第50話 素直。

 僕は千夏と雲原と別れて有栖川さんの事務所に来ていた。


「げへへ。直人ちゃんパンツ何色?!」


 来て早々、僕は有栖川さんにスカートを捲られた。

 女装したままだった為、僕を見た瞬間に走って気やがった。

 ……ちょっと怖かった。


「スパッツ履いてますやん!! ってぐはっ!」


 僕は無言でチョップを入れた。

 小学生がスカート捲りをする時でさえ「げへへ」とは言わない。


 僕は有栖川さんの精神年齢がいよいよ心配になってきた。


「病み上がりの助手のスカートを捲るアラサー女上司、遺言があれば聞いておくが?」

「すみませんでした許して下さい」

「で?」

「ムラムラしてやった。悪気はなかった」

「よし、恩田さんとこ行こ」

「ごめんってぇ〜直人ぉ〜捨てないでぇぇぇ」


 この女、泣けばいいと思ってるな。


「とりあえずご飯作るから大人しくしてろメスブタ」

「ブタでございます!! ハァハァ」

「ブタならブヒブヒだろ?」

「ブヒッ!!」


 指先をしっかりとひずめのように薬指と中指を離して敬礼する有栖川ブタさん。


 芸が細かいな……

 思わず関心してしまった。


「しかし今日は来る予定じゃなかっただろ? どうしたんだ? 直人」

「前に学校の関係者の粗探しのリストアップしてもらったじゃないですか、アレをもう一度見たいなと」


 僕は女装姿のままエプロンを付けて食材の下ごしらえを始める。


「制裁したい奴でも増えたのか?」

「ああ。確定ではないけど」


 背後からやたらとシャッター音がする。

 普通に会話しながら自然に盗撮する有栖川さんに僕はもはや恐怖すら覚えなくなった。


 慣れって怖いな……


「おいブタ、合成して「裸エプロン姿」とかにするんだろう。後で全部消すからな」

「な、なぜバレた……裸エプロンで恥じらう直人にしようと思ったのに!!」

「次からは調理中は縛っておかないといけないな」

「亀甲縛りを希望!!」

「…………」

「な、直人、せめてつっこんでほしい……寂しい」

「構ってほしいなら座ってろ」

「……はぃ……」


 しおらしくリビングへと歩く有栖川さんの背中は小さかった。

 尻尾があったら分かりやすく萎れていることだろう。


 下ごしらえを終えて調理に取り掛かると、有栖川さんがリビングから顔だけ出してこちらを見つめてくる。

 視界の隅に入り続ける有栖川さん。


「…………じーーー…………」


 ……どんだけ構ってほしいんだよ……


 だが僕は無視を決め込む。

 普段から気配を消してターゲットを監視しているにも関わらず、なぜここまで構って圧を垂れ流せるのだろうか。


 たぶん幽霊とかでもここまでわかりやすくないだろ、知らんけどもさ。


「出来たから座って待て」

「ブヒッ!!」


 ブタさんにビールを渡して座らせた。

 出来上がったチャーハンと卵スープ、冷凍餃子をテーブルに出して食べさせた。


 まだブタ設定を続けてる有栖川さんに一瞬笑いそうになったのは隠し通した。

 不意打ちはずるいよね。


「ぷはぁぁぁ!! 胡椒が効いててビールが進むぅ!」


 美味そうに食べる有栖川さんを見ているのは意外に楽しい。

 食べてる時は子供みたいだ。


「この前のリストか」

「うむっ」


 テーブルに置かれていた資料に目を通し直した。


 早瀬俊。2年生。

 成績優秀でバスケ部エースで男女共に人気。

 スクールカーストもトップ。


 父親は500名の従業員を抱える工場を経営。

 会社の規模はそこまで大きくないが互いに利害関係が一致しているためか友好的な関係。


 リストに詳細な事は書かれていないが、立川に一方的に揺すられるような関係性ではないように見える。


 立川が股でも開いて都合のいいように動かしてるような感じだろうか。

 だとしたら立川は妖狐みたいなやつだな。

 狐娘は嫌いじゃないが、妖狐は面倒である。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」


 食べ終えた有栖川さんは僕が見ていたリストを見返している間に皿を片付ける。


「この男がどうかしたのか〜?」

「向日葵にちょっかい掛けてるっぽいから死刑にしようと思って」

「なるほど」


 死刑発言について新鮮な驚きなどの反応をしない有栖川さんに安心している自分がいる……


 いかん、だいぶ有栖川さんに毒されているような気がする。

 これはまずいですね。はい、まずいです。


「早瀬か……」

「有栖川さん、この男の事知ってるんですか?」

「いや、粗探しした時にな、あんまりそれらしい話は出てこなかったんだよ〜」

「父親の方も?」

「父親なら多少叩けば埃も出てくるかもしれないが、儲けも旨みもそんなに無さそうな匂いしかない」


 イケメンでリア充で議員と仲良し。

 非の打ち所があんまりない。


 どうしようか、死刑にできないな。


「私も票集めとかで不正行為とかカネの動きとかやんわり探ったんだが、怪しいのは無かったし」


 立川議員サイドと早瀬一家はあくまでクリーンな関係。

 立川議員は真っ黒だが、早瀬一家は白。


「……となるとやっぱり、立川(娘)が早瀬俊を誘導して向日葵を落とそうとしている説しかないか」

「なんだ直人、この男に嫉妬してるだけか」

「……まあおおむねは、そんな感じ」

「私も直人に嫉妬されたい!」

「嫉妬はしないが根性焼きくらいならしてもいい」

「ハードなやつだなぁ……蝋燭くらいなら良いかもしれないが……」


 勝手に想像してゾクゾクするなよ……


「……どうしたもんかなぁ」

「まあ、前に調べた時の話だからな。選挙が近くなったら動きがあるかもしれん。私も少し調べ直してみるさ」

「ありがとう」


 僕がそう言うと有栖川さんはキョトンとした。


「直人、風邪か? 大丈夫か? ちょっとしおらしいぞ?」

「いや別に、僕だって素直に礼くらい言うさ」

「そうか」

「それと……この前はありがとう。助けに来てくれて。なんだかんだちゃんと言えてなかったし」


 意識を取り戻してから抱き着くし騒ぐしで言えていなかったし、事務所に来て早々にスカート捲りをされて言うタイミングを完全に逃していた。


「直人、結婚する? 結婚するか? どうしよ直人が可愛い〜」

「……うるさいブタ」

「ブタでもいいから結婚しよ〜直人ぉ〜」

「結婚はしない! じゃ! 僕は帰るから!!」


 ゲヘゲヘしだした有栖川さんから僕は逃げるように事務所を飛び出した。


 ああ、これだから有栖川さん相手はやりづらい!!



 ☆☆☆



 期末テストが終わった土曜の陽が暮れた頃のカフェにて。


「初めまして、早瀬って言います」


 僕の隣には愛想笑いの向日葵。

 そして女装した僕。


「1度三宮さんとお話してみたくて」


 僕の予想を斜め上の展開。

 向日葵に対しての相談事、その内容については「三宮なお」について。つまり僕だった。


 ……なんでやねん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る