あの日願った幸せを、もう一度

茉莉花

おめでとう

「……言えないことの一つや二つあるでしょ、誰にだって。」


 ––あの日から、七年。私たちはあの後コンクールを終え、二度の四季を経て、別々の大学へと進学した。

 咲は結局あの時付き合っていた彼とは別れてしまったけれど、またすぐに彼氏ができていた。モテる女は、違う。

 そして、今日。一生に一度、かどうかはわからないけど、多分一度の、大切な日。


 課題、レポート、そして卒業論文に追われる多忙な日々を終えてから三年と少しが経った頃、突然携帯の液晶画面に懐かしい名前が浮かび上がってきた。

 ……いや、懐かしいなんて嘘だ。だって私の携帯の待ち受け画面は、理系の国立大学へ進学した彼女に「実習が始まると忙しくなるから」と言われて遊んだ日に撮影した写真だったから。

 と、話がだいぶ逸れてしまった。浮かび上がった名前は、『咲』だった。

 突然の連絡に驚きながらもすぐさま電話に出ると、今度こそ本当に懐かしい声が鼓膜を揺らした。

「もしもし、聖良であってる、よね……?」

 少しだけ不安そうな、咲の声。緩む頬を引き締めながら、精一杯笑いを堪えて声を出す。

「あの……すみません、どなたですか?」

「えっ、えと、その……えっ?」

 本気で狼狽える咲。電話口の向こうで手をパタパタして周りをキョロキョロと見回す姿が容易に想像できて、我慢が限界を迎える。

「あははっ、ごめんごめん。合ってるよ、咲。久しぶりだね。どうしたの?」

「んもうっ!! びっくりしたぁ。あのねあのねっ、ビッグニュース! 実は私、結婚することになったの!!」

 ……え?

 一瞬、耳を疑った。結婚? 結婚って言った? 本当に?

 冗談かと思った。でも、私は咲が嘘をつかないのを知っている。そっか、私たちもそんな歳か……。

「えと…聖良?」

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと突然過ぎてびっくりしてたっていうか」

「そっか、話すの久しぶりだもんね! 実はちょっと前からその話は出てたの。なかなかタイミング掴めなくて言えてなかったんだけど、ちゃんと決まったら一番に報告したかったんだよ」

 ……嬉し過ぎた。これだからこの子は。大学でもたくさんの友人ができただろうに、私を一番にしてくれてるのか。ううん、そんなことよりも、もっともっと嬉しい。

 あの日の願いが、しっかり身を結んでくれた。咲がこれから歩むであろう幸せな人生が、嬉しくて嬉しくてたまらない。

 じわじわと押し寄せてきた喜びが、涙に変わって頬を伝い落ちる。

「おめでとう、咲!! ほんと、ほんとによかったよ……。どうか幸せに。幸せになってね。」

「ちょっと、何で泣いてるの!? ねえやめてよ、私まで泣きそうになってきたじゃん……! って、そうじゃないの。そのことについて何だけど、聖良にお願いがあって」

「ん?」

「あのね。友人代表スピーチ、してほしい」

 二度目の衝撃。まじか。そんな大事な場面でスピーチなんてしたことない……。

「えっと、そんな大役私でいいの?」

「私がいいの。だめ?」

「だめ、じゃない」

 うん、ダメじゃない。ダメなわけない。嬉しすぎる。

 と、そうこうしているうちにあっという間に今日になって。

 咲みたいに明るい、青い空。柔らかい風。そして、白いドレスとタキシード。光を反射する白銀の指輪をしっかりと嵌めた二人が、こちらに歩み寄ってくる。

「咲、すごく綺麗。本当に、本当におめでとう」

「ありがとう、聖良」

 顔をぐしゃぐしゃに濡らす涙と同じくらいキラキラと輝くティアラを髪に飾って、少しだけ顔を赤らめた咲は、本当に世界で一番綺麗だと思った。隣で並ぶ旦那さん––高校時代の同級生の蓮くん––も、涙を浮かべながらもしゃんと背筋を伸ばして、かっこよかった。本当にお似合いだと思う。

「さっきのスピーチも、ありがとね。」

「うん。本心からの言葉だよ」

 私たちは、卒業式以来のハグをした。



 緊張で震える手。嫌な汗が額から流れ落ちる。一つ深呼吸をしてから、私は話し始めた。


 ……みなさん、こんにちは。はじめましての方は、はじめまして。ご紹介に預かりました通り、本日、新婦である咲様の友人代表スピーチを務めさせていただく、聖良と申します。このような場に立つのは初めてですので、至らない点も多々あるとは思いますが、何卒ご容赦くださいませ。

 改めて、咲、蓮くん、改めてご結婚おめでとう。二人なら、きっと幸せな家庭を築いていけます。

 

 滑り出しは好調だ。よし、このまま。


 咲。あなたは完璧すぎます。お勉強もできて、優しくって、強くて、でも寂しがりやで。こんなに可愛い奥さんと毎日一緒にいられるなんて、蓮くんが羨ましい限りです。

 そんな咲の唯一の欠点も、やっぱり完璧すぎるところ。完璧すぎる故に、予想の斜め上の発言が、狙ってるのか天然なのかわからない。

 受験直前、不安になって涙ぐんでいた私に、咲なんて言ったか覚えてる? 私は覚えてる。

「ねえ、そんなことより、アイス食べない?」

 唖然。そんなこと!!? 一生を決めるかもしれない進路を、そんなことで片付けちゃうの!? っていうかこんな寒いのにアイス!?

 もう、ツッコミどころがあり過ぎて、どこから突っ込んでいいものやら。

 でも、そのおかげでちゃんと落ち着いて試験を受けられた。本当に、感謝しています。改めて、ありがとう。

 さて、小中高と大嫌いだった校長のスピーチの二の舞を踏まないよう、そろそろ終わらせたいなと思います。

 友人代表として、ここで、咲にひとつだけ、忘れないで欲しいものを伝えます。

 それはね、私のこと。なんて、言いたいところだけど、冗談です。正直、私のことは忘れられちゃっても、ちょっと寂しいけれど、でも構わないの。

 あなたに忘れないで欲しいこと、それは、「なにがあっても貴方は貴方でしかない」ってこと。

 きっとこの先、うまく行かないこと、辛いこと、苦しいこと、たくさんあると思う。でもね、貴方は貴方のままでいいの。逃げたかったら、逃げてもいいの。それでも無くしたくないもののために全力を尽くして欲しい。

 咲は器用で何でもできちゃうけど、だからこそ何でも引き受けちゃう節がある。「できない」ということを過剰に嫌がる節がある。

 でも、貴方の人生なの。どうか、どうか、貴方らしく生きて欲しい。貴方が最期に楽しかったと笑えるような、素敵な人生を歩んで欲しいです。

 私は、失恋して二人でアイスを頬張ったあの日からずっと、貴方の幸せをだれよりも願っています。どうか、どうか、幸せで。それが、私の一番の願いです。

 お集まりの皆々様方、私の戯言に耳を傾けてくださり、誠にありがとうございました。お二人の明るい未来を願って、友人代表挨拶とさせていただきます。

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あの日願った幸せを、もう一度 茉莉花 @mtrk_o0

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