第5話 影王


 裏の二王におうの本家は子供に『かげ』の文字を好んで使うと聞いたことがある。


 ということは、二王におうで間違いない。


 俺はブチ犬を睨みつけた。


「お前、俺を利用したな」

「はい! すみません!」


 腰を九十度に曲げやがった。なんて素直なやつだ。


 そんなつもりじゃないとか言い訳しやがったらぶん殴ってやることもできたが、これじゃあ俺が悪者になるじゃねーか。


 めいいっぱい煙を吸い込んで両鼻から吐き出した。


 鼻から煙を吐くのは好きじゃない。鼻毛が伸びるからだ。


 それはガキの頃と変わらない正義感にあふれた目をするブチ犬も知っているはずだ。


 ブチ犬は慌てて声をひそめるのも忘れて口を開いた。


二王におう影光かげみつって男、あれはクロです。だから自分は……」

「俺の名を出して、中で捜査させろとせまったのか?」

「迫っていません。お願いしたんです。自分が捜査させてもらえないなら仁王頭におうずの人間を連れて来ると……」

「ったく」


 ブチ犬はそれなりに表の仁王におうと裏の二王におうの都市伝説を知っている。


 都市伝説の中の二王におうは暗殺もさない、歴史が動くときに二王におうありとうたわれるほどのヒール役だ。


 ヨーロッパのロスチャイルド家・アメリカのロックフェラー家と同様に、日本の仁王頭におうず家も都市伝説の常連なのだが、卑弥呼の後継者である壱与いよ仁王頭におうず家の祖先であり、卑弥呼の世話をしていた弟が二王におう家の先祖で、その上下関係が今に引き継がれ、表と裏の立ち位置でいる。しかし、卑弥呼と同血どうけつなのは二王におう家の方なので、実は、表は裏を守るためにあるのではないかと、まことしやかにささやかれている。


 二に人がつくと『仁』となり、頭が最後についているのは、神である二王におうに人がつき、頭で支えているという意味だとテレビでやっていた。


 ブチ犬の知識はこの程度だろう。


 小学生だった俺は十も歳の離れた兄貴にテレビで言っていたことは本当かと聞いた。


 兄貴は、都市伝説だと言っているだろうと笑い飛ばした。そして、腰を曲げ “二王におうをあまり口にするな” と耳打ちした。


 その顔はいつもの優しい兄貴だったが、声だけが、なぜだかとても恐ろしかったことを覚えている。


 それ以来、二王におうに関わるなとは誰にも言われたことはない。


 しかし、俺は兄貴は本当のことを言ってくれたと感じていた。


 二王におうの名を口にしてはいけない。二王におうを表に出してはいけない。


 ならば二王におうよ、表に出て来るな。出て来てくれるなと願っていた。


 それでも万が一、捜査上に名があがったら俺が捕まえてやると心の中で正義のこぶしを勝手に握っていた。


 それをブチ犬が目の前にさらしてくれやがった。


 まだ休暇をとってプライベートで捜査した方が表沙汰を嫌う二王におうが協力してくれたかもしれない。


 しかし、ブチ犬は俺に正式な共助きょうじょ捜査依頼をしてきた。それはすなわち、この案件あんけん表沙汰おもてざたにするつもりがあるってことだ。


 面倒な事件とは思っていたが、まさか実家の因縁いんねんからんでくるとは。


 舌打ちしか出てこない。


「そいつは仁王頭におうずの人間をよこすことに同意したんだな?」

「はい。しかし、本気にはしていない様子でした。やれるものならやってみろ的な」

「だろうな……お前が二王におうの名を聞いて仁王頭におうずと言い出したと思っているのだろう」


 有名な都市伝説だ。


 まさか仁王頭におうず本家の次男と県警の優男やさおとこが幼馴染みだとは想像すらつかないだろうな。


 まあ、その、万が一が本当に降りかかって来るとは俺も驚きだが。


 それにしてもブチ犬の印象だけで、そいつが自殺を幇助ほうじょしたと捜査を始めるのは無理がある。


「とにかく会ってみて下さいよ」


 そんな見合いみたいな捜査依頼があるか? 


 俺の経験上、とにかく一目だけでもと、すすめられた女はたいていがブスだ。


 ほんの少し顔が良くても、刑事と付き合ってみたかったとほざく女のどこにそそられる?


 一度、爺さんが持ってきた見合いをイヤイヤ受けたが、相手は二人きりになると仁王頭におうずの名前が欲しいだけで、俺には興味がないとハッキリ言いやがった。


 ならば、この女と結婚すれば面倒な見合い攻撃を終らせられるかと思ったが、次男だとは聞いていなかったと、お断りされた。


 おふくろの中で俺の幼稚園からの失恋記録が更新されたことになり、しばらくれ物に触るような扱いを受けた。


おうちゃん、また振られちゃったの〜。あら、ごめんなさ〜い。元気だして〜』


 まったく迷惑な話だ。


 で、話を戻そう。あ、タバコが切れた。


 俺はセブンスターの空袋をグシャッと握りつぶした。


 俺がコンビニに入ろうとすると、ブチ犬はガキの頃と変わらない満面の笑顔で追いかけてくる。


 カゴを腕にかけ、ひげ剃りはあるのか下着は何枚持ってきただの、うるさくてかなわない。


 そういえば、なぜブチ犬の家に泊まれないのか聞いていなかったな。


 それを口にするとブチ犬は明らかな動揺を見せた。










《あとがき》

 おはようございます。

 お仕事でっせー!

 今日も頑張る〜٩( ᐛ )و



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