第47話 看護師さん。

 入院して1ヶ月が過ぎた。

 持て余していた時間は向日葵のお陰で執筆に使えたので問題はなかった。


 向日葵は僕と義兄妹である事がバレてしまったらしいのだが、雲原と千夏のフォローがあって嫌がらせなどはとくに受けていないと千夏たちから報告があった。


 刺された傷もそろそろ完全に治るらしく、医者からも褒められたのでもうじき退院できる。


 ぎりぎり期末テストに間に合うくらいの時期だが、向日葵や雲原からもらったノートのコピーでだいたいの範囲内は勉強してあるしどうにかなるだろう。


 退院したらやる事がたんまりとある。

 早く退院しなくては。


「雨宮さん、体温検査させて下さいね」

「あ、はい」


 ここ1ヶ月ほどお世話になっている看護師の愛川さん。

 病室で騒ぎ過ぎて怒られたりもしたが、めちゃくちゃ良い人である。


 有栖川さんもこの人を見習って少しはお淑やかな女性になれるようになってほしいものである。


「それにしても雨宮さん、病室では女装されないんですか?」

「……趣味ではないものですから」


 入院し始めてから1度もその話はされなかったから、てっきり看護師内では知られていないと思っていたのに……


「搬送された時、みんな女の子だと思ってた〜って話をしてて」

「……まあ、ウィッグ被ってましたし」

「私も見てみたいなぁと思ったのですが」


 そこで体温計が鳴って渡した。

 動揺した為か平熱より0.3度高いが正常値。


「1度だけ……ダメですか?」


 つぶらな瞳で僕を見つめてくる愛川さん。

 なんでそんなに見たいのか、全く理解できない。


「ダメですか?!」

「……近い、近いです」


 なんなんだその目は……

 まるで純粋な子供みたいな目で僕を見ないでくれ……


 美人は有栖川さんで慣れていたはずだが、有栖川さんとはまた違った圧だ。

 なんかやりにくい……


「……コスメも無いし、女装用の服もないので……」


 ウィッグは手入れして着替えの中に入っているが、女装時の服は血で汚れて刺傷の穴もあり処分した。


 コスメが無いというのは嘘。


「コスメは私の貸します! 服も!!」


 輝く愛川さんの目が痛い。

 大人は小さい子供の純粋な瞳に浄化されると聞くが、これはその一端なのだろうか。


「……わかりました」

「やったぁ!!」

「愛川さん、病院なのでお静かに」

「ひゃぅ……」


 看護服着てそれはずるいですよ愛川さん……



 ☆☆☆



「か、かわゆい……」

「……どうも……?」


 看護師の仕事そっちのけで僕を愛でる愛川さん。

 いや仕事しろよって話なんだが、全く聞きやしない。


 それどころか僕を見てハァハァしている。

 ……有栖川さんと別系統だが、変態臭がする。

 借りてる服からは変態臭がしないのに。


「抱きしめてもよかですか?!」

「いや、ダメです」

「そこをなんとか?!」

「値切り交渉じゃないのよ……」


 よかですかってどこの言葉だったか。

 さっきまで普通に標準語だったのに、興奮して訛りとか方言が入るってのはかなりヤバいのでは……


「愛川さん、いつまで……誰?」


 変態を目の前にしている患者ぼくに助け舟となる愛川さんの先輩らしき看護師さんが来た。


 頼むから愛川さんを咎めて連れてってくれ……


 先輩さんは病室の名札を見直して再び僕を見た。


「雨宮君、よね?」

「……はい……」

「……可愛い……」


 こっちもダメだったかぁ〜


「先輩! 可愛いですよね雨宮きゅん!!」


「きゅん」はやめて……


「どしたの〜?」


 騒ぐ看護師ふたりに釣られて寄ってきたギャラリーたち。

 さらにうるさくなっていく僕の病室……


 他の病室からも患者が来て騒ぎは大きくなっていく。

 なんでこんなに大事おおごとになってんだ……


「雨宮きゅん、一緒に写真撮っていい?」

「いつから女装始めたの?」

「独学?」

「俺、抱ける気がする。男の娘いいな……」

「可愛い過ぎるだろ」


 頭の中ピンク色な奴まで湧いてきた……

 だ、大丈夫だ。防犯ブザーも催涙スプレーもバッグの中に入ったまんまだ……大丈夫だ。

 今晩はお尻を守らないといけない……


「ちょっとあなたたち! なにしてるの?! ここは病院ですよ!!」

「看護師長! 見てください!!」

「……?」

「雨宮君です!!」


 なぜにドヤ顔? 愛川さん。


「……可愛い」


 この人もダメだぁ〜

 僕は絶望した。


「可愛いですが、病院で騒ぐのはダメです」


 咳払いをして看護師たちを叱責してくれた看護師長。

 ナースは天使って言うけど、こういう事だったのか……


「可愛いものは静かにでなさい」


 あ、やっぱダメだ。

 僕は無駄に晴れ渡っている窓の外を眺めて決心した。


 今度からこの病院には来ない。

 そう堅く誓った。


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