3.曰く、彼女は世界の中心で踊り始める

 

 有象無象うぞうむぞうの鳴き声叫び声が、鎖に束ねられた薄暗い空間。

 空色の瞳に、白い綿毛のようなまつ毛を乗せて。

 虚構を見つめ、手足に課せられたかせが鎖の音をうるさくするから――と。

 鉄格子の真ん中で膝を抱えた少女の影は、人形のようにじっとしている。


「にゃー」


 そんな孤独な蚊帳かやを隠したの垂れ幕は、猫のイタズラでずり落ちて。

 天井にあるスポットライトは、少女を照らした。



 異質――それはシンプルながら。

 彼女の身なりは寡黙かもくな態度と合わさり、そう思わせるほどに大袈裟おおげさに。

 そしてはかなげに、光に当てられて輝いている。


 中心から湧き上がる泉のように地面に広がった、長いながい髪の毛は。毛先まで、無垢むくな白紙のようにサラサラと純白に染まり。

 泉の小さな女神は、嘘を知らない真珠しんじゅのような裸体をさらけ出したまま。

 星の内海うちうみを宿した瞳の奥は、ここでは無いどこかを見つめて。

 ――そんな彼女の膝の中には、一冊の本が抱えられていた。


 他の奴隷たちの喧騒けんそうなど、地の文にすら書き落とすことなく。

 突如スポットライトの落とした光に驚きもしなければ。

 その瞳が向ける先は、変わらずそこにはなかった。


「にゃあー」


 黒猫が、身体をくねらせて。

 少女の居る檻へと入ってきた。

 ……かと思えば、少女の目の前へちょこんと対座する。


 するとその語らずの身体は、初めてピクリと動き出し。

 少女はゆっくりと顔を上げていた。


「みつけた……の……?」


 ――――少女のんだ声は、猫に問う。

 無気力に首を傾げる仕草は、年相応にしながら。


 相対した黒猫は、その質問に。

 宇宙色の瞳でじっと見上げて返答した。


「……そか…………うん……うん……だいじょぶ、おぼえてる……」


 さっきまでの寡黙さが嘘のように口を開く少女。

 代わりに黒猫は黙ったまま、少女を一点に見つめていた。


 少女は抱えていた本を、手に持って見る。

 それはタイトルの記されていない、古い本。


……だから…………ね……」


 そう言って、裸足をペタペタと立ち上がらせると。

 彼女の髪先は初々しい筆で世界をなぞる様に地面を這う。

 そしてただ、スポットライトの垂れ下がった天井を見上げた。


 彼女に何が見えているのかは、ついぞ分からないまま――――。

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