第4話 二王


 俺は震える手を隠すように素早く煙を吸って吐いた。


「ああ……それが俺を呼んだ理由か?」


 ブチ犬が真剣な目を向けて俺を凝視してくる。まるで探りを入れられているようだ。


 遠慮する間柄ではない。不愉快だとハッキリと顔に出した。


「あ、すみません。はい……そうです」


 俺は空に向かって煙を吐いた。


 本当は煮え切らないブチ犬の顔に煙を浴びせて、むせたところを胸ぐらをつかんで、とっとと喋れと迫りたいが、代わりに吸い殻をいつも以上にポケット灰皿に押しつけて我慢をした。


 それを察したブチ犬はタレコミの内容を声をひそめて話し出す。


「この先の陸上自衛隊駐屯地でそこの囚人が自殺をした。その自殺を幇助ほうじょした者がいるとのタレコミでした」


 ツッコミどころが満載だな、おい。と顔で言う。


「はい、おかしいですよね。自衛隊駐屯地に拘置所はありません。なので囚人がいるはずはありません。近くの消防に問い合わせましたが自殺体を収容した記録はありません。しかし……」

「お前はガセだとは思わなかったんだな?」

「はい。理由は課長に就任した際に、駐屯地内に護送車が出入りすることがあるが、政府の管轄なので放っておけと引き継ぎがあったからです」

「護送車⁈」

「はい。タレコミはいたずらだということにして自分なりに調べましたが、古い記録にもこの辺りに拘置所があった記録はありませんでした。で、これを……」


 ブチ犬はスマートフォンを出して、なにやらアプリを立ち上げた。


 地球の映像を指先でくるくると回して日本をズームさせる。


 これくらいは俺だって知っている。衛星画像をもとにした、なんとかアースってやつだ。


 俺は二本目に火をつけた。


 ブチ犬の手元をのぞくと、どんどん道が鮮明に見えて来る。


「先輩、ここを見てください。このゲートの向こうの建物です」


 ブチ犬からスマートフォンを取り上げ、顔を近づける。


 自衛隊駐屯地の入口ゲートを指で追い、左に目をやると駐車場と建物が何棟か見える。その向こうには滑走路と格納庫。いたって一般的な施設だ。


 しかし、ブチ犬が指す場所はゲートの右奥、舗装されていない狭い道が続き、灰色の建物が半分、山に埋もれたように建っている。


「これがその拘置所だと? 根拠は?」

「よく見てください。ゲートが二重なんです」


 たしかに、細い道に入る前のゲートと建物の前のゲートで二重になっている。駐屯地のゲートと合わせると三重だ。


「しかも、住所がないんです」

「使われてないからじゃないのか?」

「いえ、夜の映像を見ると明かりがついていました」

「……護送車の出入りを見た者は?」

「自分が知る限りではいません」


 俺はうーんとうなってスマートフォンに指を置き、建物を拡大した。


 それほど大きなものではない。屋上に貯水槽たぐいのものはなかった。


 建物の周りに階段のようなものはないので屋上には出られない構造のようだ。


 真上からの情報はこれくらいしか得られない。そう高くはない建物のようだが何階建てなのかすらわからなかった。


 建物自体は木々に埋もれるように覆い隠されているが建物の前の草は生い茂っていないようだった。


 車両は停まっていない。


 つつっと指を動かして周辺を見る。すると、山の裏手に住宅地が広がっていた。


「ああ、そっちは自衛隊職員や隊員の家族が住む町です」


 なるほど学校のような建物もある。


「タレコミのは信憑性がある。だから自殺 幇助ほうじょの捜査を始めたんだな? で? 二王におうの名が出た理由は?」


 落ち着け俺。珍しい名字だが、たんなる同姓ってこともある。


「死者がいるかもしれないと電話で問い合わせたのですが……」

「認めるわけがないな」

「はい、なので直接出向いたんです」

「ハッ」


 俺は嫌な予感がして地面に向かって煙をいた。


「もちろん名前と役職を名乗って要件を伝え、アポをとって一人で。です」


 前任の課長から引き継ぎがあったということは、歴代の県警トップたちは護送車=囚人がこの施設内に(灰色の建物がそうなのかまだわからないが)いるということを把握していたことになる。


 当然、相手側もそれは承知だろう。


 役職を名乗ってアポを取れば、その対応ができる、それなりに情報を持った人物と接触を図れる。


 まったく腕っぷしはからっきしだが頭の回転だけは認めてやる。


 あと度胸もな。


「タレコミがあった以上、形だけでも調べないわけにはいかないと言ったんだな?」

「はい、部下を納得させるために便宜上、事実確認をさせてほしい。それで終了案件にするからと」

「で、出て来たのが……」

二王におう影光かげみつという人物でした」


 俺は煙を吐くのを忘れた。












《あとがき》

 梅雨ですなぁ。

 湿気で髪がチリチリですわ(>_<)


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