諸葛孔明の麻婆豆腐

@Moonisland

諸葛孔明の麻婆豆腐

 転生して、俺は内政チートおじさんになった。

 脳内にはリアルタイムで領内の地図と内政の充実度、兵力に将軍たちの配置が一瞬で浮かび上がる。もう勝利者だ。俺はこの能力でこの国の内政を取り仕切り、外征をしたがる軍部を押しとどめれば、この国をもっとと豊かな国にできるだろう。

天に与えられた能力で、この辺境でスローライフを送ってやる。

 俺の目的は、ただそれだけだった。

 しかし俺には計算違いがあった「という訳で、併合して日の短い国内南部の民はまだ我々に馴れていません。ここは彼らを国の一部とするのを優先して」「なるほど、お前のいうことは尤もだ」俺には2人の上司がいた

 一人は副宰相である我が直属の上司、こいつの時点で何故か俺以上の天然チートである「しかし、我が国と敵国の国力差は激しい。さらに南蛮の貧しい土地を鎮撫したとして、それが国力の足しになるのは数百年は先ではないのか?」

 そして「費禕のいうことには一定の理がありますが、我々の目的が先帝の望む、中原に覇を競うことを忘れてはなりません」上司の内政チートが言うので、俺……費禕としては頭を垂れるしかない。

「北伐はこの国が成り立つための理由の一つ。もし天下に覇を競わないなら、この国は早晩に瓦解します」

 天下の内政チート、諸葛孔明に言われては、たかが転生内政チートの俺としては、口を閉じるしかなかった。

「費禕も北伐には同行してもらきます」

「しかし、私は文官にて、丞相のごとき軍師の才もなく」

「いいのです。多くのものたちの欲望が入り混じる戦場は、あなたにとって得るものが多いでしょう」

 こうして俺は北伐に同行することになった「おい、費禕」「はい」「あのイケスカネエ野郎、どうにかならないか?」「はい」「おい、費禕」「はい」「あの単細胞は何故将軍の地位にあるのだ?」「それは先帝の抜擢にて」この阿呆らしい内輪揉めの仲裁役としてだ。

 そもそも、国力の乏しい蜀が北伐をするのは阿呆らしいのに、その上で内輪揉めしてるのは更に阿呆らしい。俺は心を無にしながら、二人……楊儀と魏延の内輪揉めの相手をしていたが……割とどうにもならなかった。

 ある晩「宴を設けましょう」丞相の言葉で、俺たちは車座に集まった。「我ら成都を離れて久しい。成都の料理にて皆の心を安らげたい」諸葛孔明がそういって場に出してきたのはマグマのようにぐつぐつ唸り、剣呑な山椒の香りを放つ「成都名物、麻婆豆腐」麻婆豆腐であった。唐辛子がツヤツヤとしていた。

 馬鹿な……唐辛子が西暦230年代の蜀にあるわけがない……「おお!これは懐かしい!」「流石は丞相!」「坦々麺もありますよ」そんな……さらに唐辛子が山と積まれた坦々麺に、食べ慣れた食い物を啜るように食する魏延「なんだ……これは……」

俺が内政チート転生者のハズ……俺が内政チート転生者のハズなのに……なぜ……「どうしたのですか、費禕?」「丞相、これは?」「何を不審に思うのですか、唐辛子は、私が入蜀の時に巴蜀の地に取り入れた作物ではないですか」丞相はそういって涼しげに笑った。

 敵わない。

 俺はそう思わざるを得なかった。

 こいつが俺と同様に異世界転生してきた人間なのか、それともそんな凡人から隔絶した天才なのか、分からない。

 しかし、こいつは確かに俺とは役者が違いすぎる。

 世界が自分のことを容易く忘れても、この男は、末長く世界に語り継がれるであろう。

 おれは異世界転生内政チートおじさんという自分の寄って立つ全てが崩れ落ちるのを感じ取りながら、ただ丞相の坦々麺と麻婆豆腐を賞味するしかなかった。

 辛く、香ばしく、涙が止まらなかった。


 それから二十余年。

 費禕は諸葛孔明の死後、蜀の軍事と内政を統括することになる。

 費禕の生涯は「いかに辺境の蜀を豊かにするか」に注がれ、外征を考えること少なく、国内の融和と発展のみを企図した人生であった。

 しかし、253年、漢寿での正月の宴席にて、強かに酔った処を魏の降将である郭循に刺殺され、敬侯と諡された。宴席で出された料理は味噌味の効いた麻婆茄子であったという。

 費禕の死後、その役職を引き継いだ董允は「費禕は遊び歩いているようで、これだけの仕事をこなしていた。私の才覚は遠く及ばない」と嘆息したという。青椒肉絲を食べながら……

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