4.ほとんどのヒロインは著者の性癖である

 

 ――――帝都『スクリー・ヴェレス』。


 人類種が保有する領地で最も商業が盛んであり、最大の国。

 その中でも特別活気あるのは、赤白調のレンガでできた城下町の中層地区。

 表通りから裏路地までのほとんどが余すことなく、店や露天商売で賑わう様を見れば、その活気は語らずとも伝わることだろう。


 特に、観光の名所としても名高く。

 街を闊歩かっぽしているのは、人類種から始まり。

 異世界お馴染み精霊種エルフ竜人種リザードマンなど――更には天使種アンゲルから悪魔種イビルスまで千差万別。

 その観光の足は、血管のように街中を流れる美しく大きな水路ですら。

 クルーズ船が多く横断しているほど、人気ひとけのない場所を探す方が難しい。



 そんな表通りから少し外れて。

 比較的落ち着きがあり、地面の老朽化も他と比べれば差ほど無い。

 それでも人は多い方である。そんな路地の、光差し込む少し薄暗い広場で。


「もーうダメ。動けん」


 そう言って、右顎にフックでも食らったのかと思わせる足取りでベンチに倒れ込んだ青年。

 たかが迷い猫一匹と侮ったが不覚だったと。

 何でも屋――こと『傭兵』をしながら生計を立てる彼は。

 腰に提げた『木刀』が邪魔で、力なくその辺の地面に投げて。

 汗の滲んだ衣類を乾かすように、そよ風に当たっていた。


「チキショー、今日も飯抜きかー……」


 左腕を日傘にしながら、何となしに、にごった視線を向けた空。

 轟音を立てる大きな影が通りかかり、それは風を巻き上げ。

 建物と建物の間を繋ぐように彩る布の屋根や、洗濯物のかかった物干しロープを激しく揺らして過ぎ去る。


「いつ見ても慣れねぇなァ……この空は」


 青年は異世界に生きている。

 映画館のフィルム越しか。あるいはキャンパスに描かれた幻想アートでも見たような感想ではあるが。それは正真正銘、現実だった。

 人類最期の日なのではないかと思わせる。そんな迫る勢いで大気圏に張り付いた、今にも落ちてきそうな巨大な惑星群。

 その周囲を彩るのは、水と油のような様で共存する空色と侵食する宇宙の色。

 建物で形作られたキャンパスが。彼が今、理解の外側に居ることを毎秒戒めるようにそこにある。


 そんな広大な空を飛び交う影の正体。羽ばたく事を知らない、無骨な翼を貼り付けた船――『飛空挺ひくうてい』は。

 車のように形、大きさ、デザインは様々だが、共通してパイプや関節からスチームパンクな音を立てながら。

 忙しなく物資や遠方の地から訪れた客人を運んでいた。


 この異世界の住民にとってそれは、空が青いとの同じこと。

 物珍しく見上げるものでもなければ、ただの日常風景でしか無いのだが。


「……これから、どーしたもんかねぇ」


 異世界たらしめる光景を眺めながら、何かにふける青年。

 不規則に整列した二番目に居る赤っぽい惑星が何となく好きで、自然と視線はそれを目で追っていた。

 だが、それを遮るようにして。再び視界に影は落ちる。


「おやおやおや。どうしたんですかー? まるで死んだ魚の目をしながら地上に引きずり出されたモグラみたいなカッコして」


 風の代わりに流れてきたのは甘いく柔らかな匂い。それは飛空挺ではない。

 アリの巣を興味半ばで覗き込むように、少女の顔がずずいと。

 アンバーカラーのボブショートは、片側からおさげを垂らして。

 随分と馴れ馴れしい彼女は、青年が身体を起こせば、顔同士がぶつかり合うほど近くまで身を寄せてくる。


「……」

「いえ、良いです。皆まで言わないでください。分かっていますとも」


 変な小芝居をしながら、青年の呆れ顔にも気にとめず。

 気さくでダウナー調な声音は勝手に話を進める。


「おおかた、"シルちゃん"辺りに家賃稼いでくるまで帰ってくるなとお尻を蹴られたと言ったとこでしょう。"センパイ"がお外にいる理由なんてそんなトコです」

「……」

「むっ。可愛いかわいい美少女が話しかけているのに無視とは……」


 自身を美少女と自称する彼女は、茶色とオレンジが混ざった琥珀色の瞳を入れこんだジト目をデフォルトに置き。

 自称するだけあって、現実味のない顔。それは表情を持たずして、しかしどこか愛嬌のある雰囲気をかもす。

 そんな、青年の事を『センパイ』と呼ぶ人物。

 彼にとってその呼び名は――、面倒事の襲来だった……


 正直のところ、かなり気が滅入っているので無視をしたいのは山々だが。

 それはそれで、「おーい」とか「聞こえてますかー」とか「やーい末代童貞」とかうるさいので。そろそろ折れてやるほうが得策だろう。

 ――――いや最後なんて言ったコノヤロウ。


「……はぁ、なンの用だ。『アヤ・コーハイド』」


 諦めたようにため息をついてから、青年が彼女の名前を言ってやると。

 嬉しそうに、口元だけにっと笑った美少女――アヤ・コーハイドはぴょんと。

 腰からチャラチャラと、引っ提げた工具が打ち合う音を立てながら、茶色のロングブーツをコツコツ鳴らし。近づけていた顔と一緒に体を引いた。


「はいっ。貴方の頼れる後輩、アヤ・コーハイドちゃんですとも」


 ベルトポーチのかかった腰に手を当てながら、ジト目と三角口で無気力に。

 目元にピースを添えポーズをとった彼女は、油汚れの付いた、へそ出しの白い半袖シャツを揺らした。


「ふふん。今日はお仕事モードの私ですよー? いつ見てもすーぱー可愛いでしょう。うりうり」


 シャツの胸元を引っ張り、それなりに実った女の武器をアピールすると。

 腰のラインをなぞった細い指は。際どいショートパンツを辛うじて健全たらしめる黒のスパッツに、指を通して布ズレを直す。

 黒のハイソックスが、そんな弾かれたスパッツに当たり弾ける肉付きのいい太ももをふっくらと強調して。

 衣類のあちこちにある留め具の大きめのベルトをパツパツと、更に整えるように指で弾いた。

 自信満々に自分の身体のあれこれを晒し自慢するように。


「どうです。今なら褒めて後輩ちゃんポイントを稼ぐチャンスですよ」


 初のお色気シーンが終わったところで……だが悲しいかな。

 華やかな異世界とてと、どうも目が肥えるようで。


「おう、カワイイぞ。例えるならゴブリンの盗品蔵の輝きだな」

「ふふん、そうでしょ――あれ、それ褒めてるの?」

「ああ、そりゃもう大絶賛」


 いつもの事だなと、息を鼻から逃がしつつ、手を力なく揺らした青年は適当に流していた。


「んで、なンの用だよ」


 倒れ込んだ身体をようやく起こし。

 これ迄の一連の流れを無視するように、無理やり話の軌道を戻すと。

 コーハイドはちょっと不服そうに、腰ベルトに付いたスパナを手に取って指先で回転させたりして遊ばせ始める。


「さっきも言いましたけど、お仕事です。偶然センパイを見かけたものですから。からかってやろうという後輩の可愛いおちゃめです」

「どこの世界に色仕掛けでからかってくる美少女がいるんだよ。夢を見るのもいい加減にしろよ? ――――俺」

「センパイこれ現実。幻覚と暗示するほど私と会いたくなかったの?」


「はははー」と棒読み気味で笑う、ちょっぴり寂しいコーハイド。

 だがこの程度では折れないのが彼女の性分。

 何なら、センパイから珍しく美少女と言われただけでも大収穫であった。


「それよか。モグラなんだか死んだ魚なんだか分からない悲しき生き物のセンパイは、お仕事サボって何してるんだい?」


 よいしょと、青年の隣に腰かけるコーハイド。

 隣の芝から目をそらすように、青年は近場の魚市場を見て。


「死んだ魚は死んでるんだが」

「鮮度最悪ですねー」

「おかげさまでな」


 売れ残ったように、いっそう腐らせた目で青年は皮肉を返すと。


「つーか誰がサボタージュだ。さっきまで金に食らいつく勢いで働いてたっつーの。ただ、その……ちょっと変な邪魔が入っただけだ」


 衛兵に追われるわで散々だと続けて、倦怠感を示した表情は重い息を吐いた。


「あははー。まあ中層にいる時点で、そんな気はしてました」

「全く、身分不詳の怪しいヤツに優しくねぇ世界だことで……」


 城下町である下層、中層、上層。そして最上区画にある『ヴェレス城』。

 これらは身分を示す階級と同義で分別されている。

 中でも、青年は下層。一番身分の低い立場なのだが。

 そういった地位も財産も、最悪、身分すら持ち合わせていない連中の集まりである彼らに対して。中層以上への立ち入りは本来許されることは無い。


 単純に、治安や保持や犯罪の数を減らす為という建前らしいが。

 ともあれ、青年が衛兵追われる理由はそこにあった。


「良いとこのギルドなら通行証も出せるはずなんですがね」

「あんな蛮族の集まりみてーなトコにそんな代物分配されるわけねーだろ」


 頬杖を付いて、吐き捨てるように言う。


「あれ。そういえば前に造ってた偽造通行証はどうしたので?」

「ああ、あれか。確かケツの穴から火ィ吹く猛獣に消し炭にされたよ」

「何ですかその生き物。詳しく」


 そんなコーハイドの興味はどうでも良くて。

 おもむろに取り出した財布の口を開け、青年は明日の自分の心配をしていた。


「この調子じゃあ、その辺の雑草も御馳走だな……」


 家に帰れば氷漬けにされるだけだし、と。

 銅貨一枚、指で弾かれ宙に舞って。素寒貧の手に落ちるが。付加価値、日本円にして精々百円程度。一滴の水の方がよっぽど潤いがあると言ったものだ。


「俺も、上層の連中みたいに。草の根一本生えてない、完全整備された環境で自堕落的に過ごしたいもんだ」


 青年の捻くれた感性で放たれた嫌味は、明後日の方へ。

 建物が空の額縁を作る中でも、その様子が断片的に伺え。まさしく国の象徴と言わんばかりに主張している。

 そんな銀の飴細工のような建造物――ヴェレス城に青年の尻目は向けられた。


「……ふっふっふ」


 ――ああ、嫌な予感がする。

 条件反射的に青年は顔をしかめた。その隣で。

 相変わらず感情の読めない顔をして、しかし絶対何かしら企んでいるであろう薄ら笑いをしたコーハイド。


「それでは、そんなお困りのセンパイにいい話をして差し上げましょうか」

「いや、いい」


 食い気味に、即答で。


「まあまあ、話しを最後まで聞いてくださいな」

「ヤダよ。お前が持ってくる話しでろくな目にあった事がねぇんだこっちは」

「まあまあ、話しを最期まで聞いてくださいな」

「『はい』しか結局選択肢の無い会話に見せ掛けた殺害予告やめてね」


 コーハイドが手で遊ばせていたレンチは、ギラリと光り。

 青年の首元をいつでも狩れる位置に置かれる。

 つまり次の『いいえ』でバッドエンドの可能性は高い。


「今すぅっごく困ってる仕事がありまして」

「……そうか。いいギルド紹介するぞ」


 打算的に口を開いて。しかし絶対付き合いたくない、その一心で勧めるが。


「いやぁ。センパイの方が向いてるかなーって」


 何でか、名指しで。

 レンチで青年の顎をトントンと、指をさすように軽くたたく。

 しかし変わらず青年は怪訝な顔。その工具では簡単に元に直せない悟ったコーハイドは、「んー」と顎に人差し指を当てて考えてから。


「まあまあ、損はさせませんってば。何なら前金でご飯奢りますよー」


 立ち上がって、まるでイケメン貴族がエスコートでもするかの如く。

 落ちていた木刀を拾い上げ、近場の酒場に手を向けたコーハイド。


「……」


 青年は腑に落ちないまま。

 しかしその魅惑的な誘いに、軽く空腹感を焚きつけられ。

 言われるがまま、重い腰をようやく上げたのだった。

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異世界のクズ 凡骨S @shidu

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