第51話 やりづらさ。
僕の目の前でにこやかに微笑むイケメン、早瀬俊。
客観的第一印象は良い。
個人的には全く良くないが。
「三宮さんとお話してみたかったんだ」
早瀬の意図が分からない。
なぜ
単純な下心?
立川と交流のある
最近は女装して向日葵の護衛として一緒に帰っていたから、立川が僕を認識していてもおかしくはない。
まあ、顔写真とか撮影して早瀬に顔を認識させて接触させたか、逆に立川の誘導無しでたまたま僕に興味を持ったのかのどちらか極端な話になる。
「えっと……早瀬、さん。失礼ながら、交流とかなかったと思うんですけど」
チラッと向日葵を見ると、ぎこちなく笑っているだけである。
紹介してくれと迫られて対応しきれず今に至る、と言った感じだ。
リア充のこういうナチュラルに強引なところは正直苦手だ。
笑顔を振りまいて自分は害は無いですよ〜って顔をしながら栄養食品とか売り付ける奴と同じにしか見えない。
「そうだね。だから話してみたかったんだ」
……イミガワカラナイ。
知らない人と話したいならそこら辺の人に話しかければいい。
もちろん、僕に興味があって近付いたのだからそこら辺の知らない人と話したいわけじゃない事くらいはわかる。
「はあ……?」
僕は思わず生返事をしてしまった。
ただのナンパならどうとでも切り返して躱せる。
「私はとくに、話したい事とかないんですけど……」
「まあまあそう言わずに〜」
ヘラヘラする早瀬。
僕は露骨に嫌な顔をしてしまった。
本当にこの人はやりづらい。
いっそこの間投げ飛ばした大学生3匹みたいに強引に来るなら投げれるのに。
「……具体的になにを話したいんですか?」
僕はあえてそう聞いた。
「具体的にと言われても……単純に興味? かな。雨宮さんが他校の生徒と仲良く帰ってるのを見掛けてつい?」
部活生と帰る時間は向日葵の都合上たしかに被る。
見られているのは不思議ではない。
ましてや向日葵は目立つ。
できればこんな所を学校の他の生徒に見られたくないくらいには目立つ。
「どうして学校違うのに一緒に帰ってるの?」
「ひーちゃんが余計な人に絡まれたりしないようにですけど」
僕はジト目で早瀬を見ながら答えた。
まあ、僕が入院している間に絡まれてしまったので刺された僕の落ち度である。
「ひーちゃんは太陽光を浴びてはいけない体質なので陽の明るいうちから下校するのは病気のリスクが高いですし、できればひーちゃんを昼間っから連れ回すのはやめてほしいんですけど?」
「……そうだったのか。雨宮さん、それはごめん。知らなかったよ」
危うく「ええ、なので死んで下さい」とか笑顔で言うところだった。
よく堪えたぞ僕。偉い。
「まあ、わたしも伝えてなかったです、し……」
控えめに向日葵もそう言ってフォローを入れた。
「私はとくに話したい事もないので、帰りますね。ひーちゃん行こ」
「え、あ、うん」
僕は向日葵の腕を掴んで立ち上がった。
「ごめんごめん。もうちょっと話そうよ」
「まだなにか?」
「ふたりってさ、付き合ってたりするの?」
なにか誤解をしているのか、それとも話を続けたいがために吹っかけてきたのか。
意図の読めない純粋な問い。
僕は向日葵の腕をぐっと胸元に抱き寄せた。
「付き合ってはないですけど、私はひーちゃんの事が好きなので」
「ちょっ?! なおちゃん!!」
頬を赤らめる向日葵に僕は見せつけるように密着しながら言った。
「三宮なお」で居ると、向日葵とくっついていても恥ずかしくないから不思議である。
「ま、まあ……わたしもなおちゃんの事、好きだけど……」
モジモジしながら下を向きつつも答える向日葵。
僕にしろ向日葵にしろ、下心から近づいたなら諦めて貰わなければいけない。
しかし早瀬の反応はがっかりするどころか目を輝かせた。
「ガールズラブ……尊い……」
「は?」
なんなんだコイツ。
「同性同士で愛し合えるのって美しいよ! 都市伝説かと思ってた!」
……目の前にいるコイツは宇宙人なのだろうか?
いやちゃんと日本語話してるから日本人だとは思うし、僕らを見た感想の例としてはズレてはいるが頭のおかしい反応ではない。
だけど今どきLGBT関連の話なんてテレビでも受け入れられつつある話。
情報だって簡単に入ってくる時代でLGBTを都市伝説だと思っているコイツの視野の狭さが見える。
「いや失礼。身の回りで見たのが初めだったからさ。興味があったのはそこだったんだ。いやまあ下心がなかったわけじゃないんだけど」
あっさりと白状した早瀬。
なんなんだコイツは本当に……
「つまり、私たちと仲良くなりたいと思いつつ私たちがレズビアンなのかどうか知りたかったと?」
「うん。たぶんそう」
今更自分について咀嚼する早瀬。
コイツは嘘偽りなく純粋な興味がそういう事だったと改めて認識したのだろう。
意識的が無意識かの感覚が非常にわかりにくい。
だからコイツはこんなにもやりにくいのか。
どうりでイマイチ掴めないと思った。
「良かったらなんだけど、もっとふたりの話を聞かせてくれないかな?」
「嫌です」
僕は即答した。
誰が好き好んで初対面の相手に話すと思うのか。
この手の奴は無自覚でデリカシーがない場合もあるから言いふらされては厄介事が増える可能性がある。
LGBTの認識が広まってはいるとはいえ、学校という狭いコミュニティではまだ迫害される対象にもなる。
好きだと迂闊に言ったのは反省しなければと僕は思った。
早々にコイツの弱みを握っておかないといけなくなった。
コイツは悪い奴ではないかもしれないが、近くにいるのは危険だ。
横でパルプンテをいつ唱えるかわかったもんじゃない。
「それに、ひーちゃんは同じクラスの立川さんという女生徒に嫌がらせを受けたりもしていました。あなたみたいな知らない人に不用意に何か話して嫌がらせが悪化するかもしれない」
僕はあえて早瀬と立川の繋がりを知らないフリをして言った。
反応を見ると早瀬の顔は曇った。
困惑しているようでもある。
「志乃が……それは本当なのか?」
「前に放課後の別校舎で防犯ブザーが鳴った件を知ってますか?」
「……ああ」
早瀬はショックを受けているようだった。
家族ぐるみの付き合いはあるが股を開かせるような関係性ではないのかもしれない。
「あれはひーちゃんが嫌がらせをされて女子トイレに連れ込まれた時に対処した時の騒ぎです。私が防犯ブザーを持っておくようにさせていたからその程度で済んでますけど、ずぶ濡れにされたし髪を切られそうにもなったんです」
向日葵の握る手の力が強くなった。
勝手に話してごめんと心の中で謝った。
後で改めて謝っておかないといけない。
「立川さんのことを「志乃」って呼んだ貴方を私はとても信用できない。一緒に帰るのも、立川さんたちから守る為でもあるんです。ヘラヘラしながら付きまと……」「ごめん!!」
早瀬は僕の話を遮って土下座した。
店内は騒然。
僕はパニックになりかけた。
しかし隣に向日葵もいる。
落ち着かなければ。冷静にならないと……
「他のお客さんにも迷惑なので頭は上げてください」
「……すまない……」
自分の軽薄な行動を反省しているようだった。
しかし僕は追撃を加える事にした。
「私とひーちゃんの関係を言いふらしたりするようなデリカシーのない事をするようであれば、貴方は今後、学校で下を向いて過ごす学校生活を歩まなければいけなくなるかもしれません。それはご了承下さい」
要するに脅しだ。
良い事ではない。
だがナイフを向けて脅したわけじゃない。
黒に近いグレー。
これ以上は、真っ黒い事でもする。
拉致して服をひん剥いて写真を撮ってネットの海に流したっていい。
学校の校門に全裸で
「帰りましょ。ひーちゃん」
「待ってくれ……」
「まだ、なにか?」
僕ははっきりと敵意を向けてそう聞いた。
あくまで怒っているのは
向日葵にヘイトがいく可能性は低い。
「志乃が……立川がなにをしているのか詳しく聞かせてくれないか?」
切実にそう頼んできた早瀬。
立川から直接聞けよと言いそうになったがやめた。
「はぁ……わかりました」
この際だ。
こいつをこちらの都合のいいように動かそう。
駒は多い方がいい。
コイツらが勝手に仲違いしてスクールカーストが失墜すれば万々歳。
立川だけでも僕としてはラッキーである。
「ありがとう」
早瀬は苦しそうに笑ってそう言った。
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