根。

木田りも

根。 本文。

小説。 根。



アンダーグラウンドな世界は暴風が吹いていて、歩くこともままならない。過酷な環境に身を置くことは素晴らしいことだ。評価される必要性があることを除いては。私は、今日も、暴風雨の中を自転車を漕いで駆けていく。私の人生を賭けて、一つの転機に出会うために、動けない私が動こうと足掻いてみる。Eメールの受信センターに問い合わせ、新着メールを見る。君からのメールを待ち続ける僕はあまりにも滑稽だ。当時の純真さや、潔白さなぞは、過去に忘れ物をしたままだ。向かいのホームにも路地裏の角にもない。どこにも届けられないまま、迷子になったそれらは、また誰かの心に宿る。人が作った夢が、誰かの夢の追い風になるように。


ふとまた、後ろ髪を引かれる。

それは私がまだ優しさというものを持っているからである。振り返らないと決めていたのに、振り返ってしまった。新しい世界が閉じる音と、唾と唾が糸を引く汚い咀嚼音に挟まれた。腐敗した匂いと、消臭剤の匂い。気持ち悪い。朝の5時の外の匂いはどんなに爽快だったろう。それを上回る二酸化炭素の流行は下請け企業のようだ。もし動けるのならば、きっと全世界を支配していただろう。


人に寝溜め、という能力を与えなかった神様を恨む。睡眠は煩悩だ。眠たがる人間は馬鹿だ、と言われた。自己管理ができていないナマケモノだ。来世はどうかしあわせでありますように。僕はそれを願い、命綱のないバンジージャンプをしたのだ。


テレビ番組を見ていると切り抜かれることが多い。印象操作は全て与えられた情報に与えられなかった情報を創作することで作り出されるまやかしのようなものである。人は汚い。それ故に手の内を明かしてはいけない。私はそんなことを分かっていながらまだ性善説を信じている。きっと宇宙のどこか。そう、冥王星の少し奥あたりに、善の気持ちという衛星が廻っていることを信じている。何光年も先に、夢や希望が転がっていることも、東京のドブ川の底にある昭和63年の10円玉のように夢を見たって良いじゃないか。


僕は、度々、旅にでる。その度に旅を思い出しまたたびを買って、また後日、お伺いするのだ。


マリトッツォをご存知だろうか。

確かフランス語で死んでしまえって意味だっけか。

 

ループものってご存知だろうか。何度も世界が廻り、同じことが繰り返される。そんなビデオテープのような毎日を僕は生きてたかったなぁ。私と言うあなたと共に。


誰もいない廃墟。もう何十年も人がいない廃墟は、令和の世の中には見たことがない冷蔵庫や電子レンジや洗濯機がある。洗濯機の横にはレバーが付いている。汚れていて風情がある。もう死んでいるからこそ、輝くものもあるようだ。私は、足を踏み入れた。禁忌へと。私なんかが敵うものではない自然や神という存在自体に中指を立てながら。


ほんの気の迷いだった。私は、まだ今の自分が自我を保ててるかわからない。動悸がおさまらないし、自意識過剰になっている。

私は、あの廃墟に入り一通り見回した後、電子レンジの扉を開けて、持ってきた一つのチョコパイをこっそり入れてまた扉を閉めた。もの凄い達成感と背徳感を感じたが、より、ここに自分はいてはいけないという感情に苛まれた。私は出る時にその廃墟に向かって何故か一礼をしていた。神様に見捨てられたくなかったのだ。だから不安なのだ。さっきまでの私と今の私は、同じ人物だろうか。神様、お願いします。神様。一度背いた私をどうかまた受け入れてくださいませんか。

 

令和に戦争が起きた。世界からすれば令和ではない。過去と地続きの時間の板に乗っかっているだけ。潰えてはいけないだろうものをどうして終わらせようとするだろうか。


夢を見た。私が動けなくなる夢。管に繋がれ、命をそこに預ける。人はそれを植物人間と言うらしい。酸素も出せない植物に何のメリットがあるだろう。もう何日もこうしている。流石に飽きた。猟銃の銃口を口に入れ自殺した私もいた。しかしいつも。



どこか完全に隔離された真っ白な部屋の中に私がいてその私が見ていた24〜5年の夢。きっと僕はまだまだ子供で起きたらまた違う人生の夢を見る。春の風が心地良い。春眠暁を覚えず、、か。また眠たくなった。


夢か、現か。

遠い街に向かう電車に乗って、君を迎えに行く。きっと君は遅刻するだろうから、暇潰し用にニンテンドーDSに入ってるピクトチャットをやる。ワイヤレス通信で君を待つことにした。いつも通り、何の意味もない図形と、しりとりする?という質問を送り続ける。君に届くなんかわからないし、君がこの文章を読んでいるかもわからないし、第一、君が存在するかもわからない。存在しない君に向けてただ電波を送っているだけかもしれない。昔、スペースシャトルで地球を出て以来、消息を絶った君はきっとどこかでその心の臓を動かしているはずだ。届くはずのないモールス信号や、点字盤を使って作った君へのラブレターも、きっと君はどこかで読んでいるはずだ。そして、ニヤニヤしながら私との再会を待ち望んでいるのだ。そうでなければ。そうでなければならないのだ。君は遅刻し続けているのだから。


この手紙が届くころ、君もこの世にいないだろう。届くことのない手紙を書いた。交換日記に書いておくよ。何光年を一瞬で動ける力があればなぁと、性善説に出会った僕は思う。人って案外捨てたもんじゃないんだよって言ってくれる。嫌な人がいるなら良い人がいるじゃない。誰かにとっての要らないものだとしても誰かにとっては宝物だよ。君は宝物だ。僕からしたら一生賭けてでも失いたくない人だ。もう2度と会うことは出来ないけど、宝物は消えない。またいつかどこかでたまに思い出してよ。


・太陽系外縁天体からの手紙。


昨日は今日の古。今日は明日の昔。過ぎた時間は全て幻となって、少しずつ離れてゆく。きっと。また会える。あと少しの辛抱になる。届いたら教えてよ。また会いに行くから。


きっと僕は、

切ない夢を見ていたのだろう。






あとがき。

大事なことがあって、大切な思い出があって、今まで生きてきた軌跡があったから書けた本。大切だと思える人がいて、その人と離れ離れになって。でもそれなのに、僕は動くことが出来なくて、どうすることもできない目の前で起きていることを見つめることしかできないようなそんな気に苛まれて。


『根。』というタイトルはたぶんそんな意味でつけたのだと思う。前に書いた『種。』の続編のようなそうでないような。そんなものを書いた。いつか大切なあの人がいなくなったことを僕が心と体で理解して自立できた時に初めて自分1人の力で歩くことができるのだと思う。


読んでくれた皆様に心より感謝します。

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根。 木田りも @kidarimo777

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