後編

「なんでそう思ったか教えて貰って良い?」

「お? いや、なんかはっきりしねえんだけど、空の方から怪異の核が見える気がすんだよ」

「そうなの?」

「まて、見るな。気付いてると分かったら何してくるかわかんねえぞ」


 流音が怪異の核を発見するスコープを取り出そうとするも、水卜はその手を抑えて小さな声で忠告を入れた。


「あ、だから下手に動かない方がって」

「そういうこった」

「あのくらいなら食べちゃうけど……」

「それも下手な動きだからダメだ」

「えー」


 困り眉をして納得がいかない様子のユウリだが、水卜からの指示なので不承不承といった様子で我慢した。


「たまに不思議な話するわよねあなたたち。ユウリさん出しっぱなしだし」

「さてな」

「しらなーい」


 ややあって。


 辰美の元に集まった情報によると、インフラはきっちり動いているものの通信だけが固定電話すら不通であること、霧の外に出ようとするといつの間にか戻ってきていること、

 加えて教員や事務官のいる棟や、怪異・半怪異系の生徒がいる特別捜査官過程の棟も霧に包まれていて行けない、という状態だった。


「なるほど。状況を鑑みるに、これは抜き打ちテストだろう。1~3年生だけで解除できるかを試しているんだ」


 辰美はそれを総括して、そんなどこまでも楽観的な答えを導き出した。


 不安に駆られていた生徒達は、安心感を得られる辰美の説に疑う事もなくすがりついて賛同する。


「そんな簡単に決めつけちまっていいのか?」


 だが、その『因習村』で見た様な光景に、水卜は無駄だと分かっていてもそう疑問を呈した。


「何が言いたい?」

「何って、そりゃ本当にそうなら良いけどよ、訓練に非ずでガチの襲撃とかだったらどうすんだって思っただけだ」

「おい! いくら気に食わないからと言って、不安を煽るものじゃないだろ!」

「足を引っ張るのが分かっていて言い訳してるだけなんだろ。この腰抜け」

「辰美さんの判断が間違ってる訳ないじゃん!」

「そんなにブルッてるならお前らだけ0点とってろ」

「あーあ、可愛そうに。これで出世街道から外れるかも」


 案の定、水卜の意見は聞かれもされず、彼女に非難と侮蔑の声が方々から押し寄せる。


「おう。じゃあ腰抜けは腰抜けらしく、シェルターで毛布ひっかぶって震えさせてもらうぜ」


 ショックを受けた様子でも無く、案の定か、という口振りでそう言って、水卜はユウリに近くの建物地下にある耐魔シェルターに向かうように言う。


「あいさー」


 顔が完全に怒っていたユウリは、罵詈雑言を投げかけた生徒達にべーっと舌を出してからきびすを返して歩き始めた。


「じゃ、私も0点かもしれない方に行かせて貰うわ」

「待ちたまえ。古豪・宇佐美家の顔に泥を塗る事は無いだろう。君もエリートなら冷静に判断するべきだと思うが?」


 ユウリ同様、不愉快そうな顔をしていた流音は、辰美がそう言って止めようとしてくると、


「あんた達みたいなのと一緒にされるよりは、よっぽど綺麗きれいな泥だからお構いなく」


 眉間にしわを寄せてばっちい物を見る目で言い返し、流音は水卜に駆け寄って並んだ。


「……。まあいい、まずはいくつかの班を――」


 哀れそうな目を3人に向けた辰美は、残った生徒達へとあるかも分からないテストを朗々と指揮していく。


 3人が建物の中に入ったのと同じタイミングで、上空にいる怪異が組織的な行動を察知して、水卜とユウリなら見えていた、白い部分が赤く巨大な眼がギョロリと開いた。


「あ、動き出したねー」

「本当に試験用の雑魚だと良いけどな」

「通り過ぎたわよ。ここを降りたらシェルターだから」

「お、サンキュ」


 その増幅された妖力を感じてユウリが上を見ていたため、シェルターへ降りる小階段の前を通過してしまって流音に呼び止められた。


 階段口から先は結界になっていて、ユウリ程の格の怪異でなければ発見すらもできない様になっている。


 その中に入ったタイミングで、眼が知的生命体のサーチとスキャンを開始した。


 更にスキャンをされた事で、全員に怪異の妖力で作られた不可視不接触のピンが立てられ、外にいる人間は全員入る事が出来なくなってしまった。


 そして、最初は気が付かないうちにジワジワと死者が増えていく、阿鼻叫喚のデスゲームが3人を除いて始まった。


「溶ける! 溶ける! 助けてええええッ」

「ぐげええええッ」

「食べないで食べないでいやああああッ」


 スライム状の怪異に溶かされたり、天井から垂れる蔓状の怪異に吊り上げられたり、地面から顔を出した怪物にシュレッダーの様に食べられたり、


「え、なんで頭が無――」

「こんなの、絶対テストじゃないよおおおお」

「これは夢だ……、悪い夢だ……。夢――」


 むごたらしく死んでいく様に精神が耐えきれなくなり、その魂を吸い取られて息絶えるなど、凄まじい勢いでほどんどの生徒が殺されていった。


 一方、シェルターへ入った3人はそんな地上の地獄を後目しりめに、


「せっかくだし、勉強でもしない?」

「こんな時にか。肝据わってんな」

「違うわ。不安だからいつも通りにやりたいだけよ」

「まあ俺も早く追いつきたいしな」

「テーブルと椅子とお菓子とかあればいいー?」

「おう頼む」

「おまかせー。よいしょ」

「キャンプのヤツまで入るの……?」

「え。割と何でも。非常用トイレもあるよー」

「それはまだ要らねえから」

「そーおー?」


 その殺風景な空間で非常時とは思えない和やかさの勉強会を始めていた。


「結界切開!」

「突入!」


 悲鳴が聞こえなくなった頃、結界をチェーンソー型の機材で切り開き、『怪取局』機動隊が学校の結界内に突入してきた。


 構内のそこら中に惨殺死体が転がっていて、その弔い合戦とばかりに、機動隊は生徒を襲った怪異たちをあっという間に駆除していった。


 生徒がいくつか駆除していたが、十数人単位を犠牲にしてやっと1体、という割合でしかなかった。


 その最中、結界を張っていた怪異が駆除されて奇妙な濃霧が全て消え去った。


 大講堂屋上でそれを駆除したのは辰美で、避難しなかった3人以外の生徒は彼1人以外全員死亡していた。


「やっぱりテストだったんですね! 僕以外は不合格になってしまったようです。いやあ残念なことです」


 機動隊を見て安堵あんどのため息を吐いた辰美は、やりきった表情で隊員にそうアピールする。


「君は何を言っているんだい? 訓練にあらず、だよ」

「へ……?」

「いくら素養があっても、技能もなにも身についていない君たちに、そんな危険なことはさせないよ。そもそも『ピースメーカー』をまだ支給していないしね」

「えっ……」

「つまり君は、訓練と勘違いしてここまで大勢の被害を招いたわけだ」

「嫌だなあ。みんな自由意志でやったことですよ」

「うん。話は局で聞かせてもらうよ。斉藤さいとう、担架と耐魔輸送キットもってこい」


 精神汚染の恐れがある、と感じた機動隊員はそう言うと彼を担架に乗せて固定し、『怪取局』病院へと搬送していった。


「生きててくれよ……」


 一縷いちるの望みにかけて、機動隊員達が構内のあちこちにある耐魔シェルターを捜索してまわっていると、


「うわあ。機動隊がいるってこた、ガチで襲撃だったか……」


 怪異の気配が消えたことを受けて外に出てきた水卜達と遭遇した。


「避難してて良かったねー」

「勘もバカにならねえもんだな」

「そ、そうね……」


 半分辰美の言う事を信じかけていた流音は、ムカついて付いていかなかった事に、その辺でしなびて死んでいる短気な男子生徒を見て心底安堵していた。



                    *



「――ってことがあったじゃない? 今考えても本当に肝が冷えるわ」

「なことあったっけ?」

「あったの! よく忘れてるわねアンタ……」

「あったよー」

「お前が覚えてんのは珍しいな」

「だって、美味しいの食べ損ねちゃったしー」


 そんなとんでもない思い出話をしながら、水卜とユウリと流音は『怪取局』の覆面パトカーで、とあるアパートの一室に対する張り込みを深夜にやっていた。

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『怪取局』捜査官育成校襲撃事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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