第52話 視点。
「……志乃が……本当に済まない……」
僕は立川の話を話した。
大筋はもうさっき話してしまったため、その前後の話などをした。
三好香耶の話もした。
三好は一応月下組のメンバーだが、三好たち新入りには本郷の配慮もあり「
向日葵はすでに知っているが、僕が三好を罠にハメて改心させた事は知らない。
なので三好が勝手に反省して向日葵と仲直りしたという話にしてある。
「ひとつ聞きたいのですけど」
「……なんだ?」
「今の話をそのまま信じるんですか?」
早瀬が立川にそそのかされて接触したにせよ、立川の意図しない接触だったにしろ、「自分の知っている立川志乃」とは違う一面を聞かされて鵜呑みにするのも逆に違和感だ。
「どういう事? かな?」
「立川さんの事を「志乃」と下の名前で呼ぶ仲なのですよね? それなのに聞き分けが良すぎるなぁと」
「…………怖かったんだ…………」
「怖かった?」
早瀬は深刻な顔をした。
最初にヘラヘラしたスクールカースト上位者の雰囲気はもう消えていた。
「俺と志乃は家族ぐるみで付き合いがあるんだ。その時の志乃は普通に良い奴だ。でも時々、なんか怖いんだ……」
早瀬家にも猫を被っているのか?
「なにが怖いのか、俺も言葉で表せない……」
「直感でそう思ったんですか?」
「……そうだ。バスケで不意に感じる強敵との1対1で「こいつには勝てない」って無意識にわかるみたいな……?」
何言ってるかわからん。
だけどたぶん、なんかわかる。
あの時の母さんに感じたものに近いんじゃないかって思った。
母さんほどの呪詛にまみれてはなさそうだけど、欲にまみれたヘドロみたいな感覚。
「私にはそのスポーツマンの感性はよくわからないけれど、なんとなくわかったわ」
「わたしも、なんとなくわかる。……立川さんは、他の人と違う、から。早瀬先輩と同じで、上手く伝えられないけど……」
向日葵もなんとなくわかるらしい。
向日葵は当事者中の当事者。
立川の悪意の本質がその辺の生徒と違うのがわかるのだろう。
ましてや向日葵は僕が刺された現場に居た。
母さんをみているのである。
母さんの狂気を。
あの時の母さんに比べたら、その辺のいじめっ子は可愛げがあると言っていい。
「早瀬さん、ひーちゃんや私と接触した事は立川さんに知られない方が良いと思うわよ。その恐怖を感じた事があるならね」
僕は遠回しな口止めをした。
詐欺と似た手口だ。
あくまで相手の身を思って言っているような配慮としてのアドバイス。
もし早瀬が本当に立川との深い繋がりが無いなら黙っているだろう。
だが立川が不自然な接触や行動を後日してきたなら早瀬はクロだ。
駒にするのにも慎重にしなければ。
「ああ。わかった。そうするよ」
「それと、早瀬さん。貴方って割と友達が多いように見えるのだけど」
「ん? まあ、そうかな? たぶん」
素直に指折り数える早瀬の指達が閉じて開いてを何度も繰り返した。
「まあ、要するに人気者の早瀬さんな訳だけど、こんな街中で貴方と居るのを誰かに見られるだけでこっちは嫌がらせのリスクが増えるのよ」
「……ご、ごめん」
初対面時とは違い、今はもう完全にマウントを取っている。
素直な子犬は躾けるのが楽でいい。
「私個人としては、早瀬さんの協力を得て立川さんの嫌がらせを沈静化したい。なので今後とも話を聞いたりしたい」
あえて沈静化という言葉を使った。
立川に対しての敵意をがっつり示してしまっているので、なるべくこちら側には敵意はあっても復讐したり貶めたりしたいという悪意は無いように見せておかなければいけない。
「ああ。俺もそれに協力させてほしい」
「だけど、そのままの貴方では影響力が大き過ぎて迷惑」
早瀬はガクッと肩を落とした。
学校のスクールカーストトップのイケメンを背後に付けるのはやりづらい。
丸腰ですよ〜って顔をしながら背中に大剣を隠しても警戒される。
「なので提案があるの」
そう言って僕は笑った。
☆☆☆
僕と向日葵は千夏の家に向かって先に店を出た。
「なおちゃん……なにをするの?」
「早瀬をこちら側に引き込む為の準備よ」
「……?」
向日葵がちんぷんかんぷんな顔をした。
可愛かった。
一足先に千夏の家に着き、千夏が出迎えてくれた。
「あれ? 早瀬先輩は一緒じゃないんだ?」
「ええ。後で来るわ」
「新しいオモチャ〜」
「? オモチャ?」
早瀬先輩を引き連れて千夏の家に行くのはリスクしかない。
なのであえて遅れて来るように言ってある。
事前に千夏の了解の上で住所は伝えてあるし、連絡先も交換済み(宮ちゃんスマホ)。
「あ、来たかな?」
呼び鈴が鳴り千夏が玄関へと向かった。
「お邪魔しま〜す」
「じゃあ、早速だけど始めましょうか」
そうして1時間後。
「こ、これ……本当に俺なのか?!」
「目の前の光景が事実よ、早瀬さん」
僕と千夏は早瀬先輩改造計画を実行した。
要するに女装である。
「いやぁ〜高身長イケメンを
「まるでモデルさんね」
身長180センチ以上ある早瀬は細身だが肩幅は多少広い。
ジャケットなどで肩幅を誤魔化しつつ細い脚を強調するパンツはモデルのように綺麗なラインを出している。
長く綺麗な茶髪のウィッグはさらにモデル感を醸し出している。
雑誌の表紙とかホントにいけそうなレベル。
「……すごい……」
向日葵も目をぱちくりさせて早瀬を見ている。
僕が提案したのは今後も協力関係になってもらう為に身分を隠す事。
その為の女装である。
まあ、本当は弱みを握りたかっただけである。
「早瀬さん、貴方は私とひーちゃんの関係性に興味を持った理由ってなんでか自分でわかる?」
「い、いや……わからない、な。うん」
「貴方は「人」に興味があるんだと私は思うわ」
「ん?」
早瀬は言った。
下心もあったが、僕と向日葵の関係性に興味があって話したかったと。
なので僕はこちらの都合のいいように動かす為に丸め込む事にした。
「貴方は「人」を男とか女という記号であんまり区別しないんだと思うわ」
「……記号?」
「鏡を見て」
僕は女装して早瀬の両肩を掴んで早瀬の目の前の鏡を覗き込んだ。
鏡には美人な早瀬が写っている。
「今この鏡に写っている貴方も早瀬俊という人よ。だけど、貴方は男だけど鏡には綺麗な女の子。それでも貴方」
僕は早瀬の興味の本質を塗りつぶすように語りかける。
「どちらも貴方。それは変わらない」
僕が男であるという事は知らない早瀬。
「貴方は私と話したいって言っていたでしょう? それは知りたかったからだと私は思ったの。だから女装させた」
言ってる事がむちゃくちゃな事は自覚している。
その上で僕は続ける。
「今の貴方には私とひーちゃんはどう見える?」
僕は再び向日葵に密着した。
向日葵の腕を抱き寄せて、向日葵の肩にもたれかかって百合百合してみせた。
「素敵だと思うよ。見え方が違う」
早瀬は屈託なく笑った。
「人が誰かと一緒にいるのに、性別って関係なんてないんだな」
「ええ。そうよ」
男と女で区別して物事を判断してる内はその辺の生物と変わらない。
オスとメス。
同性愛は生産性がないとか言う人が居るけど、それで言うなら「人間」という生物自体が地球からして邪魔。
環境破壊とかするし、人間の都合の良いように振る舞う。
結婚だって無駄なシステム。
生産性を重視するなら浮気とか不倫とかしまくればいい世の中にすればいい。
純愛とか求める「人間」がそもそも異常。
「これが貴方が私と話したがってた興味の本質」
かはわからない。
だけど、刷り込むにはたぶん充分だった。
早瀬が立川を怖がったのも、人間の本質に恐怖したりなにか別のものを見ようとしていたのかもしれない。
その辺は実際僕にもわからないけど、僕の駒にする為に使わせてもらう。
「という訳で、夏休みに早瀬さんでどれだけ男が釣れるか遊……試してみましょ」
「え?!」
「早瀬さん、自分の女装姿がどれだけ通用するか試したくない?」
僕は千夏を見て焚き付けるようにそう言った。
「スタイリストもいるし」
「い、いやぁ……さすがに人前はなぁ……」
「貴方はダメね。本質がわかってないわ」
「ん?」
「見え方が違えば色んな事が知れるのよ? バスケ部なのでしょ? 対戦相手の立場になって考えたりとかするでしょ? どこを攻められるとヤバいとかそういうの」
「……そ、そうか……そういう事か?!」
バカで良かった〜。
なんか納得した〜。
「私は女だからわからないけれど、男である貴方が女の子になって街を歩けばそれだけで視点は変えられるの」
向日葵と千夏に「あ、嘘付いた」って顔をされたけど早瀬にはバレてない。
「貴方が女装をすることは今後の勉強にもなるわ。バスケや勉強にだって生かせるかもしれない。貴方の考え方ひとつで世界は変わるの」
僕がなぜ月下組の不良たちを言いくるめて良い子ちゃんに出来たのか?
それは詐欺まがいの本質の捻じ曲げである。
見え方や考え方を変えれば世界は変わる。
これは自分自身が女装して知った事でもある。
「三宮さん、ありがとう! 俺、なんか色々と頑張れそうな気がする!!」
「ええ。応援するわ」
なにを頑張るのかよくわからないが、女装して街を歩く早瀬を盗撮できればかなりの弱みになる。
精一杯僕の駒になるように頑張ってほしい。
「千夏、あの服とか早瀬ちゃんに似合うと思わない?」
「あ、ああ〜良いかも!」
その後、僕らは早瀬で遊んだ。
もとい、写真を撮りまくった。
早瀬の「弱み写真集」が作れそうだ。
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