第12話:不可思議な力
全ての物にひとしく、人権と尊厳の一切がない腐りきった肥溜めのような街、
そしてその街で、絶対的な権力を持つ、4人の支配者たちが君臨していた。何でもある雑貨屋の店主、大衆食堂の女将、唯一の教会のシスターであり賭場の支配人、
さて、そんな四皇のうちの1人である大衆食堂の女将、お弓は今とある考えで頭の中が埋め尽くされていた。寝ても覚めてもそのことばかりが思い浮かぶ。どうにかこうにか、無理やり出口までもっていこうと、頭を整理してみるものの、やはりというべきか失敗に終わる。これでは仕事もままならない。
彼女がここまで頭を抱えている問題。それは、自らの死についてだった。
【第12話:不可思議な力】
事の始まりはかの研究者である自らの両親たちにあった直後のこと。体力と精神をただただ使い果たしまともに動く気力もなかったために、四皇らは翌日を急遽休暇日として定めた。その休暇日において、お弓は珍しく自室の机の上に突っ伏して朝のうちのほとんどを過ごしていた。休暇日なのだから動かないのが正解なのだが、どうあがいてもやらなければならない日常生活のタスクの、すべてのことが手につかない。それもこれも全てはあの前日の出来事からきている。ぐるぐる、ぐるぐると頭の中が思い出したくもない過去の記憶でいっぱいになっていた。
その様子の彼女を心配するかのように、補佐である
「女将、無事ですか」
「……そういいたいのだけど、無事じゃないわ」
「でしょうね……お茶淹れてきましょうか」
「ついでにお菓子もよろしくね」
「わかりました」
それだけ言うと、
「全く……思い出したくもないもの思い出しちゃったわ」
ちらりと手元にあった書類を見やる。そこには前日こっそりとってきた、
「……直接聞きに行こう言うたウチも大概やったな」
深くため息をついて、また机に突っ伏す。気が抜けたせいか、思わずもとの口調が出てきてしまう。普段はそれが出ないように意識はしているものの、今のように気を張る必要性がないときや、気が抜けてしまった時などは、するりともとの口調に戻ってしまう癖があるらしい。もっとも、本人は全くの無意識なのだが。
あの時の自分はどうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。確かに考えても無駄だから、直接聞きに行ってスッキリした方がいいだろうと思っていた。だがしかし現実はどうだ、禄でもない理由を聞かされた上に、あえて干渉しなかった実の親が、最後の最後で阿呆のような言動をこれ見よがしにしてきた。かつ、そこらへんに適当に放り投げられていた重要書類をくすねてみれば、中に記載されていたのは頭痛をひどくさせるような、バカみたいな内容。今ならば言えるが、本当にあの時の自分はバカだ。先のことをわかっていれば、予測できていればこんなことにはならなかっただろう。彼女は後悔していた。
「女将。お茶とお菓子を持ってきました」
「はぁいありがとう」
「待機してるんで、お茶とお菓子のお替りご希望の時は、ベルでよんでくださいよ。それ以外にもお茶菓子は用意してありますから」
「……おおきに」
しばらくしないうちに、
「あら、茶柱」
◇
緑茶とお茶菓子を届けた
「
実のところ四皇の補佐たちは皆、使えている主人が何者なのか、よくわかっていない。否、知ったとしてもあまり意味をなさないだろう、と捉えていた。彼らにとって四皇とは、絶対的に従うべき存在。たとえ破滅を願ったとしても、自分たちの死を命令しても、それに従うのが補佐の役目なのだ。補佐として助力はするが、口答えは一切しない。彼らが是と言ったら補佐たちの答えも是であるし、その反対に彼らが否と言ったら当然補佐たちも否と答える。それが四皇の補佐に課された役割。
しかし最近、補佐の中でも
気が付いた時にはもう彼女の補佐として動いていた。その前の記憶は不自然なほどに、ないのだ。記憶を失ってしまったのか、或いは故意的に消されたのか。はたまた別の理由があるのか。今まではそれを考えることすらなかったのだが、ここ最近の四皇の動きなどを見ていると、疑問に思わざるを得なくなってきていた。こんなことを考えるなど、補佐失格だろうか。補佐の中でも、自分だけなのだろうか。
「……頭、どうにかなりそうだ」
彼、ないしは彼女が抱えてしまった問題の答えを知るときは、果たして来るのだろうか。
◇
「ふう……やっと落ち着いたかしらね」
緑茶も茶菓子も空になったのを見て、お弓はうんと背伸びをする。さてすっきりしたことだし、もう一度あの重要書類でも見てみようかと手に取る。先ほどまで見ていたページは飛ばし、まだ目にしていなかった箇所から読み始める。
「えーと……何々『思想のリンク』について……」
思想リンク。それは彼女にとって、薄々気が付いていたものではあった。ただ確固たる証拠がなかったために、いまいち信じきれなかったものではある。しかしこうして事細かに説明を読んでいると、疑いようもなく不思議と脳内でカチカチとパズルがはまっていく。だからというべきか、やはりというべきか、この街はいまのいままで存在できていたのだと納得した。
四皇が思うとき、それは街の意思となる。その逆もしかり。だから四皇が休みを求めれば街は静まり返り、騒動を望めば街は途端に地獄絵図を見せつける。逆に街が休息を求めれば四皇は一気に体調を崩し、祭りを望めば四皇主導でけったいな宴が各地で開かれる。
「せやからあん時もすーぐ復興しおったんやな……」
彼女のいうあの時とは、かの休暇日を定めるに至った、大乱闘事件のことである。まだ四皇という立場が明確にされていなかった頃のこと、たまたま出くわして乱闘を始めた当時の4人をきっかけとして、最終的に街全体を巻き込んでほぼほぼを消滅させた事件。あの状況からよくもまあしぶとく復興できたもんだ。前ならばそんな話を酒の肴にして盛り上がったものだが、ちゃんとした理由を見ると、腑に落ちる。あれは復興するということが決まっていたから、復興したのだと。成程、と彼女は思う。
同時に、その騒ぎに乗じて、四皇と街の思想がリンクするように仕掛けを施されていたことも新たに分かった。どうやら元々彼女らにつけられていた機能ではなく、また単なる思い付きによって後付けされたものらしかった。しかも彼女らが意識していないうちに、いつの間にか施されていたことがわかり、みしり、と手にしていた紙束が変形する。
「……余計なことしかせぇへんな」
あんの腐れ外道共が。軽く舌打ちをすると、さらに次のページへめくる。そこに現れたのは、思想リンクとは別物のページであった。表紙に踊っていたのは、『万が一のアナザープロテクトシステム:ドール計画』の文字。聞いたこともない単語が目に入りこみ、首をかしげる。
「あなざーぷろてくと……しすてむ……どーる? なんや?」
訳も分からず、次のページを開く。するとそこには、彼女でさえも驚愕する事実が記されていた。
「……『万が一、
アナザーシステム:ドール計画。それは彼ら四皇が何らかの事由によって、生命機能などを停止した時に、街が存続できるように、身代わりの人形を創る計画である。誰か1人でも死亡するなどして四皇の席が空いてしまえば、4人の思想とリンクしているこの街はなりたたくなってしまう。彼らがいてこその
「っちゅうことはアレか? もしウチらの誰かおっ
と、そこまではまあよかったのだが。その次に記されていた文字列を見て、お弓はあっけにとられることになる。
「『ドールは普段、
瞬間、お弓の脳裏によぎったのは彼女の補佐である
「あの子、食堂開いた直後にいつの間にか補佐として来てたけど、つまりそういうこと? ……いえ、余計な推測はやめましょう。もっと頭が痛くなるわ……」
はぁ、とため息をつく。ここに記されている通りならば、
「……もうため息しかでぇへんな。つか、例えば今ここでウチが死んでも、あの外道らにゃエンターテイメントにしか映らんのやろな」
そうして冒頭に至る、というわけだ。ここまできっちりと用意をされていると、逆に腹立たしくなってくる。が、それはそれとして、自分にはまともな死に方など初めから用意されていなかったのだなとも思う。どうなろうが結局は外道である生みの親たちの脳内シミュレートのうちの一つでしかない。つまりは何をしようが、連中にいい餌を与えるだけ。彼女は机に突っ伏した。
「……そういえばあの思想リンクって、4人全員が一致しないと発動しないのかしら」
ふとお弓は思想リンクについて思い出す。四皇の意思は街の意思、街の意思は四皇の意思とは書いてあったが、思想リンクの発動条件については何一つ書かれていなかった。ただ四皇の意思、と記載があったのだから、全員がそう思わない限りは発動しなさそうだ。とはそこで思ったものの、彼女の頭の中には別の考えも浮かんでいた。
「誰かしら1人でも、強く強く、より強く『そうあれ』と願ったら……」
ほかの四皇の意思をはるかに凌駕する強い意思を、たった1人が持ってしまったら。街はそう動くのではないか。他をかき消すほどの強い意思であれば、それは四皇の意思として街は捉えるのではないか。
「……ふふ、ふふふふふふ」
その答えにたどり着いたとき。お弓は不気味な笑い声を漏らす。そして彼女はさらに思いつく。あの腐れ外道を潰し、かつ自分という存在も含め、何もかもを終わらせることができる、
「ああ、そういうことね、そういうことだったのね。ふふふふふふ、さっきまで後悔していたのがバカみたぁい。会いに行ってよかったじゃない。こんなにもすばらしいものを知ることができたんだもの。ふふふふふふ。この街ごと、終わらせてしまえば。私も安心してまともに死ぬことができるし、代わりを置かれる心配もない。何よりあの屑共に一泡吹かせてやれる───脳内シミュレートにはなかったでしょ?」
それはまるで無垢な少女のように、可憐な笑みを浮かべていた。しかしそんな可憐な笑みも長くは続かない。すぐに不気味な笑みへと変貌する。三日月のように釣り上げた口からは黒い液体のようなものが流れ出て、細められていた目は大きく開かれ、ぞっとするほどの真っ暗闇があらわになる。
「そう、そうね。終わらせましょう。あの外道共の思い通りになるなんてもうまっぴらごめんだもの。ふふふふふ、もうすぐ、もうすぐアレから自由になれるのね。ふふふふふふ!」
その日、
たったひとりの、無垢な女の強い願いによって。
終
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