第1話 昭和最後の男
東京から約一時間半。俺はホームに降り立った。
いい天気だ。陽射しは強いがわずかばかりの風があり、それほど暑くは感じない。
荷物はボストンバックひとつだけ。それを左手に持ち替えて深呼吸をした。確かに空気はきれいだと感じたが別段、美味いとは思わない。
発車のベルとともに俺をおろした新幹線は滑るように視界から消えて行った。
乗客は足早に改札に消え、ホームには誰もいなくなった。
迎えに来る署員を待つのが礼儀だろうが、俺は喫煙所を探しに改札口を出た。
昨今は、禁煙ブームを通り過ぎて煙を味わない人間の方が増え、喫煙者は希少動物のように扱われるが、それでも権利だからとかろうじて公共施設には喫煙所がある。
俺はあえて胸を張って喫煙所のドアを開けた。
息を口から全部吐いて鼻から吸い込む。
ああ、美味い。以前のような濃さはないが他人の煙の残り香でも充分に美味い。
俺はくたびれた背広の内ポケットから長年愛用のジッポーのライターとセブンスターを取り出して、おもむろに一本、口にくわえ、これまた優雅な手つきを意識して火をつける。
両方の肺を煙で満たすと軽いめまいの後に血圧が上がったようなスッキリ感が脳を支配する。
この瞬間がたまらなく好きだ。
この瞬間のためにメシを食い、仕事をしているといっても過言ではない。
家族も同じ署の仲間たちも俺に禁煙させようと骨を折ったが、すべては徒労に終わった。
喫煙歴十五年をなめんなよ。
そう言うと隣の席の同僚は大きな声で言うなと鼻にシワを寄せ、向かいの席の新人ちゃんは指を折って数え始める。
俺は三十三歳。逆算すると高校時代から吸っていることになるが、もう時効だと勝手に思っている。
俺の呼吸に合わせて魅惑的に点滅する赤い火に見惚れていると、窓がドンドンと叩かれた。
「先輩! 探しましたよ!」
俺を先輩と呼ぶやつは一人しかいない。三年後輩のこいつは中三の時にカツアゲから救ってやってから俺を先輩と呼び、懐かれている。
「ここだと思いましたよ!」
探してねえじゃねーか。
俺よりも頭が良いくせに俺の高校に入学して俺にならって警察学校を主席で卒業しやがった。
今じゃ、とんとん拍子に出世して県警の課長だ。警視の試験に合格したとかしなかったとかどうでもいい。とにかく、俺よりも階級の上のやつが迎えに来るとは新しい職場での俺を見る周りの目が変わるってもんだ。
警察はそんなくだらない世界だ。外部の人間がどんなやつなのか判断する材料は階級だけ。
功績や表彰歴を調べるやつは比較的まともな部類だろう。
「先輩! 早く出てきて下さいよ!」
便所みたいに言うな。
しかし、可愛い後輩のためだ。俺はゆっくりと煙を吐き出して喫煙所を出た。
「お久しぶりです。相変わらずタバコを吸われるのですね」
絶滅危惧種を目指しているからな俺は。肩をすくめて挨拶の代わりにする。
後輩の
きっと女にモテるのはこういうタイプなんだろう。
俺は靴下に穴が開いているのがいい
ガキだった頃のあだ名で呼ぶ。
「よお、ブチ犬。田舎暮らしは
「それ、署で言わないで下さいよ。皆、田舎者の自覚はないんですから」
「ブチ犬はいいのか⁈」
「一応、上司ですから本当はやめていただきたいですけど……先輩には無理ですよね」
「お前も “先輩” が抜けないしな」
「
音が呼びにくいと言っているのか照れ隠しなのかわからないが俺の名前は確かに呼びにくい。
これが俺のフルネームだ。
愛知県警本部長をやってる兄貴は「
その爺さんは我が家の当主で、名前は
その息子で俺の親父は警察庁長官で名は
頭がおかしいとしか思えないネーミングセンスの爺さんの妻は、つまり俺の婆さんは
で、俺はネタが尽きたのか上から読んでも下から読んでも
それに気づいた野郎は必ずと言っていいほど、悲哀に満ちた目を向けてくる。
子供の頃はぶん殴っていたが今は大人なので軽くひと
俺は
《あとがき》
お越しいただきありがとうございます。
SPY×FAMILYにハマっている今日この頃でございます。
ちなみに
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