第48話 世話焼き上手な向日葵さん。

「義兄さん、もう少しで退院だね」

「ああ」


 期末テストまで1週間を切っていた。

 持て余していた時間で勉強は問題ない。


 本来の退院予定日では期末テストに食い込んでいたがそこは頑張った。


「義兄さん、昨日は女装したんだって?」

「……したんじゃなくてされられたんだ。愛川さんが……」

「可愛いからいいじゃん」

「良くない」

「ええ〜」


 他愛もない会話。

 出会って2ヶ月ほどだが、向日葵とここまで話すようになるなんて、そう言えば考えてもなかった。


 今も楽しそうに学校の事を話している。

 学校での内容も大した事はない。


 千夏が変顔したとか、雲原の意外なポンコツぶりとか、三好がわりと良い子で千夏たちも警戒心を解いているとかそんな話。


 個人的には三好の件はまだしこりがあるが、向日葵が楽しそうならそれでもいいかと思えてきた。

 今まで大変だったのだ。


 向日葵が笑っていられるなら良い事だろう。

 復讐は何も生まないという綺麗事を実践して見せて笑えるなら、僕みたいにならなくて済む。


「それで楠木先生、執筆の方はどうですか?」

「向日葵さん、その呼び方やめてください義兄さんは泣きます」

「たぶん義兄さんは泣いても可愛いから泣いてもいいよ」

「鬼畜か」

「義兄さん、わたしの胸で泣いてもいいんだよ?」

「いえ、結構です」


 急に謎の母性発揮するのもやめて。


「まあ、執筆はいい感じだな。なにしろ暇だし」

「テスト勉強して女装してリハビリして執筆して女装してても暇なの?」

「なんでさらっと2回も女装タイム入れたの?」

「2回目は願望。わたしが帰った後に義兄さんが1人でこっそり女装して姿見でポーズとか取っててほしいという願望」

「それを僕の1日のスケジュールに組み込まないでくれ……」


 1人でこっそり女装してポージングは完全に趣味じゃないか。

 僕は趣味で女装してるわけじゃないぞ。

 何度も言うが。


「じゃあウインクの練習とか」

「ではまず向日葵さんにウインクのお手本をお願いしようかな」

「……やだ」

「見たかったなぁ〜向日葵のウインク〜」

「絶対義兄さん笑うからやだ」


 向日葵さんがふてくされてしまった。

 ガチギレはしてないみたいなので追撃を実行。


「笑わない。……たぶん」

「わたし知ってる。この流れでやったら絶対笑われるやつ」

「いいじゃないか義妹よ。入院中の義兄さんのわがままを許しておくれ」


 ジト目ながらも渋々承諾した向日葵。

 僕の方へ改めて向き直って凛々しく背筋を伸ばした向日葵さん。


 これは期待。


「…………義兄さん大好き☆☆」


 そう言ってではなく両目を瞑った向日葵。

 セリフで急遽誤魔化そうとしたのだろう。

 そして本人はしっかりとウインクが出来ているつもりなのだろう。


 だがしかし、ウインクではなかった。


「……ぷふっ。ひ、向日葵……ありがとうな……クスッ」

「義〜兄〜さぁん〜?」


 耳まで真っ赤にしている向日葵さん。

 真っ白い髪と相まってより恥じらいを強調させている。


「可愛いかったですはい。いやぁ向日葵さんさすがっす」

「…………」


 ぺしっと腕を叩かれた。

 ムキになった叩く向日葵を見ながら僕は笑い続けた。


 本当の兄妹はどんな関係性なのかわからない。

 けど、こういう形があっても良いのかもなと思った。


「……向日葵さん、もっかいウインク頂いていいっすか?」

「………………んっ!!」


 さっきよりほんの少しウインクに近い何かをした向日葵を見て僕は再び笑った。


 久々な感じだった。

 誰でもなく、何者でもないただの自分。


 誰の目も気にせず、ただ家族と喋って笑うだけの自分。


 秘密も全部なくなって、こうして向日葵と喋るのは気が楽だった。


 できる義兄でなくてもいい。

 向日葵と対等でいられる気がした。



 ☆☆☆



「じゃあそろそろわたし帰るね」

「ああ。来てくれてありがとな」


 親父たちも車で迎えに来ているらしい。

 優香さんは僕が刺された事もあり一時的に定時上がりの許可を会社からもらっている。


 親父は母さんの件で忙しくしているらしいが、それでも顔を出してくれる。


「義兄さん」


 荷物を抱えた向日葵がベッドに座った。


「どした?」

「義兄さん、わたしより先に死んじゃったらダメだよ?」

「急だな」

「義兄さんが元気になったから、今のうちに無茶しないように釘さしておこうと思って」


 総長で探偵助手で小説家で義兄。

 そういった意味での釘刺しか。

 別に無茶なんてする気もないのだが、義妹の気遣いに僕は感謝した。


「ああ。わかった。ありがとう」

「ん」


 向日葵は細く小さな小指を出した。

 僕は小さく笑ってその小指に絡めた。


「ん。約束」

「ちなみに、これは老後までよろしく的な感じ?」

「義兄さんが介護してね?」

「介護はお互い必要な気がするなぁ」


 1日違いの誕生日。

 1日早いだけで、他はなにも変わらない。


「じゃあね、義兄さん」

「おう」


 小さく手を振る向日葵を見送って僕は窓の外を見た。


 夜が寂しいと感じるようになったのは、きっと世話焼きな義妹のせいだ。


 僕はまた小さく笑った。

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