2.かくてこの世は、人生みな主人公らしい

 

 ――まあ、そんなワケで。

 少年の主人公としての門出は、顔面と共に足蹴にされ。

 物語の書き出しはどうあれ、粛々しゅくしゅくと平等につづられて行く訳だが。


 そんな事は素知らぬ顔をした黒猫のレンガを駆ける音が、賑わう表通りに消えるのを待ってから。

 どうあれ、収拾の付かない空気がシンと流れ始めていた。


 ……いや、マージでどーしよコレ。


「あー……俺、何かやっちゃいました?」


 ――お前が言うのかと。

 猫を追っていた足取りを止めて振り返り、状況を一瞥した青年。

 足元には、とっ散らかった物語の残骸と。

 その奥で、状況整理が追いつかずほうける美女と悪漢たち。

 本来であれば、地面に大の字で伸びている少年が言う手筈であったであろうそのセリフを――あろう事か横取りして。

 さすがに申し訳なさそうに冷や汗をかき、口角をヒクつかせていた。


「おいおいやべーよ、どーすんだよこれぇ。プロローグで顔面蹴っ飛ばされる主役とか一生引きずるやつじゃん……おーい、起きろーぃ。お前の物語はこれからだ」


 その言い回しだと打ち切り漫画まっしぐらな訳だが……

 青年の躊躇ちゅうちょない往復ビンタで顔をパンパンにれさせた少年にとって、今更状況はさして変わらないだろう。


「ダメだ……し、死んでる……」

「「どう考えてもトドメ刺す勢いだったろ」」


 喉の詰まった空気を取り去って、悪漢三人組と美女は思わず仲良く口を揃えた。

 青ざめた青年はあたかも他人事のようにしているが、犯人はコイツである。


「いたぞ! 市民に危害を加えたと思われる!」

「げぇ、また衛兵かよ。まーだ懲りてやがらないのかぁ」


 表通りから、逆さドングリ型のアーメットを被った衛兵が大声をあげる。

 この状況、普通なら悪漢が焦り逃げる場面だが。

 どういう訳か――いや、推理の余地もない。三下のごときセリフを吐いたのは、少年に気付きつけ――もとい暴行を加えていた青年だった。


「あー、よし。んじゃそんな訳で――あと頼まぁ」

「……え゛――」


 それが抗議だったのか、驚愕だったのか。

 どうあれ、悪漢が最初の一文字すら言い切る前に。

 悪漢の肩をポンと叩いて親指を立てた青年は脱兎のごとく、反対側の表通りにトンズラをこいていた。


「追え! 今日こそ逃がすな!」


 続々と裏路地に押し寄せる衛兵たち。

 噛ませだったはずの悪漢が主張するには、あまりにも大きな叫び声と。

 悪漢たちが青年の仲間ではないかと疑う衛兵を尻目に。


 青年は地の文の裏側に溶け込むように、姿を消していた。

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