腕を切り捕られた者      仁王頭シリーズ第一弾

ヌン

序章


 その日は、数日前から続いていた雨があがり、湿り気を帯びた生暖かい空気が、まるで鉛を飲み込んだような気分に俺をさせていた。


 黒装束の集団は言葉少なに列を作って歩いている。


 菩提寺ぼだいじでの葬儀を終わらせ、火葬場に向かう霊柩車に棺桶を運び入れる役目の一人をかって出た。


 誰よりも重い人生を歩んできたはずなのに、彼女の棺は想像以上に軽く、不覚にもそこに目頭が熱くなる。


 参列者は数名。


 俺たち家族と、そして、数歩離れて彼女の息子が見守るようにいた。


 本来ならば喪主は彼女の息子が行うべきところだが、田舎から駆けつけた彼に固辞された。


 あなたが相応しいと目を細められ、俺の意識は一気に、あの夏の日に引き戻される。

 

 けっして忘れられない、あの場所。


 俺が始めて家族と向き合った事件。


 火葬場でも俺と彼は言葉を交わすことはなかった。


 骨壷に入り、さらに小さくなった彼女を手渡すと、彼はまるで宝物のように抱きしめて深々と頭を下げた。


 風呂敷きの中の彼女と、それを両手に抱える彼の老いて小さくなった背中を見送りながら、もう二度と会うことはないだろうと思う。


 いや、違う。


 いつでもあの夏に……あの場所に戻れる。


 俺はそれほど克明に、そして鮮明にあの日々を記憶していた。


 もう、十数年も前の話だ。



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