第14話:ブリキノダンス

『いくZE! 九龍ジャンケェン……ジャンケン、PON!!』


 古びたラジオ機器から、街に似合わない陽気な声が聞こえてくる。陽気な声の掛け声とともに、ラジオを聞いている人物は何も考えずに手を固く握りしめる。暫くそうしていると、またラジオ機器から陽気な声が聞こえてきた。


『オレッチはァ……パーを出したZE!』


 瞬間、聞いていた人物の眉が思いっきり顰められた。と、同時に部屋の扉がノックなしに開けられる。


「お疲れ様っすボス。ちょっと報告が……って、何してんすか」

「……」


 部屋に入ってきた来客者は、ラジオを聞いていた人物の顔を見て訝しげに尋ねる。だがその問いに答えることは無い。


『今日も1日ィファーイだZE!』


 妙にファンキーな締めの言葉がラジオから聞こえてくると、そのまま放送は終了した。その場を静寂が支配する。


「……チッ」

「まさかボス、例の九龍ジャンケンやってたんすか」

「……」


 ボス、と呼ばれた人物は何も答えない。しかしそれをあえてぶち壊し、来客者は再び問いかけた。先ほどから無視されていることに対し、仕返しのつもりでおまけとして、軽くにやりと笑いながら。


「もしかして……ジャンケン負けたんすかぁ?」

「燃やす」


 直後、部屋は生きた炎の海と化した。



【第14話:ブリキノダンス】



 ここは九龍市クーロン・シティ。金と力さえあれば何でもそろう街。金と力、どちらもあればこの街で権力を握ることは容易い。すべてのものが手に入り、すべてのものが叶えられる、夢のような街だ。どちらもなくても、、すべてのものを手に入れることができる。金だけがあれば、物も人も買ってしまえば良い。力だけがあれば、ありとあらゆる力を使って強引に手に入れてしまえば良い。どちらもあるというのなら、そのどちらをも使って、手に入れてしまえば良い。この街に法治というものは存在しない。すべてが手前の勝手であり、すべてが自己責任となるのだ。それ故、道徳や倫理観といったものは、この街の辞書という辞書には存在していない。薬剤、暴力、汚職、なんでもありだ。何もかもがやりたい放題、自由なこの街は、いつしかとして呼ばれるようになっていった。

 そんな治安もクソもない街には、とある4人の絶対的な権力者が存在している。雑貨屋の店主、大衆食堂の女将、賭場の支配人、街の管理局局長。彼らは圧倒的な権力を以てして、街のすべてを掌握し、支配している。ある命知らずな連中が無謀にも彼らに革命を起こさんと襲撃を企てたが、その直前で、行方はおろか、存在したという痕跡すら消されているということがあった。そのほかにも次々と彼らに歯向かおうとした者たちは、漏れなく全員が不審な終わり方を遂げている。それもこれもすべて、絶対的な権力者たちによるものと考えられている。そうしてやがて人々はその権力者4人を、敬意と恐れの意を込めて、四皇と呼ぶようになった。





「オーウなんか塔の上燃えてね?」


 街のどこかに存在しているとある店。その店の中でいつもの通り開店準備を進めていたところ、部屋にあった窓からなにやら気になるものが視界に入る。視線の先には、街で一番高い塔、市の管理局が入る九龍塔クーロン・タワーの頂上……なのだが、なぜかごうごうと炎が燃え盛っていた。通常では考えられない炎の動きをしていることから、燃やした犯人の姿がありありと理解できたらしい、店主と思しきその人物は、ため息をついて頭を乱暴に掻く。その横にまた別の人物が荷物を抱えてやってきて、店主の様子に怪訝な顔を浮かべると、その視線の先に気づいて察した表情になる。


「……あの方ですか」

「しかいねぇだろ。何やってんだあの野郎」


 いまだごうごうと収まる気配を見せずに燃え続けている塔の上を見続け、次第にそれに飽きたのかあきれたのか、店主と思しき人物は懐に入れていた煙管を取り出し煙草を入れ、それに火をつける。紫煙をくゆらせ、付き合いきれねぇとだけ吐くと、さっさと自らの仕事に戻っていった。どうやら面倒だと判断したらしい。もうひとりもこれ以上は時間の無駄だと続いて仕事に戻ることにした。

 しばらく作業をしていると、ふと急に店主と思しき人物が椅子に雑に座りながら口を開く。


「そーいやさかきィ。結局あのボロ城どうしたよ。処理全部ぶん投げたけどよ」


 さかき、と呼ばれたもうひとりは、そう問いかけられると、少し記憶をさかのぼっているかのような行動を見せた後、やがてゆっくりと答える。


「ああ、


 その返答に、質問を投げかけた主は、きょとんとした顔を浮かべたものの、その後すぐににやりと笑う。


「上出来」


 それだけ言うと今まで座っていた椅子から立ち上がり、うんと背伸びをして時間だと気づいたのか、扉の前の掛け札をひっくり返す。


「さてと。本日もヨロヅノカラクリヤ───開店と相成りまっせ」


 煙管をカン、と鳴らして灰を落とすと、雑貨屋の店主───からくりは満足げに笑った。





 九龍市クーロン・シティの存亡を賭けた、四皇同士の熾烈な戦争は、辛くも街の存続を望んだ3組によって阻止された。四皇のひとりである大衆食堂の女将、お弓が引き起こした今回の騒動は、被害の規模はそれなりに少なかったものの、やはりというべきか街自体の破滅を願った影響は大きく、そこかしこにそれの痕跡らしきものが現れていた。

 例えば、ある地区のライフラインが消え、生存率が一時期50%を切ることになっていたり、またある地区ではによって、かなり大きい穴がぽっかりと地面に開いていたり、また別の地区では、どういうわけかとある食堂の上に不気味な黒い塔が聳え立っていたりと、きりがないレベルで影響が出ているのだ。

 その影響を放っておくわけにもいかないと、流石に四皇も思ったようで、今現在九龍市クーロン・シティでは連日街の復興作業が行われている。ただ、かの忌まわしき研究者生みの親たちが彼らに施した、街と自分たちの思想のリンク機能を利用していることもあってか、街はかなり速いペースで復興が進んでいるようだ。そして、その思想リンクによる影響は当然、彼らの身体にもありありと出ているようで。


「なんか今日めっちゃくちゃ元気な気がするー」

「───♪」


 街唯一の教会で、シスター服を着た四皇のひとり、明明メイメイは満面の笑みを浮かべてくるくるとはしゃいでいた。その隣で神父服を着た、補佐である麗麗レイレイもまた、嬉しそうに楽しそうに笑顔でバク転を決めている。どうやら2人は今、この時が楽しくてしょうがないらしい。


「見てよ麗麗レイレイ! すんごい体かるいの」


 そういって明明メイメイは軽々と教会の中を飛び回って見せた。それはまるで空気のようにふわふわとしていて、見るからに危なっかしい。このまま飛び続けていたらどこかしらに体をぶつけてしまうのではないかと思うくらいだ。しかしそんなことは考えていないのか、明明メイメイは気にせずに飛び回り続ける。麗麗レイレイも一緒になって、主の隣を飛び回る。ややあって止まると、2人は目線を合わせてにっこりと笑い、お互いの身に着けていた服を脱ぎ捨てる。


「ベッド行こっか!」

「───!」


 つぎはぎだらけの体を顕わにし、2人は教会の奥のひとつの部屋に入っていく。彼らがその後部屋から出てきたのは、実に14時間後のことであった。





 所は変わり、大衆食堂紅竜房こうりゅうぼう……の、半跡地。屋根が消え、建物の半分が消えとんだこの場所で、ひとつのラジオを真剣に聞いている女がいた。その顔はいつも浮かべている笑顔で、あるコーナーを今か今かと待っているらしかった。その隣で無表情にラジオを聴く者もひとり。彼、ないしは彼女もまた、とあるコーナーを待っているようであった。


『YO! オレッチの出番だNA!』


 しばらく待っていると、突然陽気な声がかなり大きめの音量でラジオから流れてくる。それが耳に入ると、女の笑顔はさらに濃いものとなる。どうやらこの陽気な声を待っていたようだ。そわそわと体が揺れ動く。


『HEY、準備はいいNA? それじゃあ……いくZE!』


 声に合わせるように女と隣にいる人物は手を構える。


『九龍ジャンケェン……ジャンケン、PON!!』


 その時、女の手ととなりの人物の手は合致する。


『オレッチはァ……パーを出したZE!』

「あら、勝ったわ」

「……でしょうよ」


 その後、ラジオからは妙にファンキーな締めの言葉が流れ、コーナーは終了した。新しいニュースが流れるラジオの前で、女はニコニコと笑い、となりの人物に声をかける。


「ジャンケン勝ったし、お店の復旧進めよか。郁瑠かおる、よろしゅう」

「……そうですね、よろしくお願いします女将」


 四皇のひとりであり、騒動を引き起こした元凶とも呼べる女将、お弓は上機嫌でラジオを消して仕事を始める。それに続いて彼女の補佐である郁瑠かおるもまた、復旧作業を始めることにした。

 彼らがジャンケンで出していた役、それは最強技グーチョキパーであった。


 一連の騒動が終わり、しばらくした後。床に伏していたお弓の状態は日を重ねるごとに快復していき、ついには今までと変わらないくらいに動き回れるようになっていた。補佐である郁瑠かおるもまた、彼女よりかは早くそれなりに快復していたものの、少しずつ本調子に戻りつつあった。病床から抜け出した直後、ほかの四皇からは目覚めの説教よりもさらにこってりと絞られたが、それはそれとして、と置かれて特に騒動に対する処分はなかった。何分、引き起こしたきっかけとなったのが、生みの親が残した詳細なデータが乗った分厚い書類、ということもあって、いろいろとしょうがないで片づけられた。ただ余計なものを持って帰ってじっくり腰を据えて読むなとは、からくりから懇々と諭されたがそれは割愛。ちなみにその流れのあと、彼女はすっかり取り繕っていた言語をやめて、もともとの言語を隠さずにさらけ出すようになっていた。本人曰く、もう面倒くさくなってしまったらしい。

 そしていざ仕事を再開しようと店に戻ってみたものの、あれだけ暴れまわったせいで店は半分崩壊し尽くされており、へたをしたら跡形すら残っていないようにも見える有様と化していた。屋根はない、設備もボロボロ、そこら中にヒビが入りまくり。とにかくひどかったのだ。流石にこれでは仕事どころではない。そう確信したお弓はまず最初に建物自体をどうにかしようと決め、惨状の跡片付けから始めることにした。

 思想リンクも手伝ってくれているのか、片づけは割と早くに終わることができ、次なる課題は屋根の修理であった。これに関しては自分たちではどうすることもできない問題なので、専門の業者に発注をかけているのだが……


「来るんあと3日後、かあ」


 業者も騒動の飛び火を食らっているようで、首が思うように回らないらしい。流石の四皇からの依頼といえど、他の依頼を後回しにできるほど余裕はないようで、到着は早くて3日後だと言われた。つまりはそれまで屋根のない場所で暮らさざるを得ないらしい。いくら終四廃者グレイト・フィーニスといえど、屋根のない場所で生活するのはいろいろと堪えるのか、困り果てた顔でお弓は遠くを見つめる。


「どないしよ……」


 ちょうどいい答えや案を持ち合わせているはずもなく、郁瑠かおるは何も言えずに彼女の横顔を見る。しかし何かひらめいたのか、お弓は袖口から端末を取り出し、どこかへと電話を掛ける。するとすぐに相手がとったのか、お弓がしゃべり始める。


「あ、もしもし空燕コンイェン? しばらく塔に住まわしてな」

『唐突に何を言っているんだ。貴様らが店に戻って数日は経っているだろう。それまでどうやって暮らしていたんだ』

「病院のベッドで寝とったんやけど、さすがにもう無理です言うて追い出されてもうたわ」

『貴様らな』

「局長サマはウチらを見捨てへんやろ? な?」


 どうやら相手は四皇のひとり、市の管理局局長である空燕コンイェンのようだ。相手が所謂公務員であることをいいことに、お弓は圧をかけていく。対する空燕コンイェンは何やら疲れているのか、それとも別の理由があるのか、いつもより声のトーンを低くしてしゃべっている。それをお弓が見逃すわけもなく、にやりと笑って会話を続ける。


「なーぁ、空燕コンイェン。なんややらかしたな?」

『……』

「住まわしてくれる言うんなら、詳細ばら撒くんはやらんよ? やけど、ほんでも断る言うんやったら……わかるやろ」


 けらけらと笑うお弓。それに根負けしたのか電話口の相手は、長く深いため息をついて口を開く。


『……壊してくれるなよ』

「話早くて助かるわぁ! ほな荷物まとめてそっち行くわ、部屋あけときぃ」


 言いたいことを言って満足したのか、お弓は返事を待たずに電話を切る。そしてくるりと郁瑠かおるのほうを振り向けば、満面の笑みで言い放つ。


「荷物まとめて九龍塔クーロン・タワーいこか! 復旧するまでただ飯食いつくさんとな、どうせええもん食っとんのやろ公僕やし」


 瞬間、郁瑠かおるは思った。貴女のほうがよっぽど良いもの食べてますよね? と。





「あ、ども。頂上はボスが燃やしちまったんで、その下の階の部屋どぞ」

「……燃やす?」

「ジャンケンに負けたらしいっす」

「アホやのー」


 食堂の2人が九龍塔クーロン・タワーに来て、出迎えてくれたのは空燕コンイェンの補佐である雲嵐ウンランであった。しかしその表情は少しばかりうんざり、といった感情が読み取れ、かつ格好も少しぼろっとしていた。雲嵐ウンランの口から出てきた一言に、郁瑠かおるが首をひねってオウム返しのように問いかければ、ため息をついて答えを出す。その答えにただ1人、お弓はけらけらと笑って軽く罵倒する。


「まーとにかく。しばらくゆっくりしてけばいいっすよ。まだ街も完全に復興したわけじゃないすからね。色々と忙しくてあんまし手伝いとかできねっすけど」

「ええよええよ、美味いもん食い尽くせたらええねんから」

「お弓サンから聞くと洒落にならない気がするんすけど」

「洒落にならないから」

「っすよねえ……」


 2人を案内しながら雲嵐ウンランはため息をつく。そして確信する。ボスコンイェンに今会わせるのはやめておこうと。うっかり合流したら何をしでかすかわからない。


「ついたっすよ。ここっす」


 しばらく歩いていると、ひとつの大きな部屋に通される。その部屋に入るなり、お弓は手にしていたカバンからとあるもの───フライパンを引っ張り出し、にこにこしながらそれを振り回す。そして彼女は笑顔で雲嵐ウンランに向けて一言放つ。

 それは彼女にとってのお祭り、他四皇や補佐達にとっての戦争を意味する物。


「他の四皇集めて、ぱーっと軽くバトルでもしよか。武器は全員フライパンな」


 最初言われた時全く理解できなかったものの、次第に言葉が溶けていくと、雲嵐ウンランは思いっきり叫んだ。


「勘弁してくれっす!!」



 人権と尊厳以外なんでもある街、九龍市クーロン・シティ。本日は特にこれといった問題もなく回っている。薬剤、暴力、汚職、金、そして祭り。すべてがいつもと変わらず、そして絶対的な権力者である四皇たちも、いつものようにバカ騒ぎ。

 今日のイベントは、四皇全員による、仁義なきフライパンバトルだ。



9龍/四廃者達 ・ 結

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9龍/四廃者達 サニ。 @Yanatowo_Katono

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