『怪取局』捜査官育成校襲撃事件
赤魂緋鯉
前編
「はよっすー」
「おはー」
「……」
講義室へユウリに抱えられながら入ってきた
「おはよう。時間ギリギリじゃないの」
その除かれた1人である少女・
「えーっと、誰かの姪か。寝過ぎちまってな」
「なー」
「宇佐美か流音のどっちかで良いから名前で呼んでくれない?」
「あー、すまん。なんか忘れるんだよな」
「ひなっちー、この人誰だっけ」
「ええ……。冗談でも
「コイツの場合マジだぞ」
「より酷いじゃないの……」
流音はそんな適当な2人からの言われように、呆れている渋い顔でそう言った。
ちなみに彼女の叔母は『
彼女達がいるのは、とある山深いエリアにひっそりと建つ、正式名称・怪異犯罪取締局捜査官育成校、という小さな街ほどの規模がある秘密施設だ。
そこは、暴走すれば危険な結果を招く力を正しく制御し、捜査官の基本技能である逮捕・封印・
『因習村』から保護された水卜は、彼女自身の能力とユウリの規格外の力から、現場はすぐにでも欲しがったが、捜査1課長がそれを
「
「あー、それは問題ねえ。ユウリ、
「はいよー」
ユウリは腹部の辺りを黒いもやにして、そこからやや厚手の教科書を取りだした。
「へえ、便利な身体ね……」
「だろ?」
「はい。ひなっち朝ご飯」
「サンキュ」
「食べ物も入るの?」
「おう」
「暖かいものはそのまま出てくるよー」
「本当便利ね……」
続いて、ユウリはラップに包まれたおにぎりとお茶を取りだし、ホカホカのそれを水卜へ包みを剥がしてから渡した。
「相変わらずちょうどいい炊き加減じゃねーの」
「えっへへ、良かったー。あ、ほっぺについてるよー」
「おう、あんがと」
たらこ味のおにぎりを食べた水卜の頬についた、ご飯粒ユウリがとるなどしていると、
「ほう。その能力、捜査官には勿体ないなぁ。捜査の道は僕たちエリートに任せて、キミタチは事務官でも目指した方が良いんじゃないかな?」
段々畑状に座席と机がある講義室の中央辺りにいる、ブレザー姿の男子生徒から嘲笑混じりの言葉が飛んできた。
その周囲にいる、いかにも実家が太そうな男女十数人も、それに同調するように冷笑する。
あちこちに固まるグループも、それに合わせて失笑を漏らすなどして同調する。
水卜達の同期は退魔師の家系でもエリートが多く、40人中31人という割合になっている。
「なあルイ、そういや先生来んの遅くね?」
「流音ね。別にいつも時間ちょうどにいる訳じゃないから」
「ふーん。そんなもんか」
しかし、水卜はそこに彼らがいないかのように、机の上にノートを広げる流音と会話を交わす。
「おい。
「エリートの話を聞かないとか何様のつもりだ?」
「というか目障りだから別で受けて貰えない?」
「空気が悪くなる」
その
「お? なんか良さげなボールペンじゃねえの」
「強そうだねー」
「でしょ? 通販サイト漁ってたら偶然見付けちゃって」
「ふーん」
しかし、3人は変わらず涼しい顔で、そのしょうもない
「おいっ――」
短気な男子生徒がすっくと立ち上がって険しく吠えたところで、
「ちょっと来てくれ! 外の様子がおかしいんだ!」
講義室に血相を変えた上級生が駆け込んできてそう叫んだ。
「おかしいとは?」
「見て貰った方が早い」
先程水卜達を嘲笑した辰美と呼ばれた生徒が訊き返すも、上級生はそう言って手招きして出て行く。
「仕方が無い。全員着いてきてくれ」
辰美はいかにもリーダーといった様子でほかの生徒達へ呼びかけると、水卜達以外の全員が立ち上がって、外へと歩き出した彼に続いて行く。
「私も気になるから見てくる」
「ひなっちはどうするのー?」
「あー。まあ一応見に行くか」
「りょーかい」
カルガモのように着いていく同期生へ奇異の目を向ける3人も、ひとまず確かめておこうと講義室から外に出る。
「そういえばなんでお姫様抱っこ移動なの?」
「ずっと歩けるだけの筋力が戻ってなくてな」
「ちょっとなら大丈夫なんだけどねー」
「……大変ね」
あんまり話したくなさそうな水卜を見て、流音はそう言うに留めて護符を胸元に貼り付けた。
「別に大して困ってねえけどな。お、なんだそりゃ」
「これで3回まで怪異の攻撃を防げるの」
「ふーん」
「あなたもいる?」
「いや、ユウリがいるから要らねえ」
「使役霊型怪異なんだっけ」
「そういうことになってるー」
「なってる?」
「まあみたいなもんだからな」
「みたいなもんだよー」
「……よく分からないけど、要らないならいいわ」
察しの良い流音は、あんまり掘り返したら駄目だと感じて納得することにした。
3人が外に出ると、敷地外がぐるりと奇妙な紫色の濃霧に包まれていて、実習に出ていて不在の4・5年生以外の生徒が広場のあちこちに固まって佇んでいた。
「携帯は?」
「通じない」
「通信符も使えない……」
「無線も入らないね」
全員が一様にその不可解な状態に不安げな色を滲ませていた。
「冷静になりましょう、皆さん」
その様子に、やれやれ、といった様子でため息を吐いた辰美は、わざわざ拡声の符を使ってそう呼びかけると自信満々にその中心へと歩いて行った。
「なんだあのお偉サンみたいなの」
「辰美家って退魔師界では重鎮なのよ。ほら、
「知らね」
「だれー?」
「……まあ、これから関わり合いになったりするから覚えておくといいわ」
「おうサンキュ」
「うえーい」
霧を抜けられるのかなど、もっと詳細な情報を集めるように指示を出している、辰美を横目に3人はゆるく会話を繰り広げる。
「おい。お前らも辰美さんの言う通り確認作業をしろ」
ゾロゾロと散り始めたところで、先程の短気な男子生徒がかなり横柄な態度で3人へ言う。
「へいへい。でもよ、下手に動かねえ方がいいんじゃねえの?」
「なにっ辰美さんの判断が間違っているとでも――」
「はいはい合ってる合ってる。この辺やるからどっか行けやかましい」
「あっちいけーい」
一応忠告をした水卜だが、瞬間湯沸かし器の様に逆上して面倒くさいと感じ、彼女は野良猫を追っ払うように手を振った。
短気な男子生徒は渋い顔をして、敷地の外周の方へと向かって行った。
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