異世界のクズ

凡骨S

1.世界は彼に興味が無い

 

 ――――『異世界』。

 今更チープに語る必要も無いだろう。それは――『英雄譚』の一節だった。


 神から賜る『能力チート』。

 努力の報われた『才覚スペシャル』。

 ステータスから成る『簡易世界イージーモード』。


 ……とかとかとか。

 筆の感触もこそばゆいこの最初のページで語らうには、

 枚挙まいきょいとまがないゆえ、端的に言うと今どき蛇足だそくというものだが。

 それでも、語らう書き手たちが、夢のあるものからひねくれた感性までをまっ更な『白紙』の上に全部載せてまで。創造する筆の手を止めかったのはきっと、

 欲望、快楽、自己顕示欲――即ち、『夢』と言う無尽蔵の触媒を持ってして。

 追い求めた『理想郷』を。それこそ、かの地へ『召喚』しようとしたそれらは。

めの跡』を残そうとした、せめてものささやかな願いだったのかもしれない……


 ……誤解なきよう。

 決して著者の異世界モノに対するアンチテーゼや逆張りなどでは無い。

 それはただの――の『仕組み』なのだから。


 ◇◇◇


 ――さて。

 いつか語られるだろう小難しい話しは、読み終えた英雄譚と一緒に端に置き。

 を開くとしよう。


 この世界でも例に漏れず。

 新たな英雄譚として、異世界に生を受けたものが数多存在した。

 例えば――


「そこまでだ、悪党ども」


 今どき中々聞かないであろう青臭いセリフが鼻につくようだ。

 その舞台に現した様相を見れば――なるほど、合点がいった。


 高揚こうよう混じりの言葉は、まだ慣れない照れ臭さをはらみつつ。

 垢抜あかぬけを拒んだ、黒のトレンチコートをなびかせ。

 理想の象徴として腰に下げた二対の黒曜石の剣を、差し込む太陽に光らせる。

 ――そんな黒髪の少年がいた。


 無数ある異世界の英雄譚を閲覧えつらんしてきた、聡明そうめいな読者様ならば。この後の展開はお察しではあるだろうが――しばしお付き合い頂こう。


 悪漢の、青臭さを笑い飛ばす罵詈雑言ばりぞうごん

 美女の、引き込まれるようなうるんだ瞳。

 少年の、その期待に満ちた不敵ふてきな笑み。


 一通りをつづれば、語ることはもうなくなっていることだろう。


「スター・ブースト――――、」


 言の葉から始まり、何処からとも無く舞い上がる乱気流は。

 世界がまるで、少年の一言で揺るがされる事を確信付けるかのように。


 同時に、悪漢の振り下ろした大斧は少年の腕のように細い切っ先に弾き返され。

 この少年には常識など通用しないのだと、暗示させるかのように。

 そして――


「ストリーマァァアア――ッ!!」


 極光に煌めかす刀身は。

 少年の未来を明るく照らすかのごとく――――


 ……かくてこの様に。

 今でこそ珍しくもない『夢』と『理想』の体現者。

 彼こそがまさしく物語の『主人公』であると、誰も疑う者はいないだろう。

 ――――――…………。


 ◇◇◇


 ――文字通りが。

 そんな異世界に呼ばれた青年がここにも一人。


 逃げる黒猫。

 それとは対照的に、白紙のような。前ボタンをだらしなく見開きにしたワイシャツをはためかせ。

 黒猫を追い、人混みを縫い、裏路地のゴミ箱を華麗に避け、塀や壁を伝って屋根へと飛び移る。

 その一節だけ見れば、主人公だとほどに高い身体能力ではあるが……


 そんな彼もきっと、素晴らしい恩恵を受けていて。

 輝かしい未来に胸を高鳴らせているのだろう。

 ――――そう思ったが大間違いだ。


「人生誰もが主人公だ」と。

 誰が言い出したのやら。それにしたって、大盤振る舞いもいい所だろ……そうぼやくように。

 釈然しゃくぜんとしない、そんな三白眼を引っさげては。


「チクショウ……魔術? 異世界? 


 恨めしそうに、その『理想郷』とやらを目の前にして。

 あろうことか青年は唾を吐くように小さく息を零した。


 違和感――と言えばそうなのだろう。

 前記した通り、ここで言う『主人公』とは万能のヒト。

 ここいらでひとつ、黒猫を捕まえるためだけに――そしてそれを見せつけるかのように。

 大それた能力的なモノを遺憾無く発揮しても良い頃合なのだが……


 黒猫との距離は一向に縮まらず。

 あまつさえ、今度は黒猫が屋根を飛び降りてしまい、見失いそうになる始末。


 そして黒猫を追って屋根を降りた、足元のその先に。

 煌めく極光の剣を見て、青年は改めて思う。


 ――嗚呼、世界はなんて不条理なのだろう――と。



 ――――それでは遅くなったが、ここで紹介しよう。

 白いワイシャツ、黒いティーシャツ、藍色のジーパン。

 これといって特徴のない地味なイメージがこびり付いて。表通りの喧騒に紛れてしまえば、脇役エキストラのように見失ってしまいそうな。

 世界観にミスマッチした、登場人物と呼ぶにはあまりにも質素な、そんな様相に追い打ちをかけるように。

 腰にぶら下がるは、正統派主人公よろしく『聖剣エクスカリバー』でも無ければ、『名刀村正』でも無い。

 それはなんと言うか……ただの――――『木刀』だ。


 ……ので。

 ここであえて説明しておかねばなるまい。

 そう、そんな彼こそが。これから白紙のこのページに筆と手垢で殴り書きをしながら紡いでいく主要人物であり。

 この物語の『主人公』――――――ッ!!


「ストリーマァァア――アぶぅッ!?」

「あ、わり」


 …………みたいな人である。

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