下
***
夜戯の腕の腱は切れてしまっていたようだった。手を握る動作をしただけで相当な痛みが走るみたいで、とてもノルマを達成できそうになかった。それでも鍵原は夜戯を宥めすかし、殺せるようにお膳立てをした。黒板に選ばれた人を大勢で縛り付けて夜戯の手に包丁を持たせ、首を掻っ切らせた。
夜戯は泣いていた。
それに見るからにおかしくなっていて、全然水も飲まなくなっていたし、夜中になると廊下を一人で歩いたりしてた。
修学旅行前の夜戯を詳しく知ってるわけじゃない。でもたった数日で別人みたいに痩せてしまった。
見かねて声をかけたこともあったけど、夜戯はわたしの持ってきた缶を押し返して、「もういらない」と言った。
「だって死んじゃうよ」
そうわたしが言っても首を横に振り、
「そろそろ名前が書かれる気がするから」
と少し笑った。夜戯が初めて見せたその笑みは何だかホッとしたみたいだった。
翌日、夜戯の言う通りになった。
六人目として黒板に名前を書かれた夜戯は、今まで殺してきた人たちみたいに泣いたり叫んだりしなかった。自分でロープを用意してきて窓枠に括り付けて輪っかを作り、輪っかに首を通してあとは誰かが背中を押せば済むようにした。
ここまでしても鍵原はごちゃごちゃ言ってて、人殺しだけには絶対なりたくないみたいで、誰かにやらせようとしていた。でもみんな夜戯みたいに従順じゃなかった。鍵原は叩かれた。クラスのリーダー的立ち位置だったけど、自分がしたくないことを他人に押し付ける人だってここまでの振る舞いで完璧にバレてしまっていて、もう以前のようにみんなを仕切ることができなくなった。暴言が飛び交う教室の中で、わたしはこっそり夜戯の背中を押した。その際、夜戯にお礼を言われたけど喜べるはずもなかった。
夜戯が死んでから彼女の死を悲しむ人はいなかった。それよりも自分が人殺しになることを心配する人の方が多かった。みんながみんな、お互いの悪いところを探し合い、殺す役割を押し付ける隙を狙っていた。
そんなわけだから、七人目を殺すのに丸一日かかった。誰が殺すかで揉めてるうちに、七人目の
筒井のことも含めて、名前が書かれた人が反抗することはあった。体を押さえつけている人に噛みついたり殴ったり蹴ったり。
だけど実際に死人が出たのは初めてだった。
大人数で囲んで夜戯がとどめをさす——その作業に慣れきったわたしたちは反撃されることに慣れてなかったんだ。
みんなは逃げ回る黒須を半狂乱になって追い回し、陽が完全に落ちようやく捕まえたころには、枷が色々外れてしまっていて、黒須をモップとか石とかで叩きまくった。やりすぎだった。黒須は人の原型を留めていなかった。廊下中が赤く染まり、その中に黒須の目玉とか千切れた手とかが落ちてた。バラバラになった黒須のパーツは校舎の外まで飛んでいて、あとになって発見したものもあった。
そんな姿になった黒須をわたしと翠は月明かりの下で埋めた。
この過剰な殺し方に怯えた人は多かった。黒須の死に方はそれだけ痛そうで絶対にあんな目に遭いたくないというようなものだった。で、そういった不安を抱えた中の一人、
新井はみんなが寝静まった深夜、美術室から金槌を取ってきた。それでクラスメイトの頭をめこめこ叩き割って回った。職員室で固まって眠っていた
当然駆けつけてきた人たちに新井はボコボコにされて両手両足が折られた。殺されなかったのはまだ名前が黒板に書かれてないからで、書かれるまでは生かしておこうという話だった。
それからは生かしてさえいればそれでいいという発想で、新井はみんなの憂さ晴らしに使われるようになった。
キリでお腹を刺したりヤスリで皮膚を削ったり髪の毛を素手で毟られたりライターで顔を炙られたりした。
新井にとって運が良かったのは十人目の時に名前を書かれてわりかし早めに殺されたからだけど、新井が残していったものは最悪だった。殺される直前、息も絶え絶えな新井が言ったのは「先に自分以外の全員を殺せば、選ばれても殺されなくてすむ」ということだった。新井はみんなを恨んでたんだろう。だからそんなことを言ったんだ。
その発言でクラスは完全に崩壊した。
まず鍵原は一番最初に殺された。鍵原の腰巾着をやってた
バレー部の
クラスのマスコットだった
誰にでも敬語だった図書委員の
王子っぽかった
お調子者だった
グループを組んでる人も結構いた。中でも
黒板に名前を書かれるのなんてもう関係なかった。
みんな殺しまくってた。
***
校舎が骨組みだけになった。
わたしは廃墟と化した校舎を探索した。多分黒板は無事だろうなあと思っていたら、やっぱり無事だった。横倒しになってたけど焦げ跡一つなかった。
「……これで満足?」
黒板が答えるわけないけどわたしは言った。
すると、まるで返事したかのようにチョークが浮かび出した。
翠南←今日殺す人
わたしは黒板を思い切り踏みつけた。踏んで踏んで踏みまくった。
がさりと音がして振り返ると翠が立っていて、怯えた目でわたしを見ていた。口を何度か開閉させて唾を飲み込むと翠が、
「……殺すの?」
わたしは首を横に振った。
「殺さないよ」
「……でもあたしが死なないと水も……」
「殺さない」
そう言ったら泣きながら笑ってた。
わたしたちは気のすむまでおしゃべりしたあと、死体を探し出してグラウンドに埋めていった。もう水は出なかったので陽が沈むころには頭がガンガンしてきたけれど、穴を掘り続けた。合間にまたおしゃべりして死体を埋めた。
三十八人分のお墓が完成した時には意識が朦朧としてお互いの言っていることもよくわからなくて、グラウンドに倒れた。
砂の感触をうなじに感じながら目を閉じていると夢を見た。修学旅行に行けた夢だった。オーストラリア行きの便でわたしはおやつを食べながら窓を眺めてた。周りからは歓声。席から立ち上がってる人もいた。わたしは何だようるさいなこいつらって顔で、テンション低い風を装っていたけど雲海が見えてから内心騒ぎっぱなしだった。空の上に今いるんだと思った。すごい! すごい! 写真撮っとこってスマホをポケットから出すとガクンと座席が揺れ、体が跳ね上がり宙に浮いた。機長の慌てた声が聞こえ、手から離れていったスマホが天井にぶつかるのを見て、わたしは目覚めた。
肩に手を置かれてる。
誰の手だ。翠の手だ。
ぼんやりした頭でそう判断し、翠の方に顔を向けた。翠はわたしに目配せすると腕をあげた。腕の先を目で追っていくと、人差し指がピンと空を指していた。
あれ。
空に浮かぶ飛行機が消えていた。
飛行機は抜け出せたんだなとわたしは思った。
わたしの教室 在都夢 @kakukakuze
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