3.一緒に
私は東京へ行くことが正式に決まった晩に、祐樹に電話をかけた。祐樹は俳優で、東京を本拠地としている。だからもしかしたら会えるかもしれない。なんて柄にもないことを思っていた。
「あれ、香織ちゃんから電話してくれるなんて珍しいね。」
無機質な呼び出し音が数回鳴った後、祐樹は電話に出た。後ろの方では複数の人たちがあれこれお芝居について話している声が聞こえた。
「まだお仕事中だった? ごめん。じゃあ…。」
遠慮がちに聞いた後、軽く謝罪をして電話を切ろうとスマホを耳から離した。しかし祐樹は慌てて
「大丈夫! もう終わったところだから!」
と言う。それなら…、と、私は話をすることにした。
祐樹は今、来年公開予定のドラマの撮影をしているそうだ。主人公に抜擢され、いわゆる主演だとか。そんな話を聞いていると、自分とは住む世界が全く違うのだと改めて気づかされる。そう、どこか遠くに置いて行かれるかのような感覚だった。私が黙っていると、なんとなしにそれを察した祐樹は自然と話題を変えた。
「なんかあった?いつもの香織ちゃんっぽくないよ。俺、元気な香織ちゃんが好きなのにな。」
元気…?私、そんな風に見られることは少ないのだが、祐樹の目にはそう映ったのだろう。…いつもってなんだろう。私、祐樹と話すときどんなテンションで話していたんだっけ。少し考えてみるも、あまり思い出せなかった。それは自然体で話しているから思い出せないのか、それとも無意識にキャラを作っているから分からないのかは判断できない。だが祐樹の雰囲気を見ていると、そんなに悪い態度をとっていないということだけは分かった。
祐樹は現場から離れ、家に帰ってからもう一度掛け直すと言い、一旦電話を切った。日々多忙なスケジュールをこなし、久しぶりに家に帰れるというのに私のために時間を割いてもらうのは申し訳ない。そう、はっきりと伝えたのだが、明日はオフだから今日くらい夜更かししてもいいからと押し切られた。私は祐樹のこういう所にはめっぽう弱い。今までなら、自分の性格上意見を押し通すことは容易ではあったものの、彼にはそれが通用しない。それどころか、いつの間にか祐樹のペースに巻き込まれていた。しかしこれも、嫌な感じはしなかった。
私は祐樹からの電話を待つ間、冷蔵庫から缶ビールとおつまみになりそうなものを取り出す。私だって人間だ。疲れた時くらお酒に溺れてしまいたいと思うことだってある。
プシュッ、という気持ちのいい音を立てた缶ビールを喉に流し込むと、その刺激と一緒に疲れも流れていくような気がした。それと同時に、祐樹から電話がかかってくる。
「今大丈夫だった?」
電話の向こうから聞こえてくる祐樹のふわふわとした声音に心地よさを覚えつつ、返事をする。
「大丈夫。ちょうど飲んでた所。」
「え、飲んでるの!? じゃあ俺も飲もーっと!」
何やらガサガサ音がしたかと思うと、いきなり電話がテレビ電話に切り替わった。目の前に現れた端正な顔に一瞬驚き目を見張ったが、それを悟られないよう、不自然な咳払いで誤魔化した。なぜそんなに行動に出たのかは分からないが、こうするのが正しいのだと思った。
アネモネと君と僕と @AKIsho12
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