第2話 異例


 警視庁刑事部捜査一課の俺が、なぜ、こんな田舎にいるのかというと、このブチ犬が広域こういき捜査そうさ共助きょうじょ依頼をしてきたからだ。しかも指名して。


 本来なら管轄外の共助依頼は広域手配の事務的な手続きがメインで、直接、出向くことはない。


 例外中の例外で俺はここにいるってわけだ。


 連続強盗殺人犯の特別捜査本部で本部長を怒らせたのもあるのだろう。


 このご時世だからと捜査会議までオンラインでやると決まったのはいいが、誰がどんな表情で発言したのかハッキリとしない集まりは俺のしょうに合わない。


 そもそもコンピューターってやつとはソリが合わない。なんとか会議に入れたが画面上の資料をめくるのにも、並べて見比べるのにもひと苦労で、本部長に聞き取れないから大きな声で喋りやがれと丁寧にお願いしたらミュートがどうのこうのと言い返しやがって、しまいには、お前はあとで誰かに聞けときたもんだ。


 ムカついた気持ちを落ち着かせるために鼻にタバコをあてたら激怒しやがった。


 あんな小さな画面でよく見えたもんだ。


 もちろん火はつけてないさ。俺は法は犯さない。


 頭をスッキリさせたくて葉っぱの匂いを嗅いだだけだってーのに。


 まあ、もともとケツの穴の小さい野郎だったし、お互いに気にくわないのは分かっていたし、俺の態度も少しは悪かったし。


 で、県警からの異例な要請にあっさりと応えたってわけだ。


 仁王頭におうず一族の俺を公式に厄介払いできて、あからさまに胸を撫で下ろしやがった。


「先輩、腹は減ってませんか?」


 ブチ犬は赤信号で止まったタイミングで俺に聞く。


 署用車で来ないところは俺への配慮なのか、たんに新車を自慢したいだけなのか。


 妙に車高が低い車は田舎には似合わないと思うぞ。


 俺はそれを口にした。後輩なんだから遠慮はいらない。


「そうなんですよ。新宿で乗り回す予定がこっちに配属になっちゃって。こっちに納車してもらったんですよ」

「キャンセルって考えはなかったんだな」

「これに乗るのが夢だったんです! 後ろ指さされようと乗り続けます!」


 後ろ指をさされているのかと可哀想になるが自業自得なので鼻を鳴らして返事にする。


 ブチ犬は数寄屋すきや作りの蕎麦屋の駐車場でエンジンを止め「ここで、いいですか?」と聞いてくる。


 聞くなら到着前に聞けよ。


 すでにシートベルトを外して降車する姿勢に入っているやつを前にして、ステーキが食いたいと意地の悪いことを言ってみようかと思うが、こいつの性格だと本気で移動しようとするので、大人しく従うことにした。


 店内は昼を過ぎているからか閑散かんさんとしていた。


 座敷に靴を脱いで上がる。


「先輩、信州そばって食べたことあります? 美味いですよー。水がいいんだそうですよ」


 そばを打つ職人の腕前は関係ないという意味かと後輩をからかって、おすすめの天ざる蕎麦を注文する。


 結論から言うと、驚くほど美味かった。


「ああ、これが食べたかったんですよー」


 ブチ犬が高そうなネクタイの汚れを気にしながら笑顔を向けた。


 カツアゲする不良どもから救ってやった時から変わらない屈託くったくのない笑顔だ。


「確かに美味いが、いつでも食べられるだろ?」

「忙しいんですよ。外食なんて久しぶりで。先輩のおかげです」


 自分が呼んだからだろうに、なんにでも感謝の言葉をくところはガキの頃からの処世術しょせいじゅつなんだろう。


「面倒な事件なのか?」


 俺を呼んだ理由は聞いていない。ただ県警が名指ししてきたと聞いてブチ犬だろうと思ってはいたが。


「そうなんですよ……」


 やはり、こいつだったか。


 ブチ犬は辺りを見回して声をひそめ、俺にグッと近寄る。


 俺はあえて身を乗り出さない。ソーシャルディスタンスだ。いや、向かい合って蕎麦をすすっている時点でアウトかもな。


「実はですね……」


 ブチ犬は蕎麦屋のお姉ちゃんが皿を下げに来て話を止めた。とっとと言わないからだ。もったいぶりやがって。


「車に戻ってから話しますね」


 引っ張っるな。署に戻ってからと言われるよりはイライラしないが。


 俺だって後輩が個人的にではなく上を通して協力依頼をしてきたからには、俺の殺人事件捜査のスキルを頼ってきたのだとわかっているさ。


 自分のデスクのパソコンで、こっちであった殺人事件を検索してもなにも出てこなかったがな。


 ということは、まだ公になっていない事件。もしくは公にできない事件ってことだ。


 だが、こっちにだって優秀な刑事デカはいるはずだ。


 ブチ犬が俺に求めているのは、それを白日のもとにさらして欲しいってことだ。


 店の外に出て、ブチ犬が支払いをしている間に愛するセブンスターに火をつける。美味い。昇り立つ煙もすべて肺に入れたい。


 早く事件の概要を聞きたいが、そんな素振りは出さない。俺はクールなんだ。


 ブチ犬はゆっくりと紫煙を揺らす俺を、車のエンジンを温めて待っていた。


 よしよし。忠犬・ブチ公、いい子だ。俺よりも出世しやがったがな。


 おもむろに低い助手席に乗り込むとブチ犬は、事件と関係のないことを聞いてきた。


「先輩、荷物はボストンバッグ一つですか?」

「ああ」

「着替えだけですか? シャンプーなんかは?」

「お前の家にあるだろ」

「あー……」

「なんだよ。シャンプーもない安宿に泊まれってか?」

「いえ……あの、先輩、生活用品を買ってから現場に行きましょう」

「はあ⁈」











《あとがき》

 最近、目がかすむんですけどー。

 老いですかねぇ?

 老いですよねー……(T ^ T)


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