たった1000文字で自分の青春を語れる僕は、果たして異世界転生できるのか

@koma_2828

たった1000文字で自分の青春を語れる僕は、果たして異世界転生できるのか

「それはちょっと、気持ち悪い」

昼過ぎの暑い日差しが差し込む中、冷房の効いた喫茶店のテーブル席の向かい側で、彼女はばっさり切り捨てた。

 事の発端は何気ない会話の一幕。

「いつもスマホで何見てるの?」そんな彼女からの問いかけだった。

 自分はオタクを公言こそしてはいないが、一般人から見たら十分『オタク』に分類される側だと自負している。活字を嗜むタイプのオタクだった僕は、中学高校と小説を読むのが日課だった。『キノの旅』は人生という旅を生きていくためのバイブルだったし(言うほどまだ人生を生きていないが)、『半分の月がのぼる空』は僕の青春のバイブルだ(今まで青春なんてなかったけど)。『灼眼のシャナ』は僕の中二病を加速させ(オタク友達との会話は全て黒歴史)、『しにがみのバラッド』によって僕の涙は枯らされたと言っても過言ではない(号泣)。

 彼女と仲良くなったのも、休み時間に読んでいた小説のアニメ版を彼女が見ていて話しかけてきたのがきっかけだ。それから漫画を貸したり一緒に出掛けたり、そして軽いノリで彼女に告白され、軽いノリで付き合い始めた。そんな彼女が相手だったからこそ大した警戒心もなく、いつもスマホでやっていたゲームやそこに出てくる推しの娘についても話してしまったのだ。

 しかし一般人である彼女からしたら、可愛らしい二次元の女の子を推しと言う自分は到底理解できないものだったらしい。

「そんな女の子のキャラが好きって言うのも訳分かんないし、そんなのにお金をかけるのも意味分かんない」

 それは、自分のことを好きと言ってくれた相手と本当に同じ人なのかと考えてしまうほど、冷たい言葉だった。

 ちなみにだが、僕はこのゲームに課金をしているのは数千円程度だし、推しのグッズだってキーホルダーが一つ、引き出しに眠っている程度だ。『俺の嫁』なんて大それたこともとても言えない。

 さらに言わせてもらえば、彼女は男性アイドルグループ『シャイニング』のファン(通称シャニオタ)でライブの抽選には毎回応募し、部屋は推しのグッズで溢れ返っているらしい。かけた額も十数万ではきかないだろう。

 そんな『一般人』の彼女にとって、僕は理解しがたい別の生き物だったらしい。

「やっぱり一緒にいるの無理」

 そう言い捨てると返事も聞かず彼女は立ち上がり、喫茶店の出口へと足早に去っていく。その後ろ姿を、僕はただ茫然と見送るしかなかった。


 あんな彼女でも、僕にとっては人生で初めてできた彼女だった。今にして思えばどこが好きだったかも分からないが、それでもこうもあっさりフラれたことは存外心にくるものがある。暑い日差しの中をふらふらと歩くが、フラれたせいか暑さのせいか足取りはおぼつかず思考もまとまらない。まさか自分の推し活を否定されることが、こんなにもツラいとは思わなかった。この世界のどこにも、僕の居場所はないんじゃないかとすら思えてくる。

 ふらふらとあてもなく歩き続ける。交差点に来た。信号は赤。目の前を何台もの車が通り過ぎていく。

(この世界に居場所がないなら、別の世界に行けばいいか…)

 ほぼ無意識に足が前に出る。信号は赤のまま。迫りくるトラックの運転手は僕の存在に気付かない。

 体が宙を舞う。しかしそれはトラックに撥ね飛ばされたからではなく、誰かに思いきり後ろに引き戻されたからだと気付くまでしばらくかかった。

「ばか‼あんた何考えてんの⁉」

 眼の前で大声を出す女の子。それはもう何年も会っていなかった幼馴染で、これでもかというくらい顔をくしゃくしゃにしながら僕の胸ぐらを掴んでいた。

「もうちょっとであんた…トラックに…私、どうしたら…」

 支離滅裂なことを言っているが、彼女に助けられたのは間違いないだろう。僕も道路に飛び出すなんてどうかしていた。

「ごめん、助かったよ。ありがとう」

 僕の前で座り込み、目を潤ませる彼女にそう言うと、堪えていた大粒の涙を流してわんわん泣きながら僕に抱きついてきた。どうしたらいいかも分からず、しばらく彼女の背中をただポンポンとたたくしかなかった。



 斯くして僕の異世界転生は成らず、僕の青春は1000文字では足らないようだ。

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