第13話:九龍レトロ

 ここは九龍市クーロン・シティ。人権と尊厳以外、何でもある街。何をしようが、何をされようが手前の勝手。すべては自己責任の街に、絶対的権力を持った4人が君臨していた。雑貨屋の店主、大衆食堂の女将、賭場の支配人、管理局の局長。圧倒的な力と権力により街を牛耳っている彼らを、人々は恐れと敬意をこめて、四皇と呼んだ。

 その四皇に異変が起こった。あくる日、全員が全員、同じような体の不調を訴えた。それに呼応するように、街も異常なほど静まりかえったのである。いつもならそこら中でガンギマった連中が乱交パーティーを開き、路地裏では老若男女問わずの暴行が繰り広げられている。それがどこにいっても見受けられなかった。いったいこれはどうしたことかと俄かに話題となったが、その直後、突如として四皇の体調が回復したとのうわさが駆け巡り、話題はあっという間に消え去った。

 しかし、街の中心にある巨大な塔、九龍塔クーロン・タワーにて四皇の緊急会議が行われたのちに、補佐も加わってとある場所にそれぞれの武器を携えて襲撃をしたというニュースが街全体に発信された。その場所はかの四皇のうちの1人が開いている大衆食堂、紅竜房こうりゅうぼう。どうやらそこの女将と、他の四皇が何をきっかけにしたのかは知らないが、全面戦争を始めたらしい。戦争は街の住民の予想以上に激しいものとなるらしく、面白半分、怖いもの見たさでとどまる者がほとんどであった。勿論、そんな連中を気に掛けることもなく、四皇はただただ目的を達成せんと、戦争の火ぶたを切って落とす。


 すべては、このクソッタレた街クーロン・シティと、自らの存続の為に。



【第13話:九龍レトロ】



 タワーを飛び出し、たどり着いたのはお弓が待ち構える食堂。中は明りのほとんどが消されていて、まだ日が昇っている時間だというのに暗かった。そしてそこを守るように固く閉ざされていた扉を、からくりが舌打ちとともに思いっきり蹴破れば、出迎えたのはとてつもない速度で飛んできた黒い矢。この黒い矢は間違いなくお弓の矢だ、すこしだけかすめて傷がついた頬を悪態をつきながら雑に拭い、からくりは食堂に響き渡る声量で、目的の人物に声をかけた。


「オイ随分とご丁寧な出迎えじゃねーか、お弓ィ! さっさと出てこいや!」


 多少いらだちを含めてそういうと、どこからともなく笑い声が彼らの耳に入る。この笑い方は間違いなくお弓本人のもの。そう確信した彼らは、明らかに声の響きが違った場所に顔を向ける。そして次の言葉を待つまでもなく、麗麗レイレイが手にしていたアンチマテリアルライフルを構え、迷わずそこへと銃弾を放つ。しかしその銃弾はその場所へと届くより先に、また別の存在によって地面に落とされた。アンチマテリアルライフルから放たれ、叩き落された弾丸は、衝撃で床にものすごい勢いでへこみを作りヒビを走らせる。暗闇からするりと、その銃弾を叩き落した刃がゆっくり現れる。その刃はどうもかなり大きな薙刀であるようで、手にしていた人物の身丈には合わないような印象をもたらす。当の薙刀を手にしている人物は、突然の来訪者である彼らを、とてもとても複雑な顔で見つめていた。その瞳は憂いと困惑の色が入り混じっているようだ。襲撃をかけた彼らは現れたその人物に、少しの驚きと納得せざるを得ない。なぜならば───


「……やはりですか。郁瑠かおる


 そう、他ならないお弓の補佐である郁瑠かおるであったからだ。さかきからそう言われると、彼または彼女は、目を伏せてゆっくりと首を横に振った。


「……四皇のあなた方が、止めに来ると思ってました。必ず。確かにあの方がしようとしてることは、自分でも不味いことだとは承知してるよ。でも……はあの方の補佐だ。主人を裏切るようなことはしない。してはいけない。それが使命だから。だから───今ここで、貴方達を足止めします」


 瞬間、郁瑠かおるの手にしていた薙刀が麗麗レイレイの首元をめがけて飛んでくる。麗麗レイレイは間一髪その刃を避けたものの立ちなおす暇も与えられずに、次の薙刀が目元をかすめた。


郁瑠かおる! ここでやりあっても無駄っすよ! 落ち着けっす!」


 慌てて雲嵐ウンランが距離を取って、いくつかの札を辺りにばら撒く。その札はすぐさま発動し、郁瑠かおるの周りを囲うように石壁を喚び出す。完全に囲われ、ひとまず捕らえたと思ったが直後、その石壁は物の見事に薙刀によって切り刻まれていた。


「っうぇ!?」

「下がってろ」


 ぎょっとした顔を浮かべる雲嵐ウンランを押し退け、今度は空燕コンイェンが前に出る。蛇腹剣を目いっぱいに伸ばし、薙刀を目掛けてそれを飛ばす。伸ばされた刃は薙刀に見事に巻き付き、行動不能にする。そこへ間髪入れずにヂリ、と刃に炎を纏わせた。


「燃えろ」


 刹那、炎は剣を伝って薙刀を喰らい、更にそこから郁瑠かおるをも丸呑みにした。声にならな叫びが炎の中から聞こえてくる。じゅうじゅうと、肉が焼ける音も聞こえてきた。このまま終わるかと思いきや、そう上手くいくはずもない。なんと郁瑠かおるは腕を振り払うようにして、炎を一気に消し去り脱出してみせたのだ。それまで火だるまになっていた郁瑠かおるは、肩で息をしながら空燕コンイェンを睨めつける。


「ぼさっとしてんじゃねぇよ」


 その背後から音もなく、からくりがパイルバンカーの杭を郁瑠かおるめがけて打ち込んだ。強烈な音が鳴り響き、郁瑠かおるの体は見事に飛び散ってしまう。しかし流石は補佐というべきか、瞬く間に逆再生の早回しのように、体はみるみる蘇っていく。その間にも痛覚は生きているのか、その形相は歪みに歪みきっていた。


「ッギ───」


 串刺しのように杭を直接打ち込まれた衝撃と、飛び散った体の再生による痛みで、口から聞くに堪えない声が漏れ出る。背中から腹部へと杭は深く突き刺さっていて、とても痛々しい光景だ。その痛みに耐えている郁瑠かおるの表情は苦悶に満ちていて、光景の痛々しさを助長させる。

 杭を打ち込んだからくりが飛びのくと、ぬるりと音もなく、大鎌の切っ先が郁瑠かおるの首筋をとらえる。切っ先の向こうにいる人物に対し、郁瑠かおるは痛みに耐えながらも睨みつけた。


さかき……!」

「早くその杭を引き抜いたらどうです。動かねば撃たれます」


 その言葉の直後。さかき郁瑠かおるの顔面のすれすれを、いくつもの弾丸がかすめた。放たれた場所を見れば、そこには純粋な笑顔を浮かべ、ガトリングガンを構えた明明メイメイがいた。どうやら先ほどの弾丸はすべて明明メイメイが放ったものらしい。どんな状況だろうがお構いなしに、明明メイメイは何も考えず、ただただ己の快楽だけを求め暴れまわる。今回も例にもれず、そのようだ。


「いえーい!」


 再びガトリングガンは回り始める。最早敵味方問わず、そこら中を撃ちまくる明明メイメイ。けたけたと笑いながら銃弾の雨を降らせ、それによる被害は他の四皇たちにも及んだ。石壁を札で作り、自らに来る弾丸を防ぐ雲嵐ウンラン。蛇腹剣をめいっぱいに伸ばし、的確に振り回すことで弾丸をはじく空燕コンイェン。防ぐどころか、一緒になって所かまわず撃ちまくる麗麗レイレイ。必死になって弾丸の雨から逃げ回るからくり。そしてランダムに飛んでくる弾丸を時々手でつかんでポイ捨てするさかき。まさに地獄絵図とはこのこと。目の前にいるさかきが弾丸をポイ捨てしてくれているので、余計な傷を負うことなく郁瑠かおるは必死に痛みと戦うことができているのだが、いかんせんかなりしっかりと杭が撃ち込まれているために、引き抜こうとも引き抜けない状況が続いている。また引き抜こうとすると、それだけで想像を絶する痛みが体中に走り、思うように進まないのである。


「いつまでそうやっているんです」

「うる、っさい───」

「……こんなもの、思い切り引き抜いてしまえばいいのですよ。いいですか───歯を、食いしばりなさい」


 何をするつもりだ、と聞く寸前で、さかき郁瑠かおるに突き刺さった杭を、思いっきり力を込めて引き抜いた。


「─────!!」


 あまりの痛みに、形容しがたい悲鳴が郁瑠かおるの口から出てくる。その悲鳴の大きさゆえか、流石の明明メイメイですらも動きをぴたりと止める。

 杭が引き抜かれた郁瑠かおるの腹部には、ぽっかりと穴が開いていて、その穴からきれいに向こう側の景色が見えてしまっていた。その穴をさかきは少し興味深そうにしたものの、すぐにそこに手を当ててふたをする。数秒しないうちにその手を離すと、見事に穴はふさがれていた。痛みがましになったのか、郁瑠かおるは肩で息をしながらさかきを睨みつけた。


「ッ……フーッ……フーッ……」

「睨みつける余裕があるのなら、いまここで首を斬り落としてしまいますが」

「……君ってさ、ほんっとに」

「何か文句がおありで」

「ッチ……」

「まあ、首を斬り落とす前に、貴方からは山ほど聞かねばならないことがありますので。その薙刀捨て置いてくだされば───」


 ちらりと郁瑠かおるの背後を見るさかき。視線の先にはパイルバンカーの杭を再び背中へと構えたからくりが立っていた。その隣には炎を手に構えた空燕コンイェンが冷たい瞳で見下している。完全に殺す気の2人を見て、ため息をつきながら再びさかきは口を開く。


「……こちらは何も手出しをしません。貴方が知っている情報をすべて聞かせてもらいましょうか」


 その言葉に、郁瑠かおるはすべてを察して、何も言わずに手にしていた武器である薙刀を床に置いた。そして両手をあげる。降参の意を示し、素直に話してしまったほうが、まだ身の安全は保障されるだろうと踏んだらしい。その様子に待ち構えていた2人はややつまらなさそうに武器を下す。


「最初からそうしてくれりゃよかったんすよ……」

「するわけないだろ。僕は女将の補佐なんだから裏切ることはしない」

「そのってのが引っかかんだよ。どういう意味だこら」


 雲嵐ウンランがけだるそうに言うと、それにムッとしつつ郁瑠かおるは答える。それに間髪入れずに今度はからくりが問いかけた。背後からの問いかけに、若干微妙な顔を浮かべつつも、ぽつりぽつりと郁瑠かおるは話し出す。それは四皇ですら知らなかった、補佐達の真実。出てくる内容に、四皇も補佐も、なんとも苦々しい表情を浮かべた。


「まず、僕たち補佐は、四皇の代替品なんです。四皇のうちだれか1人でも行動不能な状態に陥ると、その四皇の力を僕ら補佐が受けとって、新たな四皇としてその席に座る。もちろん、受け継ぐ能力の中には、かの街との思想リンクもありました。しかしそんな代替品を人間から作れるかと言ったら話は別です。あろうことかかの連中は精子と卵子のより分けから始め、終四廃者グレイト・フィーニスの力に耐えうる器を作り出そうとしました。その器こそ、僕ら補佐、。目覚めると僕らはすぐに必要な情報を頭に詰め込まれ、補佐として機能するようにプログラムを仕組まれるんです。そしてそれが形となった時。それぞれの四皇のもとへと散らばる。勿論、自分がどういう存在であるかなどは、一切消されます。記憶を消されるのは四皇も同じ……僕ら補佐が来た時には、その時の記憶があいまいになるように弄られる。すべてはあの連中の娯楽の為だけに生み出されているんです、僕らも……」


 重々しく語る郁瑠かおるの口ぶりに、内容は虚偽ではなく真実なのだと確信を持つ四皇たち。しかしなぜそんな重大なことを今話したのかと、空燕コンイェンが問いかけた。その問いに、郁瑠かおるはうつむいて、震えながら話す。


「……女将の部屋で、たまたま見つけた書類をすべて読みました。ちょうど女将がこの前楽しそうに部屋で踊ってたので、気になって入ったら分厚い書類が足元に投げられてたんですよ。あの人、僕が入ったのも気づかないで踊ってたので、その書類を持ち帰って、すべて読みました。終四廃者グレイト・フィーニス計画のことも、僕ら補佐のことも。どうも女将がどこかしらか持ち帰ったものらしいんですけど。全部知ったうえで、麗麗レイレイを迎え入れたり、さかきくんと話したり、女将と話したり……結構大変でしたよ、何も知らないふりをするのって。だとしてもすべてを知っても、僕は女将を裏切らない。僕は女将についていくと決めました。それが僕の───意思だ」


 四皇たちを睨みつけながら、言葉を強くして郁瑠かおるは言った。そこで彼らは思った。これは絶対に折れることはしない、何が何でもお弓とともに終わらせるのだと。だが、強く言ったのにも関わらず、郁瑠かおるの手指はかすかにふるえていた。心なしか、瞳も少し揺らいでいるのも分かった。その様子の郁瑠かおるに、今度は雲嵐ウンランが問いかけた。


「ンな風に言ってるっすけど。ほんとはどうなんすか? もっと考えてることあんでしょ? 素直にゲロってスッキリしたらどーすか」


 郁瑠かおるは何も答えない。ただじっとうつむくのみ。そこをさらにからくりが追撃する。


「さっさと答えたほうが身のためだぜ。オラ吐け、んで寝ろ。疲れてんだろテメェ」


 その言葉に観念したのか、ようやく郁瑠かおるは口を開いた。


「……本当は、僕だって女将を止めたかった。けど、滅びを女将が求めているのなら、僕は従う。だけど。こんな形で女将を、この街を終わらせたくはない。今までの女将は本当に楽しそうだった。心の底から、この街の日常を楽しんでた。だから───」


 郁瑠かおるはがばっと顔をあげる。その瞳には、薄く涙が張っている。


「絶対に、女将あのひとを止めてください」





 最後の一言を聞いたのち、郁瑠かおるを強制的に眠らせると、彼らは部屋の中でもさらに暗闇が深い場所へ顔を向ける。そこから感じ取れるのは強い強い。明らかにこちらをすべて殺さんという気配がびりびりと伝わってくる。何も言わずに明明メイメイがガトリングガンを構え、けたたましい音とともに弾丸をいくつも放つ。しかし弾丸はかすかな笑い声とともに、そのほとんどが黒い矢に貫かれて失速する。直後、一層深い暗闇から、本来の目的である彼女が現れる。黒い弓を構えたまま、いつもの笑顔で彼らの前についに現れた彼女は、静かにふふふと笑っている。まるで来ることを待ち望んでいたかのように、遊び相手を待っていたかのように、無垢に笑っている。しかしその笑顔は、今この状況では恐怖の対象にしかなりえなかった。その笑顔を抹消面から見た補佐達は、思わず動きを止める。だが、四皇たちはその程度ではひるまなかった。


「ねーぇ、唐突過ぎないお弓ぃ? いきなり街ごと滅ぼそうとかさー」


 のんきに語尾を伸ばしながら、明明メイメイは問うた。それに対し、お弓はただただ静かに笑うのみ。何も答えない。まるでその笑顔が答えだと言わんばかりに、ずっと笑い続けている。静かに、静かに。

 そんな調子の彼女にしびれを切らしたのか、今度は空燕コンイェンが口を開く。


「貴様がしたかったのは、本当にこれか」


 変わらずお弓は答えない。静かに笑うだけ。空燕コンイェンは圧を強くしてもう一度問う。


「答えろ───終四廃者グレイト・フィーニス、お弓」


 そういわれると、お弓の顔からすっと笑いが消えた。代わりに出てきたのは、虚無のようななんとも形容しがたい表情であった。


「……せやで、の答え以外要らんやろ。ウチはそれしか求めとらん。ええ加減終わらせな、延々とド外道共に搾取されるだけやし。ほならもう終わらせたろ思うたんよ。この街が消えりゃ、ウチらも消えるんや。街あってのウチら、ウチらあっての街や。もうええやろ。あんなクソに付きうてられんわ。……ほんでもって、ウチの邪魔するんなら───」


 ふぅ、と一息つくお弓。直後、頭上に数えきれないほどの黒い矢が、お弓以外の四皇たちにその矢じりを向けて音もなく現れる。

 す、とお弓の目が開く。


「────街消える前に、無様に死んどきや」


 その言葉とともに、たくさんの黒い矢が彼ら目がけて豪雨のように降ってくる。とっさにからくりの顔のジッパーが開き、いくらか黒い矢をそれでかみ砕く。


「ッチ」


 ボリボリと黒い矢をジッパーで食らいつつ、舌打ちをしてお弓を睨みつけるからくり。対しお弓は楽しそうに笑うだけ。


「何や余裕そやなぁ。増やしたろか」


 瞬間唐突に黒い矢の量が倍に増えて降ってくる。だがその直前でそうなることを察知していた雲嵐ウンランが、札を大量にばらまいて石壁で自分たちを覆い、大量の矢を防ぐ。しかしそれにも限界はある。多少なりとも石壁でしばらく防げはしたものの、途中で石壁にぴき、とひびが入り始める。


「っ、やばいっす、あと少ししかもたねっす!」

「任せろ、すべて燃やす」


 力を振り絞り、雲嵐ウンランがぎりぎりまで耐えてはいたものの、やはり限界が来る。あと少しで石壁が崩壊するというところで、空燕コンイェンが石壁のひびから己が炎を出す。矢をすべて燃やし尽くすつもりらしい。


「すべて燃え尽きろ」


 まるで呪文のように空燕コンイェンがつぶやけば、一気に石壁は崩壊して、降ってくる矢を余すことなく炎が燃やし尽くす。矢はもう降ることはない。炎をその手に宿したまま、空燕コンイェンはお弓を睨みつける。しかしその睨みは全く彼女にはきいておらず、少し驚きはしたものの、けらけらと笑うのみであった。そしてわざとらしく拍手を送る。


「やっぱ局長サマはお強いこって。ま、言うて序盤も序盤やし、こいで終わりやないんやけど」

「独り言大会してんじゃねーよ」


 けらけらと笑いながら煽る彼女に、今度はからくりがパイルバンカーで直接殴りかかった。しかし軽々とかわされ、振り下ろしたパイルバンカーは無様に床を殴りつけた。衝撃でたたきつけられた地面にクレーターが出来上がる。


「ッチ、逃げてんじゃねーよ」

「後ろから襲われたらそら誰でも逃げるやろ」

「そこじゃー!」

「ああんもうしつっこいわぁ!」


 ひらりとかわしたお弓を、悪態付きながら睨みつけるからくり。対しお弓は至極まっとうな意見だと言わんばかりにさらりと返す。刹那、武器をガトリングガンから二丁銃に戻した明明メイメイが明確に狙いを定めて弾丸を放つ。しかしそれも苛立ちつつひらりとお弓はかわしてみせた。そして弓を構え、3本の矢を間髪入れずに放った。だが、それをまとめてさかきが大鎌で刈り取って見せる。


「こういう芸当もできますので。あまり舐めないほうがよろしいかと」

「うるさいわぁ、黙っててくれん?」

「貴女が黙ればよいのでは?」


 その隙に空燕コンイェンが蛇腹剣をめいっぱいに伸ばし、お弓の体を縛り付ける。そして炎をまとわせ、刃ごとお弓を火に食らわせた。だがさすがは終四廃者グレイト・フィーニスといったところか、すぐに炎は消え去ってしまう。火だるまの中にいたお弓は、けろっとした顔で彼らを見つめる。が、武器を再度構える隙も与えずに、雲嵐ウンランが真正面から彼女の腹に向けて、思いっきり回し蹴りを食らわせた。まるでボールのように飛んでいくお弓。壁にたたきつけられ、ずるりと力なく地面に座り込む。


「っ痛ァ……」

「休んでる場合かァ?」


 と、そこへ逃すまいとからくりがもう一発、腹めがけて杭を打ち込んだ。まるで磔のように壁に縫い付けられるお弓。


「な……ッかなか、ええの持っとるやんけ……ッ」

「はァ? 今までさんざん見てきて何言ってんだ。つーか手ェ抜いてんだろ」

「……ふ、ふふ、ふふふ。そー、やな……せやで。アンタら相手に……今の、状態で、ガチでやるわけ……ないやろ……こっからや」


 ふいににやりと笑うと、お弓は目も口もこれでもかとかっ開き、黒い液体のような何かがどろり、どろりと流れ出す。それらは地面に落ちていく度、じゅうじゅうと焼ける音を立て消えて行く。しかし落ちていく量が増えれば増えるほど、消えていくことはなくなり、次第に別のものへと変化していく。そしてその形が鮮明なものになると、突如としてお弓は妙な言葉を連ね始める。


『 ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ るるいえ うが=なぐる ふたぐん 』


 言葉を終えた瞬間、彼女の姿は異形の者に成り果てていく。短く切りそろえられていた黒い髪は、地面につくほど長く、そして不気味なほどに美しい黒髪に。いつもしゃんと伸びていた背筋は、まるで老婆のように折れ曲がり、その姿はまるで。顔つきもとてつもなく歪んでしまっていて、本当に同一人物か疑いたくなるほどの変わりようであった。周りには黒いなにかでできあがった、タコ足のようなものが幾つも気味の悪い動きを披露している。


『繧?▲縺ア豌励↓蜈・繧峨s繧上= 陦玲カ医☆蜑阪↓豁サ繧薙←縺阪<』


 お弓だったものから発せられる声や言葉は、この世のものとは思えない、非常に耳障りな音の集合体。しかしその音の集合体が、自然と理解できてしまう自分たちの耳や脳が、さらに気持ち悪いと感じる。だが彼らはその理由を何よりも理解わかっている。当然のことだ、なぜなら彼らは───終四廃者グレイト・フィーニスなのだから。


「……そちらがその気ならば。我々もそうしようか」

「はァ。結局こうなんのかよ」

「むぅ……に体かすの嫌なんだけどぉ! でもしょうがないんだよねー……」


 ちらりと彼らは補佐達のほうに視線をやる。その意図を理解できた彼らは、おとなしく眠っている郁瑠かおるを引きずって、被害の比較的少なさそうな場所へと退避する。そして目を閉じた。今から行われる出来事は、彼らにとっても知ってしまえば、正気ではいられなくなることだから。


『 ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ くとぅぐあ 』


『 いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい あい はすたあ 』


『 にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! 』


 それは異形の神を喚ぶ呪文。ひとりはかつて抉られた左目を封じていた眼帯を外し、ひとりは心臓部に埋め込まれたジッパーを開き、ひとりは身に着けていた服をすべて脱ぎ捨てる。

 あらわとなった左目には果てることのない炎が宿り、開かれたジッパーからはぶわりととてつもない風が吹き荒れ、全裸となったつぎはぎだらけの体はばらばらとなる。そのばらばらとなった体だったものからは、土砂崩れのように土と思しきものが大量にあふれ出て、やがては食堂を飲み込み、ついにはを作り出す。

 体から生み出された新しい土地には、かの九龍塔クーロン・タワーより高く、はるかに高く、黒い黒い塔が物言わずに聳え立っている。その頂上には、かつて四皇として君臨していた彼らの見慣れた姿はなく、異形の神になり果てた何者か達がにらみ合っている。その姿はまるで神話に記されている一文を、そのまま現実に持ってきたかのように悍ましく、そしてひどく美しさを覚える光景だった。

 消えることはない炎に包まれた球体の集合体のような何か、何かローブのような布切れをまとった極めて形容しがたい出で立ちの者、宇宙のような顔が煌々と輝く真っ黒い人型。それらの視線と思しきものはすべて、目の前に存在している異形の者に向けられていた。


『髱「蛟偵↑縺薙→縺励d縺後▲縺ヲ』

『縺輔▲縺輔→邨ゅo繧峨○繧医≧』

『繧ゅ≧濶ッ縺?h縺ュ蟋九a縺ヲ』


 彼らにしか通じない言語のようなものが響き渡ると、会話らしきものに満足したのか、真っ先に睨みつけている先の異形の者───旧支配者お弓が動き出す。かの者を囲っている黒いタコ足のようなものが、彼らを叩きつぶすように振りかかってくる。しかしいとも簡単にそれはすべて回避される。と、思いきや回避した先を読んでそこへさらにタコ足は振りかかる。それがどこかしらに当たったのか、この世の物とは思えない音が響く。


『逞帙>縺ェ縺薙?驥朱ヮ?』


 そう発した名状しがたき者からくりは風を集めてカッター状にすると、それらを至る所に生えているタコ足たちに向かって放つ。見事に抵抗する暇もなく、タコ足たちは無残に切り刻まれていく。風でできたカッターはタコ足を切り刻むだけでは足りなかったのか、そのまま旧支配者お弓をも切り刻もうと暴れまわる。が、むなしく風は旧支配者お弓が腕を振り回し霧散する。舌打ちのような音が響くと、今度は生ける炎コンイェンが自らの炎を最大限まで引き出し、出来上がった巨大な黒い火球を旧支配者お弓に向けて投げつける。火球はその者を遠慮なく食らい尽くす。そして空にそれは昇り、まるで黒く染まった太陽のように輝く。中からは何もかもを焼き尽くす音が聞こえてきて、それとともに焼かれているであろう旧支配者お弓の悲鳴らしき音の集合体が聞こえてくる。と、そこへ笑い声のような音を響かせながら這いよる混沌メイメイが空間を切り裂き、その裂け目の先にある煌々と星々が光り輝く別の場所へと、黒い太陽を半ば強引に放り込む。投げ込んだ後はその裂け目を縫合し、もはや脅威は過ぎ去った、ように思えたのだが、流石にそう簡単にいくわけもない。しばらくしないうちに、縫合したはずの空間はメキメキ、ベリベリといやな音を立てながら引き裂かれていく。その隙間から真っ黒い巨大な手が現れ、裂け目を一気にミシン目を破くかの如く引き裂いた。そこからのぞいてきた旧支配者お弓の顔らしきものは、さらに歪んでしまっていて、もはや原型など一つも残ってはいなかった。


『谿句ソオ縺ァ縺励◆縺』


 伸びてきた腕と思しきものが、這いよる混沌メイメイをがっちりとつかみ、そのまま思いっきり裂け目の先の空間へと放り投げる。その様子を見てケタケタと笑う素振りを見せる旧支配者お弓。その間も隙を見せることなく、腕のようなものは伸び続け、生ける炎コンイェン名状しがたき者からくりを捕らえる。だが生ける炎コンイェンは自らの炎でその腕を焼き尽くし、名状しがたき者からくりは風の刃を作り出して切り刻み脱出する。勿論その後に這いよる混沌メイメイを救出するのも忘れない。旧支配者お弓はそうはさせまいと裂け目を閉じようとするが、自らが大きくしてしまった裂け目を閉じるのは時間がかかるようで、あっけなく簡単に救出されてしまう。


『縺雁燕邨先ァ矩ヲャ鮖ソ縺?繧』

『繧?°縺セ縺励o』


 瞬間、旧支配者お弓の顔らしき場所を、が掠めた。全く予想だにしていない攻撃に、かの者たちは動きを止める。そしてその弾丸が放たれた場所───黒い塔の遥か下層を一斉に見ると、そこにはたった一人の補佐ドール。それはいつものように不気味な笑みを浮かべ、べぇ、と舌を出す。アンチマテリアルライフルを構え、心底愉しそうにかの者たちを見つめている。


「───♪」


 人語とはまた違う、まったく異なる言葉を発すると、今度はその背後から突然石壁がものすごい勢いで頂上まで伸びてくる。瞬間、石壁によって押し上げられたある人物が大鎌を構え、隙を見逃さずに旧支配者お弓の首を


「……今、こうなってしまった以上。私にできることは、せいぜい怯ませることくらいですが」


 お願いします。それだけ言うと、石壁とともに予期せぬ乱入者は下層へと下って行った。怯ませる、その言葉通りに旧支配者お弓は突然首元を攻撃されたおかげで、聞くに堪えない悲鳴を上げて痛みのあまりに体勢を崩した。閉ざそうとしていた裂け目はその影響でまた開かれ、そこからずるりと全身が塔の頂上に墜ちる。無残にたたきつけられ、身動きが取れない旧支配者お弓に、チャンスとばかりに畳みかけようとするが、真っ先に動いたのは名状しがたき者からくりだった。


『縺雁燕縺ョ螟「迚ゥ隱槭b縺薙%縺セ縺ァ縺?』


 その場に存在している風という風を集め、ひとつの杭を作り出す。狙うはただ一つ。かの者の核となる心臓部のみ。


縺翫d縺吶∩お や す み



 一言ともに杭は打ち込まれ、黒い塔とともに新たな土地は塵芥と化し、消え去った。





「おーい、いつまで寝てんだ。起きろ」


 どこかもわからぬ場所で、耳に聞きなれた声が響く。どうやら自分自身に向けて話しかけているらしい。面倒くさいと思いつつも、ゆっくりと視界を開ける。ぼんやりとだが目の前の光景が映し出され、完全に開けると、3人の知り合いが表情豊かにのぞき込んでいるのが分かった。


「……」


 声を出そうとするも、かすれて形にならない。おまけに体も言うことを聞かないようで、うまくジェスチャーすらも取れない。その様子に気づいているのか、最初から知っていたのか、のぞき込んでいたひとりが口を開く。


「随分おっそいお目覚めだな。ったく感謝しろよ。トドメ刺した後ここまでテメェ連れてくんのに一苦労したんだぜ」

「治療も結構時間かかったもんね」

「とにかくだ。テメェには酷かもしれねぇが、言いたいことは山ほどあんだこっちは。一方的に吐かせろや」


 そう言うと頭をガシガシとかいて、ちらりと隣にいた眼帯をした人物───空燕コンイェンを見やる。まずはお前が言え。まるでそう言いたげな視線を投げつけられたのが分かったのか、ため息をついて空燕コンイェンは口を開く。


「貴様は先走りすぎた。先走りすぎた故に本来使わずとも済んだあの姿を使わざるを得なかった。そしてその結果がこれだ。このザマだ。街と心中するつもりならば、我々を先に殺してからにしろ。大馬鹿者が」


 それだけ言うと、次はお前だとシスター服を着た人物───明明メイメイの頭をノックするように小突く。


「んー、なんて言うかあ。楽しけりゃそれでいいんじゃない? 別に街消しても楽しくないじゃーん。だって楽しいこと出来ないんだもん。そんだったらあ、あの人たちぶち殺した方がよぉっぽど楽しいと思うよぉ? ねーからくり!」


 顔をぱっと明るくさせて話を振ると、ケッと悪態つきながらも、からくりと呼ばれた人物が話し始める。


「そー言うこった。二度と面倒なこと引き起こすんじゃねえぞ。事後処理にどんだけ時間かかんのかテメェいくらでも知ってんだろ。仮にも四皇なんだからよ」


 アホンダラ。そう言って手にしていた煙管で床に伏している彼女───お弓の額をぺしりと叩く。少し煩わしそうな表情を浮かべるも、はあ、と彼女はため息をついたのみ。分かりましたよ、と言いたげな顔に変わった。


「さてと。コイツの目が覚めた事だし。さっさとアイツらを全員処分しとかねーとな」


 話を終えて満足したのか、からくり煙管で自らの手をぺちりと叩き、改めてというように話題を変えた。彼らが目下の問題としているのは、どうやら自らの生みの親たちについてであるようだ。

 今回の騒動がどういう結末に転がろうとも、連中の思い描いているエンターテイメントになってしまうのは嫌という程理解出来た。実際お弓を今いる場所に連れていくときでさえ、どこから聞きつけたのかは知らないが、狂喜に満ちた電話がひっきりなしにかかってきたらしい。その度に無言で切ったり、もしくは着信拒否をしたりと対策はしたのだが、あらゆる手段を使ってでも彼らと連絡を取ろうとしてきている。尚、現在彼らがいる場所はありとあらゆる電波が届かない、遮断された場所であるのである程度は静かだが。

 しかしそれもいつまで続くか分からない。なればこそ、さっさとその問題にカタをつけてしまおう。それがお弓が眠っている間に出された結論であった。


「そだねえ。でもさあうちらで殺しにいってもさー、それはそれであの人たちの本望ってことにならない? 多分すんごい喜んで死ぬと思うよお」

「そこだ明明メイメイ。こっちから手を出したらどんな死に方でも奴らの喜びになっちまう。その部分がどうにかならんかとは思ってんだが」

「であれば、適任がいるだろう」


 少し眉を顰めて明明メイメイがそう言えば、舌打ちをしながらからくりが答える。だが、流れを切るかのように空燕コンイェンが口を開く。


「適任? どこのどい───……ああ、いたわな」

「というより、あの者達しか居ないだろう」

「んえ? ……ああ! 確かにぃ」


 からくりが訝しげに返事をするが、直ぐにその答えは見つかったようで、納得したように指を弾く。それと同じように明明メイメイも同じ答えにたどり着き、ぱちんと満足気に手を叩いて笑う。当然、床に伏して何も話せないが、お弓も彼らと同じ考えが脳内に浮かんでいた。

 空燕コンイェンは懐からひとつの端末を取り出し、騒動の事後処理のためにここにはいないに向けて、極めて淡々とメッセージを送る。


「───四皇補佐であるさかき雲嵐ウンラン麗麗レイレイ、そして郁瑠かおるに通達する」


 ひとつ呼吸を置いて、空燕コンイェンは命令を下す。



イカレキチガイ共自らの創造主達を────殺害しろ」





 未だに崩れることなく存在する旧九龍城。その中に存在する研究施設では、今日も今日とて謎の実験が繰り広げられていた。その中心となっているのは、外道にも等しい、研究者とは名ばかりの鬼畜共。彼らの今の話題は、九龍市クーロン・シティで起こった、存亡をかけた戦争であった。彼らにとってみれば、望んでいたビッグイベント。最高のエンターテイメント。それが実際に行われたというのであれば、盛り上がらないわけが無い。興奮気味に彼らは新たな研究にのめり込んでいた。


「漸く悲願が叶った!」

「これだよ、これが見たかったんだ!」

「それぞれが造りあげた終四廃者グレイト・フィーニス達が、あんなにも素晴らしい戦いを繰り広げてくれるなんてね、ああ本当に嬉しい」

「これこそ研究者冥利に尽きるな」

「しかしまだ終わらん。あの街と我々の終廃者グレイト・フィーニス達のゆく果てを見届けるまでは、迂闊に死ねん」

「もし彼らが死んだとしても、万が一のドールは正常に動いているようだし、安心して見届けられるわね」

「素晴らしい、素晴らしいビッグイベントだった!」


 そうして盛り上がっていると、突如として研究室の扉が開かれる。興奮のあまり、そちらに思いっきり顔を向けると、そこには彼らが先程まで話題にしていた終四廃者グレイト・フィーニスのうちの2人、からくり空燕コンイェン。思ってもなかった来客に、飛びかかるように彼らは近づく。しかし2人はそれをひらりと交しつつ、己の武器であるパイルバンカーと蛇腹剣を構えた。


「もしや我々を殺す気かな? いいとも、本望だとも! 手塩にかけた作品に殺されるのなら、喜んで受け入れよう!」


 狂喜に満ちた声でそう叫ぶが、2人はにやりと笑って口を開く。


「だぁーれが殺すっつったよバァァーカ」

「確かに殺すつもりでは来ているが、殺すのは我々ではない」


 その瞬間、天井から石壁が降りてきて、思いっきりひとりの別の研究者を押し潰した。ぐちゃっという聞くに絶えない音が鳴り、そのまま念入りに石壁はそれをすり潰す。


「───え」

「何よそ見してんすかクソ野郎」


 驚きのあまりその光景から目を離せないでいると、突然後頭部に思い切りのいい蹴りが入り、状況把握が出来ぬうちに新たな石壁によってぐちゃっと押しつぶされた。


「上出来だ、雲嵐ウンラン

「別のとこで褒めて欲しかったっすね……ま、いいすけど」


 予想もしていなかった人物によっての殺害現場に、残りの研究者達は呆然と立ち尽くすのみ。どうやら全く目の前の光景に理解が追いついていないらしい。

 と、そこへ間髪入れずに、ひとつの弾丸が別の研究者の頭へと命中する。その弾は見事に脳幹を貫き、撃たれた研究者は力なくその場に倒れる。そしてその隣にいた伴侶と思しき人物に向けても、またひとつの弾丸が眉間を貫いた。弾丸が飛んできた場所を見れば、そこには少し派手な男物のチャイナドレスを着た、男か女かもわからぬ出で立ちの人物が、アンチマテリアルライフルを構えている。そこから手を離し、煽るかのようにピースをして笑顔で舌を出していた。


「全く、戦闘に関してはずぶの素人で助かりましたよ」


 さらに静かな声が響いたと思えば、次の瞬間には研究者2人の首が綺麗に刈り取られていた。大鎌に乗せられた生首2つを、武器の主である人物は顔を歪めて、まるで汚らしい虫を払うかのように地面に落とした。

 最後に残ったのは、かつて自らの娘を旅館に預けたすてた研究者の夫婦。唯一同じ研究者であった息子、つまりは娘の兄は、とうの昔に何が原因かは知らないが、城を出ていて消息不明になっているらしい。

 その2人の首筋に、背後から薙刀がピタリと当てられる。本来、ひとつの薙刀が当てることの出来る首筋は1人。しかし何故か今、薙刀は明確にふたつの首筋にピタリと当てられている。それはどういうことか。


「……武器はひとつとは限らないんですよ」


 背後にいる人物が、2からである。それも、切り落としやすいように、右の薙刀で左にいる人物を、左の薙刀で右にいる人物を明確に捉えている。


「聞きたいこととか、やり返したいことは、確かに沢山あります。山ほどあります。四皇である主人達に命令されて、ここにいます。けども僕らは、その命令を今まで下された命令より快く受けました。かつて主人達が受けた仕打ちが許せない。何よりも、許せない。四皇の言葉を絶対とする補佐だから───僕らだから、アンタ達が憎くて、憎くて、憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて!! ここに居るんですよ!!」



 直後、2本の薙刀によって、空中に2つの生首が舞った。





「お疲れ」


 どしゃっとその場に膝をつく郁瑠かおるに、からくりが労いの言葉をかける。とてつもない疲労感が郁瑠かおるを襲う。しかしそれを上回りそうなほどの達成感。それはどんなものよりも甘美なものへとじわじわ変わっていく。


「いや壮観だな。この景色見せてやりてえよ」

「写真でも撮っておけ。雲嵐ウンラン

「任してくださいっす」


 血や内蔵、脳漿などが飛び散って見るに堪えない光景が広がっている研究室だったものをぐるりと見回して、笑いながらからくりが言った。それに言外に同意しつつ、懐からカメラのようなものを取り出すと、雲嵐ウンランにそれを手渡した。


「何はともあれ、目下の問題はこれで解決しましたね」

「───♪」

「あとはまあ、街の方か。あの戦いで少なからず被害っつーか、半分消え飛んでるっぽいけどな……」

「それは追追やって行けばいいだろう。3分の2が消し飛んだ時ですら、速いペースで復興したのだから、容易いだろう」

「そーだな。んじゃ帰るとするか。どーせこの城も後でぶっ壊すんだし」


 その一言で、その場は解散となる。しかし未だにその場に座り込んで立てない人物が1人。立とうとしても、足が言うことを聞かないらしい。がくがくと震えている。その様子に気づいたのか、からくりが声をかけた。


「立てねえのか」

「……はい」

「……肩貸してやるから、おら体重こっちに預けろ」


 薙刀はさかきにでも持たせておけ。そう言うとからくりは未だに立てずにいる郁瑠かおるの腕を自らの肩に回し、無理やり立たせる。ふらつきながらも少しずつ動き出し、凄惨な殺害現場となった研究室を後にした。勿論、2本の薙刀は言った通り、さかきに預けて。



 彼らにとっての新たな門出は、もうすぐそこに。



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