がする。

あたりを見回すと小さな部屋に居た。

狭っ苦しくて、窓も扉もなく、部屋と呼ぶには烏滸がましい。

しかし、この部屋には無数の箱があった。

大小様々な大きさ、すべてが違う色と形をしている。

直感的に、僕は子供なのだと感じた。

いや、罪人なのかもしれない。

狭い部屋に一人、そして、出口がない。

明らかに僕の知らない世界だし、知り得ないものしか無い。

箱がガタガタと揺れ、壁がかすかに震える。

そして、鼻にかすかな痛みを感じた次の瞬間、口の中になんとも言えない血の味が広がる。

とぷとぷと鼻から血が出る。止め処なく鼻血が溢れる。

口の中に広がる血の味はなんとも言えず、鼻血が流れるたび意識が遠くなるような気がする。

たまらず鼻をすすると、部屋の箱たちが破裂し木っ端微塵になる。

木片が飛び散り、中から血が吹き出た。

果たして、僕の鼻血なのか、箱から出た血なのかはもうわからない。

罪人故の罰なのか?

存在することが最大の罪だとでも言うのか?

血は止まらない。

体の中の血が全て無くなるんじゃないかと思うほどに。

やがて血は水たまりとなり、池となる。

すると、この密閉された部屋はまるで水槽のように水を満たし始める。

みしみしと床が軋む。

そして血が立ち上がった僕の膝くらいの高さになった時、砕けた。

床が割れ、大地が割れ、底へと落ちていく。

夢とは見るものではなく、落ちるものだった。

ウサギを追い、落ちて…。

落ちて……。

落ちて………。

さらに落ちて往く…………。






何も無い世界ではいとも簡単に生物が生まれる。

それがどのような生物であるかは定かではないが、存在していることを知覚できなければ生まれたとは言えない。

存在を知覚して初めて生き物であり、存在していると言える。

夢の世界から零れ落ちたひとしずくは波紋を起こし、やがて形作る。

何を形作るか、夢から何が生まれるのか。

ニヤニヤ笑いの猫の怪物だろうか?頭のイカれた帽子屋だろうか?はたまた、『夢の主』そのものだろうか?

夢が真っ白な世界に与える影響は思ったより大きい。

何故ならば『真っ白』とは『現実が存在していない状態』と全く同じだからだ。

本来の世界は『現実』が存在しており、夢が付け入る隙はない。

つまり、寝具や枕元の怪奇小説などの物体が『現実』であり、その『現実』に夢は打ち勝てない。

そして人間の体もまた、『現実』であり、通常夢は現実になんの影響も与えない。

だが、万が一、億が一、『現実』である体すらなく、夢だけが存在していたら?

『現実』がない『零』の世界に夢という『虚』は自由に色を乗せることができるだろうか?

思った通りになる世界、まさに、『夢の世界』だろう?






「…。」

何かが僕の頭に流れ込む。

『現実』?

『夢』?

違う。これは僕の思考じゃない。

そしてこの夢も僕のものじゃない。

床が割れて落ちて、やがて僕は下に地面を見た。

森に囲まれた小さな平地が見える。

ざわざわと木は揺れ、緑が生き生きとしている。

僕が地面に激突するまであまり猶予はなかった。

しかし、恐怖心は無い。寧ろ、この空間は安心する。

安心…。

いや。

いや。

否。

「違う…!」

僕の知っている場所じゃない。

この『安心』は僕の感情じゃない。

誰かの夢が流れ込むのか?

どういうことなんだ?

だが、流れ込んでくるような『安心』は否応なしに僕の心を落ち着ける。

やがて、地面が近くなる。

短く草が、花が。

美しく草が、花が。

咲き乱れている。

近くで見るとわかるが、建物の廃墟のような場所だった。

廃墟と言っても形はない。崩れ去った瓦礫のような何かがあった。

そして、そこに誰か居ることもわかった。


落下。

そして、落下。

地面は柔らかくて、痛みはない…気がする。

地面にぶつかると同時に土埃が舞う。

視界が覆われ何も見えないが、それでいい気がした。

誰かがいる。

それならば誰にも見られたくない。

ただ、それは多分叶わない。なぜなら土埃はすぐに晴れてしまったから。

そして、晴れた土埃の中から仰向けの僕の顔を覗き込む顔があった。

真っ黒の髪、そう、真っ黒。肩くらいで切られているけど、その髪はぼさぼさで、なんだかだらしない印象。

「…誰…?」

思わず口を開く。どうして僕の夢の中に他の人が居るのか。それだけが疑問だった。

いや、人が居るのはおかしくない。だけど、この眼の前の人は『人』だった。

純粋な『人』。

夢が生み出した虚ろな人じゃない。

「…さぁ…。わかんない。」

そっけない。だけど、優しい声。

聞くだけで安心が流れ込んでくる。

耳が心地よくて、心地良い。

「じゃあ、君は。」

聞かれた、僕自身のことを。

孤独で、なにもない空っぽの僕に、言うことはあるのかな。

夢の中だからか、頭がよく回らない。

何を言おうとしてたんだろう。

何を…。否、何も言おうとしてない。

言えない。

「っと…。うぅん…、さぁ…。」

何とも答えることはできない。

答えるだけの情報がない。

「もしかして    から来た?」

『    』と聞こえた瞬間、跳ねた。

    、それだけは聞き覚えがあった。

深く脳裏に刻まれているような言葉、忘れられない言葉、唯一知っている言葉、概念、物、生き物…。

「…。そっかぁ…。もしかして、夢の外では一人ぼっち?」

僕の反応に何の反応も示さず質問が飛ぶ。

だが、簡単に無視できる質問じゃない。

「うん。」

僕は一人。ただ一人。真っ白な世界でたった一人。

寂しい…気もしない。なぜなら、一人ぼっちになってから、そんなに経っていないような気がするから…。

「…じゃあさ、私の家においでよ。」

「家…?」

あり得ない。

あの何も無い『零』の世界に家なんてあるはず無い。

嘘つきなんだ。きっと、嘘つきに決まってるんだ。

「起きればわかるよ…。」

そう声が聞こえると腹部に強い痛みを感じる。

鋭くて、痛い。

「起きたら見えるはず…。だから…。」

そう聞こえた。

凄まじい勢いで意識が消えていく。

夢の意識が消えていく。

「な…まえは…?」

消えかけた意識の中で、初めてであった人との繋がりを得ようとしていた。

本能か、はたまた…。

「…さぁ。黒いから黒でいいや…。」

最後にそれが聞こえて何処かへ心は飛んでいった。




はっ、と目覚める。

落ちるような感覚とともに目覚める。

重い体を起こしてあたりを見回す。

相変わらず空は白くて、地面も白くて、地平線の向こうもし…ろ…?

いや…?

おかしい。

そんなはずがない。

遥か遠くに、家が見える。

二階建てで、小さな庭があり、塀もある家。

真っ白な世界には似つかわしくない家。

こんな事が。こんなはずが…。

この真っ白な『夢の世界』にそんなものあっていいはずがない。

「この世界は…この世界は…僕達のッ…!!」

…。

「僕達、の…」

…?

「僕…の…?」

今、何を言おうとしていた?

何かを言おうとしていた。

僕の知らない何かを。

僕の思考じゃない。僕じゃない。僕の考えた言葉じゃない。

僕は『現実』を否定しようとしていた。

そして、『現実』を見た時、怒りが湧いた。

自分の思い通りにいかない怒り、そんな幼稚な怒りが湧いてきた。

自己の消失に怯える。

そして僕はその遠くの家を見て立ち尽くした。

『現実』に近づきたくない。そんな感情が止め処なく溢れる。

嫌悪感ではない。不快にも思わない。怒りも収まった。

ただ、『現実』に近づきたくないと本能が叫ぶ。

しかし、理性は違った。

あの場所に行き、現実に触れなければならないと云う。

これは『勇気』なのか、『蛮勇』なのか…。

もとより、理性とは本能を押さえつける武器である。

故に、僕は足を進め家へ向かう。

ゆっくりと歩みだした足は次第に走りはじめた。

小石一つ無いこの世界は裸足で走っても痛くはない。

そんな条件も相まってか、すぐにたどり着くことができた。

そして、二階の窓に人影を見る。

その顔は人間。

その姿は現実。

じっと外を見つめていた。

「黒…!」

居たのだ。黒が。

間違いなく黒だった。

手元に猫を抱いていたが、その顔や髪は夢で見た黒の姿そのものだった。

すると黒はこちらに気づき、手を振った。

優しい顔をしていた。

そしてすぐに黒は部屋を出て。

やがて玄関の扉が開いた。

ガチャガチャと大きな音と共に扉が開く。

「黒…!」

玄関に走って近づく。

『現実』を恐れているのは僕の思考じゃない。

僕が真に恐れているのは『孤独』であり、その孤独から逃れる為に、僕は黒と…

開いた扉の中には、黒が居た。

黒、そのものが居た。

「結構近かったんだね。」

黒だ。黒の声だ。

「えっ…と…。」

何を言えば良いのかわからない。

人と話したことのない僕は、どうやって会話すればいいんだろう?

「一人で寂しかったでしょ?…とにかく、挨拶の握手。」

黒がそう言うと抱えていた猫が降り、黒の手が出される。

握手。それは、多分、友達。

「はじめまして…。」

僕はそう言ってその手を左手で握る。

にぎる。

に、ぎる…?

あれ。

左手の感覚がない。

「…。やっぱり、だめかー…。」

黒がため息をつく。

だめって、なに?

「な、んで?」

黒に触れた所が無い。

黒に触れた左手が、無くなっている。

砂となり、塵となり、消えていく。

「ごめんね。君じゃないみたい。」

僕、じゃない?

だんだんと体が消えていく。

さらさらと、光となり、白くなり。

「うん…。    から来た子はみんな、こうなっちゃう。夢の世界から生まれたから。」

夢の世界から?

夢。

夢…。

「たすけて…たすけてよ…」

命を乞う。

死にたくない。消えたくない。僕はまだ夢を見ていたい。嫌だ。

「大丈夫…。夢の世界でまた会えるよ…。」

そんなの。そんなの一人ぼっちと同じじゃん。

夢で会ったって、一人ぼっちなのは変わらない。

「やだ…!やだ!!やめて!!止めて!!」

左手から始まり、やがて足が消えていく。

足がなくなり、僕は立つこともできずに地面にぐしゃりと倒れる。

残った右手を必死に伸ばす。

「…今度生まれるときは、消えないように生まれてきてね…」

黒はそう言うと僕の右手を握る。

右手もまた、黒に触れられた瞬間消えていく。

体が消える。

やがて首も消えはじめた。

「あっ…!がっ…!」

声すら出ない。苦しさはないが、怖い。

消えたくない。消失の恐怖。

本能が怯えていた結果がこれ?

理性とは本能を押さえつける武器。

武器は使い方によって生き物をいとも簡単に殺す。

自業自得と言えるのだろうか。

「サヨナラ。」

最後にそう聞こえた黒の声は、優しくて、そして、憎たらしくて。

やがて僕は消えた。

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